日本の腫れ物とされた転生陰陽師の成り上がり譚

タケチン

第1話 裏切り

 時は天安二年(858年)に亡くなった文徳天皇の御陵を、山城国かつ野郡(現京都府京都市)の真原岡に定め、その任を終えた大納言安倍安仁あべのやすひとらの一行が、帰還途中のとある山を登っていた所である。

 突然、一行の中の滋岡川人しげおかのかわひとが血相を変えて、大納言に進言した。



「私はこの陰陽道に携わって、まだ一度も誤りを犯したことはありませんでした。しかし、今度ばかりは大きな失敗をしてしまったようです。このままでは、貴殿と私が責任を負わなければなりません。どう致しましょうか」



 川人は具体的な失敗の理由を言わなかった。だが、そんなこと今はどうでもよかった。なぜなら、それを聞いた大納言も他の陰陽師たちもたちまち血の気が引いて真っ青となり、身体の全身が震え上がっていたからである。周りの木や林が……いや、そのものが小刻みに揺れ動き、遂には山域全体が震え上がったのである。

 ここで全員が悟る。決して喧嘩を売ってはいけない。土行を司るの怒りに触れてしまったのだと。



 陰陽道でいう <地の神>とは、土公神とくじんとも呼ばれる、土地・地面・建築・堀削くっさく・農作業を司る神。そして、陰陽道ではとして恐れられている存在である。その理由は三つある。


 ①普段の生活が侵してしまう

 まず、前提として地の神の怒りに触れる要因とは"地面を動かす行為"、つまり、土公神の領域を侵す行為である。土公神は、地面・地中そのものを神域とする。これが他の神との決定的な違い。他の神はある程度、神域が決まっていることがほとんどである。しかし、土公神は遊行神として有名であり、年、月、日ごとに居所が変わる。それ故、昨日まで安全だった場所が今日からいきなり禁忌の場所となるのである。そして、暦と占断(占いの一種)なしでは把握不可能、ととしても知られている。


 ②『動かすこと』自体が罪となる

 多くの神は、不敬、無礼、穢れでいかる。しかし、土公神は違う。土公神の怒りの引き金トリガーは善悪・敬意の有無に関係なく、土を動かした瞬間に反応、つまり、『知らなかった』『仕方なかった』が通用しないのである。としても恐れられている。


 ③穢れを『吸収せず、跳ね返す』性質

 日ノ本での神の多くは、穢れを祓う、穢れを引き受ける性質がある。しかし、土公神は。穢れを処理しない、触れた穢れをそのまま返す、といった因果関係から病・不運・災害として現れるのである。




「大納言様一行は先んじて行ってくだされ。ここはこの陰陽寮筆頭、陰陽頭おんみょうのかみ 滋岡川人が時間を稼ぎます」


 ともかく、川人は考える時間はないと考え、自分以外の大納言含む陰陽師一行らを先に行かせ、川人だけがこの場に残った。


「影のとばりよ、我を覆え。急急如律令」


 囮となるため、川人は陰形の術で身を隠した。身を隠したは良いものの相手は神域である全ての土行を司る神。相手になるはずがなかった。だが、滋岡川人は普通の陰陽師ではなかった。


 滋岡家とは、歴代最強かつ初代陰陽頭おんみょうのかみであった安倍晴明と唯一互角で渡り合っていたと言われている蘆屋道満を排出した蘆屋家の分家であり、川人はその『蘆屋道満の再来』とまで言われるほどの天賦の才に恵まれた。幼い頃からなんでも苦もなくできた川人は齢十にして、周りの大人含み敵なしとなり、齢二十にして陰陽頭おんみょうのかみの地位についた。


 そんな彼はまさに現代最強の陰陽師であるため、大納言ら一行を逃がすための時間は稼ぐことができると判断したのだ。












「はあ、はあ、はあ、はあ……ぐはぁ……ゴホッ」


 どれほど時がすぎただろうか。ボタ、ボタと己の血が全身から地面に流れ落ちるのを耳にしながら、周りの木などを支えにして山を出ることに成功した。何とか生き延びたが、このままでは失血死も時間の問題であると悟り、偶然持ち合わせていた布で止血した。そして、視界がぼやけ、頭がクラクラするのを気合いで耐え、意識を保ち、一歩、、また一歩、、と足を進めていた。

 








「あ、帰ってきたわよ。地の神様に怒りを買って無様に逃げてきたゴミクズが」

「そんなことするやつ地の神様に殺されればいいのよ」

「ああ〜〜、なんで帰ってくるかな。あいつが生贄になれば全てが解決するのに、さぁ」

「せっかく神童とか蘆屋道満様の生まれ変わりとか持て囃されていたのに残念な事ね」


 気合いで帰還した川人に待っていたのは暖かく迎えてくれる住民たちの声ではなく、住民たちの侮蔑や怨嗟などの声の数々であった。門をくぐるなり明らかな異変が起こっていることに気がつき、彼は絶望に顔を染めることになった。



「な、なん…でこんな、今まで命懸けで守ってきたというのに……、あんまりではないか……今まで、今まで誰が貴様らを護って来たと思っている!」


「おお、怖い怖い、そんなだから、ここまで嫌われたんじゃないのか?」


 グサッ


「……なっ?!………ブハッ」


 川人は己のめちゃくちゃとなった感情に耐えられなくなったのか自分の今まで無意識のうちに溜め込んでいた心情を全て解放して周りの住民たちにぶち撒けた。

 すると、後ろから誰かの声がした。しかし、その声はとても不快だった。なぜかは分からない。だが、本能が不愉快であると告げていた。そう感じ取ったのも束の間、川人は『グサッ』という不快な音とともに血が逆流し、またそれは喉を通り、大量の血を吐血した。失血死寸前であったこの身体にこの吐血量、明らかに致命傷であった。

 最後の力を振り絞り、後ろを振り向くと、そこには下衆た面をしている安倍安仁が、真っ赤な血を染めた刀を持って立っていた。



 そこで川人は、安倍安仁のドス黒い目を見て悟った。いや、悟ってしまったと言うべきか。私は大納言、安倍安仁に嵌められたのだと。


「……けるな。ふざけるな!安倍安仁ぉぉ。こんなことをしてただで済むと思うなよ!地獄から這い出てきて必ず、お前に相応の報いを受けさせてやる!覚悟してお…………ぐはあぁ…ぁ……ぁ………ぁぁ」


 川人が最期の言葉を言い終える直前に安仁は『もういいだろ』と言わんばかりに川人の胸を完膚無きまでに切り伏せた。



 倒れゆく川人を見ながら安仁は下卑た笑みを浮かべながら口にする。


「もう年貢の納め時だ」



 バタンッ



「な…何が……目的だ…ぁ」


 仰向けに力なく倒れた川人は安仁に問いをかけるが、声が掠れてしまう。


「フッ。目的など些細なことよ。お前を殺さなければ俺の矜持に関わる。ただそれだけのこと。最強はどの世にも一人で十分だ。それに…我ら安倍家の覇道に乱れのもとは必要ない。貴様らは調子に乗りすぎた」


 次第に安仁の声が聞こえづらくなる。


「……だが、これだけは思う。の最期がこのようになるとは"あの時"には露にも思っていなかった。とても残念だよ。でもね、この世は理不尽の連続なんだよ。だから、諦めて逝くといい。滋岡川人……いや、────」




 聴覚が完全になくなり、それに次いで五感が次々に機能しなくなる。だんだんと視覚もなくなりつつあり、虚ろな眼をしていた川人は正真正銘、最後の力を振り絞り、護符を取り出して何かを口にする。


 川人はブツブツと独り言のように、時間にして約30秒程呟いた。安仁は、既に興味を失ったのか、川人を背に向け歩を進めており、川人の言葉は耳に入らず、気にも留めなかった。

 川人は言い終えると、眼に完全に光がなくなり、とうとうその場で動かなくなった。




 そして、ここからこの出来事は後世に語り継がれ、滋岡家一族の転落人生が始まったのである。










「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~如律、令」


 * * *


 ◇時が過ぎ、現代の日本



「奥様、生まれましたよ〜。元気な男の子です〜」

「ぎゃぁぁぁぁん、ぎゃぁぁぁぁん(んぁ?ここは、どこだ?)」

「良かった〜無事に産まれて、ほらあなたも抱いてあげてください」

「あ、ああ、そうだな。ああ、なんて可愛いんだ。この子までもこれから虐められるかもしれないと思うと…自分の無力さをよく感じるよ……何とか、なんとかしてあげられたらなぁ」

「なんとしてでも私たちが守ってあげましょ。この子の未来のために」

「ああ、そうだな。俺たちの子だから、きっと強く、生きてくれる」



 ごく普通の新しい生命の誕生。だが、この日誕生した赤ん坊によって、約千年前のあの日から止まっていた歯車がゆっくりと、しかし正確に動き出すのである。






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