第1話 ある男の悲しい恋路

「頼むアリス。俺と付き合ってくれ」


 自宅前で頭を下げ、彼女に告白をする。アリスは一瞬微笑んだ後、首を横に振った。


「ごめんねグラム。貴方の気持ちは嬉しいけど、今はまだ答えられない」

「そっか。悪いな気を使わせて」


 一世一代の大勝負。その敗戦を取り繕うため、流し笑いを浮かべた。


「でもそっか、グラムが私に告白か。正直考えもしなかったな」


 彼女は背中を向けた。その姿を、俺は脳に焼き付ける。

 

 何故そうするのか? 告白すると決めた時、ある誓いを立てたから。


(もし上手くいかなかったら、彼女との縁を切る)

 

 彼女が、他の男の隣で過ごす。それにきっと耐えられない。もしかしたら手を出し、傷つけるかも。


 そうなる位なら、距離を置こうと心に決めた。


(それにしても失敗したか? 自宅前だなんて。これから外出する度に、フラッシュバックしそう)


 彼女は俺の家でこそ寝ないが、毎日訪れ、共に食事をしていた。


(アリスの部屋があるくらいだしな)


 炊事洗濯をしている時、彼女が何をしていると思う?


「グラムの匂いだ。ふふ、落ち着くなぁ」


 俺の布団に包まり、頬を緩める。そんな姿を見てしまえば、誰だって勘違いする。好意を持っている相手だ、尚の事。


(どうしようか? 村から出るか?)


 村には愛着がある。


 商人をしていた父。彼が息子のため、定住を、選んだくれた場所なのだ。家を建て、職にもついた。


 父のしてくれた全てが、村にある。


 だが思いを燻らせ、自己嫌悪に陥る位なら、引っ越した方が後腐れない。


「気持ちは嬉しいよ。グラム。うん……本当に、嬉しい」


 彼女は振り返る。そして舞う、綺麗な白髪。


(綺麗だ)


 誰よりも美しい少女。一緒に居たかった存在。唯一安らぎをくれる宝物。

 

 目を瞑り、縮こまった手を伸ばす。未練? あるに決まってる。だから、今までの関係を捨てない、妥協を選ぶ。


「さっきの告白は忘れてくれ。これからも友達としてーー」


 最後まで言えない。柔らかくて温かい、何かに口を防がれた。目を開けると彼女の顔がある。

 

 俺はキスをされていた。


 疑問はあるが、全て棚上げだ。好きな人がしてくれた、喜ばしい行為。受け止めるのが最優先。


「アリスなんで?」


 不意に起こった事故? 足の爪先まで伸ばした、彼女が否定している。

 

 抱きしめたい。しかし、告白の返事が欲を止めた。肩を掴み、引き離す。


「わからない?」


 目を潤ませ問うてくる。頷くと腹部に衝撃が生まれた。


「ちょ」

「馬鹿。いいから……ちょっとだけ黙ってて」


 俺の腹部に、頭を擦り付けてくる。だが意図が読めない。そんな時は、好きにさせると決めていた。


「力を貸して」と彼女は呟き、離れた。


「どういうわけかお、ちょっと待て」


 訳を聞きたかった。告白の返事は当然、思わせぶりな態度も、洗いざらい。


 しかし何も答えず、帰ってしまった。


「なさけね」


 追うべきなのはわかってる。しかし、足が前に動いてくれない。


 月が昇る数時間、幻想の去り姿を、思い起こすしかできなかった


「期待していいのかよ? なら教えてくれ、お前の抱える物を。教えてくれたら、どんあ重荷だって、一緒に背負ってやるのに」


 聞けないのが悔しかった。真実を知るのが、不安でしょうがない。こんなにも恋は、人を脆くするのか?


「父さん。好きな人が出来ました。でも、どう接したらいいかわかりません」


 誰よりも、信頼する人物は、既に死んでいる。


 誰にも打ち明けられず、布団の中で咽び泣いた。


 *


 告白から一年が経つ。しかし今だ返事は来ない。それどころか、彼女は俺を避け始めた。


 教会では村の子供を集め、学校が開かれる。そこで顔を合わせるのだが。


「アリス、おはよう。ちょっといいか?」


 顔すら向けられず、無視をされる。


「話す内容も内容だからな」


 流石にデリカシーがなかったと、反省し、今度は2人きりで話すため、待ち伏せをする。


 だが狙った時に限って現れない。


「俺の動きを読むのが得意だったからな。そういう意味では今も興味は持たれているのか?」


 何度も挑戦したが、待ち伏せは全て失敗。挨拶すら、帰ってこない現状に、ついに自己解決を諦めた。

 

「そもそもだ。アイツはなんで」


 告白をした翌日、彼女はシスターになった。


 日に8時間の祈りを忘れず、村の行事に率先して関わる、敬虔な神の使徒に。


 俺が知る、だらしない面影は何処にもない。


 大切な人の姿が消え、それがまた、思い出から、寂しさを呼び起こす。


「ご飯が出来たよアリス。っていないか」

 

 振り返ったが誰もいない。広く感じる自宅の虚しさ。それに耐えるのが、どれほどキツかったか。

 

「ぐうたらで甘えん坊。買い物に行くと、余計な物を買おうとする」

 

 一時期は彼女が居ない分、貯金が出来るとポジティブに考えた。


「今月は随分、余裕が出たな。なんでかな……はぁ」


 積み重なったお金が、寂しさを視覚化する。気付いてしまったら続けられない。


「嫌な夢を見た」


 そう、今までのは夢だ。だが現実あったこと。

 

 目を覚ますと泣いていた。良くあることだ。アリスの夢を見ると、首の裏に湿り気を感じる。


「うん? 今何時だ?」


 日の位置が高く思える。 

 

 時計がこの村に無いのは、田舎故だ。時刻を判断する指標は、もっぱら日時計と腹時計。


 しかし、日時計は信用しない。


 季節による太陽の、活動時間で変わるから。つまり頼れるのは腹時計。


「俺の腹時計だと時刻9時半。……遅刻だぁ〜〜。急いで森に向かわないと」


 職業は木こり。

 

 村の周囲には森がある。だが適当に切れば良いものではない。決まった現場にそのつど、現地集合となっていた。

 

 今日の現場は村の西。自宅は東側にあり、さらに村はずれ。


 移動時間を考えれば、とてもじゃないが間に合わない。


「というか、もう集合時間過ぎてるんだけどね」


 集合時間は朝の9時。間に合うなど論ずる意味はない。なにせ遅刻確定である。

 

 だが行くしか無いのだ、日々の賃金を稼ぐために。



 朝食など取ってられるか。服を脱ぎ捨て、作業着で駆け出す。


「っとと。忘れる所だった」


 斧を取り、玄関を飛び出す。


「あ〜〜。どう行こうか?」


 最短距離を進みたいが、残念ながら出来ない。現場にもっとも近いルートは、村を横切る必要がある。しかし村で走れば、通行人とぶつかる危険がある。なにより今日は収穫祭だ。いつも以上に人の出入りが多い。


 選ぶべきは、遠回りとダッシュの組み合わせ。しかし疲れるので、歩いて村を、横断することにした。


 生まれた空き時間だが、暇な訳では無い。


「神父様に手伝いを頼まれた、それを遅刻の理由にするかな」


 言い訳を、錬りながら歩く。目に入ったのは、ある一家の姿。


「あんたら今日は収穫際なんだから、遊んでないで手伝いなさいよ」

「は〜〜い」

「わかったよ母ちゃん」

「終わったら遊んでいいからね」


 子供が母親の指示を聞き、荷物を持つ。彼らを見ていると、父の言葉を思い出した。


「仕事ばかりさせる、俺を憎むか?」


 俺は13才。誕生日は過ぎたので、今年は増えない。

 

 一般的な13才は、教会で学び、日が沈むまでは遊ぶ。残った時間は実家の手伝い。

 

 ただ俺の場合は、勉学以外は、全て仕事だ。


 父が死んだのだ。守ってくれる者は、だれもいない。生計を立てるため、働くしかない。


 だとしても俺は。


「恨んだ事など一度もないさ」


 父は不治の病だった。激しい運動は出来ず、したら直ぐ、体調を崩す。旅をやめた理由の1つだ。


 死後も息子は生きていく。父は考えた。自分以外の人間が、息子を守ってくれる方法を。


 選んだのが木こり。村唯一の公益品である木材。それを、作り出す職につけば、村が息子を守ってくれる。

 

「だから恨め無いよ。恨むとしたら、早死した位さ」


 35才という若さで世を去った。


「母の元を離れて、父さんの方に来たのに、あんまりだよ」


 一緒に居たかった。父に送る不満の言葉だ。

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