君が女の子の日
今井まりしてん
第1話
この先どんなに頑張っても、このままでは君と僕は親密にはなれないという事がわかりました。
それこそ最初は、たまたま機嫌が悪いのかなとか生理なのかなとか排卵日なのかな、などと思ったりもしていたのです。君への第一印象が「生理重そうだな」でしたから僕がそう思ってしまうのは当然のことでしょう。
第一印象というのはその先の印象で上書きされない限りは更新されることはありません。つまり僕と君の距離はまだ第一印象止まりの域を出ていないのです。これは君を想う僕にとって少し悲しいことでした。
そこで僕は生理について調べることにしたのです。目的は、君をより知るためでした。
生理になると具合が悪くなる程度のことは知っていました。けれど、気分が落ち込むこともあるというのは君に出会ってこうして自ら見聞を広めんとして初めて新たに知ったことでした。僕はてっきり身体的苦痛のみに限局するものと思い込んでいましたから、眠気が強くなったり食欲が増すというのも初めて知ることとなりました。
すると君が授業中、教師の目も憚らずに寝ていることも、給食を好んでいることにも辻褄が合います。生理がそれらを誘発するとなると君の情緒といよいよ合っていますよね。やはり君はあの時もその前も、生理だったのです。察しの良い僕は君の事を近くでよく観察していましたから、こうして後になったとしても些細なことにまで気がつく事が出来たのです。これらについて気が付けている人間は僕より他に居ないでしょう。
最初の頃こそ君に生理がくるなんてことは考えもしませんでした。だって君はれっきとした男の子ですから。制服も男子の制服を着ています。小学校の時の身体測定も間違いなく男子の列に居ました。なのに君に生理が来ている可能性を悟ったのは、君が僕に辛く当たる事がきっかけでした。
僕は君の気に障るような事は何もしていませんでした。本当に何もしていないのです。例えばプリントを渡したり給食を配膳したりするだけなのに、面倒くさそうに睨んだり、うるせぇ話しかけんななどと暴言を吐くので、これは、とピンと来ました。そう、きっとそれらは生理だからなのです。僕がこんなに不条理にきつく当たられるのはそれ以外に考えられません。何かの事情があって男のふりをしているだけで、本当は女の子なのでしょう? 体育をサボタージュするのも、本当はお腹が痛くてたまらないんでしょう。プールの日はたいてい来ないのも合点がいきます。そうやって君が僕を邪険に扱う事にも少しずつ納得をし、ヘテロセクシュアリティである僕が男の子である君に惹かれつつあることに困惑していましたが、君が実は女の子だということを僕にだけ明かしてくれれば僕も、君への気持ちも君自体も、大きく受け止めることができます。
君から打ち明けやすいように一先ずは距離を縮める必要がありますから、今日も僕はめげずに君にアプローチをしました。今日の給食、君の好きなメニューだよね? 良かったら僕の分も食べてくれないかなと申し出たのですが、返ってきたのは悲しいかな「うるっせぇんだよマジキモい、死にてぇの?」でした。また。また僕はいつものようにやってしまいました。
きっと今日の君は二日目なのです。
二日目というのは約一週間ある生理の中でも不快症状の最も重い日である場合が多いと、生理について調べた際に衛生用品の製造販売を主力とした大手メーカーの提供する生理用品のホームページに見つけました。その知識があったので君の冷たい反応に対して僕はただ冷静に、あぁ辛そうだ、気の毒に。と慮ることが出来ました。平静を装っているけど股の間は血塗れなのだよね? それだけの出血を起こす反応が内臓で起きているなら、痛みから不機嫌になるのは当然だろう。にも関わらずこうして学校活動に参加していることを讃えなければならい。
君の今後の生理周期も把握しておいた方がよいだろう。今日が二日目だとすると昨日が生理一日目です。そこから起算して三十日後(生理の周期には個体によって大きく幅がある模様。また、月の満ち欠けも関与しているとのことだから女性の身体というのは本当に尊いように思える)、また君は同じく体調不良と理不尽な不機嫌に支配されますから僕もそれに応じるわけです。僕は下調べによってそこまで察することも出来るのでした。
それならば君の生理に気がついた唯一の人間として、一体どれくらいの出血量(いや、経血量というべきでしょう)があるのだろうと確かめる必要もありました。なぜなら経血は内科的疾患のみに関わらず子宮や卵巣にまつわるあれそれのバロメーターでもあることが先のホームページに載っていたからです。
不良の君は人生に無頓着である故に不良でいるのでしょうから、君自身の健康についてなどまるで興味が無さそうなのでした。君が不良として過ごすのは構いませんが、僕としては君の体には不良でなく良であってほしいところなのです。
僕は君が入ったトイレの個室に入りました。しかし僕ときたらまぁ迂闊だった。学校の男子トイレの個室には汚物入れがありません。なるほど、君はタンポン派でした。タンポンという存在についても生理用品のホームページで得た知識です。
よくあるイエス・ノークエスチョンを答えながら矢印を辿り進んでいくと、自分の体質と相性の良い生理用品がどんなタイプであるかを割り出してくれるフローチャートが親切なことに設置してありました。僕はそれを、君のつもりで代理として答えていきました。「日中、トイレに行けない時間がある」の項目のイエスの直後に、〝快適生理lifeへの近道☆ おすすめグッズ♬ 昼用タンポン〟の文字がありました。タンポンとは、外付けの一般的な紙ナプキンとは異なり、コンパクトに設計された吸収体を直接体内に挿入したまま過ごすことで、経血が体外に出ること自体を防ぐものなのでした。
そうです。君はタンポンを使っているので、生理用品の頻回な交換は不必要なのです。出来る事ならこの目で経血量を確かめる必要がありましたが、タンポンを使っているならそれもしょうがない事です。不良は喧嘩をする生き物です。体を大きく動かしたせいで生理用品がずれてしまい衣類に血が染み込んでしまっては周りに気付かれ大事になります。しかし、経血量の程度によってはやはり無理にでも給食を分け与える必要があります。君が健康体だったとしても、鉄分不足は苛々の敵です。
ちなみにタンポン以外での標準的な経血量は男女共用トイレで僕なりに確認済みです。それらで正確な量を推測することが出来るとは勿論言えませんが、日中にも関わらず面積の大きな紙ナプキンがあまりに赤黒く染まっているならばそれは警告が必要だという認識で居ます。あとは君のトイレに行く頻度と、君が個室を使った直後に僕が入って生理用品の交換頻度と経血量を見れば活動下でのおおよその経血量は想像がつくかもしれません。
本当は採取して重さを計量し、同じメーカーの同一未使用品との重量差を出すのが一番ですが、それは変態の所業です。僕はそういう事はしません。なので、もうタンポンでもいいです。直接渡してもらえれば持ち帰って軽量しますよ。取り扱いに不慣れであれば紐をひっぱる手伝いは出来ます。生理用品のホームページに載っていた着脱方法のイメージ動画で何回かイメージトレーニングを重ねています。
まだ勇気が出ないのならば待てます。ただ、毎月経血が出ている事をどうか忘れないでもらいたい。どちらにせよやはり僕の分の給食も食べてもらえた方が安心ですが、それもやはり嫌なのであれば僕は君の健康を祈ってただただ見守るしかないのでしょう。
それなのに、です。ついに君は僕の事を完全に無視しました。生理の症状のアンケートに「無性に人を無視したくなる」の項目はありません。念の為に競合他社の提供するホームページも確認しましたがそこにもありませんでしたし、いくつかの産婦人科の疾患症状についても確認しましたが、やはりありませんでした。
という事は君のそれはホルモンバランスの変化によって不本意にしてしまうものではなく、君自身の情緒による反応なのです。錯乱した僕は子どもの悩みに答えてくれる某ラジオにハガキを投稿しました。
運良く読み上げられ、その場で得た回答に僕は失望しました。今だから言える事ですが、君の使用済みタンポンを僕に突っ込んでもらう、或いは自ら秘密裏に突っ込むという夢も無かったわけじゃないです。しかしながら生理にまつわるあれこれの全ては完全なる徒労でした。
その日ラジオで僕のハガキを読み上げてくれたのは、児童文学がなんちゃらという肩書きの、おじさんの声をした人物でした。彼のオブラートに包んだ話を要約すると、身体測定に男の身体を持つものとして並んでいる人間には生理を起こすメカニズムは起きないという結論でした。
君は全くもって生理では無かったのです。ただ単純に君は僕に苛立ち、嫌悪を表していたという事になります。同時に、僕は同性である君に惹かれていたという事になるそうです。それについては、ラジオのおじさんはこう言いました。
思春期というのは自分の在り方を探している時期で多感であることから、一時的に同性を好きになるということも往々にしてある、と。これについては、僕のこれを恋心とはせずホルモンによる一時の気の迷いだと言うのです。それについては納得しかねますから、ラジオ宛てではなくハガキを読んでくれた児童文学おじさん個人宛てに改めてハガキを書いているところです。話が逸れました。
考え方を改めました。僕は君に夢を見すぎていた。僕の理想を押し付けすぎていた事を真に受け止め反省しなければいけません。君の怒りっぽさは君の元来の性格だという事を受け入れましょう。すぐに頭に血が昇ってしまうという特徴を今後は大前提にして対応なければいけない。僕はなんて理解の深い人間でしょうか。
血がすぐに昇って人に当たってしまうのなら、昇る前に抜けばいいのです。有り余る血を抜いておけば少しは僕を傷付ける機会も減るでしょう。では、どのように血を抜く事にするか。
順当に行けば献血や採血が正当法です。それをもって自身の健康状態の解像度を上げるも良し、他者へと分けるために病院にストックさせるのも良し。しかしそれには、僕が看護師になる必要がありました。最短で三年。四年制大学で取るのもアリという事ですが、それまで君が今の君で居てくれるか。青少年の君だから良いのです。処女性に固執しているわけではありません。既に経験があるのか無いのかの狭間に居るなんて時期は、人生で今だけです。この機を逃したら、ただただ息を吸うだけで、汚れていく大人に無意味に近づいていくだけ。それを何も出来ずに待つなんてどうかしている。もはやこれは怒りに近い。そのような愚行は罪人とすら言えるでしょう。
しょうがないので、僕の手で早急に君の余剰な血を抜く事にしたいと思います。せっかくだから、睾丸と肛門の間に傷を入れて出すのが良いと思いついたのですが、名案すぎると思いませんか? 出血量に合わせて、軽い日用、多い日の昼用、夜用の生理用品をあてがい、吸湿兼止血をします。吸水力が強く止血にならないかもしれませんが、それはそれでどうなるか、興味があります。
正気の君にメスを入れるのは不可能なので、麻酔下が良いですね。けれど、麻酔科医になる方が気の遠くなるような時間が必要です。かつては最短五年で医学部を卒業することで国家試験受験資格を得られましたが今は法改正がされて最短で六年。これもまた僕には非現実的な数字です。
しかしながら僕は天才なので、既に代替案を持っています。笑気麻酔吸入法です。笑気は吸入鎮静法と言って、鼻から吸うだけで麻酔効果を得ることが出来ます。注射針による穿刺に強い抵抗がある患者にも有効であるこの麻酔の素晴らしいところは、ただ眠るだけではありません。笑うという字の通り、麻酔下で無自覚に笑ってしまうような感覚。性行為時の昇天に似た快感も得られるとかなんとかという素晴らしい薬剤なのです。どのみち入手するのに資格取得が必要と揚げ足を取って来そうですね。
君は気がついていないかもしれませんね、僕の家の事を。君は知らず知らずのうちに幼い頃から僕の家に来ているのです。僕の父が君のかかりつけ医である事は、僕もつい最近知った事実でした。君が診察を受けた壁一枚向こうに、AEDや酸素ボンベと共に笑気麻酔は常備されています。もちろんディスポーザブルの替刃メスも、滅菌ガーゼも滅菌グローブもあります。感染症にはさせないつもりです。縫合糸と縫合針は粘膜用しかありませんが、それもまぁなんとかなるでしょう。なんとかならなければそれはそれで君が僕のものになるという事です。
君がいけないのです。僕に丁寧に接しないから。麻酔から醒めたら、きっと本当の僕と生まれ変わった君に氣がついて今度こそ僕たちの間に絆が生まれるでしょう。なんだか、勿体無い気もしてきました。あえて六年かけて国家資格を取得し稼業を継いで君の主治医になるのも美味しいかもしれません。診察台で仰向けになって眠る笑気を吸った君を無影灯で照らしながらでゆっくりと時間をかけて丁寧に診るのもロマンがありますね。
良い絵面が浮かびました。僕の手によって睾丸と肛門の間に作られた切開線から吸った血液を含む生理用品を醒めない君の口に突っ込んで、僕の下半身と君の下半身を合わせる。君が得ている快楽は、笑気由来と思いきや、実は僕が与えているのです。
しみじみと思います。僕は天才かもしれません。やはり君は、僕に丁寧に接するべきなのです。
君が女の子の日 今井まりしてん @mrstnnnn
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