クリムゾン Divide or Unite?
花森遊梨(はなもりゆうり)
同じ試験ー15 同じ都内ー16
中学の卒業式が終わった。
同じ立場であろう学生服が屯するミフタードーナシの店内。机の上に二つの卒業証書、一つの合格証書。
わたしは都内で高卒同然。
まだ15歳の春。いつも一緒に歩んできた私たちが、それぞれの道を歩み出す時がついにやってきた。
ーまたね、大好き
初めて軽く抱き合うと、わたしたちはそれぞれの道へと歩み出した。
そして年は遡る。ちったぁ読者の立場に立てよバーカ!
わたしは
14歳にして、学校に行くのが馬鹿らしくなった。
同年代はおむつが外れた以外は幼稚園児も同然、可愛さはゼロで腕力だけが大人並みの最低生物、なにより10年生きてるクセに人のモノと自分のものの区別すらろくにつかないのが当たり前。そんなのがクラスの過半数を占めるのが信じられない。
そして15歳の夏。不登校真っ最中の夕方
「もーみじー」
聞き慣れた声と共に自室の扉が開かれた。
「学校のプリント持ってきたよん」
赤みがかったセミロングを大きな黄色いリボンでツインテールにし、前髪はワンレン。ちょうど前髪の分け目あたりからアホ毛のように一房飛び出しているのが特徴的。目尻の少し上がったキリっとした眼の色は狐色。彼女の名前は
「わけもなく寂しい。抱きしめてほしい」
わたしは軽く手を開いた
ばふん、
でかい抱き枕が投げ込まれた
「私が使わなくなったやつをあげるわ。ものたらないならしばらくベランダに放置してから抱きしめてみると寂しさに効くよ」
「そこは陽炎が軽く抱きしめたりしてほしかった」
陽炎が持ってきたプリント類に一通り目を通し、口をついて出た言葉だった。
「ねえ紅葉、あんなミソもクソも一緒くたは中学に行かずに学歴を得られる方法ってないの?」
「あるよ、高認ってやつが」
カバンから難しそうな紙を差し出された。人生の分かれ目はいつもライトに訪れるらしい。
「どうして都合が良くこういうのを持ってるの?」
「まぁ、私はそろそろ高校に入ることに専念したいから?」
平均的な高校入学試験程度。にもかかわらず受かれば高卒と見做される。が、それ以外は自分の知っている制度とは違うらしい。
・年齢制限がないので今すぐ受験可能。
・国家試験のくせになぜか都道府県ごとに実施される。
・実施する都道府県にかなりの裁量がある。
かなりの世紀末仕様だ。
両親の許可はすでに得ている。
ーこんなものがあるなら義務教育期間というお手つき期間のうちに学校に通わせなくて正解だったわ!
ー高校受験と同時に高卒?そりゃあいい!!うちは医者の家系じゃない。履歴書の空欄さえ埋まれば学校で何一つ学ばずとも全く問題もないからな!
教育の義務と学問を全否定であった。これで職業が国立大学の職員というのだから不思議である。
そんなわけで高認に向けての勉強が始まった。高校受験レベルの試験を受ければ基本的には合格できる難易度だ。
そして私は不登校といっても、引きこもりニートという子供部屋に君臨する女王の座へと続く覇道を歩んでいたのではなく、未練がましく在宅学習に余念はなかった。
陽炎経由で学校のプリントだけは定期テストに関しても学校の看板に無料で泥パックもやぶさかではないと在宅で試験勉強の傍ら、学校と教師全員の電話を着信拒否に設定して試験日までダンマリを決め込み、まんまと(陽炎経由のお手紙で)通信でもいいので受けてくださいなんでもしますからという言質をとり、なかなかの好成績を出したりしている
勝算はデカい。
「埼玉で受けちゃダメよ。試験委員がうちの中学の校長になってから合格者が出てないから」
早速とってきた受験票を一目見た陽炎の言葉であった
陽炎曰く、うちの中学の校長は「高校にすらまともに通わず、高等学校卒業程度認定試験だけを受けて容易く学歴をせしめようとする阿呆に高校卒業と同程度というふざけた証明を与えるのは自分の主義に反する」という理由で、「高認受験者を絶対に通さぬ方針」をとっていた。
「高認はさまざまな事情で高校に行けないけど諦めたくない人に変則的な進路を提供するための試験のはず。それを変則的な進路を許さないと受験者全員を落とす?何も理解できない完全な馬鹿じゃない?」
「合格者失格者ともにノルマなしの仕様だし、基本的に国が言うからしょうがない実施だけして流しとくかといった感じなんでしょ?よそで勝手に合格するやつがいるから受験生を公然とサンドバッグにしても自己責任で片づけられるしね」
ようするに高認はまともに勉強してまともに試験を受ければ基本的には合格できる反面、絶対に誰も合格させないと決めたまともでない人物がその県の試験を担当した場合、合格者がゼロ人が当たり前になって、まともな試験ではなくなってしまうのである。しかも高認受験者を憎むまともじゃない試験関係者は、非常に多い。
「なら最初からんな試験なんかすんなよってのはわたしだけかな、陽炎?」
「かつて受ける側だったってことを差し引いてもまったく同感なのが悲しいね…」
1週間後。
「もみじー!青森で行われる高認は試験員がまともみたい、カバンの中に予備試験の受験票が」
「だめだよ。全員不合格確定だから」
こんどは陽炎を私が一蹴する番であった。
なぜかといえば、青森の高認は八月のお盆真っ最中に開催される。しかし、ここ10年ほど、受験者が多すぎるという理由で、7月末に予備試験と称して科目選択式で前倒しで試験を始める。
そして八月に入ると毎年必ず「予備試験の著しい成績不良につき今年度の高認は中止」と掲示し、その年の高認そのものを終わらせてしまうのだ。
「青森の試験中止は「全科目落第」と同じ判定になるから、これまで合格してきた科目がパーになるブービートラップ。陽炎には悪いけど青森の試験は見送らせてもらうよ」
「高認ごときのために貴重な休みが減るのは絶対に避けたいってこと?お盆らしくそのまんま首を吊ればいいのに」
なぜ首を吊るとお盆らしいかは置いておいて、わたしはさらに北の地、つまりは北海道がオンラインで学習支援をしてくれるという情報を掴んだ。陽炎は山口の試験委員が正真正銘にまともという情報と受験票を手にして我が家にやってきた。両親には学歴を買いに行くといって山口県までの交通費を出してもらった
「試験勉強より外を走り回ったり、両親の学問に価値を持ってないと思い知る時間の方がずっと増えた」
「ま、本来なら高校3年かけて学ぶ世渡りや立ち回りや計画性を、高校在学期間がごっそり抜け落ちてるのにパーフェクトにこなせるという、まともに高校に通った人にとってヒジョーに苦々しい存在になるためには、こういうのが必要ってことなのよ」
そう語る陽炎に疑問を抱いた、二人とも中学三年生、高校受験を控えているはずだ。もう夏休みも終了し、いよいよ後がない時期だ。
「そういえばさ、陽炎は自分の受験の心配はしなくて大丈夫なの?」
高校受験にせよ現実から逃げるにせよ、とにかく死に物狂いになるかという時期のはずだ。
「私も高認には12歳のころから地元埼玉で受けて三回落とされてるから」
壮絶な人生がさらりと明かされた。
「とんだ生き証人」
「高校受験は問題ないし、紅葉が試験受かれば変則的な進路を許さないという主張を持ちながら権力に逆らえずに試験だけは大人しく従うというのうちの校長は骨髄から血液まで「THE・無様」で、その余波でハゲのデブになって地方のバカ中学でダメ人生を送っているということが確定する。だからくれぐれも頑張ってきて」
そして今。
わたしは16歳。今の勤め先は日比谷のカフェ、寮と制服付きで時給1160円。
閉店して間もない店内
「もーみじー、都内の高校は埼玉以上のガマン大会。もう少し英気を養わせてくれー」
聞きなれた声、赤みがかったセミロング、首から下以外は何も変わらない陽炎だった。わたしもカフェの制服以外は変更なしなので、釣り合っているといえる
「近くに住んでるなら一年以内に連絡が欲しかった」
そういえば、お互いに都内に行っていた。23区と奥多摩みたいな死別も同然の距離ではなく、それも近いところにいた。
「またね」は拍子抜けするほどあっさり実現したのだった。
クリムゾン Divide or Unite? 花森遊梨(はなもりゆうり) @STRENGH081224
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