死者の国 門番:マスター

 レンガ造りのCafe Nothingのカウンターの中で、私は静かにコーヒーを淹れていた。窓の外は、生者の世界の喧騒とは無縁の、薄暗い灰色の空が広がっている。私の瞳は遠い過去を映し出すかのように、どこか物憂げに見えるそうだ。


 かつて、生者と死者の世界が曖昧な境界線で隔たれていた時代。私は、両世界を繋ぐ存在として、その均衡を保つ役割を担っていた。しかし、生者と死者の間では、絶え間ない争いが繰り広げられていた。


「愚かなことを」


 私は、静かに呟いた。生者は死者を恐れ、死者は生者を恨む。その感情が衝突し、世界は混沌と化していた。私は、リュカエルと共に、その争いを調停するために奔走した。


 リュカエルは、当時から強く、優しい心の持ち主だった。二人は互いを信頼し、共に戦った。しかし、争いは激化の一途を辿り、両世界を巻き込む大きな渦となっていった。


 その争いの中で、私はリオンと出会った。彼女は、争いに巻き込まれた一羽の烏だった。傷つき、力尽きかけていた彼女を、私は見過ごすことができなかった。私は、彼女を救うため、死者の国へ送った。


 まだ争いが続く中、リュカエルと共に、争いの真相を追い求め、両世界の代表者たちと対話を重ねた。


 長い年月をかけた末、私たちはついに争いを終結させることができた。しかし、その代償はあまりにも大きかった。私は、争いの際に、生者と死者の境界線を越える禁忌の力を使ったため、その代償として生者としての存在を失った。そしてリュカエルが死者の国の新たな神となった。


 私は、死者の国の神になったリュカエルからある使命を受けた。


 それは、このカフェを死者の国と現世を繋ぐ門とし、私にその門番を任せたのだ。私は、生者と死者の両方の世界を理解しているため、門番として最も適任であるとリュカエルは言った。そのため、私はこのカフェから移動することはできなくなった。


 争いから数日後、死者の国からリオンがやってきた。


『リュカエル様に頼んで幻獣にしもらった。行きたいところへ行きなさいって言われたんだけど、あなたのそばにいてもいい?』


 幻獣となったリオンの声は少しあどけなさを残しつつも凛とした声だった。その声は私の脳に直接語りかけるように響く。


「私でいいのか?」


 先の争いで生者としてはいられなくなった私のそばに在りたいものがいるとは思わず、聞き返した。


『私は、あなたに、助けられた。だからこうしてまた、あなたに、会えた。あなたに、恩返しがしたい』


 そこまで言われてしまっては断る理由がなかった。リオン自身が、マスターへの恩返しのために、自ら死者の国で幻獣になることを望んだのだ。


 リオンは、私の力強い味方となった。彼女は、その鋭い観察眼と情報収集能力で、私の使命を支えた。カフェは、生者と死者の世界を繋ぐ特別な場所となった。私は、ここで訪れる魂たちを迎え、彼らの話に耳を傾ける。



 ある日、フアナさんという方がやってきた。話を聞くと、リュカエルの部下らしい。魂の導き手と言った。しかし、リュカエルから、そんな話は聞いていなかった。私は、死者の国へ繋がる通信機器を手にリュカエルへ連絡を取った。


「あ、リュカエルか? 今、魂の導き手とかいうのでフアナという子が来たんだが、どういうことだ?」


「伝えるの忘れてましたね。先日、彼女に私の下で、現世から動けずにいる魂を死者の国へ導く手助けをしてほしいと頼んだんです。それで了承いただけましたので、新たな役職、魂の導き手を作りました。日本からの死者の国へ繋がるゲートはCafe Nothingだけなので、フアナさんのこと助けてあげてください」


「あー、前から言ってた現世に残る魂の回収役ですか。わかりました、と言っても、私はここから動けませんけどね」


 通信を切り、私はフアナさんに向き直った。


「リュカエルから話は聞きました。フアナさんが、新たな魂の導き手なんですね。これからよろしくお願いします」


「こちらこそ、よろしくお願いします。マスター」


 フアナさんは、深々と頭を下げた。


「何か私にできることがあれば、遠慮なく言ってください」


「ありがとうございます、マスター。ですが、今のところは大丈夫です。まずは、街へ向かい、囚われている魂を探してみたいと思います」


「わかりました。何かあれば、いつでも連絡してください」


「はい。それでは、行ってきます」


 フアナさんは、そう言うと、カフェの扉を開け、街へと旅立だった。


 それからフアナさんはたくさんの魂と出会い導き、立派な魂の導き手となっていった。


 しそて数年が経ち、フアナさんが日本の担当を外れて数日後、リュカエルから連絡がきた。


「お疲れ様です。今度そちらに新しい魂の導き手の子を送ります。また困っていたら助けてあげてください」


「わかりました。その魂の導き手の方のお名前は?」


「シオンさんです。頼みましたよ」


 新しい魂の導き手、シオンさん。どんな方なのだろうか。今、世界中を跳び歩いている導き手たちは皆、一癖あるものばかりだ。


 これからやってくるであろう、シオンさんがどんな風に死者の魂と向き合うのか、そして彼女が出会う死者の魂は生前どんな人だったのか、楽しみが増えた。


「リオン、この写真に写っている少女の魂に関する情報を集めてきてくれますか?」


『いいよ。この子の名前は?』


「木崎アキさんというらしい。彼女について情報集め、よろしく頼むよ」


『任せてよ』



〈死者の国 門番:マスター 完〉

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