海賊王に俺はなる!

バンブー

世はまさに何も夢の無い世界

「ワタリ、海賊王に俺はなる!」

「お前本当にバカだなハットリ。だからそれは宿題の作文に書くなって言ったんだ……皆に笑われてただろ」


 夕焼けの公園。

 ブランコを揺らすの中学生、ワタリとハットリの2人。


「俺は本気だぞ! 俺はロジャーが残した秘宝、ワンピースを手に入れる大海賊になるだ!」

「お前、現実の海賊なんて乗客船や漁業船を襲って金品を奪う強盗集団だぞ。悪魔の実も、グランドラインも、空島も、魚人も、海賊に着いてくる仲間達なんていないんだ。もちろんワンピースなんか無い。それが現実」


 無謀な夢を語るハットリにワタリが現実を語る。


「それどころか世の中物価高。汚職ばかりの政治家。何かと取られる税金。昨日俺達の定期券買うのにも税金取られてるって母さんが言ってたぞ」


 ワタリは半笑いで続ける。


「皆の将来の夢聞いただろ? サラリーマンになって、動画配信者とか漫画家とかイラストレーターとか小説家の副業とか趣味にしたいって奴が多かった。副業だぞ? もう、夢を本職にする時代は終わってるんだ。そんなので食っていけない社会って、今の中学生にだってわかる。夢じゃなくて現実を見る時代なんだよ」

「それでも俺は! 海賊王になる!」


 ハットリの押し来る態度にワタリは溜め息を漏らす。


「じゃあさハットリ。何で海賊王になりたいんだ?」

「え? なんで?」

「だって、伝説の秘宝も悪魔の実も、漫画の中にはあってもこの世に無いんだ」


 ワタリの言葉にハットリはなんの疑いもなかったように首をかしげた。

 それを見たワタリは真剣に質問する。


「じゃあ聞くけど、なんでお前は海賊王になりたんだよ?」

「なんでって……夢があるから」

「バカにしてる訳じゃなくて親友のよしみで……お前の将来を心配して聞くだけど、海賊王の肩書きになんでそんなこだわるんだよ?」

「そりゃかっこいいからに決まってるだろ!」


 ハットリは語る。


「誰もがあるかどうかもわからない伝説のお宝を見つけ出すロマン! それを一緒に探す志が同じ仲間達との冒険! 悪い事をする奴らをぶっ飛ばす正義感! 男が好きな奴を全部詰め込んだ海賊王を目指さない奴がどこにいるんだよ!」

「いや、そういう話を作りたいって言う漫画家や小説家志望ならまだわかる。海賊王そのものになりたいって言うのバカだ」


 ワタリが宥めるように話す。


「お前の今の本気度はわかったけど、今の日本情勢や法律で考えれば現実的では無いんだよ。あれは漫画だから現実を書いてないけど、海賊王になるまでの飯はどうするんだ? 仲間のコックが出してくれるのか? 敵を倒して宴で食いつなぐのか? 365日毎日敵を倒して宴して生活出来るのか? どうやって生活するんだよ? 動画配信でもしてアフィリエイトするのか?」

「……」


 ワタリの言葉にハットリは黙る。


「まあ、気持ちはわかるよ。俺も小学生で始めてジャンプを読んだ時はそう思った。でも、無理なんだよ。海賊王どころか漫画家も小説家も野球選手もオリンピック選手も人気配信者も全部、才能のある一握りの奴しか勝たないしなれない。手元のスマートフォンでソイツらが観れるからなれそうな気持ちになるけど、高学生の時点で何もなければ俺達はサラリーマンかニート確定。子供部屋おじさんってネットでバカにされながらなんとか生活して生きてく人生なんだよ」

「うーん……」


 自傷気味に笑うワタリ。

 しかし、ハットリは答える。


「やっぱり俺は、海賊王になりたい!」

「はぁ、もうわかったよ」


 ワタリが注意する。


「お前の人生だから、もうとやかく言わないけどさ。なんでそんなに海賊王へなりたいのか、それはちゃんとしっかり考えていけよ」

「しっかりと?」

「そう。どうしてお前がそこまで海賊王にあこがれを持ったのか。親を泣かせないようにしろよ」

「……わかった」


 ワタリの言葉にハットリは頷いた。






 〜そして15年後


 ワタリは旅行ガイドの会社に就職し地方へ飛んで、今は遊覧船のガイドを務めていた。

 甲板から青い空と海に囲まれた景色を眺め休憩していた。


「……そういえばハットリ、今頃なにやってるんだろなぁ」


 つぶやきながら地平線を眺め遠くにある別の船を眺めていた。


「海賊王になってるのかなぁ」


 っと、首から吊るした自分の社員証を眺めながらつぶやいていたその時だった。


「ッ!?」


 船が何かにぶつかったように大きく揺れた。船内の乗客達が悲鳴を上げる。


「ワ、ワタリさん大変です!!」

「な、なんだいったい?」


 ワタリの後輩女性が血相をかえて彼を呼び来た。


「いきなり見知らぬ船が突っ込んできて、外国人が乗り込んできて……」

「はぁ!? なんだそれ、どういう」

「シャラーップ!!」


 そこへ拳銃を持った人相の悪い外国人が男達が数人現れる。

 もちろん乗客ではない。


「ワタシタチハ、捕鯨保護団体デ環境活動家ノ、シー・シェパードデース! ワタシタチノ主張ノタメニコノ船を占拠シマース!」

「シー・シェパード!? なんでコイツらがこんな所に! 今すぐ海上自衛隊をぐわっ!?」


 ワタリは男に殴られ地面に倒れる。


「ワタリさん!!」

「くッ……」

「オマエノモノはオレノモノ! コノ船ハワレ等シー・シェパードノモノデース!」


 高笑いする男。

 ワタリは死を覚悟する。

 好きでは無いが、100社は行った面接の中でなんとか受かった仕事。

 そこで長年勤めてきたプライドがある。

 なんとか乗務員や乗客の安全を優先しなければ……

 そして……


「これが……現実か」


 正義のヒーローなんか来ない。

 政府が助けてくれるかもわからない。

 会社も助けてくれるかわからない。

 ただ誰かに使い潰される現実とワタリは戦ってきた。

 中学生の頃から現実は暗く、理不尽なものだとわかってきた。

 正直、何度も死にたいと思う事もあった。

 それでも、

 自分達の未来よりも、

 子供達の未来が明るくなってほしいと願って、夢なんか見ずに働いてきた。

 自分のスマホが光る。

 妊娠中の妻の写真が映った。


「ワタリさん……」

「大丈夫だ……絶対、皆で帰るぞ」


 怯える後輩をなだめワタリは立ち上がる。

 するとニヤつく男が銃をこちらに向けた。


「あ……」


 すぐさま死を覚悟する。

 やりたい事、もう少ししておけば良かったなと頭をよぎった。












「ゴムゴムのおぉぉぉぉ」





 こんな時に漫画のセリフが横をかすめる。

 ハットリの事を思い出していたからかもしれない。

 だが、それは現実になった。


「ピストル!!」

「ノォッ!?」


 銃を向けていた男が吹き飛ぶ。

 いつの間にか現れた迷彩服姿の大男が拳を前に突き出していた。


「あれは……」


 始めて間近で見たが、もしかして海上自衛隊? でもなんでこんな所に?

 自衛隊の男は巨体に見合わない速度で銃を持った男達をなぎ倒し、一瞬で制圧してしまった。

 しかし、風格は変わったが何かワタリは違和感を覚える。


「……ハットリ?」


 そんな訳がないと思いつつ声をかけてしまった。

 海上自衛隊の大男は振り向く。


「……おおワタリ!? お前この船に乗ってたのか!?」


 間違いなかった。

 大柄の男はハットリだった。

 15年ぶりのハットリの降臨だ。


「お前、海上自衛隊になってたんだな!」

「お前も元気そうで良かったよ!」


 シー・シェパード達を縛り上げながら無線で仲間と通信するハットリ。


「制圧は完了した。乗客達の安全確保を優先してくれ」

「ありがとうなハットリ」

「気にすんな! お前には感謝してんだ」


 ハットリは言う。


「お前にしっかり考えろって言われたあの日から、俺はずっと考えてた。俺はなんであの漫画にあこがれていたんだろうってな」


 海を見る。


「別に宝はほしいくなかった。冒険は好きだが、旅行をすればそれなりに満足出来た。富や名声や力もよく考えたら興味なかった」

「そうだったのか」

「ああ、でもあの世界で戦う人達が格好良かったんだ」


 恥ずかしそうに語る。


「誰かを守るため、世界を守るため、己の信念を貫く為、いろいろなごちゃ混ぜな感情達に、その精一杯な生き様に俺は心うたれた。俺もこの漫画の人達みたいに、理不尽へ立ち向かいたいって、あの頃の俺は思っていたんだ」


 ハットリは鼻をかく。


「ま、海賊王にはなれなかったけどな」

「……どちらかと言うと、海軍だな」

「そう! 敵の方になっちゃったんだよ俺」


 2人は笑った。

 だがワタリにはわかった。

 海賊王はいる。


 今 自分の前には


 皆から笑い飛ばされ 無理だと言われた


 漫画の中にしかいない


 海賊王と同じように笑う奴を知っている。





 完






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

海賊王に俺はなる! バンブー @bamboo

作家にギフトを贈る

サポーター限定エッセイなども書いております。近況ノート一覧→https://x.gd/SA7VH
カクヨムサポーターズパスポートに登録すると、作家にギフトを贈れるようになります。

サポーター

新しいサポーター

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ