第4話 惨劇 2/2
数十人の騎士に守られ、村に馬車が入ってきた。
収穫祭の当日。予定のない訪問者に、不安が村を覆う。
「ここは私が対処します」
名乗り出たのは神父様。彼が言うならと、みな準備に戻ってく。
「来なさいアリス。覚悟を持って」
「わかりました」
馬車から出てきた男性を引き連れ、3人は教会に入っていく。
建物の影から、私はそれを見ていた。だから彼女を呼びに、教会に来たのだ。
正面は騎士が塞いでいる。侵入経路は、鍵のない裏口を選ぶ。
音を立てず礼拝堂を覗く。居るのは騎士と神父様の二人だけ。
(アリスさんはいないのか? ちょっとがっかり。でも、忙しいもんね)
収穫祭の運営は、教会がしている。
修道女である彼女も、走り回っている筈だ。
入れ違いになってしまったか? だが待ち合わせ場所にはいなかった。
(ふむ、何かがおかしい。特に、アリスさんの態度が)
カップルが通りかかる度に、目を奪われ、赤子に近づけば、顔を赤らめ独り言。過剰反応にも程がある。
(これでは駄目ね。陰謀論者と同じよ)
彼女が居ない以上、教会に用はない。
「レイ」
名前を呼ばれ、背筋が伸びる。
(何故、バレた? あ)
教会の入口、そこが私の現在地だ。考え込んでいる間に、飛び出してしまった。
裏口から入ったのだ、いけないことの自覚はある。急ぎ頭を下げ。
「すいません神父……さま?」
違和感に気づく。掛けられた声は弱々しかった。絞り出した、最後の一滴のように。
顔を上げると、抱き合う構図。
旧友同士の再開か? 神父様の背中に出っ張りがある。あれも何かの風習か? 足元にある水溜りは? 疑問が残る。
「はぁはぁはぁ」
違う。現実を直視出来ないだけだ。
突き刺さった剣、足元には血痕。血みどろの世界がある。
「レイ……グラムの下まで……走りなさい」
良く見ると、肩が盛り上がっている。何かを掴んでいるのだろう。
「無駄な抵抗を」
剣が振り抜かれ、丸い物が散らばった。その1つが、足元に転がってくる。
拾い、確かめてみると、それは指だった。
「や、や」
踏み外し、尻もちをつく。
「さて、大人しくしていろ。騒がしく無ければ、女として生かすかもしれん。お前の見てくれは、極上だからな」
下がるにしても、着いたままでは、たかが知れる。
立ち上がるのも手だが、前から騎士が迫ってくる。勇気が無ければ出来ぬだろう。
体の向きを変え、駆け出すように立つ。その手もあるが、冷静さと、やはり勇気が必要だ。
「動いて、動いて」
結局足が動かぬのだ。策を立てても意味はない。
「ふ、静かだな。俺好みだ」
騎士に首を掴まれる。体が浮き、立たされたその時だ。
「コイツ、まだ動けて」
「レイ、早く行きなさい」
背後から、神父様が飛び出した。騎士に飛びかかり、剣を奪おうとする。態勢が良かったのか、剣の持ち手に手が届き、引っ張り合いとなる。
それを私は眺めていた。
神父様を助けるべき、そんな事はわかっている。でも、体が動かないのだ。
感情も、思考も。眼前の景色に浮かされる。
「行けレイ。何をしている!! 貴様死にたいのか!!」
動かぬ体は、怒声と共に弾かれた。入口を駆け抜け、村の広場に到達する。
助けを呼べば、神父様は助かるかも。
そして学ぶ。一抹の希望は、砕かれる為に存在すると。
「何これ?」
教会を出ると、村の景色は一変していた。騎士が村を襲い、虐殺を行なっている。
「いいから、グラムの元に行け」
「パパはどうするの?」
道具屋のオジサンが、剣に腹を貫かれていた。それでも騎士と相対し、背後の子供を庇っている。
「レイちゃんか、この子を頼むよ。じゃぁな、元気でな」
息子に最後の笑みを送る。そして騎士に突撃した。斬られようが構わない。騎士に飛びかかり、死後硬直で抑え込む。
「行こう」
「待って。パパ、パパ」
暴れる彼を抱き上げ、村外れに走り出す。
大人が敵わぬ騎士。それ相手に「グラムの下に行け」と何故言うのか?
それは半年前。
体長、4メートルを超える魔物、グリズリーボアが現れた。
「どうする、村長?」
「狩人の力を総動員すればあるいは……いや、それでも勝率は低いか」
村存亡の危機。討伐したのが彼だ。
策もなく、通りかかっただけという、あり得ない理由で。
その時からだ。命の危機に陥ったら、グラムの下に行け。大人達が、口酸っぱく言い始めたのは。
体が重い。
男児を背負い、坂を登っているとはいえ、進んでいる気がしない。
両手を地に着き、四つん這いになる。汗が額から流れ、目や口に入るのを、右袖で拭く。
父の言葉である「焦る時ほど冷静に」を心の中で繰り返し、息を整えた。
太ももがはち切れそうだ。足先に力が入らず、足首を何度も捻る。それでも歯を食いしばり、坂道を登った。だが待っていたのは、さらなる絶望だ。
「嘘、グラム」
剣に貫かれる、彼の姿があった。
引き抜くと、騎士がこちらにやってくる。
グラムの家から村を繋ぐ、唯一の道で佇んでいる。村に戻ろうとすれば、見つかるのは必然。
「なんだガキか。まぁいい、目標は村人全員の抹殺だ」
姿を認識すると、舌なめずりをした。剣の血を払い、ステップしながらやってくる。
(ここで死ぬんだ)
最後の希望。それが目の前で奪われた。限界だった心は折れ、死を受け入れ、立ち尽くす。
(きっとこれは夢だ。目を瞑れば、いつも通りの日常が戻って来る。幸せな収穫祭が始まっているはず)
夢なら覚めて欲しい。夢なら夢で浸りたい。現実は見たくない。なのに、腕が引っ張られ、戻される。
うるさいな。余計な事をする、誰かへ向く。
「お姉ちゃん逃げようよ」
(そうだここには)
はっ、と目が覚める。ここには連れてきた男の子がいる。
気付いた時には遅かった。騎士の剣は既に頭上。出来たのは、男の子を腹に抱え、背中を盾とする事。
無意味なのはわかっている。でも助けたかった。この子を守りたい。思いで体は動くのに、気づくのが遅すぎた。
抱えた子供が、服をぎゅと掴む。
「ごめんね」
穏やかな気持ちで、諦めを口にする。死を受け入れ、目を閉じた。後は痛みを待つだけだ。
願うのはやはり、この子の安全だけ。
「こひゅ、こひゅ」
妙な声が上から聞こえる。髪を伝い、落ちてきたのは血の水滴。気になり顔を上げると、騎士の首に、剣が刺さっていた。
自ら剣を突き立てた? ありえない。横に倒れていき、ある人物が目に入る。先ほど胸を刺された筈の、グラムが立っていた。
彼は無言で手を掴み、引っ張っていく。
「痛い、やめて」
手首を捕まれ、骨が悲鳴を上げる。痛みを訴えるが、彼は取り合わない。玄関を開け、中に放り込まれた。
男の子と手を繋いでいた。幸い、私がクッションとなり、怪我をすることはなかった。
だが危険な行動だ。乱暴な態度に腹が立つ。
「もっと優しく。怪我したらどうするんですか」
反論どころか文句も聞かず、彼は外に出る。数秒後、玄関が開き、顔だけ突っ込み、覗いてきた。
「大人しくしてろ、それと他の奴がここに来たら、入れてやれ」
「え、はい」
音を立て、扉を締める。突然の衝撃に、少年は跳ねた。それを宥めつつ、彼が身に纏う、違和感を探し始める。
グラムには傷がなかった。だが確かに見たのだ。剣が突き刺さる、その瞬間を。
残ていたのは、破れ跡と、服についた血の汚れ。
「さて、何人生き残っているか。だいぶ出遅れたな」
ドア越しの声。それに安心感を覚え、緊張の糸が切れる。瞼は落ち、意識は暗闇に消えていった。
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