飛び降り自殺日和

紫野一歩@毎日短編

飛び降り自殺日和

 晴れた冬の日、幼馴染から電話がかかって来た。

「これから飛び降りするんだけど、来れる?」

「何処?」

「町はずれにある廃病院」

「趣味が悪いね」

「あんまり人に見られたくない」

 それなら別の死に方をすればいいのに。

「今アニメの再放送見てるからなぁ」

「マジか。そしたら一時間後でいいや」

 返事をする前に電話は切れる。自分勝手な人だ。

 今日はお買い物をしようと思っていたのだけれど、予定は変更だ。

 もう誰も寄り付かない廃病院は、心霊スポットとして地元では有名である。逆にお昼時、しかも冬に来る人はいないだろう。

 既に廃れたと言えど立派な建物で、六階建てのがっしりとした佇まいをしている。山奥にこんなにも大きな病院を作って、いったい誰を診ていたのだろう。

 病院の入り口に着くと、屋上から幼馴染が手を振っているのが見えた。

「おーい」

 辺りが静かなので、少し声を張り上げれば声は届く。

「本当に飛び降りるの?」

「うん」

「別にやっぱりやめた、でもいいよ。恥ずかしくないから」

「大丈夫」

 大丈夫なのか。大丈夫なら、それは仕方がない事だ。

 私は屋上に立っている男から目を離さずに、落下位置を予想して、そこに入る。

「何してるの?」

「君が落ちるのはこの辺りかな、と」

「もう少し右」

「私から見て?」

「そう」

 それから何度か細かな調整をして、私は彼の墜落予定地点に大の字で寝転んだ。

「いつでもいいよ」

「……なんか、気持ちよさそうだな」

「晴れてるからねぇ」

「そうか。今日晴れてるもんな」

 幼馴染はそう言って空を見上げた。太陽光をいっぱいに受けるように、両手を広げる。何だかそのまま石像にでもなってしまいそうなポーズだった。

 そして、そのまま彼は飛ぶ。

 私は目を瞑らないようにしようと決めていた。

 目の前まで迫って来るのは、ただの見慣れた男の子だ。別に怖い事では無い。

 彼が段々と大きくなる。私はそれを見つめている。

 グチャ、という鈍い音を立てて、幼馴染は私からかなり離れた場所に落ちた。

 私の視界には、青空と、誰もいない屋上。

 私は大の字のまま、しばらくぼんやりとしていた。

 わざわざ来てあげたのに。

 この意気地なしめ。

 廃病院前には、私の呼吸だけが響いている。

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