第11話 新生活(八) 敗戦処理
「はあ、はあ。……ママ、私、やりました」
ユークレイドの意識が落ちた。セリナはラモーナに微笑みかける。
さっきまで激闘に耐えていたとは思えないほど柔らかく、ピュアな笑みだ。
その
「やりました…って、ねえ、怪我はない?その血は?もう止まったの?ああいや、やっぱいい、無理に答えなくていいから、もう動かないで、じっとしてて。」
「はい、大丈夫です。でも、ちっとも体が動かせません」
「それは大丈夫じゃない!いいから安静に!とりあえず私お水持ってくるから、じっとしてて!」
「はい………」
「お待たせー!!」
両手にコップを持って、少しビチャビチャと水をこぼしながらラモーナが大急ぎでやってきた。
「はいお水。どう?飲める?ちょっとごめんね、仰向けにするから」
コッブを地べたに置き、セリナの元に
「すみません………」
セリナはごろんと弱々しく転がり、仰向けになる。
「謝る事じゃ…うわっ!なにこれ、ひどい血じゃない!」
「そんなに……ですか?」
「そんなだよ、本当に無茶してくれちゃって」
セリナがもともと倒れていたところには血溜まりが、セリナの今着ている修道着には赤黒い
「その……すみません……」
「ん?何が?」
「服、こんなに汚しちゃって……」
全くもってお
「はあ?何であんたがそんなことで謝るのさ、謝るべきはユークレイドなんだから、あんたは気に負う必要ないの。いいから、まずは飲みな」
「はい……」
弱々しく、申し訳なさそうにセリナは答えた。
セリナが二杯の水を飲み終えて、だいぶ落ち着いた頃、ラモーナは申し訳なさそうに話を切り出した。
けれど、その言葉には確かな信念が
「ごめん、私はまだやるべきことがあるんだ。だからセリナちゃん、そこでじっとしててくれ」
「はい、分かりましたけど……一体何を?」
ラモーナは少し笑ってこう言った。
「奴らの敗戦処理さ」
「
その掛け声で、レザンダースの等身大とほぼ同等の大きさの魔法陣が現れる。
先に出していたシンプルな丸に長方形が無造作に乗った、鍵のシリンダーのような形状の魔法陣が二重丸になったものだ。
バージョンが上がったこの魔法からは剣の刃が、勢いよくザッと生えた。
彼の姿は、
さっきから何とか立ち上がって継戦するも、圧倒されるばかりでこちらからの攻撃は通用していない。そもそも全然攻撃をさせてもらえていないのだ。
どこかで反撃をしないと負ける、危機感を覚えたレザンダースはどこかでその機を
そんな追い詰められた彼は、この瞬間、今だ!とばかりに
サーディンは前から剣、上から滝と手強い相手だが、実は正面の火力はそこまでない。つまり彼は剣の技量で押されているということになる。
ならば、剣の技量を火力で上回ればよい。
はずだった。
サーディンはまだ策があるかのように魔法を使う。
「その希望を打ち砕く!
現れたのは、二重丸の中に、雫のマークを二つ並べてハート型に、それを四つ使ってクローバー型にまとめた形。
群青色の魔法陣。
今まで頭上にあったから見ることが叶わなかった魔法陣が、レザンダースに向けて顔を出す。
おかしい。滝は上から流れるのに、なぜ前を向く。
レザンダースが違和感に気付くのは一瞬だ。
その違和感を押し殺して叫ぶ。
「その魔法陣ごと、砕く!」
剣が振り下ろされ、魔法陣に差し迫る。
それが触れる、寸前、群青の光に
光はレザンダースにまで届き、驚きをもたらす。
「今更何をっ!?」
────粉
俺の、レザンダースの大剣が砕かれた。
俺はテーブルまで吹き飛ばされた。
その原因は明らかだった。
滝が、横に落ちてきた。
訳が分からない。
訳が分からないのだが、これが魔法だ。何だって起こりうる。
それが、第三種ならば
ああ、あれはきっと第三種だろう。
「くそっ、どうなっている……」
頼みの
圧倒されている。体技、と魔法、両面で勝ち目はなさそうだ。
神はいつだって俺のことを助けてはくれなかった。
神なんて信じちゃいない。
だから俺は自分を頼って戦っているのに、勝てない。
力が足りない。ずっとずっと足りていない。
ここで負けてなんていられない。だが、この群青の髪の男には勝てそうにない。
ここで終わってしまうのか?
群青の魔法陣が再び光る。
「ここで終わりだ。俺はサーディン・コーネリウス。覚えて
そんな時だった。希望を
「はあ、はあ、はあ、はあ」
「残念、もう終わりなのね。日が暮れるまで耐えて、ま、それでも頑張ったほうじゃない?
お疲れさま」
「誰が……終わりって……?」
「あなたよあなた。誰が見たって限界だって。もう戦うのやめなよ、ね?」
確かにそうかもしれない。今、現にあたし───シトラは何度もサボテンのように
向こうの三日月の方があたしの光輪より弾速も弾数も上で、さらに一発一発の大きさはそのままに破片がこっちに向かってくる仕様になっているため、
あたしの目的は足止めだから、倒されさえしなければ良いのだが、なかなか厳しい。
だからと言って戦いをやめる?
そんなことするわけない!
「そんなの、あんたがやめて欲しいだけでしょ………!やめるつもりなんてないから……!」
「そりゃ、私だってやめたいよ。でもさ、言ったじゃん?これ、仕事なのよね。私からはやめられないの。だから、ね?お願い?」
「仲間を売るバカがこの教会にいくらいると思ってんのよ!ゼロよ!分かる?ゼ・ロ!」
「はーあ、もう警告はしたからね?」
ふんっ!気怠げにため息までついて
それが何よ!
あたしの最大火力で迎えてやる!
「かかってきなさい!」
互いが戦い合う方向で意気投合した。
「
「
その時、ママの声が私たちの耳を突き破るように聞こえてきた。
「聞け!侵入者のバカ者ども!こちらはここ、グランブ協会の管理をしている、ラモーナ・マンガンだ!手短に伝えよう!お前たちのボス、ユークレイドはお前らの言う魔女により撃退された!真か偽か、気になるのなら、教会に
やっぱりセリナちゃんは魔女だったのか。それでどうやらもう一人いた追っ手を撃退した、と。セリナちゃん、案外強いな。
などとあたしは考えていたのだが、マニュは何やら穏やかではない。
「嘘………え?…………そんな……こと……………」
見るとマニュの顔がすっかり青ざめている。ユークレイド……こいつの言っていたカリグランスさん、との関係はあるの?そんなことを考えていたら───
「カリグランスさんっ!」
マニュが
あの子との思い出を懐古していると、最初に侵入してきた群青髪の男も中庭にやってきた。すぐに通り過ぎていった。おそらくマニュと目的地は同じだろう。
あいつ、そういえば無傷だったな。
レザンがあいつと戦っていたはずで無傷……つまりあのレザンが負けた!?
あたしは駆ける。さっき出た裏口から進入し、机の方を見る。
「あっ……いた。レザン!大丈夫?」
びしょ濡れでゼエゼエ言ってる姿は見るからに大丈夫ではないが、一応。
「なんとか」
「よかったあ」
裏庭に少し迷いながらマニュとサーディンは辿り着く。
その先には気絶しているユークレイドの肩を支えるラモーナと、すーすー寝息を立てているセリナの姿があった。
「よく来たね。こいつは持ち帰ってくれ。それと、私たちに手を出すなってことを、お上に伝えておいてくれ」
ラモーナが言うと、彼らはユークレイドを奪うようにして、足早に去っていった。
敗走の背を追う者も、逃走を見届ける者もいなかった。
ラモーナはそこに転がっているセリナに礼を言う。
「ありがとう。そしてこれからも、よろしくね」
黒髪の魔女 カクマナ @kazamidori01
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