一一の恋

かごのぼっち

一一と四月一日五月

 僕の名前は一一。


 言いたい事はわかっている。何て読むのか、だろ? 一一と書いて


 にのまえはじめと読む。


 だが、うちの親は息子にこんなふざけた名前をつけておきながら、僕の事をはじめなんて呼んだ事はない。


 いっちゃん


 そう呼ばれていた。


 そうだ過去形となっている。当然それには理由わけがある。

 お隣に幼馴染みの女の子が住んでいる。


 四月一日五月。


 言わなくてもわかっている。こう呼ぶのだ。


 四月一日わたぬき五月いつき


 いっちゃん


 まったく親ってやつは子どもの名前を何だと思っているのだか。悪ふざけにもほどがある。


 そしてお気付きの事だと思うのだが、二人のあだ名が被っている。なので、早生まれの彼女が『いっちゃん』で、僕は『にぃくん』となった。


 『はじめ』はどこ行った!? と、文句のひとつも言いたいところだが、あだ名なんてものは一人歩きするものだろうと、諦めた。


 だが、皆が僕の事をにぃくんと呼ぶ中、彼女、四月一日五月だけは僕の事をはじめの名前で呼んだのだ。 


「は、はじ、はじめまちて、はじめ、くん?」


 彼女は隣人であり、幼稚園、小学校も同じだから、遊ぶ時はいつもいっしょだった。


 ずっと一緒だったから、僕たちは姉弟のように仲良く育ったのだが、中学に入って、いつきの体つきが女性らしくなり始めてから、自然に彼女を意識するようになった。


 「は、はじめくん。き、今日は、何して遊ぶ?」


 いつきは小学校の延長線で、いつものように遊ぼうと誘ってきた。僕は制服姿のいつきに少しドキッとしてしまった。髪も長くなって、さらさらと風に揺れ、それを指で耳にかける、そんな、ちょっとした仕草が、とても女性らしい振る舞いになっているいつきの事を、僕は意識するようになった。


「お前、女と遊んでんのか?」

「しかもこんな女と?」


 僕は、急に恥ずかしくなって、いつきとの間に一線を引くようになってしまった。


 いつき、ごめん。


 僕は心の中でいつきに謝りながらも、いつきの懇願するような顔を見ないフリをして、男友だちと遊びに行った。


 その時僕は確信した。


 僕はいつきの事が好きだ。


 いつきへの想いをハッキリと感じた瞬間だった。


 男友だちと遊びながらも、どこか上の空の僕は、「お前、面白くねえな?」とか言われるようになって、いつの間にか遊びに誘われなくなった。


 かと言って、また、いつきと遊ぶには、理由がなかった。


 僕といつきは、それぞれの部屋で、独りで過ごすようになった。


 高校に入って、僕といつきは別々の高校に通うことになった。僕は進学校で彼女は女子校だ。


 数カ月後。母親が僕を呼んだ。


「にぃくん、高校は楽しい?」

「ん? まあ⋯⋯」

「にぃくん、そう言えば最近、いっちゃんとは話してる?」

「ううん、話さない。どうして?」

「いっちゃん、学校で上手くいってないらしくて。あの子、吃音じゃない? だからかわかんないけど、いじめられてるんじゃないかって、いっちゃんのママが心配してたから」

「そんな事で?」

「最近、部屋に閉じこもって学校に行ってないみたいよ? にぃくん、相談に乗ってあげたら?」

「なんで僕が⋯⋯」


 とか言いながら僕は、いつきの家に向かっていた。


「あらにぃくん、来てくれたの? いっちゃん部屋に閉じ籠もっちゃってねぇ⋯⋯あの子、顔出してくれるかしら?」

「二階の部屋に上がっても良いですか?」

「ええ、是非声かけてあげてくれるかしら?」

「お邪魔します」


 コンコン。僕は二階に上がるといつきの部屋のドアをノックした。


「いつき、いる? はじめだけど⋯⋯」


 ガタン! ガタタ⋯⋯ゴソゴソ⋯⋯。


「突然来てごめん。母さんにお前のこと聴いてさ⋯⋯相談に乗ってやれって言うから」


 僕は普通に彼女が心配で⋯⋯違う。


 僕はいつきに逢いたかったんだ!


「ドア、開けてくんない?」

『だ、だめっ!』

「だめ?」

『⋯⋯だめ⋯⋯だよ、そ、そんな、き、急に』

「学校なんて行かなくて良いよ、いつき」

『っ!? な、なんで⋯⋯はじめくんに、か、関係、ない』

「僕がいつきの代わりに勉強頑張る」

『な、なに? なにそれ?』

「⋯⋯今は言えない。それより話ししたいんだけど、このまま良いかな?」

『ん⋯⋯す、少し、なら?』

「ありがと」


 そう言って僕はドアにもたれた。ドアの向こうからも音がした。ドアを挟んで背中合わせだろうか。


「いつき、好きな人とかいるの?」

『な、なに、なに!? ととと、突然!』

「いない?」

『い、いる。いるもん』

「⋯⋯そっか。そいつ、僕より格好いい?」

『う、あ、あたりまえ』

「そっか⋯⋯いつき」

『⋯⋯ん』

「中学の時さ」

『ん』

「遊んでやれなくてごめんな?」

『な、ん、そんなこと⋯⋯どうでも』

「ずっと謝りかったんだ、僕はいつきが好きだから」


 ガタッ!


 「でも、その好きな人に好きな人がいるらしいから、僕はもう⋯⋯諦めるよ」

『い、いいい、いない! そんなのいない! 私のすすすすす、好き、好き、好き、好きなのは、は、はじめだけ!』

「好き、多すぎだろ」


 ドアが開き


 隙間から光が漏れて


 二つの影が重なった。






      ─了─

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