第6話 そして大聖女は、宣言をする

ーアリス視点ー


 私は馬車に乗り、村を離れていた。


 何故ここにいるのか? それは、村を脅しに使われたから。


「始めまして大聖女様。いえ、アリス皇女と言ったほうがよろしいですかな?」


 広場で、祭りの準備をしていた時だ。馬車が村に訪れた。


 数十名の騎士、馬車から法衣を着た男性が現れる。服の生地、彼の表情、真っ白な法衣を見れば、その心持ちが測れてしまう。


「ここではなんですから、教会の中で」


 村人と騎士、両者の衝突を避けるべく、神父様の案内で、教会に移る。


 講壇の前で、男性は話し掛けてきた。


「アリス大聖女、良いですかな?」 

「いえ、私はシスター見習いのアリスです」

「御冗談を」

(冗談じゃない)


 男性は、誇りに思っているだろう。大聖女の、肩書を持つ人間。それを出迎える資格を得た。さぞ光栄なことだ。


 本人の心情など考えず、勝手な事だ。


(帰ってくれ)


 祖国に未練はない。私を守りもしなかった、教会にも。

 

 私が住んでいた国、その名はニクス帝国。大陸最大の国家であり、法国と同盟関係を結んでいる。


 捨てた理由は単純、邪魔だったのだ。聖女の上に立つ大聖女にして、帝国の第2皇女。その権力は皇帝すら上回る、可能性を秘めていた。


 殺されなかったのは、皇帝の下心故。利用できれば、さらなる権威が得られると。


 私は様々な援助を受け、帝国から逃げ延びた。


「戻って貰いましょう。本来居るべき場所に。貴方が一番望んでいたことだ」


 男性の目は、それを信じ切っている。


 仮にも、元支援者だ。


 他者に対する献身。不条理に抗う、皇女としての地位。誰よりも聖女であろうとした、の、欲することを知らない、私を見ている。

 

 さて、勘違いを正さねばならない。


「私に名誉欲ありません。人を救いたいという慈悲も。穏やかに、この村で過ごせればそれでいい」


 ここには彼がいるから。それだけで何もいらない。


「ではこちらも、死人を出したいのならお好きに」


 男性は騎士に目を送る。そして騎士は剣を抜いた。

 

(そう来ると思った)


 溜息を吐き、せめてもの抵抗として。


「10分、時間を下さい」


 私は神父様に伝言を残し、馬車に乗った。


(後数時間だったのに)


 こうなる可能性を予期し、グラムの告白を断ったのだ。


 今だから白状するが、彼が告白をしてくるとは、予想すらしていなかった。


(鈍感だし、だらしない妹程度に思われているかと。私の方が年上だけど)


 村に住む誰よりも、彼の事を理解している。そう自負もしていた。だからこそ、彼からの告白はないと、結論を出した。


 つまり結ばれるには、私から、思いを伝えるしかない。


(ありえない)


 彼の事は好きだ。だからこそ巻き込めない。私の命にこびり付く、厄介事には。

 

(だから嬉しかった。でも思いが抑えられなくなった)

 

 それがきっかけで、生き方を変える、決心をした。ただし条件付きで。


 1年間、教会のシスターとして働く。さらに、グラムとの接触を最小限にする。これらの条件を、全う出来た場合のみ、彼と生涯を共にしよう。


(めんどくさい性格だな、我ながら。でもこの命は、多くの助けでここまで紡げた。そう思ったから、私は責務から逃げられない)


 条件? 正しくは儀式だ。背負った重荷を、下ろすための。

 

 今日の収穫祭が終われば私は、ただのアリスになる筈だった。後数時間。だけど、神様は許してくれない。


「すぐれない顔色ですね大聖女様」


 対面の男に目を向ける。

 

 教会で脅してきた男、名はドイルだったか? 彼は白いローブを着ていた。重要度の高い、祭典に着る服で私を出迎えた。


 そんなことをされても、嬉しくないが。

 

「ええ、私の幸せを奪ったんですから」


 睨みつける。男性は笑みを崩さず、首を横に振った。

 

「私達も隠れ住んでいる貴方に、戻って欲しくはなかった。貴方が表舞台に上がる行為は、大陸中に火種をばら撒くと同義だ。だが、その最終手段を使わねばならないほど、事態は切迫している」


 顎下で手を組み、真剣な顔で言う。


(だからさ、興味ないんだってば)


 窓の外に目を向け、夕日を眺める。そして来るはずだった未来に、思いを馳せる。


「はぁ」


 何度目かの溜息。


 今日は感情の浮き沈みが激しい日だ。


 午前中はグラムが、受け入れてくれるか不安だった。

 お昼過ぎは、彼が受け入れてくれた、その喜びを噛みしめる。

 今は……数時間の期待を無下にした、神への憎しみ。

 

 こんな性格なのだ。無理だとわかっている。


「こんな事なら、告白、受けとけばよかった」

「それはよかった」


 独り言だ。男性の存在は、壁以下でしかない。

 

(待ってくれるかな、グラムは?)


 教会を出る前、神父様に伝言を残してきた。


「帰ってきたら私を、お嫁さんにしてくれますか?」


 顔が熱くなりながらも彼に託した。そんな私の頭を、神父様は撫でながら。


「本当は自分で伝えなさい、と言いたいところですが。わかりました、伝えておきますよ。私も楽しみにしています。娘のように思っている貴方と、息子のように思っているグラム。貴方達の式を、この手で上げるのを」


 一年間、お世話になった神父様は、神の信徒とは違う、彼個人の笑みを浮かべた。


 そんな未来に行き着けたのなら、どれほど幸せだろうか。


(何年賭ければ、その未来にたどり着けるか?)


 教会が、私を呼び寄せたのだ。1年で戻れる、そんな甘くはないだろう。


 (タイミングが悪いよ。なんで昨日じゃ駄目だったの?)


 昨日なら、まだ苦しくなかった。興奮から眠れず、過ごした昨晩。願いが叶う、そう確信した所に、責務が割り込んできた。


(私が帰るのはグラムの所)


 服の胸元を掴む。


 目を瞑り、何度も自分に言い聞かせる。己を納得させるため。彼との別離を寂しがる、その心を落ち着かせる為に。


 だがそれは、ドイルの発言で打ち消された。


「そうだ、貴方が振り返る事がないよう、あの村を、地図から消しておきますので」


 男の言葉に目を見開く。

 

 村を消す? ありえない。だが心の中では、真実だと受け止めていた。男なら、罪悪感を抱かずやるだろう。


「ねぇドイル、今なんて言った? あの村を滅ぼしたって?」


 背中に、嫌な汗が流れる。

 私の焦る顔を見て、男性は笑みを深めた。そして、声高らかに肯定する。


「ええ、貴方の帰る場所は我らニクス帝国のみです。第2皇女にして、神から聖女の上に立つ御方として認定された、アリス大聖女様」


 目を輝かせる男性とは真逆、私は神父様の生存を祈った。親しい人間だから生存を祈る、その面は確かにある。

  

 だが今は、神父様に頼んでいた、グラムへの伝言が重要だ。


 村を襲われ、私が攫われた。なら彼がすることは1つ。


 帝国と法国、両国を滅ぼす為に、動き出すだろう。時期を考えれば、人類滅亡すら引き起こし兼ねない、事態を生み出す。


「アリス大聖女様、貴方はこれからニクス帝国を二分し、最小限の損耗で、帝国のガンを吐き出さなければいけない。そうしなければ此度の魔王との戦いは絶対に勝てませんぞ」

「はぁ」

「な、なにか?」


 大きな溜息を吐く。それに男性は戸惑った。


(お前、自分が何をしたか、わかっているのか?)

 

 目を細め、男性を見下す。


 彼は柔和な表情を崩さない。だが膝に置かれた拳は、固く握られる。


「なるほど、他人の機微を察する事は出来るか」

「大聖女さまと言えど、私を馬鹿にする発言は」

「馬鹿にしているんだよお前を」

「は? 何を分けのわからぬ事を。馬鹿にされる要素が、私にあるとでも?」


 プライドを傷つけられ、震える男性。だが、辛うじて理性は保っているようだ。


 私は知っている。男性が私にして欲しいことは、決して叶わない。


 目を瞑る。思い出すのは、大切な1人の男性。

 普段は温厚、というより無愛想な彼だが、戦いの場に出れば、屍の山を積み上げる。


 初めて会った時に理解した。

 この子は化け物だ。人を殺すことに馴れすぎている、絶対強者だと。


 それを証明する物も、足元にある。私を殺しにきた、20を超える魔族。それを皆殺しに、していたのだから。


「明日、現場に親父が来るんだ。空気を汚すなよ」


 当時は、そんな事を言っていたか。


 目を開き、ドイルを見つめる。ただじっと、私の心に宿る、彼の第一印象を伝えるために。


 それを受け、男性は体を震わせる。無意識だったのだろう。馬車の揺れとは違う、得体の知れない拒絶感からくる、震えを理解し、男性は身体を押さえた。

 

「ねぇドイル。今代の大聖女、その役目は魔王の討伐でも、聖女を纏める事でもない。ましてや、信徒の意思を1つにする事ではない」


 そうか、良くも悪くも、私は彼に変えられてしまった。昔の私は、幸せを望む性格ではなかった。


「といいますと?」

 

 汗をハンカチで拭く、取り繕う男性を見て確信した。


 ああ、こいつは根本的に理解していない。

 男性と騎士達の、浅はかな行動の結果、帝国は滅亡の危機に陥る。それすら、わかっていないのだ。


 胸元で手を組む。そして祈るように願望を言った。


「ある男を骨抜きにし、その男と、平和の中で骨を埋める」

「その男は魔王より強いと?」


 「まさか」と心の声が漏れて聞こえる。その証拠に、彼の顔は笑っていない。それどころか私に対して、奇人を見るかの目を向けていた。

 

 私は自身が作り出せる、最高の笑みを浮かべる。そして力強い声を出す。


「強いよ。その刃はニクス帝国の、喉元にも届く」


 ここでの強いに、他の意味は込めていない。


 好き故の贔屓目が、入っているのは事実だ。ただそれを差し引いても、聖女の勘がこう述べる。


 彼を解き放ってはいけない。この身を賭けて封じなくては。


 一番の幸運は、彼を愛せた事。心の底から愛した人が、彼だったこと。


 男性の怪しむ顔。理解させるには、言葉を尽くす他ない。


 そう言えば帝国は、グラムの一族と協力関係だったか。その名を使えば、少しは理解し易いだろう。


「だってグラム、最高の狂戦士だから」 

「何を馬鹿な」


 右手を左右に振り、ドイルは付き合っていられないと、椅子に腰を落とす。


「まぁ、ドイルの好きに解釈すればいい。だから、まず私が予言する。騎士全員は、帝国には帰ってこない。そして私が愛した男。彼が帝国を滅ぼす」


 この状況を、楽しんではいけない。


 村に被害は出るだろう。仲良くしてくれた人、お世話になった人、そして神父様は、万が一、それが起こらぬ限り亡くなる。

 

 教会を出る際、神父様と騎士を、2人きりにしてしまった。彼は戦闘の素人。訓練を受け、鎧で身を守る騎士には絶対に勝てない。

 

 そうなると、グラムの伝言どころではない。神父様は、彼に会うことすら叶わない。

 

 つまり大戦が起きる。これから亡くなる、大勢の人には申し訳なく思う。


 胸が張り裂けそうな悲しみ、それが心の半分を占めていた。同時に薄暗い女の喜びが、心の半分を埋め尽くす。


 好きな人が、私の為ならここまでしてくれる。汚い女の喜びを、心の中にひた隠す。


 彼の姿を思い起こし、私は目を閉じた。

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