青薔薇と白銀

市野花音

第1話

青く澄み渡る空に、ひとりの騎士が駆ける馬の足音が響く。 


馬上の人となっているのは、白銀の髪を高く結え、澄んだ青い瞳を持つ女性騎士だった。


白銀の鎧を見に纏い、腰には青薔薇色の剣をかけていた。


彼女の名はエドワード。


女性でありながら男性名を名付けられた彼女は、誉高き騎士国の第一位騎士であった。


女と侮る相手を叩き潰し、戦場では前に出て戦果を上げ、弛まぬ鍛錬を続け、若くして誰もが羨む地位を築き上げた彼女がしたと見据えるのは、前方の森から出てきた一人の男だった。


陽の光を集めた様な金髪、緑柱石の瞳。


馬の上に上品に座り、気品を纏う貴族のような彼の名は。


「フリードリヒ……!」


エドワードの声には、確かな怒りがこもっていた。


フリードリヒは、名門貴族の子息であり、貴族でありながら剣の腕を極めた第一位騎士。


で、あった男を、エドワードはきっと睨んだ。


「久しいね、エド」


蜂蜜の様な甘い声で、フリードリヒはエドワードの名前を呼んだ。


「うるさい、よくものこのこと私の前に現れられたな」

「そりぁ、エドに呼ばれたからね」


飄々と振る舞うフリードリヒに、エドワードの血管がはち切れそうになる。


ここは騎士国と隣国の国境の、未だ戦火の絶えぬ一角であった。国王の命令のもと戦場に赴いたエドワードが一時的に戦場を抜けてまでこの男と対峙する理由は十分にあった。


フリードリヒは祖国を出、敵国についた憎むべき裏切り者であり。


エドワードの、かつての婚約者であったのだから。


「剣を取りなさい」


馬から飛び降りたエドワードは青薔薇色の剣を抜いた。青銀の等身が陽に照らさられて輝く。


「まったく、古臭い決闘かい?そんな戦術では騎士国は容易く滅んでしまうぞ?」


フリードリヒもそう言いながらひらりと馬から降りた。


「滅ぼすのは、お前だろうが!」


エドワードは剣を構え、一気にフリードリヒの懐に飛び込む。フリードリヒは剣を抜かないまま、鞘でそれを弾いた。


「剣を取れと言っただろう!」


怒りに任せてエドワードは剣を振るう。美しく確実に急所をとりに行く剣舞だった。 


対してフリードリヒは、それを交わし、受け流し、弾く。防戦一方の様に見えて、これではエドワードを遊ばせているだけであった。


「……そろそろ、お別れだな」


遂にフリードリヒは剣を抜いた。美しい、エドワードの髪と同じ色をした剣だった。


フレデリヒが振りかぶった剣を、エドワードは自分の剣で受け止めた。重い。この人の剣は、いつだって重い。


剣が弾かれ、エドワードは後退した。しかしまた構えを取るとフリードリヒに剣を向ける。

右、左、右右、上。何度も剣を交わし、その度に全身に負荷が掛かる。


蓄積した疲労がエドワードの動きを鈍らせていく。


その瞬間を、フリードリヒは見逃さない。


エドワードの剣が飛び、地面に突き刺さった。

しかしエドワードは動く。渾身の拳をフリードリヒの顎に下から叩きつける。フリードリヒがよろめいた隙を見逃さず、さらに鳩尾にもう一発食らわせる。


そこでフリードリヒが剣をついて体制を直す。その時エドワードの手は、素早く回収した青薔薇色の剣が握られていた。


「全く、相変わらずの山猿ぶりだね」


エドワードは女であるという弱点を補うため、自らの家以外の武術も積極的に習った。エドワードは今すぐにでも拳闘士にも闘牛士にも成れる。


「お前こそ、嫌味なくらい技が重いな」


フリードリヒは細身に見えるが、それは無駄な筋肉を削ぎ落としているからだ。


実際彼が習得している剣術は、重い暴力を的確に急所に当てるためのもの。エドワードも齧っているが、あれをここまで極められたのは、フリードリヒ以外に存在しない。


「裏切り者には惜しい力だ」


「そちらこそ、滅びゆく騎士国には惜しいぞ」


エドワードの中で再び何がはち切れたが、心は不思議と冷静だった。


何万回取ったかわからない構えを再びとる。


フリードリヒも、似た様な構えをとる。


二人は騎士同士で、婚約者で、同じ剣術を習った者で、幼馴染だった。


今はただ、敵同士であるだけ。


生ぬるい風がエドワードの頬を撫でたと同時に、エドワードの体がフリードリヒめがけて動き、剣が大きく、神速で振りかぶられた。


同時にフリードリヒの剣が、エドワードのがら空きの胴体めがけて振るわれた。

          *

晴れ渡った空が、目の前に広がる。


一瞬で状況を理解したエドワードが体を跳ね起こした時、フリードリヒとその馬の姿はすでになかった。


「くそっ、情けをかけやがって!」


エドワードの体は丁寧に横たわられていた。明らかにフリードリヒの作為がある。


エドワードにとって、この上ない屈辱だった。


握りしめた拳から血が滴る。


「あいつめ……」


怒りが迸るのを感じながら立ち上がったエドワードは、主を待っていた馬の元へ戻る。こちらも、傷一つなかった。


エドワードは馬に跨ると、拠点へと馬主をめぐらせた。


帰ってフリードリヒを逃したと報告すれば、嘲笑と憐憫と罵倒が待っているだろう。しかし、エドワードは慣れっこであったし、それよりも気になることがあった。


「フリッツ、ちゃんと飯食ってるのか?」


フリードリヒは強い。それは間違いない。


しかし、その力は前戦った時よりも落ちていた。前のフレデリヒなら、一発目の拳はともかく二発目の拳は避けていただろう。


「裏切り者は肩身が狭いだろうな……」


エドワードはフリードリヒを憎んでいる。それは本当だ。


エドワードはフリードリヒを心配している。それも本当だ。


だからこそ、エドワードは前線に出続けている。上司から理不尽な命令を受けても、同僚から歪な目で見られても、国に不信感を抱いていても。


フリードリヒの裏切りは、誰もが驚くものだった。愛国心と忠義に満ち、模範的で優秀だった彼が何故、と。


しかし、エドワードはフリードリヒの裏切りに、怒りを感じつつも納得していた。


フリードリヒは周りが言うほどこの国が好きではなかったし、騎士として高潔だった訳でもない。


どこにでもいる、ただの青年だった。


だからこそ、古いしきたりに縛れ腐敗の進んだ国に失望し、革新的で技術の進んだ隣国についたのだろう。


そんなフリードリヒにエドワードは置いて行かれた。それだけの事だ。


「せめて、一言くらいあって良かっただろ……」


フリードリヒは、エドワードに黙って国を出た。


「一緒に来てくれ」と言われたら、エドワードはフリードリヒについて行っただろう。


今、馬主をめぐらせてフリードリヒを追いかけたら、追いつくことができるかもしれない。


エドワードにもう両親はいない。後ろ盾の無い名ばかりの名門貴族の令嬢に、情けで婚約を続けてくれた元婚約者を追いかける事は容易だ。


けれどエドワードはそうしない。


それは、フリードリヒが誘って限り彼の元に行きたく無いという、ちっぽけな矜持故だった。


我ながら痛々しくて愚かしいと思う。


しかしエドワードは、長年の苦いばかりの初恋を簡単に捨てられはしない。


故にこう呟くのだ。


「お前なんて……世界で一番、大っ嫌いだ!」

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青薔薇と白銀 市野花音 @yuuzirou

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