第2話 返事
「私が来たから寂しくないよ」
その言葉で我に帰った。
背後には3つの切り株。分断された木が、倒れようとしている。
「お前ら逃げろ」
「グラムの野郎、一刀両断したらな、逃げる時間が無いだろう」
走る同僚達。それを見ながら、自身の不甲斐なさにウンザリする。
(本当に今日はおかしいな)
仕事を始めても、彼女の事で頭が一杯。その結果が、仲間を危険に晒す。
「いや、本当にごめんなさい」
「まったく、しっかしてくれよ。それはそうとだグラムよ。好きな人でも出来たか? うん? そうでもないとそこまで悩まないよな」
男性が肩を組んでくる。馴れ馴れしくはあるが、問題は内容だ。
(そんな相手はいない)
否定したかった。だが危険に晒した引けも目あり、強気な言葉は憚られる。それに想い人を吹聴する、心を明かす趣味はない。黙秘権を行使する。
「へへ、反論がないってことはだ。決まりでいいな」
賭けの対象になっている事は、前もって知っていた。
ならじっと耐えるのみ。そうすれば現れる。
「そんわけあるか。グラムがアリス以外の人間を好きになるだぁ〜〜。お前は明日、槍でも振らせたいのか? というか、負けそうだからって、脅しかよ? カッコ悪」
そう、賭けをしているもう1人の男を。
「うるせぇ。認めさせないとな、俺の酒代がチャラにならねんだーー」
聞いたと同時、同僚を殴る。彼は頭から地面に叩きつけられ、意識を失った。
「流石に認められたら、俺も対処しなきゃいかん」
「ふ、ざまぁみやがれ」
鼻で笑う者がいる一方で、彼の状態を確認する。
落ち葉がクッションになったといえ、当たりどころが悪かった。
(大丈夫そうだな)
立ち上がると肩を組まれる。要件は先程と同じ、側が変わっただけだ
「で本当は? 悪かったって。いや、本当にやめろ。昔見たんだ。お前にデコピンされた奴が、壁にめり込んだの」
中指を折り、デコピンの予備動作をする。彼は慌てて腕を解いた。そして数メートルと離れた様子に、溜息をつく。
「俺もだけどさ。そんな事してると、怒られるよ」
直後だ。
「貴様らーー!!何をしてるかぁーー!!」
付近にいた若い木こり(30代)達は、みな顔を青ざめる。
声の人物は親方のトミさん。木こり達は昔、彼に絞られた。それがトラウマになっており、姿を見ると、心拍が上がってしまうらしい。
唯一の例外が、時代を知らぬ俺だ。
「トミさんこんにちは」
手を上げ、気楽に挨拶をする。
「おうグラムか、ちょっと待っとれ。ここは俺とグラムだけでいい。お前らは保管所の方に行け。わかったな」
「「はい」」
彼らは走った。蟻の行列と言ってしまえば少々横幅が広いが、それはもう、一直線で。
居なくなったのを確認すると、彼は俺に向く。
(えっと。遅刻したのがばれたか?)
木こりが怯えるのも無理はない。踏みしめると木々が揺れ、まるで森が動いているよう。只人の雰囲気ではない。
緊張で唾を飲む。そして肩を掴まれると、雰囲気が緩んだ。
「遅刻したのは知ってるが、それを責める気はない。普段から助けられているしな」
「まったく。からかわないで下さいよトミさん」
全身から力が抜け、座り込む。そんな俺を大声で笑った。
「悪いな。若いし真面目。俺の扱きに涼しい顔でついてきたお前だ。連続して遅刻することはないだろうがな。今度は気をつけろよ」
彼は丸太に触れる。疾く立ち上がり、そこに寄る。
「手伝いますよ。恩人には、こき使ってもらわないと」
子供と病人が木こりになると言っても、誰がそれを認めるか。職につけたのは、彼の口添えがあってこそ。
「いいから。でも懐かしいな。父親は直ぐバテるのに、お前は平然としてたからな。当時、コイツら本当に親子か? って疑ったもんだ」
「はは、よく言われます。父は筋肉痛で動けないのに、俺が1人で現場に来た時は、流石のトミさんも驚いてましたね」
「はん。お前の婆さんに惚れてなかったら、村に入った直後に追い出してたさ。ま、お前の父が、息子を連れて来た時は、驚いてたからな。どっちにしても、追い出せないか」
「そんな事もありましたね」
考えるとだ。彼との関係性は、祖父と孫に近いのかもしれない。
俺も丸太に触れるが、腕を掴まれ静止しされる。
「だから待て」
「えっと。何でですか?」
彼は村のある方角に目を向ける。
「さっき村に騎士が来た」
「そんなのいましたっけ?」
「遅刻したのに見落とすなバカタレ」
拳骨を落とされる。奔る激痛に頭を擦っていると、下を向き、震えた声で語りだした。
「木が山が怯えている。何かが起こると、山の神様が俺に伝えている気がするんだ。母方の事情はしっている。利用するようで悪いが、子供達だけは頼む」
「わかりましたよ。出来る限りは救ってみます。こんな風にね」
手に持った斧を投げる。それは木の隙間を抜け、3メートル近い、猪型の魔獣を仕留めた。
「だからトミさん。生き延びきる事だけ考えて下さい。俺は1人しかいない。だから守るには時間が必要だ」
*
村は森に囲まれている。
平地が少なく、畑の数も限られる。なので収穫祭と言っても、お供え物の大部分が狩猟で得た肉となる。
話は変わるが、 村で祀っている神様は少々俗っぽい。
崇められるより、共に笑いたい。だから食卓を囲む、その事を重視しされていた。
収穫祭の内容だが、お供え物をつかい鍋とする。そして村の人があつまり、みなで食事をするのだ。
祭りの内容は神様が決めることだ、言える文句はない。ただ価値観が近しい神様だと、身近に感じられて、祭りをやるモチベーションになる。動機のもっぱらは食い意地だが。
「グラム、お前は独り身だろ? 祭りの準備もしないとけない、ささっと上がれ」
「独り身って。そういうのはですね、結婚適齢期の人に行って下さい。俺、まだ13才」
薪を背負子に乗せ担ぐ。立ち上がった当初はふらつき、積み上がった薪が揺れるが。
「よっこいしょ」
「おいおい随分と積んだな。3〜4メートルって所か? とにかく上には気をつけろよ」
「わかりました。では」
木の葉や石、道の凸凹。林道を通り過ぎ、村を一望出来る場所から下っていく。
ふと、嗅ぎ取ったのは鹿肉の香り。思わず腹が鳴る。
「祭りの準備も順調だな」
時間が立てば、もっと良い匂いが流れてくる。楽しみであり、空腹には辛い所だ。
純粋に祭りを楽しみたい。しかし彼から聞いた、余所者の件がある。
「油断は出来ないな」
村の広場に行き、男性に薪を手渡す。仕事が終わったのだ、準備もあるし帰路につく。
東側から自宅に戻ろうとする。その時だ、叱り声が聞こえた。
「レイちゃんに謝りなさい。でないと鍋の材料にされちゃうわよ」
鍋が理由で足を止めたわけではない。音だ。ずっと聴きたかった、声を聞いたから。
「アリス」
金髪の少女と黒髪の男児、彼らを叱る姿がある。
捕まえられそうな距離だが、動けなかった。今度は恐怖からではなく、背が伸び、成長という美しさを纏った彼女に、見惚れてしまったから。
声に気づいたのだろう。彼女はこちらに振り返る。
「待ってて」
目を細め、言い放つ。そしてお説教に戻っていった。
(はぁ? 何を今更)
ぞんざいに扱われても、一年前ならしょうがない、と流していた。だが告白の返事も貰えず、放置さていたのだ。知り合いだから大丈夫、それは通用しない。
(なんだけど、俺の負けかな)
律儀に待っていた。
心情としては嬉しくてたまらない。声を掛けられただけなのに、心が跳ねる。
惚れた弱みと言うなら、待とう。所詮は数分、年単位に比べれば、楽しむことさえ出来るのだ。
「ごめんレイちゃん」
「ううん。私もごめん」
「じゃ、仲直りでいいね」
彼女の手腕により、喧嘩は終わる。
建物の影から、少年少女が現れる。彼らに手を引かれ、喧嘩をしていた者達は去っていく。
ようやく彼女と相対出来る。だが怖気付き、目を逸らしてしまった。
目に入ったのは金髪の少女。仲間達と歩いているはずが、振り返っている。
「レイちゃん行くよ」
呼ばれ、遅れた足を取り戻すべく、走っていった。
(いやまぁ……ごめん)
彼女を注視したのには理由がある。昔、少し前か。申し訳ないことをした。所謂負い目ってやつだ。
そして一瞬、アリスから意識を切った。その隙に接近され、頬を摘まれる。
「にゃんのまねだ」
「私の声を聞いても、一瞬気付かなかったでしょ? ねぇ、ねぇ」
顔を膨らませ、俺の頬を揉む。そして満足した後は、脇腹を肘で突き始める。
無遠慮な態度に、腕を掴む。
「お前さ、俺を一年以上無視してただろ? そんな奴が、よくできるよな?」
教えるよう睨む。この一年、本当にキツかったと。
だが長く続けられない。封じようと努力した思い出だ。こじ開ければ平静は保てず、俯くしかない。
そんな俺を、彼女は抱きしめた。
「うん、ごめんね。私はグラムに甘えてたんだ。だってグラムは私の事を嫌いにならないでしょ? 私が君の事を好きなよう」
チョロいものだが、報われた気になってしまう
抱き返し、思いを伝えようとする。しかし彼女は離れた。「なんで?」と鼻の奥が詰まる。
「でも、もう少しだけ待って。といっても、このままじゃ無理か。後数時間、収穫祭が終わったら、貴方の家に言っていい? 私、今日で教会を出るから」
彼女は顔を真赤にし、去ってしまう。
「つまり、つまりだ……」
返答を、震えて受け止める
俺の告白は、上手くいったということか?
数分、その場で立ち尽くす。そして俺は笑みをこぼした。
「やった。やったぞ」
ガッツポーズを何度もし、自宅に向かって走り出す。
自宅前には急坂がある。だが問題ない。足が軽い、軽すぎる。何度も息継ぎをした坂ではあるが、一度で登りきる。
思わず、玄関前で頭を下げ、家に入った。
「えっと、何をするんだっけ? はぁ、まずは掃除か」
目に入るのは溜まった埃。
普段から掃除はしている。だが見落としていた。荒んだ心では、届かぬ場所も出てくるだろうて。
「日が沈む頃に祭りが始まるから、時間との勝負か、おもしれぇ」
頭巾を頭に被り、雑巾を絞る。家の中であっても、駆け出すように掃除をする。
「ん? 誰だ?」
残りは寝室。掃除の終わりが見えた頃だ。誰かが自宅の戸を叩く。
「おかしいな」
村の住人は距離が近い。
扉を叩くまでもなく、喋り声がなだれ込む。
疑問に思いつつ、警戒心なく扉を開いた。
浮かれていた。忠告された筈なのに、頭の中には残っていなかった。
「どちらさま……え」
開けた直後、銀の突起が腹を貫く。
痛みに耐え、前を見る。そこには甲冑を来た騎士が居た。
「不浄なものよ。あの方に淫欲を向けたこと、万死に値する」
兜はつけていない。だからよく見える。
自分に否はない、そう信じ込んでいる目が。怒りを宿した眉が。
剣や鎧は一級品。典型的な、狂信者のそれだった。
「が」
剣を引き抜くと、騎士は去っていく。体に穴が空き、中心から血が溢れる。
扉で体を支えながら、騎士に手を伸ばす。
「ま、まて」
そこで気付いた。香っていた鹿肉の匂いが、焼けた、木材の匂いに変わっていると。
正面では、大量の煙が天に登る。そう、俺が住んでいた村は、このとき滅んだ。
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