遺書

長らくお世話になりましたと 書き出してみたけれど

一体誰にお世話になったのだろうと思い直して

便箋を一枚破いた


こいつのせいで僕は死にますと 名前を記してみたけれど

そんなことをしても あいつはきっとノーダメージだから

便箋をまた一枚破いた


そもそも人はどうして遺書を書くのだろう


自分が生きていたことを 誰かの記憶に刻みたい

言いたくても言えなかったことを ぶちまけてしまいたい

自分を愛してくれた数少ない人たちへ 感謝を伝えたい


考えるほど 分からなくなった


死んだ後 その遺書は

僕の意志とは関係なく 誰かの手によって晒されるかもしれない

意図しない方向で 文章を読み解かれるかもしれない

こっそり火を付けられて なかったことにされるかもしれない


僕は気付いてしまった


たとえ書を遺したところで

意味も 意図も 存在も

正しく扱われるとは限らないことに


だから僕は 生きることにした

未練がましく もう少しだけ

違うことを違うと言い

正しいことを正しいと言うために


誰にも利用されず 利用させてやらないために

僕は僕だと ここに遺すのだ


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〇〇みたいなもの。 もも @momorita1467

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