港で出会った少女

猫犬様

港で出会った少女

私は今日、自殺しようと思う。片道分の切符を買い、電車に乗った。空は少しずつ暗がりはじめ、西へと明るさが追いやられてゆく。電車は明るさを追い求めるように、西へ西へと進んでゆく。2時間ほど電車に揺られ、暗闇に包まれている港の前の駅で降りた。人がいないことを確認すると、進入禁止のロープを超え、岸壁に立つ。風が強く、月が雲で見え隠れしている。私は靴を脱ぎ、心の準備をした。


次に月が顔を出したら飛び込もう。


そう決心した。そして、その時は来た。月明かりで辺りが明るくなり、風も止み、波が穏やかになった。私は足に力を入れた。その瞬間、海面から手が見えた。真っ白で細く、でも少し寂しげな、綺麗な手だ。私はぎょっとした。水死体なのか、もうすぐあちらの世界に行く私を歓迎しているのか。戸惑っていると、後ろから声をかけられた。


そこで何してるの?


黒のパーカーを着た、ショートカットの子に声をかけられた。どこか見覚えのある顔だったが、私は何も言えず、ただそこに立っていた。すると、彼女は隣に座り、私に言った。


ここ、凄いよね。たくさんの命が海底で仲間を待ってる。きっと寂しいんだろうね。


海面に見える手が1つ、2つと増えている。どの手も女の子の手のようだ。


あなたも寂しいの?


彼女は言う。


でも、やめといたほうがいいよ。ここに飛び込むと、寂しさに心を支配されちゃう。寂しさを埋める心を奪われて、永遠にこの世界を彷徨うことになるよ。


私は少し怖くなった。でも、もう、生きたいとも思えない。この暗い社会に比べたら、寂しさなんて・・・

その瞬間、たくさんの手が海から伸び、私の体を掴んだ。私は怖くなり、


嫌だ!助けて!


と、叫んだ。しかし、ショートカットの子は座ったまま、何もせずこちらを見ている。

私は悟った。この子も私を待っていたんだ。恐怖と悲しみに包まれながら、私は海へ引きずり込まれてゆく。ああ、死ぬんだ。私の人生、なんだったのかな。

どれだけ頑張っても、言葉にできない将来への不安が募るばかりの毎日。生きていても楽しくない、そう思っていたのに。ここにきて初めて、死にたくないと思えた。

彼女は岸壁から、私を見下ろしている。海に沈みながら、少しずつ、私の視界が暗くなる。


ああ、死ぬんだ。私。何もできずに、何も残せずに。


その瞬間、私は誰かに手を掴まれ、何かを握らされた。すると、私を掴んでいた手はさっと消えていった。私は誰かに抱えられ、岸壁に横になった。風が吹き、濡れた体が冷たくなる。隣を見ると、少しずつ薄れてゆくショートカットの少女が立っていた。

もうここに来ちゃだめだよ。


彼女はそう言うと、どんどんと薄くなってゆく。


待って!行かないで!


そう叫んだが、ついに彼女は消えて行ってしまった。そして、そのまま、私は気を失った。


目を覚ますと、私は砂浜の上にいた。さっきまで岸壁にいたはずなのに。ここはどこだろう。周りを見ると、私の地元であることが分かった。いつの間にここにきていたのか。わからない。飛び込んで死ぬはずだったのに。

近くの道路に出ると、電柱の下に花が手向けられていた。そうだ、思い出した。この海で私の親友が自殺したのだ。私は親友が自殺したのを聞き、地元へ帰った。葬儀が終わり、私は一人、彼女の待つ海へ行き、砂浜で寝てしまったのだ。

献花を眺めていると、私は手の違和感に気が付いた。何かを握っている。そういえば、夢の中で、何かを渡された。恐る恐る見てみると、プリクラ写真の入ったペンダントだった。これは、親友と中学生の頃に撮ったプリクラだ。写真には、ずっ友だよ、の文字。彼女はずっと、このペンダントを持っていたのだ。就職して、疎遠になっても、ずっと忘れないでいてくれたのだ。なのに、なのに私は、彼女の気持ちにも気づけず・・・


次の日、私は地元を離れ、一人暮らしをする家に戻った。


私は、親友を失った悲しみも、彼女の気持ちに気づけなかった後悔も、一生忘れることなど、ないだろう。一生、親友を失った寂しさに囚われて生きていくのだろう。あの日、私は夢の中で自殺をした。そして、私は心を奪われてしまった。寂しさを埋める心を。それでも、彼女の「何か」を、持っていたかったのかもしれない。彼女が大切にしていた、彼女の心が詰まっている「何か」を。自殺をしてでも持っていたかった「何か」を。

夢の中で出会った少女は親友だったのだろうか。それすらもわからない。寂しい気持ちになりながら、私は家を出た。家のカギにつけたペンダントが、カラカラと鳴る。




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港で出会った少女 猫犬様 @nekoinusama

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