職業病

フィアナ

日常


 真っ白い壁に、木目調のデスク。カタカタとなるキーボード音に紛れ、微かに寝息が聞こえた。

 モニターの先へ目を向けると、数秒で栄養を摂れると名高いゼリー飲料を片手に、息絶えた様子の同僚がいた。推定三徹目だろうか、本日は休日だったはずなのだけれども。きっといつものように『そういえば今日休みだったっけ?』なんて言いながら出勤したのだろう。


 精密機器のため適温に保たれたこの部屋では、さぞかし寝心地が良いと思われる。羨ましい半面、起きた時の仕事量を思うと哀れな気持ちが湧き上がった。

 起こしてあげるべきだろうか。そんなことに意識を逸らしたが運の尽き。


「よしだぁ! このデータPCに打ち込んでおいて!」


「白戸チーフ、またですか!

困ってる人へ手助けし始めるのはチーフの魅力ですが、締切に間に合う分だけにして欲しいとあれほどっ! 確かに私もそれに助けられましたがっ。 サポート事務である私にも限界があるんですからね!」


「わりぃわりぃ、んじゃヨロシク」


 そう言い放つと要件は済んだとばかりに、またキーボードを叩き始める。きっと今チーフがやってるのも違う人から掻っ攫った分の仕事だ。



 こじんまりとしたこのプロジェクトチームで、こんなにギスギスせず仕事が出来てるのも、全ては白戸チーフのおかげだ。

 思い返すと専門外の業界から、ひょっこりと転職して1年が経つ。当時はアットホームな職場です、なんて恐ろしい文字が書かれた求人票を片手に、ビクビクしながらやってきたけれども。蓋を開ければ年齢関係なくフランクに話しかけてくれる仲間と、全くのど素人に付き合ってくれる優しい上司に恵まれた。一生分の運はここで使い果たと言っても過言では無い。



 長いようで短かったこの1年。ずっとプログラミングしてたいなんて言いながら、伸びまくった前髪をピンで止めてる様子も。音楽を奏でるようにキーボードを打つ、節くれだった長い指も。モニターばっかり見てるから目が乾くー、なんて言って長いまつ毛をパシパシしてる様子も。

 何気ない様子が、全て私の目を引くようになってしまった。なんて単純なんだ。白戸チーフには英数字しか見えてないのに。



 でも考えてみれば、ここの世界には“10”なんて存在しない。尊敬も、親愛も、友情も、打算も、情欲も、焦燥も、嫉妬も、疑念も、陶酔も、同情も、何も無い。

 あるのは“1”か“0”。“YES”か“NO”か。“True”か“False”か。


 ──“好き”か“嫌い”か。


 いつかチーフのチャットに数字を紛れ込ませてみようかな、なんて馬鹿なことぐるぐる考えてしまうのも、きっと職業病のせいだ。



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職業病 フィアナ @pandora18

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