神様:リュカエル

 遠い昔、生者と死者の境界線が曖昧だった時代。世界は、生者の欲望と死者の怨念が渦巻く、混沌とした状況にあった。生者は死を恐れ、死者は生を憎んだ。その感情はやがて、両世界を巻き込む大規模な争いへと発展した。


 私は、その争いの只中にいた。当時はまだ、死者の国の神ではなく、ただの一人の死者の魂として、この世界の均衡を保つ役割を担っていた。マスターもまた、生者側の人として、私と同じように、この世界の調和を願う存在だった。


 争いは、凄惨を極めた。生者は死者を畏怖し、死者は生者を呪詛した。両者の感情は憎悪と絶望に塗り込められ、世界は終末へと向かっているかのように思えた。


 私は、マスターと共に、争いの鎮静化に奔走した。両世界の代表者たちと対話を重ね、互いの誤解を解き、和解の道を探った。しかし、争いは容易に収束せず、むしろ激化の一途を辿った。


 戦火は広がり、多くの魂が犠牲となった。生者の世界は荒廃し、死者の世界は怨念に満ち溢れた。私は、目の前で繰り広げられる惨状に、無力感を覚えた。それでも、私たちが動かなければ、他の人は動いてくれない。この悲劇に嘆きはしても上に物申す者は私たちの他にいなかった。


 そんな中で、私は不思議な魂にであった。これまで私が見てきた魂は後悔に蝕まれて、薄汚く魂の形も保てていないものが多かった。しかし、彼女の魂は綺麗な透き通った蒼だった。彼女は、戦いの最前線にいた。生者と死者の狭間で、傷ついた魂たちを癒していた。彼女の存在は、まるで戦場に咲く一輪の花のようだった。


「争いを終わらせるには、憎しみではなく、愛が必要なのです」


 彼女は、私にそう言った。その言葉は、私の心を強く揺さぶった。彼女の瞳は、絶望的な状況にあっても、希望を失っていなかった。私は、彼女の言葉に導かれるように、再び立ち上がった。


 彼女の言葉をマスターにも伝えた私たちは再び、両世界の代表者たちと対話を重ねていった。そして、私たちの言葉は、少しずつ人々の心に響き始めた。争いの愚かさに気づき始めた者たちが現れ、次第に和解を求める声が大きくなっていった。


 そしてついに、長きにわたる争いは終結を迎えた。両世界の間に、平和が訪れた。しかし、その代償は大きかった。争いの終結と引き換えに、私は大きな力を使い果たし、死者の国の神となった。


 争いの後、私はマスターに言った。「これからは、共にこの世界を見守りましょう」と。マスターは、静かに頷いた。


 私たちは、争いの記憶を胸に、新たな世界の創造に尽力した。生者と死者が互いに尊重し、共存できる世界。それが、私たちの願いだった。


 争いの終結後、私は死者の国の神となった。それは、私の意思ではなく、世界の均衡を保つために与えられた役割だった。私は、戸惑いながらも、その役割を受け入れた。


 死者の国の神となった私は、まず、荒廃した死者の世界の再建に着手した。争いの傷跡は深く、多くの魂が彷徨い、苦しんでいた。私は、彼らの魂を癒し、安らぎを与えるために、力を尽くした。


 同時に、生者と死者の世界の間に、新たな秩序を築く必要があった。争いの再発を防ぎ、両世界が平和に共存できる仕組みを作る。私は、マスターと共に、長い年月をかけて、その仕組みを作り上げた。


 マスターが経営するCafe Nothingを死者の国への入口とし、マスターには、門番という役職を与えた。カフェは、生者と死者の世界を繋ぐ特別な場所であり、マスターはその門番として、両世界の均衡を保つ役割を担う。マスターは、私にとって、最も信頼できる存在であり、彼がいなければ今の死者の国はなかっただろう。


 死者の国が安定し、国内での魂の循環システムが確立されてからは、私は悩んでいた。私は死者の国の神として、長く死者の国を離れることはできない。しかし、後悔に囚われ、自力で死者の国へ来られない魂がたくさん現世には存在する。本来、その魂たちも輪廻転生されるべき魂たち。そこで、私は優しく、強い魂の持ち主である死者、フアナに目をつけた。


 フアナの魂には、魂の循環システムから外れてもらい、死者の国の新たな役職、魂の導き手となってもらった。


 魂の導き手たちは、現世で彷徨う魂を導き、死者の国へと連れてくる。彼らの活動は、死者の国の魂の循環を円滑にするためには不可欠だった。


 フアナは、優しく、強い魂の持ち主だった。彼女なら、彷徨う魂たちに寄り添い、彼らを正しい道へと導いてくれると信じていた。


 そして、最初の魂の導き手が誕生してから数年後、シオンという少女の魂も魂の導き手と成り得る可能性があった。シオンに試練と役職の選択を与えたのは、彼女の魂の特異性に期待したからだった。シオンは、過去の争いで出会った、あの魂に似て、強い光を放っていた。彼女なら、試練を乗り越え、死者の国を新たな時代へと導いてくれるかもしれない。


 私はこれまでに、フアナ、シオンの兄、シオン、その他数名に試練を受けない道を示した。それは、彼らの魂が持つ特別な性質に気づいたからだった。彼らは、他の魂とは異なる。試練を受け輪廻転生を繰り返すことももちろん可能。しかし死者の国で重要な役割を与えた場合、これまで私とマスターで行ってきた死者の国と生者の世界の平和をより果たすことができる。彼らの力を、死者の国の安定のために役立てたいと考えた。


 死者の国の試練は、魂の成長を促すためのものであり、輪廻転生を望む者には、必要不可欠なものだ。しかし、魂の循環システムから外れ、死者の国の者として役割を果たす場合、試練は絶対的なものでない。試練を受けなくても、魂は成長できる。大切なのは、魂が自らの道を見つけ、進むことだ。


 私は魂の導き手たちに、未来への希望を託す。彼らが、死者の国を、そして両世界を、より良い場所へと導いてくれることを願っている。


 

 そして、シオンに魂の導き手という役職を与える少し前、そして私の元に一枚の写真が送られて来た。写真に映るのは大学入学を控えた春休みに交通事故で亡くなった木崎アキさん。本来であれば、そろそろ死者の国へ来てもいい頃なのに、まだ来ていないようだった。


 私は門番であるマスターに連絡を取った。


「マスター、今いいでしょうか?」


「リュカエル、どうしました?」


「これから一枚の写真を送ります。映っているのは、先日亡くなった木崎アキさん。彼女の魂がまだこちらに来ていないので、彼女の情報を集めてください。のちほど、新たな魂の導き手をそちらに行かせるので、集めた情報は彼女に渡してください」


「わかりました。木崎アキさんの情報集めておきます。ところで、その魂の導き手の方のお名前は?」


「まだわかりませんが、決まったら、お伝えします」


 その後、正式に魂の導き手になったシオンの初仕事として、木崎アキさんの魂を死者の国まで導く任務を与えた。


 シオンにとって初仕事ということで、時間が掛かったようだ。シオンに任務を与えてから死者の国時間で約1ヵ月後、アキの魂が死者の国へと辿り着くのを感じ、アキの元へと向かった。


 

 〈神様:リュカエル 完〉

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わたし、ナニモノでしょうか 月夜夏瀬 @tsukuyo_n

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