ハリソン・フォードという俳優~魅力的人間臭さの権化~

加賀倉 創作【FÅ¢(¡<i)TΛ§】

私の大好きな俳優

⚠️本作には、『キャプテン・アメリカ:ブレイブ・ニュー・ワールド』並びに、ハリソン・フォード出演作のネタバレを含みます⚠️


 どうも、コールドスリープ(ただ休憩で筆を止めているだけ)から半解凍状態で微睡まどろみ中の、加賀倉創作です。


 『スター・ウォーズ エピソード5/帝国の逆襲』で、真人間悪党ハン・ソロは、カーボン凍結解除直後、視力を失ったりヒィヒィ言っておりましたが、私も今まさにそのような状態、という設定でいこうと思います。


 そんなわけわからん物言いをするのも、でけぇニュースが舞い込んできたから、です。


 ハリソン・フォード、俳優引退宣言。

 そして、彼の引退作となる、『キャプテン・アメリカ:ブレイブ・ニュー・ワールド』の公開。


 昨年は『インディ・ジョーンズと運命のダイヤル』でのインディアナ・ジョーンズ引退宣言もあったわけで、そろそろだろう、と思ってはいましたが、やはり彼の俳優引退には、寂しさを感じざるを得ません。


 こりゃあ、見に行くしかありませんよね。


 ハリソン・フォードほどのレジェンド俳優の引退作ですから、往年のファンは、映画自体が自分の嗜好から大きく外れてさえいなければ、まぁ、見に行くでしょう。


 そういうわけで、そこそこの数のハリソン・フォード出演作を鑑賞してきた私も、ディ◯ニーの広告・宣伝戦略にまんまと引っかかってやりました。


 で、『キャプテン・アメリカ:ブレイブ・ニュー・ワールド』がどうだったか。


 とても楽しかったです。


 陳腐な言葉かもですが、そんなふうに語彙力失う系の、脳みそ空っぽにしてわかりやすーく楽しめる系の、良作、という印象でした。もちろん、MCUファンや映画評論ガチ勢から見るとまた違った評価があるとは思いますが、個人的には骨の髄まで、新キャップの百パーセントヴィブラニウム製人工翼がブッ刺さりました(レッドハルクの腹部にもブッ刺さりましたね)。


 ネタバレになってしまいます(以下ほんとうにネタバレ大量発生注意です)が、私には、「主演:ハリソン・フォード」に見えました。それくらい、ハリソン・フォードの見せ場が多かったですね。


 以下あらすじ。


 開幕、ハリソン・フォード(演じるのはサディアス・ロスというキャラクターです)が大統領に就任。世界の協調を表す合言葉の"Together"を高らかに宣言し、超ステレオタイプ的なアメリカ大統領って感じを出してました。


 ロス大統領は、元将軍ということもあってか、まぁまぁなタカ派政権の印象。


 そして大統領就任から三ヶ月ほど経っての状況は、結構ピンチ。


 インド洋で見つかった「アダマンチウム」とかいう未知の超万能元素を巡って、インドやらフランスやら、そしてなんと日本やらと、水面下で争奪戦状態。


 しかもその裏で、よくわからんやべぇやつらがアダマンチウムの試料を盗み、そいつらを、スティーブ・ロジャース(前キャップ)からキャプテン・アメリカを継承したサム・ウィルソンと、彼と同じくして人工翼のついたバックパックを操るファルコンを襲名したホアキンらの息の合ったコンビでしばきに行ったと思ったら、ロス大統領自身が"Together"とか掲げている癖してなぜか裏で一枚噛んでいてアダマンチウム強奪事件の自作自演している疑惑が浮上し、かと思ったらロス大統領が暗殺未遂に遭うし、さらにロス大統領がそんなことになったのは、全ての裏で(ちょっとした)陰謀の手を引いている『インクレディブル・ハルク』(2009年公開)以来の、リーダーことサミュエル・スターンズとかいう科学者が、ガンマ線の影響で『続・猿の惑星』のミュータントみたいな姿になって最強の知能を手に入れて激ヤバ技術を開発しロス大統領含む複数名を半分洗脳的な感じで操っていたからだった、という混沌。


 途中、アダマンチウムのあるインド洋にて、日米の艦隊が対峙、太平洋戦争ならぬインド洋戦争勃発ギリギリ状態で混沌のおかわり。


 色んな勘違いで海戦が始まりかけるという『博士の異常な愛情または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか』や『未知への飛行』的大混乱状態を解消したのは、やはり新キャップのサム。


 そんなインド洋上、なぜか駆逐艦の中にいたロス大統領だったのですが、天才サミュエル・スターンズによって遠隔で洗脳攻撃を受けており、艦隊の指揮、駆逐艦の指揮を執ることもままならず、まるで酩酊状態もフラフラで、赤ハルク化しかけて体のあちこちがモッコリしたりしなかったり。ちょいちょい、緑ハルクと付き合ってた娘(緑ハルクは将軍時代からの因縁の相手なので自動的に娘ともほぼ絶縁中)と満開の桜並木でまた会いたいから云々言ってるし……


 いかにもハリソン・フォード好みのプロットだなぁ、という印象です。


 結論を言えば、ロス大統領はメディア各社がめっちゃいる演説の席で、登壇中、結局サミュエル・スターンズの洗脳によって完全赤ハルク化してしまい、娘と来たかったはずの桜並木でなぜか新キャップのサムとバチバチの近接格闘戦を繰り広げます。で、負けます。星条旗を背負う大統領がまさかの赤ハルク化! しかもそれは因縁の相手、緑のお友達と同じ姿で、アメリカの象徴たる新キャップに牙を剥き、ホワイトハウスも大破させるし、娘とのお花見はついには叶わないし、もう色々ぐっちゃぐちゃで、それが逆に最高でした。そしてサミュエル・スターンズと仲良く捕まって監獄島に収監されます。監獄島には娘も来て、鉄檻越しに何とも言えない会話を交わし、出番終了。グッバイハリソン。


 まさかハリソン・フォードのハリウッド俳優人生は、投獄エンドだなんて、誰が予想したでしょうか。俺カッケー的な、受け取り手によっては陳腐に感じる終わり方にならなかったのは個人的に好みです。


 というかハリソン・フォードって、最強の完璧超人、というよりも、結構致命的な弱点があるキャラクターの方がどハマりする俳優だと思います。人間臭さ、という言葉が非常に似合うんですよね。サディアス・ロスというキャラクターは、そういう意味で最終演舞にぴったりだったのかもしれません。


 確か物語中盤だったと思うのですが、老化に対する抵抗でしょうか、半裸でエアロバイクを漕いで体力強化に励むヨボヨボハリソン・フォードは、なんとも言えない哀愁を漂わせていました。ラストインディアナでもお披露目してくれた、タッパはあるし図体はでかいんだけれども皺くちゃでザ・普通のおじいちゃん感がガンガンに出てるあの感じ、また見れて、嬉しいような寂しいような、複雑な感情になりました。で、あのロス大統領&側近的な人との会話のシーン、台詞回しがとても良かったです。細かい台詞はうろ覚えですが、以下のようだったと記憶しています。



ロス大統領「五マイルランニングしたと伝えてくれ」

側近的な人「違います。三マイルですね」

ロス大統領「いいや五マイルだ!」



 ここのやりとり、私だけでしょうか、『スターウォーズ』シリーズのハン・ソロの名言を想起させられるんですよね。


 まず一つ目は、『スターウォーズ エピソード4/新たなる希望』の47:45〜あたり、砂漠の惑星タトゥーインのモスアイズリー宇宙港、カンティーナ(酒場)で、ルーク・スカイウォーカーとオビ=ワン・ケノービがアシ、つまり惑星オルデラーンまでの宇宙船を提供してくれる者を探しているシーンです。だいたい以下のようです。



ハン『ハンソロだ。ミレニアム・ファルコンの船長。ここにいるチューイ曰く、あんたたちはオルデラーンらへんまで行きたいんだってな』

オビ=ワン「そう、なんだよ。それが宇宙船が、速ければの話だが」

ハン「速ければ、だぁ!?  まさか爺さんあんたミレニアム・ファルコンの名を聞いたことないのか?」

オビ=ワン「だとしたらなんだと言うのだね?」

ハン「ケッセル・ラン(※1)を12パーセク(※2)足らずで走り抜けたんだぜ?(中略)あんたには十分なだろう」


※1ケッセル・ランとは、スターウォーズ銀河における宇宙航路の一つで、その周辺に漂う星間ガス、炭素の塊、氷塊、重力井戸、巨大宇宙生物などの大量の障害物を避ける目的で開拓された蛇行した安全航路として有名です。パイク・シンジケートという犯罪組織が、スパイス(DUNEのスパイスほど作中で重要なものではない)と呼ばれる強力な麻薬の原料的物質の採れる鉱山惑星ケッセルから、組織の拠点惑星オーバ・ディアを行き来するのに使っている、つまりはケッセル・ランがスパイス輸送の要となっているわけです。エピソード4の前日譚的映画の一つ『ハン・ソロ/スター・ウォーズ・ストーリー』では、若きハンが、わけあって、入り組んだケッセル・ランを、障害物群に無理くり突っ込んでショートカットして、航海者の間で語り継がれる伝説を作りました。


※2ここでの会話は、ミレニアム・ファルコン号の凄さを印象付けるような内容になっています。ちなみにパーセクというのは、正しくは距離の単位(1パーセク=約3.26光年)ですが、大監督ジョージ・ルーカスがうっかり速さの単位のように使って上記のような〈速さ〉についての会話が生まれてしまったのはあまりにも有名ですね。※1の通り、エピソード4公開のおよそ四十年後に公開された前日譚的映画によって、「速度が速い宇宙船」を「危険なショートカットを成功させた宇宙船」と解釈を変えて辻褄合わせがされたのですが、その解釈変更案は、実はファンの声から生まれたものです。いやぁ、素敵ですね。もはやこのエピソードは、年月的長さなのか、距離の長さなのか、速さなのか、何の単位か分かりにくい「光年」という概念を正しく理解するための、反面教師的教材と言えるかもしれません。



 二つ目は、『スターウォーズ エピソード7/フォースの覚醒』の40:20〜あたり、惑星ジャクーの廃品回収業者入植地ニーマ・アウトポストにてミレニアム・ファルコン号を手に入れた(盗んだ)レイとフィンが、見知らぬ巨大貨物船のトラクター・ビームに拿捕されたと思ったら、爺さんと毛むくじゃらが乗り込んできた、つまりはミレニアム・ファルコンの持ち主ハン・ソロとチューバッカの名コンビとご対面、のシーンです。


レイ「この船が、ケッセル・ランを14パーセクで突っ切ったのよね!」

ハン「12パーセクだ! 14だってぇ?」


 ここで再びジョージ・ルーカスのパーセク勘違いの話をすると……


 パーセクを仮に速さの単位とするならば、「12」よりも数字の大きい「14」の方が、より速いことを意味するので問題ないはずですが、実際にはパーセクは距離の単位なので、「14」よりも「12」の方がショートカットできています。しかし前述の通りその短い航路(ケッセル・ラン)は障害物まみれで極めて危険なので、ハンはレイの「14パーセク」という航路のショートカット結果の距離としてはしょぼい数字が伝言ゲームされていることに、ちょいおこ、しています。まぁミレニアム・ファルコンの掟破り的ケッセル・ランの件はどう考えても伝説的快挙ではあるので、ハン・ソロも思い入れがすごいんでしょう。あとこのネタを彷彿とさせる会話を引退作に入れ込むのは……もはやハリソン・フォード、脚本改変させてます? それか脚本担当者の忖度? と思ってしまうほどです。単なる思い込みだったらすみません。


 このエアロバイク上裸ハリソン・フォードのマイル問答、実は日本の尾崎首相(もちろん架空の人物)に会いにいく道中の大統領専用機エアフォースワン内のシーンなのですが、どう考えてもここもデジャブですよね。大統領めっちゃ強くて草、な神作『エアフォース・ワン』的な、テロリストみたいな強敵と戦う展開も期待したりしました。でも流石に、(赤ハルクでなく)本人の演じるアクションは流石にラストインディで見納めだったようで、ハリソン爺やスーパーパンチは見れませんでした。Disney+に入って運命のダイヤルを回せってことですねきっと(私はちゃんと入ってます、スターウォーズも観れるので)。


 そして話がまぁまぁ別角度になりますが、『キャプテン・アメリカ:ブレイブ・ニュー・ワールド』には、世界情勢の比喩も多分に組み込まれていて、歴史的大転換にある現代社会を調べに調べまくっている私としては、そういう意味でも大満足でした。


 例えば、合衆国大統領暗殺未遂の描写がありました。


 そして大統領の心臓病の描写、軍人の心臓が謎の技術によってイカれて心拍超スピードで死亡という、謎(とはい言いつつ原因はほぼ💉で確定)の心臓疾患激増という今現実世界で起きている悲劇の描写もありました。ロス自身も心臓病で、とにかくやたらと心臓の異常的なものが強調されていたように思います。


 作中の日本VSアメリカの描写も、現実世界の「このままアメリカの事実上の植民地であり続けるの? それともBRICSに接近していくの? はたまた中途半端なだけの中立を目指すの? どうするの日本!?」という問題だらけの状況に、一つのエンタメ的暴力的回答を与えているような気がして、一粒で二度美味しかったです。


 あ、『キャプテン・アメリカ:ブレイブ・ニュー・ワールド』の感想はこの辺にしておきます。



 🦅🦅🦅



 ハリソン・フォード主演作で一番好きな作品は、『刑事ジョンブック 目撃者』です。注目すべきはドル箱映画的ブロックバスターばかりではないんですよね。


 『刑事ジョンブック 目撃者』は、子供から大人まで、という典型的非現実性バチバチ映画ではなく、まぁまぁドロドロとした社会の闇的な世界観です。アーミッシュの描写の臨場感。汚職塗れの警察組織の陰謀に巻き込まれながらそこに吸い込まれていく彼(刑事)の正義感、愛情、二世界間での葛藤。ハリソン・フォードが俳優業に専念する前の本職、大工として活躍するシーンもあって、ハリソン・フォードらしい泥臭いアクションもあり、上映時間も二時間弱、脚本もよし、蛇足らしい蛇足もありません。そしてあの演技には、他主演作品にはない、男ハリソン・フォードのクレバスのような深淵を見たような気がします。確かアカデミー賞の主演俳優賞にもノミネートされていたはずです。めちゃくちゃ素敵な作品なので、ネタバレは敢えてこれくらいに抑えておきます。



 🦎🦎🦎


 

 『ブレードランナー』も好きです。ハリソン・フォードはあの神作で、結構なフラストレーションを抱えていたそうです。レイチェル役ショーン・ヤングと、タイレルコーポレーションの社長役(プロの演者ではなかったらしい)の演技が酷すぎて、撮影がカオスでハリソン・フォードがブチギレたらしいです。デッカードがレイチェルを少々乱暴に扱ったのは、撮影での苛立ちが現れていた説もあったりと、ここにも人間臭さハリソンが垣間見えます。終盤の、強敵レプリカントのロイとの死闘で雨に打たれる濡れハリソンはファン必見です。普段の人間臭さ全開ハリソンをおかきとするならば、ブレランハリソンは、濡れおかきです。湿気ってるけど美味いんです。いつもとは違う人間臭さ(デッカードレプリカント説を意地でも推すなら人間臭さという表現はそもそも作り物になってしまいますが)なんです。まぁ、一番人間臭いのは、ボロボロのデッカードを高台から落とさないという選択をしたロイなんですけどね。ルトガー・ハウアーがシンプルに演技上手過ぎるのもあって、あのシーンは見応えがあります。『ブレードランナー』って実は微妙なんじゃね? と界隈ではよくネタにされたりもしますが、全体通して、かろうじて自然を象徴する水と退廃的な人工光の暗澹たる画が全面に押し出されて引き込まれざるを得ず、ストーリーが難解に感じても、芸術として感性的に受け入れられるという素晴らしい作品だと私は思っています。ディストピアっぽさを、単なる陰鬱全プッシュではなく、ダークカラーの絵の具とネオンのビビッドな絵の具を清潔とは言えない水で混濁させるパレットのようにスクリーンを扱って芸術的陰鬱に昇華させているという点で、他のディストピアものとの差別化が図られているのも、『ブレードランナー』の魅力であると考えます。あれ、ハリソン・フォード語りがいつの間にか作品語りになっていますが、それはそれでよしとしましょう。



 🏃‍➡️🏃‍➡️🏃‍➡️



 『逃亡者』も何やかんやで好きです。ただ、一応主演となっている冤罪医師役のハリソン・フォードが、完全に保安官役のトミー・リー・ジョーンズの好演に食われてしまっています。その証拠的存在として、保安官主体の続編が出てました、確か。主演が助演に食われるというのは、演者本人の技量的問題の可能性もありますが、脚本とか、編集とか、諸々の複合的要因で起きる現象だと思います。というか裏を返せば、脚本上トミー・リー・ジョーンズの演技を立てた方が面白くなりそうだったがために、敢えてハリソン・フォードが譲歩した可能性もゼロではないのではないでしょうか。制作・製作側に結構なケチをつけるタイプの彼が、主演としてガンガン我を出したい気持ちをちょっと抑えて、完成した作品が『逃亡者』なのであれば、もちろん妄想的決めつけが過ぎるかもしれませんが、ハリソン・フォードの人間的成長という観点から、この作品は価値があります。もちろんくどいようですがトミー・リー・ジョーンズの演技は素晴らしいので、おすすめの作品です。



 🦁🦁🦁



 ジャック・ライアンシリーズの『パトリオット・ゲーム』と『今そこにある危機』は、内容忘れちゃいました。面白かったはずなんですけど……もう一回見ます、すみません。というか、アクションハリソンは、脳内で話が混同しちゃってます笑。



 🪢🐍🎩



 最後に『インディ・ジョーンズ』について語りましょう(もちろんハリソン・フォード主体で!)。私の知識欲を目覚めさせ、かつ私が創作を始めたきっかけの一つである作品なので、結構思い入れがあります。尊敬(というかほとんど崇拝)する大監督ジョージ・ルーカスが原案を務めている点も大きいですが。「あんなん『タンタンの冒険』のパクリやんけ!」という声があるかもしれませんが『インディ・ジョーンズ』シリーズの多くででメガホンをとったスピルバーグがそちらでも監督を務めておりますので、権利的な問題は無し、と判断させていただきます。


 『インディ・ジョーンズ』と聞いて真っ先に思い出すのは、あの名台詞です。


「考古学が追求するのは、事実であり……真理ではない。もし諸君が知りたいのが真理であるのなら、タイリー教授の哲学講義が、そこの廊下を真っ直ぐ行けばあるぞ」


 つまりは正統派の考古学は、事実準拠のれっきとした科学的研究であり、オカルト的イロモノではない、というわけです。


 が、考古学者インディアナ・ジョーンズはそう言いながらも、現行の科学では説明がつかないような、ある種幻想的とも言えるような数々の怪現象に見舞われるという真逆の展開になるところが、『インディ・ジョーンズ』の醍醐味ですよね。結局考古学の背後には、どうしてもいつも超常的ロマンがチラついているのであり、それを無視してしまうことは、考古学の面白さの幅を狭めてしまう。SF的アイデアが、後に現実の科学の発展に寄与することがあるように、古代遺跡と宇宙人だとか、突拍子もない繋がりを仮定することが、考古学の事実と論理の壁をぶち壊すわけです。ガチガチロジカルシンキングに囚われず、柔軟で豪快なビッグバンセオリーにも目を向けなさいというメッセージが、込められているような気がしてなりません。

 

 しかも、その台詞を、ハリソン・フォードが放つから、いいんです。何がいいのかと言うと、圧倒的な「抜け感」です。彼の俳優としての魅力は、人間臭さにあると何度も強調してきましたが、その人間臭さが、台詞つまり声に「抜け感」を与えています。決してやる気がないわけじゃないんだけれども、何だかそのキャラクター相応に気だるそうな感じ、社会の荒波に揉まれてきた人間のリアリティのようなものが、抜け感満載の声として現れているんです。あれがたまらないんですよね。考古学の堅苦しさと派手さという撞着オクシモロンの中空を滑らかに繋ぐ、架け橋のような役割を、ハリソン・フォードが担っているんです。あれは、彼にしかできない芸当です。


 でもって、ハリソン・フォードのインディアナ・ジョーンズは、何度非現実的な事件現場に居合わせても、毎回、鳥籠の中で世界の広さを知らずにいる子供かのような、新鮮な表情を見せます。彼は事実と論理を重視していながらも、ぶっ飛んだ子供心を忘れない、だから運命の分かれ道の正解を引き当てられるし、冒険の困難も乗り越えられる、いい意味で大きな子供、なのだと、私は解釈しています。そしてそれはほとんどハリソン・フォード本人にも当てはまるものであり、ハリソン・フォードがもしも大きな子供ではなく大きな大人であったならば、現実世界でもプロペラ機を墜落させたり、ヘリで遭難者を救出したりはしないでしょう。


 

 ー=✈︎



 最後に、ハリソン・フォードあるあるでシメたいと思います。



 ハリソン・フォード、飛行機で墜落しがち。

 映画でも、現実でも。

 


 

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ハリソン・フォードという俳優~魅力的人間臭さの権化~ 加賀倉 創作【FÅ¢(¡<i)TΛ§】 @sousakukagakura

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