自転車相乗り

ヒゲめん

自転車相乗り

 日差しが強い晴れの中、ペダルを漕ぎ、たまにしか車が通らない坂の山道をずっと、必死に駆け上ってる。服はびしょびしょ、頭のヘルメットも早く脱ぎたい、いや、それ以上に足がもうダメ、痛む訳じゃないけど、もう限界をとっくに超えて、体重を乗せて、延々とペダルを漕いでる。休みたい、休みたい、でも、休むとしばらく動けそうにない、止まったら、今日のツーリング予定が大幅に遅れる、休んだ後の足は今以上に動いてくれない、そして、休んだら今以上に限界が重く圧し掛かるのが嫌なほど解るから、ペダルを漕ぐしかない、ただ、漕ぐしかない、漕いでれば、前に進む、進めば、坂を上がる、坂を上がれば、いつか、頂上に着き、後は下り坂、重力だけで自転車は進んでくれるのだ、頂上目指して頑張れ、俺の足、でも休みたい、けど、休めない、痛くはないけど、その苦しさはどうやって表現すればいいんだろ、痛くもなく、ないけど、足は悲鳴を上げている、がんばれ俺、考えるな、とにかく、頂上があると信じて漕げ。

 会社に勤めて五年目、初めてゴールデンウィークに休みが取れた。別に成績が優秀でもないけど、運よくゴールデンウィークと連休が重なった、去年に子供が出来たので、上司が気を利かしてくれたんだと思う、良い上司に感謝、俺はこの連休を利用して自宅から、学生の時まで住んでた実家まで、サイクリングする計画を立てた。予定は二日で行く予定、俺は学生の頃から自転車に乗るのが好きで、ロードバイクを買って、休日になったらそれに乗って、いろんな所に行った、実家はそんなに遠くないので、仕事も余裕できたら、連休を利用して実家まで自転車で帰ってみたかった。ちなみに、一昨年結婚して、去年、子供が出来て、そして現在、子供の世話をする嫁には黙って、連休が始まった朝早くに出発して、実家を目指し、ペダルを漕いでる。

 いつの間にか、自転車の車輪は勝手にどんどん回り始めて、足は固定され、ハンドルは震えている。山道は左右に高い木があるから、実際は頂上が解らない。気が付くと下り坂になって、細い自転車は悲鳴を上げ、とんでもない爆速で坂を下る。スピードを出したいが、足はボロボロでバランスをうまく取れない。そんなときにカーブを曲がり切れなければ、ガードレール下の木の密集にダイブして、最悪、この世とのお別れになる、仕方なくスピードを緩める。地獄の上り坂に比べたら楽だから、無理して猛スピードで下る必要はない。スピードを落とし、山を下りていく。この山を下れば、俺の住んでた街はもうすぐだ、親にも会える。ここまで三日かかった。思ったよりも掛かった。前からやってみたかったんだ、実家まで自転車で移動するのを、二日で行けると思ったけど、やっぱり山はきつかった、一日で山を越えるなんて無謀だったんだ。山を甘く見てた、登山家の助言は聞くもんだ。サイクリングで登山家の助言が役に立つのかは知らないが、

 それから二時間くらい後の日暮れ前、高校のときに通ってた道をゆっくり移動している。この道を行くと、やっぱり、昔の思い出が、嫌でも頭で再生される、あの頃と何一つ変わっていない、この道、ただの通学路だけど、これでもかと思い出が溢れてる。この道はよく、二人で自転車を二人乗りして、学校に一緒に行ってたんだ。俺は中学の思い出を思い浮かべながら、昔の通学路を辿った。


中学一年 秋


 朝起きてトーストを食べて、歯磨きをして着替えて外に出て自転車に乗る、田舎町で中学は遠い所にあるので自転車通学の許可を貰ってる。自転車通学は不思議で、早く家に出たと思ったのに門をくぐる前にチャイムが鳴ったり、家に出るのが遅れてるのに余裕だったり、とにかく、毎朝、自転車で学校に向かう。

 丁度、俺の家と学校の三分の二くらいまで来ると、薬局が角にある交差点があって、この辺りで一人の同級生とすれ違う。その彼女は相沢 霧という名前で、小学五年のとき、東京から俺と同じ小学校に転校してきた、都会から来た少女。髪型も服も、顔も歩き方も、この田舎には無い独特の何かがある、大きくなったら、テレビドラマに出てくる女になりそうなのが、すぐに想像できる都会の女の子、俺達から見れば最先端な女の子だ、クラスにいる他の女子に比べたら、iPhoneで例えたら五世代は違う、最新機種な女の子、その子が転校してきた一日目の教室、クラスの男はみんな彼女を凝視してる。そして、休憩時間になると、相沢 霧を男達が囲んで、芸能人と会ったみたいにいろいろ尋ねる、テレビでの知識しか知らない東京のことをいろいろ聞こうとする。渋谷はどことか、六本木は行ったことある?とか。少し離れた場所で固まってる女の子達は少し怒ってるみたいだ。相沢さんはすぐに人気者になった。

 小学校卒業して中学生になると、相沢さんは、中学の近くに引っ越したみたいだ。もう、俺の区域には住んでいない。毎朝の通学でいつも、薬局の交差点を過ぎたくらいで会う、前にも言ったように、この田舎の女の子とは違う、都会の女子の空気を纏ってるので、後ろ姿でもすぐに相沢さんが解った。でも、挨拶はしない、別に、小学校からの、他の同じ同級生でも挨拶なんかしないし、俺は小学校のときから、あまり相沢さんと話さなかった。そこまで仲良くなった。相沢さんは、いつも周りに、誰かに囲まれて、楽しそうにしてたので、俺が話し掛ける機会が無かった。いや、話し掛ける勇気がなかったんじゃないかな、話したいとは思っていたよ。でも、周りにいつも人がいるので、まぁいいかって、なってた。そんな小学校なのに、今更、自然に『おはよう』なんて、声掛けれない。ただ、いつも、後ろ姿を見て、すれ違い、そして、学校を目指して自転車を漕ぐ毎日だった。

 ある日、いつものように自転車で学校を目指してるとき、いつもの薬局の交差点のあと、いつもの後ろ姿があって、俺が通り抜けようとしたら、少し道が狭くて、ぶつかりそうになると思って、ゆっくり通ろうとブレーキを掛けた、すると。相沢さんが振り向いた。いつも後ろ姿しか見てなかったので新鮮だった。昔の、都会の空気を纏い、テレビドラマの女の子のような動きで振り返る、同じ中学の制服を着る女の子だった。そのトレンディな女の子は、忘れもしない、振り向いて、僕を見て、声を掛けてきた。

 「ねぇ、乗せて」

 相沢さんは、そんなセリフを喋って、僕に近づいてきた。

 「いつも見てるけど、乗せて欲しいなって、毎日思ってた。なんか、楽そうだし、速そうだし、いいでしょ。後ろに乗っても」

 相沢さんは、僕を通り越して、後部座席に座った。

 「落ちそうでこわいから腰、もっていい?」

 彼女は腰に手を回した。

 俺は突然の出来事に、頭が真っ白、後ろに女を乗せて自転車に乗るなんて、今まで一度も無い、どう応えたらいいのかわからない。

 「はやく急ごう、学校遅れるよ、それとも、私って重い?」

 俺は必死に、首を横に振って、慌てて自転車を漕いだ。女性の手が腰に当たったままで、

 別に、二人乗りは初めてじゃない、けど、その時の、胸の鼓動は、高鳴りは、純情じゃなかった。頭は真っ白のままだった。いつもの道になのに、いつもの道じゃない、二人乗りは少し、ハンドルが安定しない。なので、彼女を揺らさないように、腕に力を入れて頑張った。少し向うに、知ってる友達が三人程歩いてる。どうしよう、解らない、どうすればいいんだろう、そう思ってるうちに、その友達は目の前に迫り、そのまま通り過ぎる、その後も知ってる女の子の集団も前方に現れる、車のゲームで走ってるときに現れる敵集団を思い出した。どうにも出来ない状況なのは解ってはいるが、どうにかしたい、女の子との二人乗りを見られたら、学校の休憩時間、何言われるんだろ、どう、思われるんだろ、いろいろ考えた、人は死ぬ寸前は一秒でも長くて、走馬灯のようにいろんな事を考えると、よく言うが、俺にとっては今がその時だ、学校でこの二人乗りを見られた女子集団に会ったら、どう思われるんだろと、いろいろ考える、時間が長く感じても、知ってる女子軍団が目の前に迫る時は、いずれやって来る、そしてやって来た。さっきと同じく通り過ぎる。俺の頭は爆発してる。

 ええい、もうヤケクソだ。

 たくさん歩いてる、同じ中学の制服来た生徒の中を、相沢さんを乗せて自転車を走らせる、もう、何かなんだかわからん、達磨大師は三年石の上で座禅を組んで無の極地に入ったそうだが、なぜ、女の子を後ろに乗せて自転車に乗らなかったんだろうと疑問に思う、石の上に三年も正座しなくても、無の極地は体験出来るのに、俺の今がその極地だ、気付けば学校の自転車乗り場だ。

 「ありがとう、やっぱり歩くのと違って、自転車は速くて、何より楽だ。これからも頼むね」

 そう言って、相沢さんは自転車乗り場から離れて行った。

 僕は、その後ろ姿を見送って、しばらく、茫然としてた。

僕の暑い、暑い、秋の青春だった。忘れもしない青春だった。


 その後の教室は地獄だった、男が押し寄せてきて、後ろに乗せてた女性についての公開尋問が始まった。被告の俺は無実を主張したが、原告側の野郎全員は誰も俺の耳を貸さない、その女性とはどういう関係なのか、どこで知り合ったのか、どこまでの関係なのかを必要に迫った。俺は只の幼馴染だと必死に主張し、小学校からの友人を証人台に立たせようとした。その友人は、相沢と付き合ってたのか、小学校からそんな間柄だったのか、逆に責められた。俺が証人台に立たせた筈の友人は、原告側にまわった。

 「ねぇ、英二君、霧さんと付き合ってたの?後ろに乗せてたの霧でしょ」

 あまり喋ったことないクラスの女子まで恋バナ欲しさで原告側に回った、全員敵に回った。全員が楚歌を合唱してる、俺は達磨大師に頼んで、座りながら無の極地に到達する方法を教えて欲しかった、そんな必殺技があるなら今使いたい。俺は何も関係ない、只、後ろに乗せただけと主張するしか無かった。この裁判、俺は何もしていないのに、勝訴を勝ち取れる見込みは全くなかった。只、早く始業のチャイムが鳴って欲しいと思った。


 その日から、一人で自転車通学する毎日は終了した。毎朝、自転車に乗って、いつもの薬局の交差点を過ぎると、いつもの相沢さんの後ろ姿があって、僕はその手前で軽くブレーキを踏んで音を鳴らした。今更、無視するのも失礼だし、相手が冷たくされたのを気にされると、相手がどうでもいい人なら気にしないけど、嫌われたく無い人だから、ブレーキ音を挨拶替わりにいつもしてた。相沢さんは、その音を聞くと、いつも振り向いてくれて僕の後ろに座り、学校に向かった。最初の何日かは、教室で俺を責め立てる弾劾裁判が怖くて、授業が始まるギリギリまで教室に入らなかった。次第に、みんなも飽きてきたのか、俺に相沢さんのことを聞く人は居なくなった。


 中学三年 春


 寝坊した、今日は起きるのが遅れた。俺は急いで着替えて外に出て自転車に乗った。相沢さんには、SNSで遅刻するメッセージを送った。俺は必死に自転車を漕いだ。車にぶつけても構わない覚悟で、猛スピードで飛ばした。こんな寝坊をしたのは相沢さんを後ろに乗せて以来、初めての寝坊だ。でも、間に合わない遅れじゃない、なんとか全力で漕げば、学校に間に合う。

 あっ、思い出した。今日は月曜日で、朝会がある。朝会がある日の遅刻はやばい。校長先生のあいさつをしてる中、左にある校門から入り、全生徒が並んでる前で先生に呼び止められ、先生が並んでる横に立たされて、朝会に参加させられる。これだけは避けたい、遅刻してはいけない。絶対ダメだ。

 必死に自転車を漕いで、薬局の交差点を過ぎて、汗だくになり、体をゆすって自転車を漕ぐ、すると、一人の女の子がこっちを見て立っていた。相沢さんだ。

 俺は、思わず、ヘトヘトになりながらも、声を出した。

 「相沢さん、何してるの?」

 相沢さんは、不安そうな顔をして答えた。

 「ええと、メッセージを聞いて、英二君が心配になって、待ってた」

 俺は、目を見開いて答えた。

 「いや、遅刻だし、遅刻だから、先に行ってもらおうと思ってメッセ送ったから」

 相沢さんは、ハッとして答えた。

 「そうなの、遅刻するしか、書いてなかったから」

 「と、とにかく、遅刻するから、後ろ乗って」

 「う、うん」

 相沢さんは、急いで後ろに乗って、俺は再び、必死にペダルを漕いだ。

 必死に漕ごうと頑張ったけど、止まったときに集中力が切れてしまったのと、足に二人分の重量が掛かって、ペダルが重くなって、思う様にスピードが出せなかった。相沢さんを乗せてる以上、無茶な運転も出来ない、足もヘトヘトなのでバランス取るのもちょっとキツい。途中で間に合わないのを悟った。

 学校に着いた、急いでグランドに向かった。全生徒が勿論、整列して並んでた。先生も並んでた。俺と相沢さんがグランドに現れたときは、校長先生が朝会台の上に登ってるときだった。俺と校長先生の目が合った。校長先生は俺達をジッと見てた。全生徒と先生も、俺達を注目してた。朝の地獄絵図だ。俺達二人は、先生に呼ばれ、先生の列の横に並ばされた。


 帰り、自転車置き場に行くと、相沢さんが立ってた。

 相沢さんは、俺を見ると、急いで歩いてきて、俺に謝った。

 「ごめんね、英二君、私の勘違いで遅刻してしまって」

 「え、いいよ、別に、遅刻した事ない訳じゃないし」

 俺はそう言って自転車に乗ろうとした。相沢さんは後ろから話し掛けた。

 「英二君、一緒に帰ろう、自転車じゃなくて、歩いて帰らない?」

 相沢さんは、一緒に帰ろうと、誘ってきた。

 ちなみに、毎日朝、一緒に自転車で通学してるが、学校でも相沢さんと話すことは無く、帰りも一緒に帰ったことが無いし、相沢さんと遊んだことも、小学校から無い。

 俺は、断る理由も無いので、いいよと返事をして、一緒に帰った。

 俺は自転車を押しながら、二人は並んで校門を通り過ぎた。校門を過ぎて、少ししたら、相沢さんが話し掛けた。

 「今日は、ホント、ゴメンね、よく考えたら、遅刻するから自転車を待たなくていいって、普通思うよね、遅刻のメッセが届いたから、少し待たないといけないのかなって勘違いして、ホント、ごめんね」

 俺は自転車を押しながら答えた。

 「いいよ、なんとも思ってないし、意外と、あまり怒られなかったし」

 「そういえば、私、英二君と、小学校から一緒なのに、あまり、話したことないよね」

 「うっ、うん、相沢さんの周りには、いつも人が居たから、話す機会が無かった」

 「そうだったの、私も、英二君に話し掛ければよかったね、そしたら、こんなトラブルなかったのにね」

  俺は、相沢さんに話し掛けた。

 「相沢さんは人気あったから、いつも、周りに人が居たから、それに、相沢さんって、都会育ちって感じで、俺や、他の人とは、なんか、違ってたし」

 相沢さんは、少し黙った後、話した。

 「そうなの、私は全然わからない、みんなと同じと思ってたから」

 俺は思った気持ちを言った。

 「学校に行くときも、相沢さんの後ろ姿は、すぐにわかるよ、独特だから、薬局の交差点過ぎると、相沢さんだって、いつも思ってた」

 「そうなんだ、私は、英二君が自転車で通り過ぎるのを見て、ふと、楽そうだなって思ったときがあって、乗せてって、声掛けたの」

 「そうか、最初はびっくりした。今まで一度も話したことがなかったから」

 「へぇ、そうなんだ、そういえば、英二君と話したことなかったよね、小学校から」

 二人はいつも通学してる道を一緒に歩いてた。相沢さんは話を続けた。

 「よく考えたら、いつも自転車乗せて貰ってるのに、学校では、あまり話さず、ゴメンね、よく考えたら失礼だよね、いつも、乗せて貰って、さよならって、ひどいよね」

 「構わないよ、学校で話すと、クラスがうるさいから、初めて、後ろに乗せて学校に行った後、クラスの生徒にみんな聞かれた、相沢さんのことを」

 「私もクラスの子から聞かれたけど、気持ちよく乗ってたので、声掛けて乗せて貰ったって言い返してた」

 こんなときって、女の子は楽だなって感じた。裁判にされて責め立てられなかったんだと、

 相沢さんは話を続けた。

 「ああ、そういえば、小学校の友達や、そっちのクラスの子に聞かれたよ、英二君との仲のこと、全員に何にもない、後ろに乗せて欲しかったから、声掛けて乗せて貰ったって言っただけ、それ以上はみんな聞かなかったよ」

 女の子は楽だな、

 「じゃ、私もね、これから、毎朝、メッセ打つね、『待ってる』って、もし、次の日、来れなかったり、遅刻するときは、メッセ打ってね、私、待たずに行くから、それとね、これから、帰りも一緒に話しながら帰ろうね。いつも乗せて貰って悪いし、英二君と小学校のとき話してなかったから、これからもっと仲良くなろうよ、じゃ、家の近くに来たから帰るね、じゃあね、英二君」

 相沢さんは、それを言い残して、違う道を歩いて行った。

 それから、毎朝、相沢さんから、メッセージが届き、朝だけでなく、帰りも、一緒に帰るようになって、小学校のときの頃や、いろいろ話すようになった。



 それから中学を卒業し、その後の公立高校の試験に受かり、進学する。相沢さんにもメッセージで報告すると、相沢さんも同じ高校に受かったと返事がきた。その高校は中学校の近くにあり、自転車通学可能な学校であった。また、乗せてと、合格メッセージの中に書いてあった。


 高校二年 夏の終わり


 朝の通学は、中学の頃と何も変わらない、俺が薬局の交差点過ぎて、相沢さんを拾い、二人で通学する毎日だった、変わった所と言えば、相沢さんが、最近、暗い感じで、何かを考えてる様子だった。僕は何もなかったように、いつも通りに相沢さんと話してた。


 ある日の学校終わり、自転車置き場に行くと、相沢さんが待ってた。俺は、声を掛けた。

 「一緒に帰る?」

 相沢さんは、うなずくだけだった。

 二人は、一緒に校門を出て、いつもの道を辿った。

 俺は、話し掛けようか、迷った。けど、黙ったまま、自転車を押して歩いた。今日の相沢さんは、いつもと違い、多分、何かを話したがってるのが感じられた。俺に何かを伝えたいのだろう、そして、それは、軽い話では無いのも伝わった。

 少し、下を向いてた相沢さんは、前を見て、口を開いた。

 「えとね、一つ上の先輩から、付き合って欲しいって言われたの」

 俺は、普通に歩きながら、声を掛けた。

 「へぇ、そうなんだ、その人、どんな人なの」

 「同じクラスの野球部の男子の先輩で、私のこと、気に入ったみたいで、その男子から、私のこと、いろいろ聞いてて、その男子から、先輩が私と付き合って欲しいって、伝言してきてね、返事が欲しいと、何度も言われてる」

 俺は、自転車を押しながら、答えた。

 「へぇ、そうなんだ」

 「えとね、その人、野球部の先輩でね、何度かグランドに誘われて、話をして、一度、クラスの男子とその先輩と街に行ってね、その先輩、そんな悪い人じゃないんだよ、別に好きじゃないけど、嫌いでもない、でも、クラスの男子から、返事が欲しいって、何度も、言われてね」

 俺は、黙って自転車を押した。

 「近いうちに、返事を出そうと思う、待たすのも悪いし」

 俺は、自転車を押し続けて、この言葉を言うしかなかった。

 「へぇ」

 「返事を出すなら、断る理由がないから、受けるしかない、私、付き合うかも」

 「へぇ」

 しばらく、帰り道を歩いた。

 もう、いつも彼女と別れる、交差点に着いた。

 彼女は最後に話した。

 「もし、付き合うようになったら、朝、待たなくていいよ、私、一人で学校に行くから、そのときになったら、メッセージで報告するから」

 俺はやっと、へぇ、以外の言葉を喋った。

 「もう、明日から、一人で通学でもいいよ、付き合ってるのに二人で通学してるの知られると、その先輩に悪いし、じゃ、帰りも今日が最後だな、明日からはもう、この道を通らない。別の道を使うよ、今日から、もうメッセージ送らなくていいよ、じゃあ、彼氏出来たなら、上手くやれよ」

 彼女は、少し、左を向き、顔は、どこも動かなかった、そして、僕に背を向け、歩き出し、少し顔を横に動かして話した。

 「うん、わかった、じゃあね」

 彼女は、だんだん遠く離れ、歩いて行った。

 僕は、少し立ったまま、彼女の背中を見送り、自転車に乗った。


 高校二年 冬


 十二月の始め、俺は、友達と服を買いに、街に出かけた。服だけでなく、ゲーセンでUFOキャッチャーしたり、カラオケにも行った。少しだけど、バイトもしてて、お金を持ちだしたので、街で遊ぶのが多くなった。今日もかなり夜まで遊んだ。光輝く、夜の街をぶらぶら歩くのも楽しかった。友達と別れてからも、終電まで、まだ時間があったので、夜に輝く街と、その通りを歩く、たくさんの人の中に、まだ居たくて、一人でぶらぶら歩いてた。

 夜の街はいろんな人が居る、ケバい服来た厚化粧の姉さんを両肩に連れて歩く上機嫌な背広のオッサン、女子の後を追い、必死で話し掛けながらついて行く野郎集団、ウンコ座りで固まり、駄弁ってる化粧の濃いギャルの群れ、金を持ち始めた高校生には、夜の街は新鮮な人間動物園となる。

 俺は、歩道の花壇に座って、しばらく、人通りを眺めて、ボーッとしてた。

 そんな中、見たことある女の子が居た。相沢さんだ。

 でも、その相沢さんは、俺と一緒に通学してた、相沢さんじゃなかった。少し下を向いて、少し暗い感じだった、口元には、アザがあった。なんか、怖さもあった。何か、考えながら歩いているのか、知らないけど、俺には、全く気付こうとしなかった。ただ、ひたすら、歩いてた。相沢さんは通り過ぎた。全く、気付いてなかった。近くで見ると、口元のアザは大きかった、全く、笑っていなかった。少し、怒ってるようにも見えるし、少し、泣きそうにも、見れるし、いつも、僕と自転車に乗ってた、相沢さんじゃなかった。

 僕は、少し、考え込みながら、しばらく、花壇を座ってた。


 高校二年 三学期


 今日は日曜で、友達の家でゲームをしてた、ダークソウルを誰が一番早くクリアするか競ってた。みんな、かなりやり込んでて、早いタイムを出してたが、俺は、今やってるダークソウルは持ってなかったので最下位だった。

 集まってる中のいくつかは、タイムに納得いかなくて再挑戦してた。そしたら、友達の一人が、俺に話し掛けた。

 「なぁなぁ、俺さ、相沢と同じクラスなんだけどさ」

 俺はゲーム画面を見つめ、聞いてるような、聞いてないような態度を取った。その友達の言葉は、俺に言ってる様にも、何となく、感じた。

 「あいつ、最近、暗くなったよな」

 違う、友達も話しに寄って来た。

 「そういえば、この前、目が腫れてたよな」

 そいつらは意気投合して、話が進んだ。

 「あいつ、秋くらいから、よく、怪我してるぞ、足に包帯巻いたり、口元にアザが付いてたり」

 「確か、一つ上の野球部と付き合ってからだよな、相沢が変わったのって」

 「そうそう、あいつ、野球部の奴と付き合ってから、変になったよな」

 「ああ、俺、一回、クラスの野球部の奴に聞いてみよっかな、クラスの女子も、相沢のキズの事、聞いたみたいだけど、何も言わないんだってよ」

 「そうなのか、野球部の奴に聞くとき、俺も呼んでくれ、俺も知りたいよ」

 「お前はどう思ってるんだ?英二」

 いきなり、俺に話題を振られた。俺はびっくりして、慌てて返事をした。

 「・・えっと、口元に、アザがあったのは、見たことあるけど、俺は、お前らのクラスと、離れてるし、相沢が、付き合ってから、余り会ってないから、よく、知らないんだよ」

 友達は、顔をしかめながら言った。

 「お前、よく、相沢と一緒に学校来てただろ」

 「だから、付き合ってから、一緒に、学校に、行ってないって」

 「お前、俺達の話を聞いて、どう思う?、あいつ、付き合ってから暗くなって、よく怪我するようになったんだよ、なんか、ムカつくよな」

 俺は、どこに視線を向けていいか、解らず、ゲーム画面を見ながら答えた。

 「俺は、付き合ってから、会ってないから、よくわからないけど、怪我があったのは、気には、なるよ」

 「一緒に行くか」

 俺は、少し考えた、ゲーム画面見ながら、考えた。

 考えに、考えて、返事を出した。

 「俺は、みんなと、違って、会ってないから、相沢の今って、よく解らないんだよ、よく解ってない俺が、一緒に、ついて行っても、力になれるかどうか」

 俺は頼りない返事を出した。それを知るのが、なんか、怖かった、なんか、わからない、怖かった。俺に責任?、どうして、俺に責任があるんだ。俺は、一緒に、学校に、通ってただけだ。そして、帰り道に告白されてる人が居ると言われて、相沢とはもう会わなくしたんだ。俺に、何の責任がある?でも、でも、なんか、こわかった。

 友達は、俺を見るのをやめて言った。

 「わかった、俺達が野球部に聞いてみる、そして、もし、野球部で、相沢に暴力を振ってる奴が居たら、俺達は野球部と一戦交えると、クラスの友達に伝える。そのときになったら、出来るだけ、仲間を集める、お前も参加しろよ、英二」

 俺は、困った、別に、野球部が怖いんじゃない。俺が、相沢から、付き合う相談を受けて、俺は反対しなかった。そんな俺にも、いや、じゃ、あのとき、どう言えばよかったんだ。何を言えば正解だったんだ?、そんな考えが、頭の中で堂々巡りしてた。

 「わかったのかよ、英二」

 ふと、我に返って、返事をした。

 「わかったよ」

 「なんか変だぞ、まぁ、いいや、よし、野球部の奴締め上げて、相沢のこと、聞き出してやる」

 ゲームに熱中してた友達も話に参加した。

 「俺達も混ぜろ、へぇ、相沢が暗くて、怪我が多いのは付き合ってからだったのか、腹立つな、俺も一緒に行くぞ、野球部のところへ」

 「俺も俺も、俺も寄せろ」

 なんかこの部屋にいる全員が、正義感か珍しい物見たさかは解らないが、意気投合し、一致団結してた。


 それから数日後、相沢のクラスでは、相沢が暗くなり、怪我が多くなったのを気にするクラスメイトが集まり、それに女子まで参加した。相沢が居なくなった休憩時間、一人のクラスメイトが同じクラスの野球部の男子に相沢の事を尋ねて、火蓋が切られた、予想外に女子の方が積極的に野球部男子に詰め寄り、その野球部の男子はタジタジだった。ほぼ全員のクラスメイトとその野球部の男子で、もう二度と相沢さんに怪我をさせない約束が交わされた。

 その騒動は、友達から聞いた。俺は参加していないし、その話題に食いつきもせず、部外者を気取った、理由は、以前と同じで、こわかった。相沢さんが怖いんじゃない、友達や、相沢のクラスメイトや、野球部が怖かったんじゃない、俺が、何かを裏切ったような、見捨てたような、いや、見捨てられたのは、僕だ、いや、そうなのか、

 お前、寂しくなかったか、一人で学校に通って、メッセージも来なくて、寂しくなかったか、でも、寂しかったとしても、俺は、何をすればいいんだ?相沢に言うのか、付き合ってからの相沢に言って、どうなるんだ。付き合うかどうか、相談されたとき、お前、付き合うのを止められたのか、でも、俺が、相沢のやる事に、口出しできる立場なのか、たとえ、俺が付き合うのを反対したとしても、相沢は、付き合うのを止めてくれるのか?

 ずっと、得体の知れない、胸の中の何かが、堂々巡りしてた。相沢が付き合って、変わったのは相沢さんだけじゃない、俺も変わったと、自分で感じた。


 あれから数週間かな、高校二年も、もうすぐ終わり、これから、大学受験のため、勉強漬けになる。希望は地元の公立大学、三者面談で、学年で一人だけ受けるのが可能な、その大学の特別な推薦をもらえそうだが、無試験とはいかず、基礎的な内容のテストがあるようだ。入試試験のように引っ掛けや入り組んだ魔界の問題は出てこないので楽なんだが、俺以外にも推薦候補はいるし、他校の生徒もその推薦を受けるので、合格不合格があり、気を緩める訳にはいかない、もし、それに、落ちた時も考え、勉強に励まなければいけない。

 学校が終わり、いつものように自転車置き場に行って、自転車に乗ろうとすると、懐かしい声で俺を呼んだ。振り返れば、相沢さんが居た。

 俺の心臓は、止まりそうになった。相沢さんを見た。どういうリアクションを取ればいいのか解らなくなり、顔を下に向けて、自転車の向きを変えた。

 相沢さんは、小走りになり、僕の横に来て、慌てて声を掛けた。

 「英二君、いいかな、一緒に帰っても、喋りたくなかったら、黙っててもいいから」

 俺は、相沢さんの顔を見る事が出来ず、頭を動かさず、頷いて、自転車を押した。

 相沢さんは、俺の横に並んで、校門を出た。俺は、相沢さんの騒動に参加せず、相沢さんの話題が出ても、他人の振りしてた後ろめたさも会って、相沢さんと面と向かってみる事も出来ず、声も出そうとしなかった。相沢さんの騒動に積極的に参加すればよかったと、少し、後悔した。

 しばらく、二人は黙ったまま、俺は、黙ったまま、自転車を押してた。

 しばらくしてから、相沢さんが口を開いた。

 「私のことは、気にしなくても大丈夫だよ」

 久しぶりの相沢さんの声だ。聞き慣れた声なのに、新鮮だった。

 相沢さんは、少し、間を置いて、話を続けた。

 「えとね、彼とは別れたよ」

 淡々と、彼女は話し続けた。

 それを、聞いても、俺の中では、フーンな感じで、むしろ、俺のせいなのではと、後ろめたい気持ちだった。相沢さんは話を続けた。

 「彼はやさしかったんだよ、ホントだよ、やさしかったんだよ、みんなは、彼に悪い印象があるみたいだけど、誤解だよ、彼は優しかったよ」

 相沢さんは、雰囲気、わずかに、明るくなった感じで、その言葉を話した。とても、嘘言ったり、誰かを庇ってる訳じゃないと、俺は理解できた。

 「ただ・・・」

 相沢さんは、わずかに、暗めになり、話しを続けた。

 「ただ・・・、私が・・・、悪いの・・・、彼と・・・付き合い始めたのに、明るく慣れなくて、私が・・・なんか・・・沈んでて」

 相沢さんの声が震えて、鼻をすすり始めた。それでも、話を続けた。

 「私が、明るく・・・、振舞えなかったの、彼と居て・・・彼と居るのに・・・私・・・ボーッとしてて」

 相沢さんの鼻をすする回数が増えきた。

 「彼は悪くないの・・・彼は・・・私を励まそうと・・・一生懸命だったの・・・私が・・・それに応えられなくて・・・それが彼をイラつかせて・・・」

 相沢さんは、泣きじゃくった。もう、話すのを止めた。

 しばらく、相沢さんは、泣き続けた。俺は、何も出来ず、横で、自転車を押して、歩いてるだけ、相沢さんが怪我をしてるときも、相沢さんが暗くなってるときも、友達や、クラスメイトは、相沢さんを気に掛けて、相沢さんを助けようとして、俺は、何もしなかった。今も、何もしなかった。ただ、胸が痛かった。

 いつも分かれる場所に、だんだん近づく、相沢さんは、少し落ち着いて、話を始める。

 「ごめんね、変な話に、付き合わせちゃって、こんな話、できるの、英二君だけだから」

 相沢さんは、再び、淡々と話を始める。

 「私、バカなの、私、鈍感なの、なんともない、時間なのに、いつものね、毎日ね、いつもある、時間なのに・・・私にとって・・・大切な物だったのに・・・わかんなくて・・・気付かなくて・・・、もう・・・無くなって・・・大切な物がいつも・・・浮かび上がってね・・・」

 相沢さんは、再び、泣き始めた。二人は、いつもの道を歩いてた。

 今度はすぐ落ち着いて、また、話を始めた。

 「そればっかり、頭に浮かんで、彼を見ようとしなかったの、明るく振舞えなかったの、彼は一生懸命、明るく頑張ったの」

 俺は、始めて声を出した。

 「もう、いいよ、わかったよ、彼はいい人だよ、友達にも、そう言うから、相沢さんが、そう言うなら、彼はいい人だよ」

 相沢さんは、俺のほうを向いた。俺は気付いたけど、今はまだ、相沢さんを見れない、そのまま、前を向いて、自転車を押し続けた。

 相沢さんは、少し明るくなった声で、また、話始めた。

 「英二君が居てよかった、英二君の、自転車に乗せて貰って、学校に行って、ときどき、一緒に、帰って、英二君に声掛けて・・・よかった」

 いきなり、相沢さんは、とんでもない発言をした。俺はどこを見ていいかわからなくなった、胸の動悸を抑えようと、気付かれないように息を吸って、吐いた。

 いつもの、二人が分かれる角はもう、目の前だ、相沢さんは、落ち着きを取り戻したみたいだ、そして、俺に、声を掛けた。

 「また、明日、乗せてね、メッセ送るから、じゃあね」

 相沢さんは、いつものように、分かれ道を歩いて去った。

 俺は、しばらく、相沢さんの背中を眺め、自転車に乗った。


 高校三年  春


 高三になって、毎日、毎日が勉強、勉強、一応、塾にも通いだした。とにかく、都市にある公立大学の推薦を貰えるように、気合を入れる、けど、たまに友達と夜の街をふら付いたりもするけどね。

今日はまた、友達の家に集まってゲームしてた、相変わらずのダークソウル、みんな、飽きないのかね。

 相変わらずの、クリアタイムの競い合い、俺が遅いのは、みんな知ってるので参加しなかった。みんな交代でやって、タイムを競い合ってた。俺は、いつものように、そのゲーム画面を見ていた。

 友達が、不意に、相沢の話題を振ってきた。

 「そういえば、相沢って、別れたんだって」

 俺は、心の中でびくっとしたが、平静を保って、ゲーム画面を見ていた。その問いに、他の誰かが答えた。

 「ああ、先輩の卒業のタイミングで別れたらしい」

 「だから、いつもの相沢に戻ってたんだな、今はもう、前のような、どんよりした暗さが無くなってる」

 誰かが、いらない事を言う。

 「毎朝、英二と自転車で登校するようになったみたいだしな」

 俺は、固まりながらも、ゲーム画面を見てた。他の友達が、それに答えた。

 「そういえば、教室でさ、相沢が付き合ってて暗かった頃にさ、その暗くなってる相沢に英二の事を聞いた奴が居たんだ。『最近、英二の自転車に乗ってないし、英二とは会ってるの』ってね、そしたら、相沢がそいつを睨んでさ、教室を出て行ったよ、少し怖かったよ、相沢のあんな顔見た事なかったよ、相沢が怒る姿なんて見た事なくて、クラスのみんな驚いていたよな」

 俺は、心の中で動揺しながらも、ゲーム画面を見ていた。こんな時、俺は、どう反応して、どう返答すればいいのだろう。

 「へぇ、そうなのか、おい、英二、相沢が付き合って、暗くなってたとき、何かあったのか」

 なんか少し、ホッとして、それに答えた。

 「いや、何もないよ、付き合う前に、教えて貰って、もう、一緒に学校に行けないって言われて、それから、全然、相沢とは会わなかったよ」

 「へぇ、そうなのか」

 俺は、相変わらず、ゲーム画面を見ていた。

 「それで、相沢が別れてから、お前、どうなったの?」

 俺は、相変わらず、ゲーム画面を見ていた。

 「今も、相沢と自転車に乗って学校に行ってるよな」

 俺は、相変わらず、ゲーム画面を見ていた。

 いきなり友達は、俺に、軽く、スリーパーホールドを掛けてきた。

 「なぁ、お前は、今、相沢を後ろに乗せて、登校してるよな」

 俺は、アゴが、少し閉まった状態で、閉めてる腕を持ち、足をバタバタさせた。

 「どうして、お前と相沢がまた、一緒に登校してるのか、友達に教えてくれないのかな」

 他の友達が、俺の片足をアキレス固めで決めながら、話に参加した。

 「お前、相沢のこと、どうでもいい素振りしてたよな、話題に入ろうとしなかったよな、どうして、そのお前が相沢と一緒に登校しているのかな」

 他の友達が俺の上に乗ってきて、参加した。

 「お前、相沢って、人気あるの知ってるか、ホント言うと、学年でも上位の女子なのに、お前といつも自転車で登校してるから、女子ランキングの順位下がってるの、わかってるのか」

 残り全員、俺の上に乗ってきた。

 「なぜ、相沢は、こいつと一緒に学校に通ってるのかわからない、学校の七不思議の一つだ、相沢が明るくなったのはいいが、そんな話をするのが得意でもなく、イケメンでも無いこいつと学校に行くのか、くそう、相沢を心配していた俺達は何だったんだ」

 知らないよ、なぜ、俺がこんな目に会うのだ、確かに、相沢が付き合ってから、暗くなったって聞いても、俺は知らない素振りだった、それは反省してる。でも、今は痛くて辛い。


 高校三年 卒業式前日


 時は過ぎ、夏、秋、冬、勉強尽くめの一年だった。俺は推薦を勝ち取り、希望通りの公立大学に合格した。年が明ける前には合格は決まったが、他の生徒のほとんどは進路が決まっていなかったので、教室ではしゃぐのは控えていた。だからこの期間は、一部の就職内定組や推薦合格組と街に遊びに行ったりしていた。そして時間はあっという間に過ぎて行き、明日は卒業式となった。

 学校も早く終わり、いつもの自転車置き場に行くと、相沢が待ってた。

 二人はもう、最後かも知れない、学校の門をくぐり、帰り道を一緒に歩いた。

 相沢が話し掛けてきた。

 「明日、卒業式だね」

 「うん、そうだね」

 「もう、英二君と帰ったり、学校に行ったり、できなくなるね」

 「うん、明日で最後だな」

 二人は少しの間、会話が途切れた。

 相沢は、また話し始めた。

 「今思うとね、帰り道でもね、英二君とは、余りたくさん話をしていないよね」

 「うっ、うん」

 相変わらずの薄いリアクションの俺、

 「でもね、私にとっては、中学、高校で、一番、大切な時間なの、思い出なの」

 「何が?」

 「えとね」

 相沢は、いつも見てるはずの景色を左右に見まわしながら、話を続けた。

 「私ね、最初の頃はね、英二君とは、只の友達だったんだよ」

 意味深な話になってきた、相沢は話を続けた。

 「中学の頃、英二君に声を掛けて、自転車に乗せて貰ったのもね、後ろに乗せて貰えたら、歩かなくて済むくらいにしか、思ってなかったよ」

 俺も、軽い気持ちで、何も考えなかったけど、相沢は話を続けた。

 「中学を卒業しても、高校でも、英二君は、一緒に学校に行く友達だったんだよ」

 俺も同感だが、何が言いたいのだろ、彼女は話を続けた。

 「でもね、野球部の先輩に告白されて、付き合うときね、英二君とは、もう、二度と、一緒に学校に行かないって、決めたでしょ」

 うん、確かにそうだ。俺が一緒に学校行くの止めようって言ったんだ。

 「あの後ね、ずっと、英二君と自転車で通ってたのを、考えてたの」

 うん、俺もそうだった、もう、相沢を後ろに乗せて、通学出来ないと思うと、不思議と、それを考え込んでしまうよな、彼女は話を続けた。

 「するとね、自転車に乗せて貰ったり、一緒に帰ったり、毎日、考えるようになってね、授業中でも、友達と話してるときも、彼の目の前でも、考えたりしてね」

 うん、俺も、相沢と同じく、二人で一緒に居た時をよく、考え込む事が多かった。

 「えとね、もう、英二君と一緒に学校に行くのも、帰るのも、もう、無いんだなって、思うとね、なぜかね、辛くなるの、友達の前でも、彼の前でも」

 ・・・何も反応できない。

 「それでね、そのとき、気付いたの、英二君の後ろに乗ってた毎日が、私にとって、一番大事な時間で、私が、一番、大切にしないと、いけない、時間なんだなって」

 相沢さんは、少し、上を向くように感じた。

 「そう思ったらね、彼の前で、笑えなくなってね、もう、忘れなきゃ、って、思えば、思うほど、後ろに乗ってた自転車が、頭に浮かんでね」

 相沢さんの声は、少し、震えてるようにも聞こえた。

 「そのとき、思ったの、私、彼とは、上手く、行かないって、彼とは、終わったんだって」

 俺は、自転車を押しながら、聞いていた。

 「でもね、彼はいい人でね、申し訳なくて、それで、私が原因で、英二君とも一緒に居れなくなってね、もう、何していいか、わからず、彼と一緒にいるときもボーッとしてて、友達とも、クラスメイトとも、話さなくなったの」

 俺は、自転車を押しながら、話を聞いていた。

 「それでね、彼が、別れたいって、言ったときね、私、泣いたの」

 俺は、自転車を押しながら、黙って聞いてた。

 「涙がたくさん出たけどね、ホッとしたの、もう、彼を、傷付けずに済むって」

 俺は、自転車を押しながら、黙って聞いてた。

 「それで、少し・・・少し、思ったの、彼の目の前で、泣きながらね、また、英二君に会えるかなって」

 俺は黙って聞いてた。

 「私って・・・私って・・・、彼がね、悲しそうな顔で、別れを行った後、思ったの、また、英二君に会えるかなって、また、英二君の自転車に乗れるかなって、、私ってひどい女だね、彼が、別れようって、言ってるのに・・・英二君の自転車を思い出してね・・・彼はひどくないよ、ひどいのは私だよ」

 俺は、彼女に向いて、少し興奮して言った。

 「違う、違う、相沢さんは悪くない、俺も毎日思い出してた。相沢さんと一緒に自転車に乗って学校に行ってた毎日を、初めて自転車に乗せた日も、初めて一緒に帰った日も、それが、毎日、毎日、相沢さんが他の男と付き合って、一人で学校に行くようになったときから、毎日考えてた」

 相沢さんが目を見開いた。俺は話を続けた。

 「相沢さんだけじゃない、俺も、毎日思い出してた、そして、もう一度、相沢さんを後ろに乗せたいって、一緒に帰りたいって、何度も思ったよ」

 相沢さんは、ジッと、俺の話を聞いてた。

 「でも、何も出来なかった、俺は、相沢さんが付き合うときも、何も言えず、付き合ってからも、声を掛ける事が出来ず、相沢さんが、暗くなってからも、何も出来ず、ただ、時が過ぎていって・・・、そんなときに、また、相沢さんに、一緒に帰ろって、誘われて、そのとき、ほんとは、嬉しかって、別れた報告されて、また、一緒に、学校に行けるかなって思って」

 相沢さんは静かに話を聞いてた。

 「そして、また、一緒に学校に行くようになって、俺もホッとして、嬉しかった」

 相沢さんは、口を開いた。

 「え、それ、どう言うこと?」

 俺は、少し動揺して、少したじろいで返答した。

 「え、・・・えっ、ええと、また、相沢さんと一緒に帰る毎日になって、嬉しくて」

  相沢さんは、少し、目を大きくして、話した。

 「それ・・・どう言うこと?私と一緒に帰るのが楽しみだったって・・・こと?」

 俺は、つい、息を呑んで、少し、左上を見て、答えた。

 「うん、・・・楽しかった」

 相沢さんは、空かさず、質問してきた。

 「それって、毎日、一緒に自転車乗ってる・・・私が・・・特別ってこと?」

 俺は、顔が少し固まり、戸惑いながら、答えた。

 「え、え・・・えっ・・・あ・・・うん」

 間髪入れず、質問してきた。でも、なんか、気のせいか、相沢さんの声が固まり出した気がする。

 「それって、いつから」

 俺は、目を泳がしながら、答えた。

 「あ、相沢さんが、付き合って、一緒に学校行かなくなってから、一人で行くようになってから」

 相沢さんは、間髪入れず、はっきりした口調で質問してきた。

 「一緒に行かない?そんなに早くから?」

 俺は頷いた。相沢さんは、なんか強めの口調で話し出した。

 「そんなに早くから、私のことを、思ってくれたのに、そんなに昔から思ってくれたのに、今まで、何も言ってくれなかったの?」

 俺は、首を少し傾げて答えた。

 「え、ええと、うん、ええと・・・うん、言えなかった」

 相沢さんは、微妙に声が低くなって、質問で責めてきた。

 「なんで、なんで、もっと早く言わなかったの、今、三年の終わりだよ、明日、卒業式だよ」

 俺は、焦り気味に、はて?と感じながら、答えた。

 「うん、もう明日、卒業式だね」

 俺は、ふと、相沢さんを見た、なぜ?・・・なぜ?・・・なぜか、今まで見た事ない怒りぎみの顔で俺を睨んでる。

 「もう、終わりだよ、学校終わりだよ、わかってる?終わりだよ、ねぇ、それをもっと早く言ってくれたら、私達、もっと早く付き合えると思わない?」

 俺は、相沢の目が怖くなり、少し怯え気味に答えた。

 「え、え、俺が・・・相沢に」

 相沢は、はっきり答えた。

 「そうだよ、それを、私に言ってくれたら、私達、付き合えて、映画や、公園や、クリスマスや、初詣も一緒に行けるよね」

 俺は、ビビり気味に答えた。

 「う、うん、そうだね」

 「そうだねじゃないでしょ、私、去年のクリスマス一人だったのよ、わかってる?私は英二君のことを思って一人だったんだよ、他の男の子は作らなかったんだよ、ねぇ、わかってる、もし、英二君が私を思ってる事言ってくれたら、クリスマスも初詣も二人で過ごせたんだよ、わかってる?」

 俺は、返事に困った。なんかブチギレとる。

 「ねぇ、聞いてる?あなた、男でしょ、私の立場わかるよね、私は野球部の彼を選んでしまって、申し訳ないから、私からは言えないよね、だったら普通、英二君から言うよね」

 俺は焦った。

 「それは・・」

 「それはじゃないの、英二君、私と学校行かなくなって、私と居たいと思ったんでしょ?思ったんだよね、なぜ、それを早く私に言わないの?私とまた一緒に学校に行くようになって、もう一年よ、一年前から私と居たいと思ってたのに、一年間何も言わずに、学校が終わる直前に私のことを思ってるって言われて、あと半日で何が出来るの?何をするの?言って、何か出来る?」

 俺は相沢を見れなかった。もう完全にブチギレとる。でもなぜ、キレてるのか意味不明。

 「ああ、ムカついた。これっ、ひどいからね、あなた、好きな女の子をクリスマスに一人にしてるんだからね、あ、そう言えば聞いたわ、クラスの男子がクリスマスに友達呼んでゲームしてたって、その友達と英二、よくゲームしてるよね、英二君もその男子の家にクリスマス行ってるよね、ああムカついた、私は一人で家でクリスマスで、英二君は大切な私を放置して、友達の家にゲームね、普通する?そんなことする?私のこと大切って言いながら、そんなことする?まともな男の子ならしないよね、普通」

 なんか、ブチギレとる、なぜかブチギレとる、た、確かにクリスマスはいつも屯してる友達の家でゲームしてた、そこのお母さんがケーキ持ってきてくれて、みんなで食べたな、と言うか、そんな回想してる場合じゃない、なぜか今は最大のピンチだ。

 「もう、いいわ、なんか腹立ってきた、今日はもういいわ、もう、一人で帰るね、じゃあね・・・ああ、なんか腹立つ、私の高校生活ってなんなの、ああ腹立つ」

 相沢さんはイラつきMAXでそう言って速足になって、愚痴りながら先に行った。

 俺は、立ち止まり、相沢さんの背中を見送った。ここで言うけど、こんな相沢さん見たの初めてで、驚きが隠せない。

 俺は少し下向きながら、再び自転車を押し始めた。何が起こったのか、頭をひねって考えてるが、やっぱりよく解らなかった。

 「ちょっと英二君!」

 はっと、びっくりした。イラついてる相沢さんが目の前に立っていた。

 「明日は一人で学校行くから、いいわね、一人で学校行くからね、私、好きな子をクリスマスに一人にする人とは一緒に居たくないわ、いいわね、私、一人で学校に行くからね、じゃね、ああ、もう急ぐわ、じゃあね」

 相沢さんは素早く後ろに向き、走って帰った。

 俺は、今の状況を何とか理解しようと、頭の中を整理した。

 やっぱり、わからなかった。

 俺は悪かったんだろうか、ええと、彼女が通学の思い出を語って・・・ええと、次は・・・

 俺は、自転車を押しながら、さっきの状況を、頭の中を、整理させて、何が彼女をブチギレさせたのか、原因を見つけ出そうとしながら、帰り道を自転車押しながら帰った。


 高校 卒業式の朝


 今日は卒業式で最後の日、そして最後の学校、いつものように自転車に乗って学校に向かった。

 今朝は相沢さんからのメッセージが無く、一人の自転車登校になった。もう、考えても仕方ないので、いつもの道を走り抜け、薬局の交差点を過ぎて行った。

 すると、相沢さんがガードレールに座っていた。相沢さんは真っすぐ前を見て、俺の方に向いていなかった。

 相沢さんの前で止まろうとしたとき、相沢さんは振り向かず、通学路を歩き出した。

 俺は自転車を降りて押して、相沢さんの横に並んで歩いた。

 相沢さんはこっちに向いてくれなかった。

 俺は相沢さんに話し掛けた。

 「相沢さん、今日で最後になるね、一緒に行くの」

 相沢さんは、前を見たまま、歩くだけだった。

 「昨日は、ごめん、ホントの気持ちを言うの遅れて」

 相沢さんは、前を見たまま、歩くだけだった。

 「もっと、早く言えばよかったけど、相沢さんに嫌われるかも知れない、それで嫌われて一緒に学校に行けなくなると思って」

 相沢さんは、前を見たまま、歩くだけだった。

 「俺も相沢さんと映画見に行きたかったし、クリスマスを一緒に過ごしたかった」

 相沢さんは、黙って歩くだけだった。

 まだ、機嫌が直っていないみたいだ。何も話してくれない。どうしていいか解らないので、自転車に乗って先に行こうとした。

 すると、目の前で止まって振り向いて、俺を睨んできた。相沢さんが、

 俺は、驚いて足を地面に付けて、また、自転車を降りて、自転車を押して歩いた。

 相沢さんは再び、黙って歩き始めた。

 相沢さんの少し斜め後ろを、自転車を押しながら歩いた。


 しばらく二人は歩き続けた。もう学校の近くで、前の方に女子の集団が、現れた。

 相沢さんは、ハッとして、その女子集団に入り、みんなと喋り始めた。相沢さんの知ってる人みたいだ。

 俺は、ホッとして、自転車に乗り、その女子集団を抜かそうとすると、その女子集団から声が聞こえた。

 「あ、英二君、今日が最後だね、英二君、先に行っちゃうんだね、いいよ、先に行って」

 聞き慣れた相沢さんの声だ。俺は女子集団に振り向いた。口元は笑ってるけど、目は力が溢れ、鋭くなった目で俺を見てる相沢さんが居た。殺気を感じた。

 俺は自転車をまた降りた。

 女子集団の中には、少し驚いた人も居た。

 「えとさ、昨日の番組でさ、みんな見た、あのコンビ誰だっけ、ええと」

 少し大きめの声で相沢さんは、テレビの話題を話し出した。

 周りの女子はその話題に乗って話し出した。

 俺は、自転車を押しながら、ゆっくり、ゆっくり、女子集団の後ろまで下がり、そのまま押して歩いた。

 最後の卒業式の自転車通学は、今までに一度も味わった事がない、サプライズだった。


 そして現在 サイクリングで帰省中


 辺りはすっかり暗くなった。この学校まで行く道には、たくさんの思い出があった。毎日同じ自転車通学だったけど、学校時代の一番の思い出だった。もう、あのときの彼女はいない。

彼女は他の女子とは違い、大人びた都会の匂いがした、テレビドラマに出てきてもおかしくないくらいの素敵な女子だった。違うクラスだったので写真はあまり残っていないけど、俺の記憶には残ってる。彼女が掴んだ腰の感触、一緒に歩いたときの彼女の横顔、今でも、寸分狂わず覚えている。いつか、彼女を忘れる日が来るのかな、そんな悲しい事考えるな、今ははっきり彼女を覚えてる、それでいいんだ。それでいい。


 俺はスマホを取り出して、SNSの電話を鳴らした。嫁の声が聴きたくなった。

 嫁は、なかなか出てくれない、おかしい、いつもはすぐ出るんだが、

 そうだ、俺は一年前に子供が出来て、その世話を嫁に任せっきりで、嫁に相談もせず、黙って連休のサイクリングに出たんだ。

 サイクリングに出てから一度も嫁に電話していない。戻れって言われるかもしれないから電話しなかった。少し、ヤバめかも。

 俺は、ずっと、電話を鳴らし続けた。自転車を押しながらずっと、鳴らした。

 十分近く鳴らして、嫁が出た。

 「あなた、何してるの」

 「あ、子供はどうだ、元気か」

 「病気だったらどうするの?それより、三日も帰って来ないで何してるの?」

 「病気なのか?電話してこいよ」

 「病気な訳ないでしょ、それより三日間、家にいないで何してるのよ」

 「元気なのか、よかった、病気なのかと心配したじゃないか」

 「ちょっと、私の話聞いてる?会社に電話したら、只今連休中て言われるし、あなた、連休中なの?連休で子供をほったらかして今、何してるの?」

 「なんで連絡してくれなかったんだ」

 「したわよ、何度かメッセージ送ったわよ、返事来てないわよ」

 メッセージは何度か来たが、全て無視してた、確信犯

 「えっ、そうなのか、悪い、今確認する」

 「それより、今、連休中なの?それで、どこにいるの」

 「前から言ってたよ、連休になったら、実家までサイクリングしたいって」

 「言ってたけどねぇ、今、サイクリングしてるの?子供を放置して」

 「ああ、今、実家近くで故郷に着いたので電話した」

 「あなた、何考えてるの?普通、赤ちゃんを構おうとせずに、外に出ようとする?私に子供から家事から、全て押し付けて、あなたは連休でサイクリングって、子供生まれてるのに普通する?」

 「会社勤めて初めて貰った連休なんだ。お前も連休取れたらサイクリングに行っていいって言ったぞ」

 「言ったけど、子供が生まれたばっかりで行く?それも前もって何も言わずに行く?黙って行くの?」

 「言ったら、サイクリング行かせて貰えるか?」

 「ダメに決まってるでしょ、子供の世話で私、毎日大変だって言ってるでしょ」

 「だから黙って行った。ゴメン、どうしてもサイクリングに行きたかった、今回は子供が生まれたのもあって、それで会社に気を使われて、会社に勤めて初めて連休貰えた。今回のチャンス逃したら、二度とサイクリング出来ないと思って、言ったら絶対止められると思って、黙って言った。ゴメン」

 「あなたは、昔から大好きな自転車に乗って、楽しい連休を過ごして、私は連休中も、いつもと変わらない、ご飯の支度、子供の世話、買い物、洗濯、いいわね、楽しい連休を過ごせて、私も子供連れて実家に帰ろうかしら、あなたも実家に帰って楽しそうだし、そのまま子供と実家で暮らして家に戻らないかも知れないけど」

 「ゴメン、ゴメン、すぐに帰るから、今、故郷には着いたけど、実家にはまだ着いていない、明日の朝早く出発して明後日までには帰宅するから、そしたら連休まだ、余ってるから、俺が子供の世話もするし、食事の用意も買い物もするから、なっ、それで良いだろ」

 「ごめんなさい、あなたが家につく頃には、私と息子は実家に帰った後だから留守かも」

 「待っててくれよ、あっ、そういえば、服が欲しいって言ってたよな、よし、服を買いに行こう、久しぶりじゃないか、二人で出かけるなんて、お願いだから、許して、な、な、すぐ帰るから」

 「すぐに帰るの?あーあ、子供に家事に、大変だわ、誰かを呼びたいわよ」

 「わかった、急いで帰る、二日後には家に着くから、な、あっ、そういえば今、中学や高校のときに通ってた通学路にいるんだ」

 「いいわね、あなだけ思い出に浸れて、そこに私を呼ばない、あなたの神経がわからない」

 「だって、お前、自転車乗らないだろ、ロードバイク買ってやるって言ったら、漕ぐと足が太るからヤダって言っただろ」

 「あなたが後ろに乗せてくれたらいいでしょ」

 「三日も嫁を乗せて山道を越えるなんて出来るはずがないだろ」

 「はいはい、あなたは一人で思い出の場所巡りで、私は子供の世話」

 「もう許してくれよ、あ、そうだ、家に帰ったら、どこに行きたい、学生時代に一緒に行った、あの繁華街はどう?あそこ服は高いけど、あそこの店のイタリア料理、お前気に入ってたじゃないか、ようし、家についたら、すぐに繁華街に行こう」

 「早く帰ってきてよ、あっ、けどね、子供どうするの?子供抱えながら、私、後ろに乗れないよ、あっ、子供を友達に預けよっか」

 「えっ、後ろに乗るって何?車に乗るときに後部座席に乗るって意味?チャイルドシート買ったし、子供が心配なら後ろに乗ってもいいけど」

 ・・・

 なぜか、嫁の声はしばらく聞こえなかった。

 「おい、どうした?何かあったのか、おーい」

 なぜか、嫁は無言になった。

 「・・・・・・、バーカ、もう帰ってくるな!」

 プチッ、電話は切れた。

 ??、なぜ嫁はブチギレたんだ?わからん、妊娠中は不安定だって言うから、いや、嫁は妊娠中じゃないし、よくわからん。

 俺はしばらく首を傾げ、自転車に乗って実家を目指した。この道は懐かしい、毎日この道で学校まで彼女を乗せて行った。そのときの彼女はもういない。

 今いるのは、怒ったらどうしようも無くなる鬼嫁しかいない。明朝早く実家を出て、大事な嫁と子供が居る家に早く戻らないと。



   自転車相乗り     終わり

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自転車相乗り ヒゲめん @hige_zula

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