第5話 狂戦士は解き放たれる

「アリスは大丈夫なのか」


 教会を目指し走り出す。坂下では、騎士と木こりが戦っていた。

 

 騎士は馬乗り状態で、剣を木こりに押し付けている。剣に押され、木こりの斧は首近くまで迫っていた。

 

 木こりは息を止め、斧に力を込める。だが、既に肘は曲がった。どんなに意地を張っても、力の入るピークは過ぎてしまった


 突破されるまで数秒も無い。だからこそ騎士は、無警戒だ。 


「さて、終わりだ」

「クッソ」

「お前がな」


 背後に回り込み、斧の一振りで、騎士の首を斬り落とす。

 

 声を掛けたのは時間を稼ぐため。不意に話掛けられれば、驚きから力は弱まり、木こりへの負担が減る。彼が生き残る、その一秒を稼ぎたかった。

 

 騎士の体を蹴り退かし、手を差し出す。

 

「大丈夫か?」

「ああ……グラム子供達は?」


 立ち上がった木こりの、第一声がそれだった。

 背後の坂を見る。駆けおりた際、何人かの子供とすれ違った。


しかし、それを口にするのは今ではない。村を見ると、騎士の増援がこちらにやってくる。


「今聞いてどうする。まだ眼の前に敵はいるぞ」

「すまない」

「気にしてないでくれ。それに疲れてるだろう? 前衛は俺がやる。お前は援護に回ってくれ」

「わかった、頼む」


 斧を片手に、騎士へ飛びかかった。 


「何だその武器は? そんなんで、俺自慢の鎧が砕けるか」


 騎士が持つ余裕、それを咎められる者が、いったいどれ程いるだろうか。

 

 俺が持っているのは、伐採用の斧。

 対する騎士は特注品の鎧だ。材料である鉄の質も、間違いなく一級品。

 差は歴然。だが鎧が着脱式である限り、やりようはある。


「ふん、無知な者め、汚らわしい」


 剣を上段に構え、振り下ろす。


(今だ)

 

 振り下ろしを見計らい、地面を蹴り上げた。

 

 剣を躱し、右側面に回り込む。そして振り下ろされた左腕。それを掴み、引っ張った。


 開いた騎士の左脇。そこめがけ、下から斧を振り上げる。斧は鎧を砕き、騎士の脇に到達、左腕を切断した。

 

「俺の腕がーーーー」


 装備差頼りの蹂躙、その経験しかないのだろう。

 腕を落とされた。その程度で蹲り、喚き散らす。

 

 俺は未だ、騎士の前に立っている。胸元を踏みつけ抑えると、首目掛けて斧を振り下ろす。


「ふぅ。ここはもう大丈夫だろう」

「だろうな、グラムはどうする?」


 木こりの問いに、俺は村の中心を見た。


「これから……教会に向かう」


 俺の肩を叩き。


「そうか……俺もついていく。足手まといかもしれないがな」

「いや助かる。だいぶ腕も鈍ってる……それに」

「それに?」

「覚悟しなきゃいけない。出来ないかも、しれないけどな」


 そして俺達は、教会に向かって歩き始める。道中、3人の騎士と出会ったが、全てに奇襲を決めた。

 

 殆どの騎士は、村人を剣で嬲り弄んでいた。そんな奴らは、周囲の警戒が甘い。背後を取り、一撃で首を落としていく。


 例外として、教会前に陣取っていた騎士は、木こりに囮をさせる。


「村をめちちゃくたちゃにしやがって。何が騎士だ臆病者。お前らが崇める、神か王かは知らないけどな。碌な奴じゃねぇよ。いや偽神か?」

「貴様、言って良い事と、悪いことがあるだろう」


 騎士は怒りに支配され、木こりしか、見えていない。その隙を狙い、背後から接近。


「何だきさーー」

「遅い」


 足音に気付き、騎士は振り返る。だが斧は既に、首元に迫っている。


 構える暇を与えず、フルスイング。斧で首を飛ばす。


「やったなグラム」

「ああ……そうだな」


 乱れた呼吸を整える。そして教会を見た。


(教会が騒ぎの中心か? ならやっぱりもう)

 

 怖かった。あそこには神父様がいる。連中の狙いがアリスなら、神父様の命はない。足が止まる。行きたくないと言っている。第2の父、彼の死を見たくないと。

 

「グラム」

「大丈夫だ、行ける」


 誤魔化すように、斧についた血を払った、その時だ。教会の入り口が独りでに開く。


「面白い奴がいるじゃないか」


 現れたのは騎士。村に居た騎士は、鋼の鎧を着ていた。眼前の騎士はミスリル、つまり、この場の責任者と考えていいだろう。




 敵将を前に、棒立ちなど許されない。命の遣り取りをする場では、尚の事。

 

 直ぐに首を取れ。出ないと、悲劇は終わらない。


 なのだが、今だけは許してくれ。


「し、神父様?」


 木こりが呟く。騎士が鷲掴みにしている物。それは神父様の首。


 彼の姿を見て、斧が手から溢れかけた。落とさなかったのは、染み付いた習慣のお陰だ。

 血にまで染み付いた、戦場の掟。意識的には許される、だが無意識に武器を手放すな。


 掴み直した斧の重さ。それが、飛んだ意識を呼び戻す。意識が戻ったからこそ、我慢は出来ない。斧を強く握りしめると持ち手が凹む。


「ぐぅぅぅぅ」


 獣のような唸り声が、腹の底から湧き上がる。


「待てグラム」

「黙れ。わかってる」


 平静を保ちたかった。だが目の奥に力が籠もり、自然と体が前のめりになる。


「ああ、コイツは私の邪魔をしたからな。大丈夫だ、お前たちも時期にこうなる」 


 それを投げた。顔が空中で回転。彼の顔が、一面ずつコマ送りで見えた。


 神父様は父の親友だ。家族ぐるみの付き合いで、父が死んだ後、色々支えてくれた。彼は間違いなく善人だ。だから、あんな死に方が許される筈がない。 


(覚悟はしていた。でも)


 後悔が心を蝕む。


 父が死んだ時、神父様に誘われたのだ。


「もしよければ、一緒に暮らしませんか?」

 

 俺が教会に住んでいれば、彼が死ぬ事はなかった。村の被害も最低限に抑えられ、少なくとも、村人が死ぬことはなかった。


 この程度の騎士など、何百人いようと皆殺しに出来るのだから。

 

 俺は神ではない。場合に寄っては、悪魔に近いだろう。それでも考えてしまう。

 どうすれば、彼の不幸を取り消せるのか? 答えなど出るはずはない。増すのは憎しみばかり


(そうか、そうなんですね)


 そして気付いた。

 

 彼の顔には、苦しみが色濃く出ている。だがそれとは別に、やり遂げた、優しい顔をしていた。


(貴方は貴方らしく死んだんですね。お疲れさまでした、後は俺がやります)


 もう限界だった。なんの工夫もせず、真正面から突撃する。


「馬鹿ですね」


 罵倒など意味はない。既に怒り狂っている。だからこそ、久しぶりに開けられた。表面に纏う底しれぬ悪意と、魂の奥に潜む怨嗟の塊を。

 

 視界が真っ赤に染まり、色の判別が出来ない。そんな俺の前に、大きな玉が現れた。


 騎士が放った魔法。

 揺らぎは見える。だが色の判別が出来ず、魔法の属性がわからない。

 

 はっきりしている事は、回避すれば、魔法が広場に直撃。そのまま村が吹き飛ぶ。


 後は、魔法を無詠唱で出せた仕掛け。ディレイマジック、呪文の先行詠唱だろう。教会の中で済ませてきたか。


 回避は許されない。ま、考えるだけ無駄なことだ。

 

 悪意は既に、提案を終わらせている。

 

 この騎士は薄っぺらい。だから、屈辱は与えられても、満足出来る絶望を、与えきるには器不足。その上で出来る事は?


 脳が戦闘意識に切り替わる。黒いオーラを身に纏い、魔法の玉に突撃。


 肌に感じる灼熱感、魔法の属性は火か。そして火球は砕け散った。


「これで障害もっな!!」

「残念だったな外道。魔法なんて軟なもんじゃ、俺は倒せねよ」


 小細工はしていない。文字通り、体当たりをしただけ。タネを述べるなら、狂戦士として目を覚ましただけだ。


 火球が消え、騎士は驚きのあまり動けない。その脳天に向け、斧を振り下ろす。

 

 襟部分で、一度斧が止まる。両足を広げ、食いしばる。すると鎧が裂け、股下まで斧が通った。結果一刀両断。


「やったなグラム」

「まだだ」


 死体から目を離さない。


 再生能力に一家言ある種族なら、この状態からでも回復し、襲いかかってくる。

 

(判別方法はあれか)

 

 騎士の体、その左断面に蹴りを入れる。そして心臓を見た。


「止まっているな」

 

 それを確認し、俺は立ち上がる。


 実はどの臓器でもいいのだ。

 再生を抑え、死んだふりをしようとも、生命活動をしている以上、無傷の部位は動いている。


 吸血鬼然り、オーク然りだ。


「いったいどこに?……あれだな」


 広場に向かい、ある物を探す。血痕という、わかり易い印はなかった。記憶に焼き付いた、投げられた方角。そこから想像で探し出す。


 目的の物、神父様の頭は、草陰に隠れるよう転がっていた。

 

「貴方らしいな」


 自分の顔を見て、誰かが苦しまないように。生前の彼が見えて、悲しけど嬉しかった。


 俺は抱き上げ、木こりに頼み事をする。


「すまん、上着を貸してくれ」

「謝らなくていい。むしろ貸させてくれ」


 上着を広げ頭を包む。俺はそれを抱きしめ、蹲った。


(10秒だけ許してくれ)


 襲われている村人は他にもいる。助けに行かなければいけない。それを神父様も望んでいる。

 

 でも、第2の父を悼まずにはいられなかった。


「グラム大丈夫か?」

「ああ。悪い、これを頼んでもいいか?」


 立ち上がり彼を託す。丁度その時だ、広場に複数の足音がやってきた。


「貴様、よくも隊長を」


 騎士が14名。そして。


「グラム指示をくれ」


 森の奥から戻ってきた、狩人が俺に指示を求める。

 


「ああ。狩りの時間だ。俺について来い」


 指示を出すと同時に、斧を投擲。斧は兜を突き破り、騎士の頭部が吹き飛ぶ


 騎士たちはその光景を見て、逃げ腰となる。騎士だけではない、背後にいる狩人も。


(しゃあねぇな)


 先陣は、素手の俺が切らせていただく。遅れて動き出した、狩人達の働きもあり、騎士を蹂躙。

 

 こうして村人の被害が、20人を超えた、事件の幕を閉じる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る