10回クイズ
和希
第1話
ぼくの小学校に、少し変わった女の子がいる。
その子は放課後になるときまって図書室にやって来て、図書委員でもないのにカウンターにどっかりと座りこみ、本の世界にのめりこむ。
目にかかりそうな伸びっぱなしの髪。長いまつげ。つぼみのような、ツンとしたくちびる。透き通った色白の横顔は、まるで森の奥に広がる静かな湖の水面のようで。
どうしてだろう? ぼくは彼女を見かけると、ふしぎと目が離せなくなる。
「なんだい、人の顔をじろじろ見て。ボクに何か用かい?」
話し方も独特だ。
一人称は「ボク」だし、口調もクラスの女子たちとはちがう。
まるで本の世界から出てきた探偵みたいな、そんな口ぶりなんだ。
彼女の名前は
「ううん、用があるわけじゃないんだけど。ただ、そんなにいつも真剣に、いったいどんな本を読んでいるのかなって」
ぼくがたずねると、朝霧さんは本をぱたん、と閉じた。
「やれやれ。読んでいる本について聞かれるのはあまり好きではないんだがね。しかたない。君のために、少々語って聞かせてやるとしよう」
彼女はそう言うと、これまで読んできた数々の物語について、得意気な顔で教えてくれるのだった。
ある雨の放課後。
降りやむのを待ってから帰ろうと図書室に立ち寄ると、やっぱり朝霧さんがいた。
彼女のほうでもぼくに気がついたようで、顔を上げると、声をかけてくれた。
「なんだ、また君か。ふふ、もしかしてボクに会いに来てくれたのかい?」
「うん、そんなとこ」
短く答えるぼく。
すると、彼女はわずかに口を開け、驚いたような目でぼくを見た。
「へ、へえ、そうかい。ボクに会いに、ね。わざわざありがとう」
「どういたしまして」
降りしきる雨が図書室の窓をしきりにたたく。当分やみそうにない。
朝霧さんもまた窓の外を見やり、小さなため息をついた。
「ああ、退屈だ。ここにある本はもうすべて読んでしまった。君、何か面白い話はないかい? この際だ。どんなつまらない話でも聞いてあげよう」
「そんなこと、急にいわれても」
ぼくは首をひねって、一生懸命考える。
「そうだ、10回クイズは?」
「10回クイズ?」
「同じ言葉を10回くり返して、そのあとクイズに答えるんだ。ためしに『羽』って10回言ってみて」
「なんだ、このボクに命令するのかい? やれやれ、君はいつからそんなにえらくなったんだい?」
「朝霧さんほどじゃないけどね」
「しかたない。他ならぬ君に免じて、付き合ってやるとしよう。羽、羽、羽、羽、羽、羽、羽、羽、羽、羽。これでいいかい?」
「では問題。家の上にあるものは?」
「空」
「ほら、やっぱり引っかかった。……って、ええっ!? 引っかかってない!」
朝霧さんはいともたやすく、みごと正解を言ってのけた。
そして、ふふん♪ と勝ち誇ったような顔で説明してくれた。
「もしかして、ボクに『屋根』って答えさせたかったのかい? 残念だけど、その手には乗らないよ。おおよそ『羽』という言葉から、よく似た響きの『屋根』という言葉を導かせようとしたのだろう。だが、屋根は家の一部であって、正解にはならない。となれば、家の上にあるのは『空』だろう」
彼女はすらすらと解説し、とどめの一言を言い放つ。
「ふふ。いかにも子どもの君が考えそうなことだ」
「朝霧さんだって子どもだろ」
嬉しそうに口元をほころばせる朝霧さん。
くやしいけれど、ぐうの音も出ない。
「まあ、それなりに楽しかったよ。けれども、ボクはさっきも言った通り、ここにある本は全部読んでしまっていてね。その手のクイズにはもう慣れっこなのさ。ところで……」
朝霧さんはそれから少し言いよどみ、少し間をおいてから、ぼくにたずねた。
「どうして君はボクにかまうんだい? 毎日のように図書室を訪れて、ボクの様子をうかがって。ボクのことなんか、気にしなくてもいいのに」
「気づいてたの?」
「もちろん。っていうか、もしかして気づかれていないと思っていたのかい? さすが君だね、あきれたよ」
くすっと微笑をこぼす朝霧さん。
その可愛らしい微笑みに、ぼくの心臓がとくん、と小さく跳ねた。
ぼくは少し考え、やがて正直な思いを告白した。
「うーん、どうしてだか自分でも分からないんだ。だけど、朝霧さんを見ていると、ふしぎと胸がむずむずするような、温かくなるような、落ち着かなくなるような、そんな気持ちになってきて。気づいたら、いつもしぜんと君のことを目で追ってるんだ。どうしてだろ?」
「ふ、ふぅん、そうなんだ。ど、どうしてだろうねぇ?」
ぼくの答えに、なぜか朝霧さんのほうがうろたえている。
見ると、色白の彼女の頬は、いつになく真っ赤に染まっていた。
朝霧さんはぶんぶん、と首を左右にふり、一度大きく深呼吸をすると、挑むような目でぼくに告げた。
「そ、そうだ。ボクからも君に10回クイズを出してやろう。『好き』って10回言ってみて」
「好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き」
「……ボクもだよ。どうやらボクも好きみたいだ」
手元にあった本をさっと手に取り、あわてて顔をかくす朝霧さん。
頭からもうもうと白い湯気でも立ち上っているかのようで、耳まで真っ赤だ。
でも、朝霧さん、いったい何が好きなんだろう?
「で、続きは?」
「……は?」
「続きのクイズ。クイズを出してくれなきゃ、10回クイズにならないだろ」
ぼくはぷくっと頬をふくらませて訴える。
すると、朝霧さんはわざとらしい大きなため息をついた。
「はあー。やれやれ、これだから子どもは」
朝霧さんがあきれたように苦笑する。
けれども、嫌味はぜんぜんなくて。
むしろ笑顔は温かく、優しい目をしていた。
「ま、そんなところも君らしくていいかもね」
【 完 】
10回クイズ 和希 @Sikuramen_P
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