今日は父さんの葬式だ
まする555号
今日は父さんの葬式だ
今日は父さんの葬式だ。
父さんが死んだ日、僕は県外の大学に通うため独り暮らしをしていたため実家を離れており、父さんの最後の状況ついては、母さんと妹から聞いた話でしか知らない。
母さんの話では、父さんは夜が明けた頃に布団の中で「うっ!」と言って静かになったそうだ。最初は寝言だと思い、気にしなかったそうだけれど、先程まで聞こえた軽いイビキが無くなったので父さんの肩を揺すり、何の反応も無かったので、急いで救急車を呼ばなければと思ったそうだ。頭がパニックを起こし手近にあったスマホがうまく操作できず妹を呼んだそうだ。けれど低血圧で朝が弱い妹は起きてこず、何とか119を押し救急車を呼んだものの、その後は父さんに呼びかける事しか出来なかったそうだ。
妹の話では、寝ていた時に、「救急車を呼んで」という声が聞こえて目を開けはしたけれど、低血圧な妹は寝ぼけてしまいまた目を閉じてしまったそうだ。けれど、母さんが電話で救急車を呼んでいる声と父さんを呼び続ける声に、ゆっくりと覚醒し非常事態だと理解して飛び起きたんだそうだ。
妹が両親の寝室に行くと、母さんは父さんの肩を揺すって声をかけ続けていたらしい。妹も父さんの肩を揺すって声をかけてみたけれど反応は無く、ヤバいと思ったけれど、体は温かかったのでまだ生きていると思ったそうだ。
妹は救急車の音が近づいて来るのに気が付き、家の鍵を空けなければと思い、母さんに「声をかけ続けて」と言って家の鍵を開けて外に出たそうだ。
救急はのサイレンはどんどん近づいて来て、家の前の路地に救急車が入ってきた時に、妹は手を振って父さんが大変である事を叫んだらしい。
その後、父さんは、救急車の人により蘇生措置を受けながら救急病院に運び込まれたけれど、脳波が僅かに動いている様子は見られるだけの状態で、もし心臓が鵜鼓動を打つようになっても植物状態にしかならない状態だったらしく、父さんに同行して病院に行った母さん同意のもと蘇生措置が止められたそうだ。
妹は、病院に行けば父さんは助かると思っていたそうで、お財布や父さんの着替えを持たず病院に救急車で行った父さんと母さんを心配して、旅行鞄に保険証とお金が入っていた父さんのお財布と、着替えと歯ブラシや剃刀など、入院で必要になりそうなものを思いつくまま詰めていたそうだ。
しかし、それを持ち、原付で父さんが運ばれると救急隊の人に聞かされていた病院に行ったところで、霊安室で顔に白い布を被せられた父さんと、俯いて泣いている母さんを見ることで、父さんが死んだ事を認識したそうだ。
霊安室に警察が来て、母さんと妹に昨日の夜からの父さんの行動を聞いて来たそうだけど、ちゃんと答えられたかよく覚えていなそうだ。ただ事件性が無いと思われたのか、警察の人はすぐに帰っていったらしい。
私は、午後の講義を受けている時に、妹からラインで「すぐに家に帰って来て」とメッセージがあった。「週末なら帰れる」と返したけれど、「今日帰って来て」と返って来るだけで、その後ラインを返しても返答が無かった。
何となく嫌な予感を感じ、友人に講義のノートをコピーさせて貰えるようお願いして、何とか電車を乗り継いて、ほぼ深夜に家に着く事が出来た。そして、そこでで行われていたのが父さんの通夜だった。
「早すぎるよっ!」
僕の第一声はそれだった。
ただ、何となく身内の不幸かもと思う時間があったたので、そのままの現実を受け入れてしまい涙は流れなかった。
葬儀については、まともに返事が出来なくなっている母さんに代わり、親戚の叔父さん叔母さん達が病院と提携している葬儀会社と話をすすめ決めていた。
母さんはただ冷たくなった父さんの傍らに座り、叔父さんと叔母さん達の言葉に頷いているだけだった。
通夜の翌々日に行われた葬式は、お盆の季節に家にやってくるお坊さんのいるお寺で行われた。お寺にはお父さんが勤めていた会社やその取引先から送られた沢山の花輪が飾られていた。
葬式では父さんが大学時代に所属していたコーラスサークルの仲間が「はるかな友に」を歌ってくれた。
母さんは、葬式の日はそれなりに気丈に振る舞っていたけれど、その歌声に泣き崩れていた。その歌はどうやら母さんにとっても父さんとの思い出の歌だったらしかった。
「もっと頑張ればお父さんは死ななかったのかしら?」
「うん、そうかもしれないね」
母さんは、もっとしっかりと対処出来ていれば父さんは死なずに済んだのではと後悔していた。
「私もすぐに目が覚めていれば……」
「仕方ないよ」
妹も、もっと出来ることはあったのではと後悔していた。
「僕も、自分が受けただけで満足するだけじゃダメだったよ」
「ちゃんと話を聞いておけば良かったわ」
「うん……」
僕は、高校生時代に地元の消防署員が学校に来て、救急救命講習をしてくれた事があったので、心肺蘇生法に多少の心得があった。消防署員に、家についたら家族にも教えてあげて下さいと言われていたけれど、女性である母さんや妹相手に口付け胸をはだけるといったセクハラじみた事を恥ずかしく感じ、雑談程度しただけで、ちゃんと内容を教えていなかった。
「あの世でお父さんに会ったら叱られましょう。そして許して貰いましょう」
「許してくれるかな……」
「それでも良いから会いたいよ……」
火葬場の煙突からたなびく父さんの煙を3人で見送った。ここで僕は父さんが死んだと知って以降、初めて泣いた。
「あなた、愛してたわ、またね」
「お父さん、大好き、またね」
「夢でも良いから、叱りに来てよ」
優しいく穏やかな性格の父さんは、僕達を叱らず許してしまうだろう。でも父さんを夢に引き留められるなら、叱られても良かった。
今日は父さんの葬式だ まする555号 @masuru555
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