魔法のない世界
karam(からん)
魔法のない世界
二年前、突如としてこの世界から魔法が消えた。魔法使いだった私は、魔法が世界から消えたことによって一時期職を失っていた。しかし今は、前から行っていた研究でなんとか日々を暮らしている。それでも稼げないときは、何でも屋みたいな形で仕事を引き受けた。
正直言うと、辛い。職を失ったのも大きかったが、それよりも、今まで魔法に頼って生活していたことが明白になったのだ。
勝手にキッチンが朝食を作ってくれていたのに、今では毎日寝ぼけながら、自分で目玉焼きを作っている。慣れていないせいで何度、卵を床に落としたことか。
遠い国にもひとっ飛びで行けなくなった。よく酒を飲み交わしていた旧友とも、しばらく会っていない。魔法がない世界が、こんなにも不便だとは。全ての動作が面倒に思えてくる。
朝、椅子に座ってぐうたらしていると、玄関の呼び鈴がなった。私はゆっくりと立ち上がり、玄関のドアを開けに行く。前までは指一つ動かせば、ひとりでに玄関が開いたのに。今では、私自身の手で開けなくてはならない。あぁ、面倒くさい。
私がドアを開けると、十歳くらいの女の子がいた。名をルーチェと言う。母が亡くなり、父と暮らしていたが、二年前のある事件において、父が入院しなければならない怪我を負った。
現在はこの近くの祖母の家に身を寄せており、私のところへ時々手伝いにやってくる。カチューシャをした肩上の髪、キリッとした猫目が特徴の少女だ。
「おはようルーチェ、今日は早かったね」
「おはよう先生。おばあちゃんがジャムを作ってくれたの。出来たてを持ってこようと思って、早く家を出たんだ」
ルーチェは、私に瓶を渡す。イチゴジャムだった。
「ありがとう、綺麗だね。ちょうどパンが余っているんだ。ジャムを付けて頂こうか。せっかくだから、一緒に食べよう」
ルーチェの目が輝く。彼女はスキップをするように、家の中に入る。
私がパンを用意している間、ルーチェは椅子に座り、床に届かない足をブラブラさせていた。しかし、ふと思い付いたように私に声を掛ける。
「ねぇ先生、先生は魔法がなくなって不便?」
「ん? まぁ、不便だね。もし魔法があったら今だって、すぐにパンと紅茶を用意できたんだけどね」
私は、紅茶を入れながら応える。
「ふぅん、そっかぁ」
「ルーチェは、魔法がなくて大変?」
彼女は、首を振る。
「ううん、全然。もう慣れちゃった。でも、なくなってちょっと残念。先生の魔法、綺麗だったし。また見てみたいなぁ」
「そう?」
私はパンと紅茶を持って、テーブルに着く。カチャリ、と食器の鳴る音がした。
でもさ、とルーチェが呟いた。私は顔を上げる。
「もしもって思うんだよね。もしもさ、最初から魔法がない世界だったら、魔物や魔王みたいなのも存在しないでしょ? あの事件も起きない。父さんの片腕はなくならなかったし、先生のお弟子さんも死なずにすんだのにって」
私は、死んだ弟子の顔を思い浮かべた。あいつは、敵の爆破魔法に巻き込まれて死んだ。確かに、魔法そのものが存在しない世界ならば、あの魔法ももちろん存在しない。あいつの生きていた世界があったのかもしれない。でも、と私は思う。
「……でも魔法があったから、君のお父さんはあの状況から生き延びた」
ルーチェは、嬉しそうに笑う。
「うん、そうだね。先生が助けてくれた。父さんたちを安全な所まで、運んでくれたんだよね。あのときの先生の魔法は凄かったって、生き残った人たちが言っていたよ。戦いの最中に思うことじゃないけど、美しくて圧巻で、見たことのない魔法だったって」
「あのときは私も必死だったからなぁ。誰一人も死なせまいと、命を削る戦いだった」
私は淡々と言いながら、パンを手に取る。ルーチェも、私に続いてパンに手を伸ばす。しかし彼女は、ふっと悲しそうな顔をして呟いた。
「……魔法がなかったら、あの事件も起こらなかった。だけど、魔法があったから助かった人もいた。今までも、これから先も。魔法のある世界とない世界、どっちの世界が生きやすいんだろうなぁ」
私は、思わずルーチェを見た。時に子どもは、大人を驚かすようなことを言う。
ルーチェはパンを頬張っていたが、私が食べないのを見て不思議そうにする。私は笑って、ジャムに手を伸ばす。
少しお茶をした後は、いつも通りルーチェに研究や依頼仕事の手伝いをしてもらった。十五時くらいに、彼女は祖母の待つ家へと帰っていく。古い家には、魔法の使えない魔法使いが残された。
夕方、私は先程まで使っていた大量の本を棚へと戻し、一息ついた。リラックスしたからか、ふと頭の中に午前のルーチェの言葉が浮き上がってくる。
魔法自体が存在しない世界……か。その世界ではどのように人々は生き、どんな文明が築かれているのだろうか。
この世界で誰一人として見たことのないような物が、魔法も使われずに生み出されているのだろうか。魔法というものに、憧れを抱いているのだろうか。そもそも、そんな世界は存在するのだろうか。本当にあるのだとしたら、教えてほしいものだ。
私は紅茶を飲みほし、片付けるために立ち上がる。ふと、窓の外を見た。遠くに城が見える。二年前の事件で壊れた箇所を人々が修復していた。全て手作業でしているため、まだまだ時間がかかりそうである。
この世界から魔法が消え、何もかもが変わってしまった。これから先、どんな未来に、世界になっていくのか見当もつかない。
私は寿命が人よりも長い。何もなければ、ずっと先の未来を知っていくことになるだろう。それは不幸か幸いか。私ではきっと、答えを見つけることができない。
私は、研究室に行くための地下扉を開ける。生ぬるい風が吹き抜けた。少しばかりの明かりがついた、暗い階段を下っていく。そうして、私の何も変わらない短い一日は、ゆるゆると過ぎていく。
……あなたの世界には、魔法がありますか?
魔法のない世界 karam(からん) @karam920
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます