巡り、変わり、また巡り
幸まる
変身洗濯機
「もう三年も使ってるんだもん。子供だって産まれるし、ドラム式洗濯機に買い替えたっていいと思うの」
実家に帰って来て、居間でコタツに足を入れた
妊娠が分かって、はや五ヶ月を過ぎた。
妊娠を期に、前から欲しかったドラム式洗濯機を手に入れたいと思っている一恵に対し、夫の
曖昧に相槌を打つ台所の母も、茂と同意見なのかもしれない。
むぅと唇を歪ませた一恵の横で、座椅子の上にちょこんと小さく座っている曽祖母が、コタツの上に広げられた、数冊の最新型洗濯機のパンフレットを眺めて言った。
「すごいロボットだねぇ、かずちゃん」
「ひいばあちゃん、ロボットじゃなくて、洗濯機よ」
「へえぇ、これ、洗濯機なのかい? どうやってゴシゴシするのかねぇ」
ゴシゴシ?
そういえば昔は、表面にギザギザが付いた洗濯板っていう物で、ゴシゴシ擦り洗いしていたんだっけ?
そう思い出して聞けば、曽祖母は大好物の黒かりんとうを砕いたものを口に入れた。
入れ歯をはめた曽祖母は、人差し指くらいの大きさの黒かりんとうをそのままでは食べられないので、先に割って、指先ほどに小さくして食べているのだ。
飴玉の様にコロコロと口中で転がしながら、曽祖母は昔を思い出したように、深く頷く。
「そうだねぇ、井戸から水を汲んで、タライに水を張ってねぇ。石鹸でゴシゴシするんだわ」
「すすぎや脱水は?」
「そりゃあ何度も水を替えて、最後にぎゅうっと絞ってねぇ」
「全部手でやるの!?」
思わず驚いて聞けば、曽祖母は「そりゃそうだわ」と笑う。
口の中にかりんとうが入っているからか、声がなんだかモゴモゴとしている。
「なぁんも機械なんかなかったからねぇ。赤ん坊の
「……紙オムツなんてないんだ」
「なかったねぇ。綿布でたくさん用意するけど、梅雨時は乾かなくて、
七輪は分かるけど、軍鶏籠って何?
どうやら鶏を囲う竹籠だというけれど、乾燥機がないとそんな風にまでしなきゃならなかったのかと、ただただ驚く。
「大変じゃない……」
「それが当たり前だったもの。赤ん坊がいると、一日があっという間で終わって、大変だとか思う暇もなかったよぅ」
懐かしそうに目を細める曽祖母は、唾液で少し柔らかくなったのか、口の中のかりんとうをゆっくり噛みながら、ドラム式洗濯機のパンフレットを節くれた指で撫でた。
「便利な世の中になったねぇ。魔法みたいだ」
「魔法じゃなくて、進化だよ」
「そうか、そうか」
ふにゃふにゃと可愛らしく笑って、曽祖母は一恵の少し膨らんだお腹に手を伸ばす。
「色んなもんが変わったねぇ。でも、産まれてくる子は変わらんさ。便利なもんがあるなら何でも使ってええ。産まれたら、大事にしておやり」
節くれた指は固いはずだが、お腹を撫でる仕草は優しい。
この指が、あかぎれだらけになって祖母達兄妹を育てたのだ。
その祖母が母を育て、母が
そして、今度は、この子を私が守り育てていくんだ……。
一恵は自分のお腹を見下ろした。
妊娠が分かって喜び、赤ん坊が産まれるからとあれこれ準備を楽しんでいたが、この子をどうやって育てていくのか、ちゃんと考えていたのだろうかと、初めて我が身を振り返って考えた。
「お母さん、デイサービスのお迎え来ましたよ」
祖母が居間にひょこっと顔を覗かせて言った。
お茶をズズッと啜っていた曽祖母が返事をして、一恵の手を借りて立ち上がる。
手を離す時、言った。
「かずちゃん、気を付けてねぇ」
まだ元気な曽祖母だが、百に近付く高齢であるのに、一恵に向かってそんな声を掛ける。
チグハグだと苦笑しながらも、祖母と共に廊下に消える曽祖母の後ろ姿に向け、一恵は手を振った。
コタツに座り直そうとした時、丁寧に揃えて置かれたパンフレットが目に入った。
最新型のドラム式洗濯機。
……これは、自分が欲しかっただけ。
小さく割られた黒かりんとうを口に入れる。
悪阻中は食べられなかったけれど、今はこの甘くて濃い味を美味しいと感じた。
少しずつ、私の身体は母になろうと変化しているのだ。
「……必要なもの、ちゃんと見直そうかな」
「茂さんと一緒にね」
ボソリと呟けば、台所からお茶を持って来た母が向かい側に座り、黒かりんとうを摘んだ。
洗濯機を買うつもりだったお金は、この子の為の何に使えるだろう。
そう考えると、お腹の中で、小さな生命がポコンと返事をした。
《 終 》
巡り、変わり、また巡り 幸まる @karamitu
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