第5話 束の間の休息
あれから公園を抜けて。
僕とアキカさんは今、目的地であったコンビニの店内にいた。
『よかったねー。中に誰もいなくて。自動ドアも電源は切れてたけど、なんか手動で開けれたし』
「はい。おかけで気兼ねなく買い物ができそうです」
買い物というか、実際は盗難なんだけれども。
そう言うとアキカさんが、
『まーこんな状況だし、しょうがなくね?』
とイートインスペースに置いてある椅子に座りながらガラホで応えた。
『つーか店長が生きているかどうかもわかんないし。そもそもこの街に生きている人がいるかどうかもわからんし、誰も文句なんて言わないんじゃね?」
「そうですね……」
それを喜ぶ事なのか、悲しむべき事なのかは判断に困るところではあるけども。
「ところでアキカさん、体調の方はどうですか?」
ゾンビに体調なんて関係ないかもしれないけど、と内心苦笑しながら訊ねた僕に、
『ちょっち疲れたけど、だいじょぶ〜。ここで休んでたらその内また歩けるようになるから、ひかるんはじっくり選んでて〜』
「はあ……」
そういう事ならお言葉に甘えるとしよう。
もっとも選んでいる内にゾンビが集まってくるかもしれないので、あんまりゆっくりはできないけれど。
『それはともかく、人がいなくて選び放題なのもいいけど、近くにゾンビがいなかったのもラッキーだったよねー』
「ええ、本当に」
缶詰めとか物持ちの良さそうな食料を優先的にレジ袋に入れつつ首肯する僕。
『そういえば、ひかるんは今までご飯とかどうしてたん? ずっと缶詰め?』
「いえ……。ゾンビが溢れたばかりの頃は缶詰めとか食べるのに少し手間がいるような物を食べている余裕がなくて、アキカさんと出会う前は賞味期限が長めの菓子パンなどを食べてました。食べている途中でゾンビに遭遇して、それで菓子パンを手放すなんて事も何度かありましたけれど……」
『そっかー。大変だったねー』
「どちらかというと、アキカさんの方がよほど大変な状態では……?」
だってゾンビになっちゃったわけだし。
『ゆうても記憶がないしねー。それにゾンビになったせいか、お腹も空かないしトイレに行く必要もないしで、ある意味これはこれで便利かも?』
「ま、前向きですね……」
『ゾンビになっちゃったもんはしょうがないしねー。戻り方もわかんないし。むしろゾンビなのに、こうしてひかるんと話せるだけでもマシな方じゃね? ガラホがないと話せなくなっちゃうけど』
「あー」
確かに、一理あるかも。
おかげで僕もアキカさんというゾンビでありながら一緒に行動ができる心強い味方と出会えたわけだし。
『話せるっていえばだけど、ひかるんは親と連絡は取れたん?』
いえ、と
「ずっと電話したりメッセージを送ってみたりしているんですけれど、全然反応が無くて……。災害用伝言板も使ってみたんですけれど、こっちも何もないままですね……」
『そっかー。もしかしたらスマホが使えないか、どっかに落としちゃったのかもね』
「そうですね……」
弱々しく相槌を打つ。本当にそれだけの理由だったらいいけれど、と内心不安に思いながら。
『まあでも、その内きっと見つかるよー。こんな状況だから電話だって繋がりにくくなってるだろうし、今は逃げるのに精一杯だけなのかも。だからたぶん、だいじょぶだいじょぶ〜』
手に取った缶詰めを袋に入れようとして、途中でアキカさんの方を見た。
相変わらずゾンビになった影響で表情は全然読めないけれど、きっと生きていたら優しく微笑んでいたのであろう雰囲気で、アキカさんは言葉を紡ぐ。
『とりま、ひかるんは自分の事を一番に考えたらいいんだよー。ひかるんが元気じゃなかったら、パピーとマミーもきっと悲しむよ?』
「アキカさん……」
アキカさんの言う通りだ。
今ここで僕が両親の心配をしたところで状況は好転しない。現状、二人の安否を確実に知る方法なんてないのだから。
だったらアキカさんの言う通り、せめて元気な姿を見せられるように、この艱難辛苦を頑張って乗り越えるしかない。
「ありがとうございます。アキカさんの今の言葉を聞いて、なんだか元気が出てきました」
『マ? 嬉しスギ薬局なんだけどw』
「う、嬉しスギ薬局……?」
またなんか変なギャル語(?)が出てきた……。
『ところでさー、ひかるん。これからどうするつもりなん? どこか行くところとかあるん?』
「行くところ、ですか……」
返事しつつ、今度は袋を抱えて清涼飲料水コーナーへと向かう。
「できたら、一度自分の家に行きたいですね。もしかしたら両親が家に残っている可能性もありますし」
『家かー。ひかるんの家ってどこにあるん?』
「ここから電車で四駅ほど離れたところにあるので、歩いて一日もかからないと思いますけれど、なにぶんあちこちにゾンビがいるので、今まで行きたくても行けなかったんですよ」
『それって、今なら行けそうな感じなん?』
「一人では無理だと思います。けど──」
そこで一拍置いてからペットボトルを手に取った。
その後ペットボトルをレジ袋に入れるでもなく両手で転がしながら、僕はアキカさんに背を向けたまま続けた。
「アキカさんと一緒なら行けそうな気がします……」
『わお! ひかるんがデレた! デレデレだ〜!』
「いや、別にデレたつもりは──……」
と。
後ろを振り返ろうとして、ショーウィンドウの方へ視界を移した時だった。
コンビニ前の駐車場に、ゾンビ達がわんさかと押し寄せてきていた。
それこそ、今にも駐車場を埋め尽くさんばかりに。
「──────っ!?」
全身が総毛立つ。
一体いつの間にこれだけのゾンビが……そんな言葉すら出てこないほど、僕は恐怖で慄いていた。
『ひかるん! なんかコンビニの前が大変な事になっちゃってる!』
遅ればせながらアキカさんもゾンビ達に気が付いたのか、慌てた様子でこっちに走り寄ってきた。
「ア、アキカさん。ゾ、ゾンビ、ゾンビが……!」
『うん。それはもうわかってる』
と狼狽える僕を落ち着かせるようにポンポンと肩を叩いたあと、アキカさんは冷静に言葉を紡いだ。
『それより、ここから早く出ないとヤバない? でないとゾンビ達がコンビニの中に入ってきちゃうよ?』
「で、出ると言っても自動ドアの前はすでに逃げ場はなさそうですし、裏口も少し前に確かめたら閉まったままになっていましたし……」
『それマ? じゃ自動ドアからしか出られなくね?』
「ど、どうしましょう! 自動ドアの鍵を閉めた方がいいんでしょうか……!?」
『鍵って、自動ドアの下にある鍵穴のやつ? でもひかるん、あれを回すための鍵ってどこにあるか知ってるん?』
「わ、わからないです……」
スタッフルームに行けばあるかもしれないけど、今から探している時間なんてない。あと五分もしたらゾンビ達がコンビニに辿り着きそうな距離にいるからだからだ。
幸い、アキカさんと違って目の前のゾンビ達は走ったりしないし、歩調もゆっくり目ではあれど、それでも着々とこっちに進行している。ぞろぞろと群を成して。
『わーお。なんか自動ドアを鍵を閉めれたしても無駄じゃねっていうぐらいにめっちゃいるね。普通に自動ドア以外の所も破ってきそー』
「た、確かに……。あ、バリケードを作ればなんとかならないでしょうか……!?」
『コンビニにあるやつだけで? 棚は動かせないし、ウチがさっき使ってた椅子とか机だけじゃ全然足りなくね? なんかキャパいって感じ』
キャパいの意味はわからないけれど(キャパオーバーの略語?)、確かに僕とアキカさんの二人で運べそうな物なんてイートインスペースの椅子と机くらいしかないけれど、どれも軽そうな上、数もさほどないので自動ドアを塞ぐ事くらいしかできそうにない。
もちろん無いよりはマシなんだろうけど、その内破れられるのは時間の問題と言える。
それにアキカさんも言及していたけれど、自動ドア以外の場所から侵入されたら一巻の終わりだ。もはやどこにも逃げ場はない。
ゾンビ達が押し寄せたら最後、どこにも逃げ場はないのだ。
「そんな……じゃあここでゾンビ達に喰われるしかないって事……?」
コトン、と手にしたままだったペットボトルを床に落とす。
気付くと床にへたり込んでいた。全身に力が入らなくなっていた。
ようやく生きる希望が湧いてきたのに。
ゾンビではあるけれど、アキカさんという一緒に行動してくれる存在ができたというのに。
「僕、ここで死んじゃうの……?」
──なんだったんだろう、僕の人生。
別段不満があるわけでもなく、特段不幸な環境でもなかったけれど。
こんなにあっけなく終わってしまうなんて、すごく惨めに感じた。
人の一生なんて存外短いもんだと、よく偉い人は言うけれど、まさかこんな死に方をするなんて思ってもみなかった。
こんなゾンビだらけの世界になるなんて想像すらしなかった。
これが小説の中だったら主人公達が機転を利かしてどうにか生き延びるのだろうけれど、僕にそんな知恵なんてありはしない。
ごく普通の平々凡々な中学二年生に、そんなヒーローじみた事なんてできるわけがない。
僕は所詮、ゾンビ達に喰われて終わるだけのモブキャラでしかないのだから──
『ひかるん、諦めんの早すぎ! なんか逆にジワるんですけどw』
と。
絶望に打ちひしがれる僕に、アキカさんがガラホを通じて言葉を掛けてきた。
相変わらず抑揚のない機械音声ではあるけれど、まるで笑い飛ばしているかのような──そんな陽気に話しかけているかのような雰囲気で。
『ていうかひかるん、ウチの事忘れてなくない? さすがに空気扱いは草を通り越して草原なんだけど』
「いやでも、この状況は……」
『そりゃエグちだけどさー。でも何もしない内に諦めるのは早すぎっしょ。ウチら、花の十代だよ? まだまだ人生楽しまなきゃw』
「そうは言われても……。ゾンビのアキカさんだけなら無傷に済むかもしれませんけれど……」
『いやいや、ウチだって一度は襲われかけたし。ていうか、ひかるんを見殺しにするわけないし。だってウチら、ずっしょの関係じゃん?』
「ず、ずっしょ……?」
『「ずっと一緒」って意味。ウチら友達なんだからさー、困った事があったら普通に頼っていいかんね? これからもずっしょで色んなトコに行きたいしー』
「ずっと一緒……僕とアキカさんが」
自分で口にして改めて認識する。僕とアキカさんの関係を。
まだ会って一日も経っていないけれど──人間とゾンビという関係ではあるけれど。
アキカさんとは友達になったばかりではあるけど、当然のようにずっと一緒だと言ってもらえて、すごく嬉しかった。
だってそれは、アキカさんが僕との未来を考えてくれているという何よりの証左でもあるから──
「そっか……僕とアキカさんは『ずっしょ』なんですね……」
『なにその感情を覚えたロボットみたいな言い方w』
「す、すみません。こんな状況なのに、何だか感激しちゃって……」
『めっかわ! ひかるん、めっかわ! ハグハグしちゃいたい〜! ていうかもうしちゃう〜☆』
「ア、アキカさん!? 抱き付いてる場合じゃないですから! ゾンビ達が来ちゃいますって!」
『それなー。早くここから出ないとねー』
言って、僕から離れるアキカさん。
それから「どっこいしょ」と言わんばかりにゆっくり気怠げに立ち上がって、
『そんじゃま、ちょっくら足止めしに行きますか』
「あ、足止め……」
『うん』
頷いて。
アキカさんは続け様にこう告げた。
『ウチがゾンビ達を足止めしておくからさー、ひかるんはその間に逃げて〜』
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