刑事総務課の羽田倫子は、安楽イス刑事でもある その七

久坂裕介

第一話

 昨日きのう本降ほんぶりの雨が降ったが、今日は日差ひざししも感じられる梅雨休つゆやすみの六月上旬。私、羽田はねだ倫子りんこは職員の数が約三十人の刑事総務課で、働いていた。ふと新人職員の吉高よしたか彩理さいりちゃんを見てみると、せっせと仕事をしていた。


 そういえば最近、私に書類のチェックを頼みにこない。以前いぜん、もう私に頼らないで自分で備品びひんの購入書類を書いたら、そのまま業者ぎょうしゃに渡した方が良いとアドバイスをしたが、それを守っているようだ。


 しかもミスをしたという、話を聞いたことが無い。うんうん、ちゃんと彩理ちゃんは成長しているんだなあと、私は感心した。でも彩理ちゃんが、ちゃんと仕事ができるように育てたのは、この私ですから! おーほっほっほっほっ!


 そうして自分の新人を育てる才能にほれぼれしていると、スマホが鳴った。ま、まさか……。私はおそる恐るスマホを見てみると、やはり予想通りのメッセージが表示された。『新藤しんどうだ 今すぐにいつもの場所にきてくれ』。や、やっぱり……。


 実は私は『青柳あおやなぎ真澄ますみ』というペンネームで、推理小説を書いている。でも私は、警視庁の職員だ。つまり、地方公務員だ。公務員の副業ふくぎょうは、微妙びみょうだ。だから私は推理小説を書いていることを、かくしていた。だがある日、新藤刑事にそれがバレてしまった。


 そしてそれがきっかけで、私と新藤刑事は奇妙きみょうな関係になってしまった。私は推理小説を書いているので、あらゆる事件にくわしい。だから警察が解決できない事件があると、新藤刑事は私にアドバイスを求めるようになった。


 もちろん、この私がアドバイスをするので、事件は確実に解決するのだが。だが、私は思う。これで良いのか、警視庁は! 推理小説家に事件を解決させて、それで良いのか?!


 と私は不満に思うのだが、仕方が無い。とにかく今は新藤刑事に呼ばれたので、行くしかない。私は隣にいる私と同じ制服、つまり白いワイシャツに黒いベストにひざまでの長さの黒いスカートを穿いている職員に告げた。

「ちょっと鑑識課かんしきかまで、行ってきます」


 実際に私が行く場所は、鑑識課の隣にある小さな部屋だ。そこに入ると、やはりいた。新藤刑事と、鑑識課の徳永とくなが由真ゆまさんが。


 由真さんは青いツナギのような鑑識の制服を着て、いつも通りニコニコしていた。そしてショートカットの髪型が、やはりいつも通り似合っている。


 そして黒いスーツを着ている新藤刑事は、いつも通りムダにイケメンだ。髪は軽くパーマがかかっていて、すずし気な目元めもとをしている。もちろん、スタイルも良い。だから刑事総務課には、彼のファンクラブまである。


 だが私は新藤刑事のことが、あまり好きではない。なぜなら彼は口が軽く、いつも根も葉もないウワサ話をしているからだ。私はそういう男を、信用しない。


 まあ、私と新藤刑事が二人でコソコソ話していると余計よけいなウワサが立つかもしれないので、この部屋で話をすることはありがたいとは思うが。


 なぜならこの私は、可愛かわいいからだ。髪は肩までの長さのセミロングで、目もパッチリとしている。あしも細いし、もちろんスタイルだって良い。だから刑事たちからよく、『可愛いね』と言われるからだ。


 こんな私たちが二人でコソコソ話をしてしまったら、余計なウワサが広まるのは簡単に想像できる。なので私は、この部屋に入った。


 私はこの、三人が入るとちょっとせまさを感じるが、あたたかみを感じるベージュ色の壁に囲まれた部屋に入った。ここにはグレーで事務用の机とパイプイスがあるので、そこに座ってふんぞり返った。


 そして右手の人差し指で、机を軽く叩いた。コンコンコンコンコンコンコンコン。すると気分が落ち着いたので、新藤刑事に聞いてみた。

「私がここに呼ばれたっていうことは、また解決できない事件がおきたんですね?」


 すると新藤刑事は、悪びれもせずに答えた。

「ああ、その通りだ」


 それを聞いた私は、キレた。

「だから、それでいいんですか、警察は?! 推理小説を書いている私に頼って事件を解決して、それでいいんですか?!」


 すると新藤刑事は、再び悪びれもせずに答えた。

「ああ、それでいい。どんな手を使おうが、事件を解決できればそれでいい」


 それを聞いた私は、げんなりした。いやいや、本当にそれでいいのか、警察は?……。


 すると、げんなりしている私に由真さんは聞いた。

「確かに倫子ちゃんに事件を解決してもらうのは、私もどうかと思うけど、とにかく新藤刑事の話を聞いてあげて~?」


 いつもお世話になっている、由真さんにそう言われると私も簡単に断ることはできない。だが、タダで事件を解決するアドバイスをするつもりはない。だから私は、新藤刑事に聞いてみた。

「私がアドバイスをすれば、私に何のメリットがあるんですか? 報酬は何ですか?」


 すると新藤刑事は、少し考えた表情をした後に答えた。

「それじゃあ、俺の上司の捜査第一課の課長にインタビューすることができるっていうのは、どうだ?」


 私はそれに、いついた。そ、捜査第一課の課長にインタビュー?! してみたい、是非ぜひしてみたい! なぜなら私は警視庁の刑事が主人公の推理小説を書いているが、それにはリアルさが必要だ。


 だから捜査第一課の課長にインタビューして色々な話を聞くことができれば、ものすごくリアルな推理小説を書けるはずだ! だから私は、新藤刑事に告げた。

「それじゃあ今回、解決できない事件を聞かせてください」


 すると新藤刑事は資料を見ながら、話し出した。


   ●


 事件が起きたのは、三日前の午後十時。ある高級腕時計や宝石を扱っている店に、泥棒どろぼうが入った。次の日の朝、それらの一部、約一千万円相当が無くなっていることに出社した従業員が気づき警察に通報つうほう


 店にきた刑事が防犯カメラを調べたところ、犯人が分かった。内山うちやま謙司けんじ、三十歳だ。この男には窃盗せっとう前科ぜんかがあって、警察が情報を持っていたためにすぐに分かり逮捕した。


 しかし兼司は取り調べで、アリバイがあると言った。それはその時間には、スナックで酒を飲んでいたと証言した。もちろん警察は、そのスナックに聞き込みに行った。


 そのスナックは井元いもと涼子りょうこ、四十五歳とその娘、井元菜穂子なほこ、二十三歳が経営している。その二人に聞いたところ、確かに兼司は午後九時から午後十一時までいたと証言した。


 そしてその時は客がもう一人、森本もりもと敏雄としお、四十八歳がいて、敏雄も兼司は午後九時から午後十一時までいたと証言した。だから敏雄のアリバイは、完璧だった。


 だが店の防犯カメラに写っていたのは、確かに兼司だった。だから刑事は兼司のアパートや関係先を調べたが、高級腕時計や宝石は見つからなかった。


 だから警察は兼司を、釈放しゃくほうするしかなかった。しかし昨日、事態じたい一変いっぺんした。なんとスナックの客で兼司のアリバイを証言した、敏雄が逮捕された。


 敏雄が質屋しちやで売ろうとした高級腕時計が、シリアルナンバーから盗品とうひんだと分かったからだ。そして現在、敏雄を取り調べているが、何も話さないということだった。


   ●


 私は、由真さんがれてくれ美味おいしいコーヒーを飲みながら、うなづいた。

「なるほど……」


 そして、考えた。窃盗事件なら担当は、捜査第三課のはずだ。新藤刑事が所属している、捜査第一課の担当ではないはずだ。とすると新藤刑事は、また他の課の事件に首をんだか。と考えていると新藤刑事は、頭をかかえた。


「一体、どうなっているんだ?! 泥棒に入ったのは、確かに兼司だ。それは、防犯カメラの映像から分かっている。だが兼司には、完璧なアリバイがある。と思ったら、スナックの客の敏雄が逮捕された。盗まれた、高級腕時計を売ろうとしたからだ。


 だが敏雄は、防犯カメラには写っていない。だから敏雄は、犯人ではない……。本当に一体、どうなっているんだ?!」


 相変わらず新藤刑事は、事件を解決しようと真剣しんけんになる。そこだけは尊敬そんけいできるので、私はアドバイスをしてあげた。

「それじゃあ取りあえず、敏雄が住んでいる家と関係先を探してください。きっとそこに、盗まれた高級腕時計があるはずです。そしてスナックを経営している、涼子と菜穂子の家と関係先を調べてください。きっとそこに、盗まれた宝石があるはずです」


 すると新藤刑事は、疑問の表情になった。

「は? そんなことが、本当にあるのか?」


 なので私は、発破はっぱをかけた。

「もう、事件を解決したいなら、言われた通りにしてください!」


 それを聞いた新藤刑事は、あわててこの部屋から出て行った。

「わ、分かった。いう通りにする!」と言い残して。


 そしてやはり由真さんも、疑問の表情だった。

「でも本当に、どうなっているのかしら~? つまり盗みに入った男が高級腕時計と宝石を持っていなくて、男のアリバイを証言した人たちが持っているってこと~?」

「はい、その通りです」

「でも、どうして~?」

「もちろん、メリットがあるからです」

「メリット?」

「はい」


 そうして私も、この部屋から出て行った。

「まあ、もうすぐに真相しんそうが分かりますよ。あ、今日もコーヒー、美味しかったですよ」と言い残して


   ●


 昼休み。私は刑事総務課の自分の席で、まったりとしていた。そしてさっき彩理ちゃんと食べた、ランチを思い出していた。今日のランチは、ざるそばと、いなり寿司ずしのセットだった。ざるそばは、歯ごたえがありカツオ節がいたツユとよく合い、いなり寿司もほどよい甘さで美味しかった。


 そして私はスマホのメモに、推理小説のアイディアを書いていた。今、考えているのは異世界を舞台ぶたいにしたモノだ。異世界と言えば、勇者と魔王だ。だから勇者がトリックを使って、魔王を倒すというあらすじを考えた。だが、そのトリックを何にしようか?……。


 すると、ひらめいた。異世界の魔法と言えば、どくもあるな。つまり、毒の魔法を使おうか! うん、いいぞ。これで考えてみよう。


 そう考えていると、スマホが鳴った。見てみると、やはり予想通りのメッセージが表示された。『新藤だ いつもの場所に今すぐにきてくれ』。


 なるほど。このメッセージがきたと言うことは、事件は解決したんだろう。よし、それじゃあ報酬をもらいに行きますか!


 私が鑑識課の隣の部屋に入ると、やはり由真さんと新藤刑事がいた。そして新藤刑事は早速、説明を始めた。

「刑事たちはまず、涼子と菜穂子が経営しているスナックを調べた。すると、店から盗まれた宝石が見つかった。だから二人をめると、それは兼司からあずかった、兼司のウソのアリバイを証言してくれたら、それらを半分もらえるからと白状はくじょうした。


 その話を敏雄としおにすると、観念かんねんして白状した。自分も同じだ。高級腕時計は、兼司から預かった。そして兼司のウソのアリバイを証言すれば、半分もらえるからと。だが敏雄は、金が欲しくてすぐに質屋で売ろうとしたと。


 つまり兼司のアリバイは、ウソだった。兼司にその話をすると、やはり店で高級腕時計と宝石を盗んだのは自分だと、白状した。だがお前は、なぜそれが分かった?」


 なので私は、答えた。

「そんなの、簡単ですよ。店の防犯カメラには、確かに兼司が映っていた。それなら高級腕時計と宝石を盗んだのは、確かに兼司です。つまり兼司には、アリバイが無い。


 なのにその兼司にアリバイがあるというのなら、それはウソです。つまり、涼子と菜穂子と敏雄がウソをついたことになります。そこで問題なのが、なぜ三人がウソをついたかということです。


 でもこれも、少し考えれば分かります。なぜなら三人に、メリットがあったからです。では、そのメリットは何か? 高級腕時計と宝石を盗んだのは確かに兼司なのに、兼司の関係先にそれらが無かったので、兼司はそれらを三人に預けたと考えるのが妥当だとうでした。兼司は盗んだ高級腕時計を、敏雄に。宝石は、涼子と菜穂子に。


 そして兼司は、こう言ったと考えるのが妥当でした。もし警察にウソのアリバイを証言してくれたら、預けた高級腕時計と宝石を半分やると。これには兼司にとって、二つのメリットがありました。


 一つ目はもちろん、三人が自分のアリバイを証言してくれること。二つ目は兼司が、盗んだ高級腕時計と宝石を持っていなことです。つまり兼司がいくら警察に疑われても、盗んだ高級腕時計と宝石を持っていないので警察はどうすることも出来ないという訳です。


 でも兼司には、一つ誤算ごさんがありました。それは敏雄が金に困っていて、事件のほとぼりが冷める前に高級腕時計を質屋で売ろうとしたことです。 


 兼司としては事件のほとぼりが冷めてから、自分の分の高級腕時計と宝石を売るつもりだったのでしょう。なので敏雄の行動は、誤算だったのです」


 するとここまで話を聞いた新藤刑事は、頷いた。

「うん、まさにその通りだった。うん、これで事件は完全に解決した」


 なので私は、新藤刑事にせまった。

「それじゃあ、報酬をくださいよ! 捜査第一課の課長に、インタビューできるという報酬を!」


 それを聞いた新藤刑事は、とんでもないことを言い出した。

「でも倫子。それでいいのか?」

「は? 何がですか?」


 すると新藤刑事は、勝ちほこったように説明した。

「捜査第一課の課長にインタビューするとなると、当然その理由を言わなければならない。でもお前が捜査第一課の課長にインタビューしたい理由は、リアルな推理小説を書きたいからだろう? それを言ってしまってもいいのか? お前が推理小説を書いていることが、捜査第一課の課長にバレるぞ?」


 それを聞いた私は、目の前が真っ暗になった。た、確かにその通りだ……。私が何も言えないでいると、新藤刑事はこの部屋から出て行った。

「それじゃあ俺は、まだ仕事があるから。それじゃあ」と言い残して。


 落ち込んでいる私に、由真さんは言ってくれた。

「あ~。やっぱり、いつものパターンになっちゃたか~。ねえ、倫子ちゃん。コーヒー、飲む?」


 私はもちろん、頷いた。すると由真さんは、続けた。

「あ、そうそう。桜餅さくらもちも作ったんだけど、食べる?~。『ひな祭り』も、とっくに終わって完全に季節外きせつはずれなんだけど、昨日ふと食べたくなっちゃって作ってみたの~」


 そして私は、桜餅も食べた。あんこはあますぎず上品な甘さで、それをつつむピンク色の皮も適度てきどな歯ごたえがあった。そして更にそれらを包む緑色の葉っぱは、あんこの甘さを引き立たせるしょっぱさだった。つまり、ものすごく美味しかった。


   ●


 刑事総務課の自分の席に戻ってきた私は、由真さんが淹れてくれた美味しいコーヒーと桜餅すでに元気になっていた。だが、ため息をついた。店から高級腕時計と宝石を盗んだ兼司はもちろん、窃盗罪せっとうざいに問われるだろう。


 そして警察にウソのアリバイを証言した三人も、犯人隠避罪はんにんいんとくざいに問われるだろう。そうすれば犯罪者になってしまった涼子と菜穂子が経営しているスナックには、客がかなくなるだろう。やっぱり犯罪は、わりに合わないな。はあ……。

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