第6話 パリピなゾンビはぼっちと踊る
「!? ど、どういう事ですか!?」
ほとんど反射的に大声を出して立ち上がっていた。こんなに声を張り上げたのはどれくらい振りだろうかと頭の片隅で考えながら。
「アキカさんを囮にするなんてできませんよ! さっき『ずっしょ』って言ったばかりじゃないですか! それなのにアキカさんを犠牲にして生き残ったって意味ないですよ!!
『ひかるん、落ち着き。別に犠牲になるとか、そういうつもりは全然ないから』
「……? それって……?」
『ほら、公園でウチを襲ってきたお兄さんゾンビもさー、最後はなんか普通にハイタッチとかできるくらい仲良くなれてたじゃん? だったら他のゾンビともあんな風になれると思うんよねー』
「あんな風って、あれだけの数ですよ? さすがにひとりひとり相手をしている余裕なんて……」
『それはウチも思ったー。だから手っ取り早く、これなんてどうかかなーって思ったわけ』
じゃん、と言いながらガラホの画面を僕を見せるアキカさん。
そこにはとある動画が表示されていて、タイトルに「テンション爆上げ↑↑になれる曲☆」などと銘打ってあった。
「これは……?」
『ひかるんがコンビニの棚を漁っている内に、ちょっと動画観ててさー。ちょうどウチ好みの曲がいっぱい入ってる動画を見つけたんだよねー』
「はあ。それで、これで一体何を……?」
『躍るけど?』
「躍るんですか!?」
この状況で!?
『だってめっちゃ気分上がる曲だしぃ、ウチが踊ったらみんなも絶対踊りたくなると思うんよね〜』
「そ、そうでしょうか……?」
『うん。だからひかるんは、みんなが踊っている内にどっかに逃げてて〜。あとでウチもすぐ追いかけるから〜』
「……どっかと言われても、どこに逃げたらいいかわからないですし、それに合流場所を決めておかないと離れ離れになってしまう可能性が……」
『でも、今から場所なんて考えてる時間あるん? もうゾンビ達がすぐそこまで来てっけど?』
「それはそうなんですけれど……!」
『だいじょぶだいじょぶ。なんとかなるなる』
言って、僕の頭を撫でるアキカさん。
笑みを作ろうとしているのか、必死に口角を上げようとして頬を歪に引き攣らせながら。
「アキカさん……」
パーカーの裾をギュッと握り締める。覚悟を決めるように。
アキカさんがここまで言ってくれているんだ──だったら僕もアキカさんの言葉を信じなきゃ。
だって僕とアキカさんは「ずっしょ」で「友達」なんだから。
「わかりました」
言って立ち上がる。未だ両足は震えているけれど、まっすぐアキカだけを見据えて。
「アキカさんを信じます!」
『おけまる☆ んじゃ、さっそく始めよっか』
そう応えたあと、アキカさんはガラホを素早く操作しながら自動ドアの前に立った。
そして──
『レッツ! パーリナァイ!』
自動ドアが開け放たれる。それと同時に、アキカさんが持っているガラホからアップテンポの激しい曲が大音量で流れ始めた。
直後、音に敏感なゾンビ達が一斉にアキカさんの方を振り向いた。
さっきまでコンビニにいた僕とアキカさんを襲おうとしていたゾンビ達が、完全にアキカさん固定で狙い始めたのだ。
でもアキカさんはそんなゾンビ達を一顧だにせず、風除室の前で激しく踊っている。ゾンビとは思えないほど流麗な動きで。
あれがどういった曲でどういうダンスなのかはわからないけれど、アキカさんが踊り上手だという事だけは素人目でもわかった。ダンスに疎い僕でもわかるくらい、動作が滑らかなのだ。
「スゴい……あれがパリピのダンス……!」
いや、パリピと言われる人達が普段どんなダンスをしているのかなんて詳しくは知らないけども!
なんて僕が感嘆している内に、ゾンビ達の動きに変化があった。
どうしてかはわからないけれど、あともうちょっとでアキカさんに触れられるという辺りまで来たところで、ゾンビ達が急に動きを止めたのだ。
いや、違う。動きを止めただけじゃない──
「ゾンビ達が、小刻みに手足を動かしてる……?」
それも、まるでアキカさんの動きに合わせるかのように。
アキカさんと比べたら随分とぎこちないし、動作も遅々としているけれど、間違いなくあれは──
「ゾンビ達が、踊ってる──……!」
異様な光景だった。
異常な事態だった。
あのゾンビ達が──街中を闊歩して無差別に人々を襲っていたあのゾンビ達が、今はアキカさんに触発されたようにダンスを踊っている……!
「信じられない……」
面食らいながら、目の前に群がっているゾンビ達を眺める。陽気……かどうかはわからないけれど、仕切りに踊り続けているゾンビ達を。
アキカさんがゾンビ達と一緒に躍ると言い出した時は耳を疑ったけれど、まさか本当にこんな光景を見られる事ができるなんて思ってもみなかった。
いや、ゾンビ達に囲まれた状態であんな陽気に踊っているアキカさんも大概ではあるけれども。
なんて唖然としていると、アキカさんが時折僕の方へ目配せしているのに気が付いた。
あ、そっか。今の内に逃げろって事か……!
すぐに頷きを返し、音を立てないようにこっそり自動ドアをくぐる。
それから抜き足差し足でコンビニから離れたあと、
「アキカさん、待ってますからね……!」
去り際、依然として踊りを続けているアキカさんに小声で呟く──聞こえてはいないとわかりつつも、それでも祈りを届けるように。
「はあ、はあ……」
とある教会の中だった。
祭壇前にある会衆席のひとつに、僕はもたれるように背もたれに体重を掛けて息を整えていた。
ここには僕以外誰もいない。入る前に注意深く見たから、ゾンビだっていないはずだ。
というより教会にゾンビなんて、不釣り合いにもほどがあるというか、冗談にもならない。
ちなみにこの教会は、さっきまで僕がいたコンビニから少し離れた位置にある。あれから走って十ニ、三分くらいでここに着いたので、アキカさんの足ならニ十分以上はかかるかもしれない。
アキカさんが無事にあのゾンビ達から逃げられたらの話ではあるけれど。
「アキカさん、大丈夫かな……」
教会の天窓を見上げながら、ぼそりと呟く。
今頃、アキカさんはこっちに向かっているのだろうか。
それとも、まだあそこで踊っているのだろうか。
連絡を取りたくてもその手段がない以上、アキカさんの無事を確かめる
「…………………………」
依然として天窓を見るともなしに眺めながら、浅く呼気を
自分の息遣い以外は何も音がしない。一歩外に出たら地獄のような光景が広がっているのが嘘のごとく、教会の中は静謐としている。
あたかも、ここだけ時が止まっているかのように。
あるいは。
時が止まっているのは、僕の方なのかもしれない。
ゾンビが氾濫するようになってから、ずっと。
もしくは、覚めない悪夢にうなされているだけなんじゃないかって、そんなありもしない幻に縋りたくなるほど、僕の心は摩耗していた。
ちょっと指で突いただけで、粉微塵になってしまいそうなほどに。
だから。
だから──
「早く来て、アキカさん──……」
両手で顔を覆う。
現実から目を背けるように。
必死に自分の感情を抑え込むように。
アキカさん。アキカさん。お願いだから早く来て。
この先、僕ひとりで行動するなんて無理だよ。アキカさんがいてくれないと、もうダメだよ。頭がおかしくなっちゃいそうだよ。
そうなる前に、アキカさん。
早く、僕のところに──
「ア…………ア…………」
唐突に耳元で聞こえてきた、今や聞き慣れたゾンビの呻き声。
ギョっと弾かれるように顔から両手をどける。
するとすぐ目の前に、飛び出た眼球があった。
「うわああああああああああああっ!??!」
悲鳴と共に、転がるように観衆席から離れる。
そうして木床を這いながら、ゾンビがいる方を振り返ってみると、
『ひっどいなあ、ひかるん。ひかるんのために、急いでこの教会まで来たのにさぁ〜』
そこには、ずっと待ち焦がれていた人。
アキカさんが、僕の前に立っていた。
「ア、アキカさん! ……ほ、本当にアキカさん?」
『むしろアキカさんじゃなかったら誰なんって感じで草生えまくりなんですけど〜www』
「アキカさんだ!」
このギャルっぽい砕けた口調──実際に喋っているのはガラホの読み上げ機能だけど、ともあれ間違いなくアキカさんだ!
「アキカさん……本当に来てくれたんですね。でもどうやってここが?」
『勘』
「か、勘ですか……」
実に単純明快だった。
けどそれで本当に僕のいるところを当ててしまうのだから、凄いというかなんというか。
アキカさんの直感、恐るべし。
「ところで、どうしてまた眼が飛び出しているんですか? 包帯は?」
『あー、あれね。なんか踊っている内に顔に巻いてた包帯だけ解けちゃってさー。ひかるん、もっかい巻いてもらってもいい?』
「あ、はい」
ちょっと待ってくださいねと立ち上がりながら言葉を返しつつ、ショルダーバッグから包帯を取り出す。
「じゃあアキカさん、ちょっとそこの椅子に座ってもらってもいいですか?」
『あいあーい。ちょうどここまで急ぎ足で来たから、けっこう疲れてたんよね〜』
言って、そばの観衆席に座るアキカさん。
そのアキカさんの背後に回って、眼球を元の位置に戻した状態で包帯を斜めに巻いていく。
「そういえば、コンビニにいたゾンビ達は、あれからどうなったんですか?」
『あー、あれねー。ダンスやめたら一斉にウチのところへ来ようとしてたけどぉ、なんやかんやでなんとかなったお☆』
「なんやかんやってなんですか……?」
『なんやかんやはなんやかんやっしょ』
まるで説明になっていなかった。
「ふふっ。なんですか、それ……」
《おっ。ひかるんが初めて笑ったー』
「え? そうでした……?」
『うん。ずっと死にそうな顔してたからさー。ひかるんもちゃんと笑えたんだねぇ』
そっか。言われてもみれば、久しぶりに笑ったような気がする。これまでずっと、ゾンビに怯える時間を過ごしていたから……。
『ひかるん、笑うとカワイイね〜』
「はあ、どうも……」
『あ、照れてる〜』
「て、照れてませんから……。はい、もう終わりましたよ』
揶揄ってくるアキカさんを適当にいなしつつ、使い終わった包帯をショルダーバッグに仕舞う。
『あざます。お礼にハグハグしてあげる〜☆』
言うや否や、ガバッと僕に抱き付いてくるアキカさん。
「ちょ、アキカさん! お礼なんていいですから! ていうか、なんでお礼がハグ!?」
『ギャルだから?』
「謎の説得力!」
『ちゅーか、別にそんな照れる必要なくね?』
と。
僕の背中に片手を回しつつ、空いた手でガラホをいじりながら、アキカさんはこう続けた。
『ウチら、女の子同士なんだしぃ』
その言葉に。
僕はどう返答したものかと少し逡巡しつつ、口ごもりながらアキカさんの腕の中で声を発する。
「女の子って言っても、僕、こんな見た目だし……。根暗で地味だし、体付きも貧相ですし……」
『えー? ひかるんカワイイよぉ? そのスカートだって似合ってるし。ちょっと長過ぎる上に、ちょいちょいボロってるけど』
「服はいつもお母さんが買ってくれた物を着ているだけなので……」
今使っているショルダーバッグだけは自分で買った物だけれど。
ちなみに服がちょっとボロくなっているのは、死にものぐるいでゾンビから逃げていたせいだ。
『マ? じゃあ今度、ウチと一緒に服買おうぞ☆』
「服、ですか?」
『うん。いつか「アンク」と「デュラス」とかさー。ひかるんに着せてみたい服がいっぱいあんだよねー』
「その『アンク』とか『デュラス』とかいうのがどういうのかはわかりませんが、僕なんかに女子っぽい服が似合うでしょうか……」
『似合う似合う。だってひかるん、すごくカワイイじゃん』
「カワイイ……僕が、ですか?」
『うん。ほら、こうしたらもっと──』
言いながら、アキカさんは自分の前髪を止めていたヘアピンを取って、そのヘアピンを僕の前髪に付け直した。
『めっかわ! ひかるん、やっぱ前髪分けた方が絶対いいよ。時々うっすら見えてたけどさー、こんなにクリクリなお目々なんだから、もっと見せびらかさないと勿体ないよー』
「そう、でしょうか……?」
『モチモチ。髪型変えて、服もカワイイのにしたら絶対モテるって』
「いや、まだモテとかよくわからないので……」
『えー? でもオシャレには興味あるんしょ?』
「まあ、無いとは言いませんけれど……」
『じゃ、約束ね。いつかウチと一緒に服を買いに行くって』
「アキカさんと一緒に……」
それはまるで、普通の女子中高生みたいな会話で。
この先も、アキカさんとの楽しい未来が広がっているようで。
こんなゾンビが溢れた、どうしよもなく終わった世界になってしまったというのに。
心が踊るくらい、キラキラと目の前が輝いているように見えた。
「……いいですね、それ。すごくいいと思います」
『しょ? そんでさー、服を買い終わったあとはスイーツ食べて、プリも取ってー。あ、カラオケにも絶対行きたい!』
「僕、人前で歌うのはちょっと……」
『まーたひかるんってば、そういう後ろ向きな事を言う〜。せっかく生きてんだし、色々やんなきゃ損っしょ。あ、ウチは死んでるけどさー』
「微妙に笑えない冗談はやめときましょうよ……」
『それな。ま、とりま──』
アキカさんが僕に手を差し伸べる。遊びに誘うかのような軽さで。
『この街から無事に出て、ちゃんと二人揃って生き延びんとね☆』
「アキカさんは死んじゃってますけどね」
『お、ひかるんも言うようになったね〜。ウチも負けておれんね!』
いつから勝負形式になったんですか、と苦笑しながらアキカさんの手に取る。
相変わらず、血の通っていない冷たい手だったけれども。
心だけは、太陽のような温もりを感じた。
パリピなゾンビはぼっちと踊る〜ゾンビで溢れた街を一人で彷徨っていたら、パリピギャルの最強ゾンビとお友達になっちゃいました〜 戯 一樹 @1603
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