エクストリーム自殺

ちびまるフォイ

自殺は逃げ道にならない

「自殺相談所へようこそ。夫婦でご自殺を検討で?」


「はい」

「ええ、なんだか人生に疲れてしまって」


「それは結構。最高の旅立ちをご用意させてください!」


相談所はパンフレットのひとつを手に取る。


「こちらなんかどうでしょう。

 南国の島でのバカンス自殺です。

 海に落ちる夕日を見ながら死ねるなんて最高ですよ」


「いいわね」

「うーーん……」


夫婦の夫の方はすこし悩んでいた。


「なにかご不満が?」


「もっと、高いものはありますか?」


「もちろんです! さらに高級な自殺プランはこちら!」


次のパンフレットが出される。


「こちらは世界一周自殺です。

 世界旅行を楽しんで、世界各国の死生観を見た後

 最後にクルーズ船の上でクラシック音楽に包まれながら死にます!」


「まあ素敵!」

「うーーん……」


「あらあなた。これもダメなの?」


「ダメじゃないけど。もっと高くて、リッチで、ラグジュアリーなものがいいなぁ」


「なんと! そうでしたか……。ちょっとお時間いただいても?」


相談所はあわてて裏口に引っ込んでなにやら探し始めた。

しばらくしてから戻ってくると、その手には分厚いファイル。


「お客様、お待たせしました。

 お客様のような大富豪に向けたとっておきのプランです!」


「まあ、どんなものなの!?」


「一般のお客様にはお見せしていない特別なやつです!」


こうして夫婦は一番豪華な自殺プランを選択した。

自殺の日取りが決まると、身支度を整える。


「あなた、死ぬ準備はいい?」


「もちろん。早く死にたくてたまらないよ」


「さあ、最後の素敵な終活よ!」


夫婦は予約していた

「ウルトラファイナルアルティメットゴッドレジェンダリー

 エクストリームハイパーグランドロイヤルインフィニティ

 スーパープレミアムパーフェクトエターナルプラン」に向かった。


最初はいきなり月にまで送られて夫婦は宇宙服に身を包む。


「すごいわ! 私たち、月にいるのね!」

「ああ、驚いた! 死ぬ前にこんな体験ができるなんて!」


「このプランでは月に自分の墓標を立てることができます!」


「ああ、これが私達のお墓なんですね!」

「気軽には墓参りできなさそうだな……」


「まだまだこれからです! 次に参りましょう!」


夫婦は用意されたプライベートシャトルに乗って今度は地球へ。

案内された砂漠の中央には不釣り合いなほど巨大な金色のピラミッドが。


「見てください! これが地球にあるお二人の遺体の納品先です!」


「すごいわ! 立派!」

「まるでファラオだ……」


「死後、お二人の遺体は最新鋭の腐敗防止技術により

 この黄金のピラミッドで半永久的に元の状態のまま安置されます!」


「まあ、きれいなままなのね」


「なお、気になる部分あれば死後にシワなど除去も可能です」


「それじゃ二重にしておいてもらえる?」


「お安い御用です。さあ、まだまだプランはありますよ!」


夫婦はその後も続く、ラグジュアリーな最後の旅に出た。


世界各国を回っては死を決断した夫婦に万雷の祝福を受け、

その土地土地の食べたことのない名産に舌鼓を鳴らす。


あらゆる観光名所には二人の銅像や記念碑が立てられ、

夫婦の人生は立体ホログラム映像により、

国立映像文化永久保存機関でずっと保管されることが約束される。


そしてあらゆる工程が終わると、最後の自殺工程は母国で行うこととなった。


国そのものを貸し切り、全国民を自分たちの死の当事者として駆り出す。

灯籠を海に流したり空に打ち上げたりして幻想的な雰囲気を出す。


「あなた……」


「ああ。そろそろ時間のようだな」


「人生すばらしかったわ。とくにこの数日は本当に充実していた」


「僕もだ。辛いことばかりだったけど、

 最後にこの自殺プランを申し込んで本当によかった……」


「乾杯」

「ああ、乾杯」


二人は用意された無味無臭どころか甘い毒をあおった。


国民はその瞬間に用意された目薬をうって涙を流し、

二人の今生の別れと、来世への旅立ちに向けて拍手を送った。


「「 おめでとう~~!! 」」


二人は拍手に包まれながら、痛みも苦しみもなく

安らかに包まれる毒の眠りの中でその生涯をしずかに終えた。






そして、夫が目を覚ますとそこはどこかの地下室。


体は全身が固定されていて指ひとつ動かせない。


「こ、ここは……?」


暗がりからやってきたのは自殺相談所の人だった。


「驚きましたよ。こんなことされるなんて」


「な……なんのことだ……?」


「あのですね、自殺するからといって、何をしてもいいわけじゃないんです」


「……」


「立つ鳥跡を濁さず、という言葉もあるでしょう?

 あなたは許されないことをしました」


「僕をどうする気だ!!」


「我々も慈善団体じゃないんです。

 その皮膚の穴、見えますか?」


なんとか眼球だけを動かして自分の体を見る。

服をはがれた皮膚には大量のブツブツと穴が空いている。


「"ヒューマン・ワーム"という虫がいるんです。

 非常に高値で取引される昆虫なんですが、

 とある特徴のせいで繁殖が難しいんです」


「特徴……?」


「生きた人間の皮膚下に卵を生んで、

 体を食い破りながら成長する特徴です。

 他の動物では代わりができなくて流通してないんですよ」


「まさかこの穴……」


「ワームの巣ですね。孵化したものから出てくるでしょう。

 肉を食い破りながらですから痛みは想像できませんが……。

 まあ、あなたには自業自得でしょうね」


「お、お願いだ!! やめてくれ!! どうか死なせてくれ!!」


「何言ってるんですか。

 踏み倒そうとした金額までは頑張ってもらいます」


自殺相談所のスタッフの目はすでに死んでいた。



「お金を払わないまま死んで逃げようなんて。都合が良すぎますよ?」



まもなく体の内側から何かがのたうつ感触が伝わった。

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