突然失踪した恋人の行方を捜して

よし ひろし

突然失踪した恋人の行方を捜して

 恋人かのじょが失踪した。


 先週末いつものようにデートをして一晩一緒に過ごし、日曜の夕方に別れたきり、連絡がとれなくなった。

 スマホが壊れたのかとも思ったが心配になり、火曜日の晩に彼女のマンションを訪ねたが留守だった。合鍵は預かっていたので室内に入ることもできたが、さすがに無断で入るわけにはいかない。その日はそのまま帰り、更にに二日ほど待った。

 だが、全く連絡が来ない。そこで金曜の昼に思い切って彼女の勤め先に連絡を取ってみた。

 彼女は会社を辞めていた。一身上の都合で、という事らしい。月曜の昼過ぎに本人から電話で連絡があったようだ。


 何故――?


 俺の頭の中は混乱のあまりにマーブル模様のようにぐにゃぐにゃに乱れ、まともな思考ができなかった。

 何が起こっているのかわからない。先週別れた時、彼女に変わったところはなかった。いや――本当にそうか?


 何かなかったか? おかしなところが……


 わからない。彼女は普段から物静かで、感情の起伏が少ない。何か悩みがあっても、それを表に出したりはしないだろう。


 でも、おかしい――


 来週の月曜、2月10日は彼女の25才の誕生日だ。その晩は一緒にお祝いをしようと約束をしていた。そんな彼女が、俺に何の連絡もせずに行方をくらますわけがない。何か事件に巻き込まれたのでは――

 俺はイヤな妄想が次々と浮かび、それを打ち消しては悶々として金曜の晩を過ごした。



 そして今日土曜日、会社は休みなので俺は朝早くから彼女のマンションを訪れ、合鍵を使って室内へと入った。

 ワンルームの部屋は綺麗に整頓され、特に荒らされたようなところはなかった。いつも通りの風景だ。ただ、部屋の主人がいないだけ……


明日奈あすな、どこに行ったんだ……」


 何度もそこで抱き合ったベッドを見つめながら、俺は思わず彼女の名をつぶやいた。もしかしたらその声に反応して彼女が現れるのではないかと玄関を振り向く。もちろんドアが開くことはなく、静けさだけが室内に反響した。


「……おかしい。変わらなさすぎる」


 部屋の様子がいつもと同じで、とてもどこかに旅立ったようには感じない。そこで、何か変化はないかと室内を調べてみた。

 まずは――そうだ、冷蔵庫を。


「飲み物も、食材もそのまま……」


 やはり長期に家を空ける気はなかったのがうかがえた。疑惑が増す。

 次にクローゼットを調べる。

 服が減った様子はない。


「この鞄は――」


 クローゼットの床に彼女が旅行の時によく使っていた鞄が置かれていた。疑念がさらに増す。


「着替えも持たずに出かけた? すぐに戻るつもりだったのか……。いや、やはり何者かに連れ去られ――」


 最悪の場面が頭をよぎる。それを振り払うように頭を振り、他に何か手がかりがないか調べを進める。とはいえさほど広くない部屋だ。あと調べるところといえば――


「机か……」


 部屋の奥の隅に置かれた仕事机へと近づいた。

 天面にはノートパソコン、筆記用具、小さな鏡、時計などが置かれているのみで、特に変わったものは見当たらない。俺と一緒に撮った今年の初詣の時の写真の入ったフォトフレームも置かれていて、それを手に取って眺める。


「明日奈…、どこに行ったんだ……」


 写真の彼女に語り掛けるが応えはない。ひとつ小さなため息をつくと、フォトフレームを戻して、とりあえず何か情報がないかと置かれていたノートパソコンをつけてみた。

 OSが起動するが、その後当然のようにパスワードを求められた。試しに何か入れてみようかと思ったが、確か何回か間違えたらロックされてしまうような話を聞いた覚えがあるので今はやめておいた。

 パソコンは諦め、机の引き出しを開けてみる。


「これは――」


 一番上の引き出しを開けたところに、スマホがしまってあった。彼女の物だとすぐに分かる。


「スマホを持たずに出かけた――?」


 そんな馬鹿な。

 確かに彼女はあまりスマホを触る方ではなかった。動画を見たりゲームをやったっりなどはせずに、必要最低限、便利な道具、その程度の接し方だったが、それでも出かける時は常に持ち歩いていた。それがここに置かれているということは――


「やはりおかしい。普通じゃない。なんだ、何があったんだ……」


 スマホの電源を入れてみる。だがパソコン同様にパスワードが分からないので、中は見れない。パスワードの候補はいくつか思い浮かぶが、今は試すのはやめておこうとスマホをそのまま机の上に置いた。

 そこで引き出しの中を更に探ると奥に赤表紙の本の様なものを見つけた。取り出してみるとそれは本ではなく日記帳だった。


「何か手掛かりがあるかも……」


 恋人の日記を読むことに瞬時ためらうが、今は少しでも情報が欲しい。そこで日記を開こうとして、気づいた。日記帳の途中に黒い鳥の根がしおりのように挟まっていることに。

 そのページを開くと、そこはこの前の日曜日に書かれたと思われるページだった。俺が明日奈とあった最後の日だ。さっと目を通す。週末のデートのことが軽く書かれているだけで、特に変わったことはない。

 そこでしおり代わりの羽根を手に取り、次のページをめくるとそこはもう白紙だった。

 戻って前のページをさらさらと見ていくが、失踪を思わすような文章はまるでなかった。


「やはりおかしい。何の前兆もなく姿を消すなんて……」


 最後のページをもう一度見る。文章から嬉しさは感じれれても、悩みなどは感じさせない。

 その時、ふと先程手にした羽根を見た。そこでそれがしおりではなく、ペンであることに気づいた。羽根の根元に金属製のペン先が取り付けてあった。


「へぇ、こんなもので日記をつけていたのか……」


 珍しさに羽ペンを手で握り、日記帳に書くポーズをしてみる。


「ん? なんだ、これは――」


 最後の日記のページ、その書かれた文章のさらに下の余白に、微かにペン痕のようなへこみがあるのに気が付く。それはインクをつけずにこの羽ペンで何かを書いたような――


「まさか!?」


 俺は机の上の筆記用具の中から鉛筆を取り出し、その部分を軽くこすってみた。黒い中に白い文字が浮かぶ。いや、文字ではない、四桁の数字。


「0707……、何だ? 七月七日――七夕、俺が明日奈と出会った日か……。いや、もしかしたら――!?」


 俺は慌てて机に置いたスマホを手に取った。そして起動してパス入力画面で先程の四桁の数字を入れる。


「よし、やったぞ!」


 ロックが解除された。と同時に、動画のメッセージが流れ始めた。


「明日奈!?」


『これを見ている方がどなたかわかりませんが、初めにこれだけは話しておきます。私、矢神明日奈やがみ あすなは自分の意思で帰省いたしました。何者かに拉致されたとかいうような事件性はありません』


 この場所で自撮りしたと思われる動画が流れ続けた。


『そして、もしこれを見ているのがあなた、田原洋たわら ひろしさんでしたら、……ごめんなさい。突然ですが、お別れです』


「どういうことだ、明日奈!」


 録画されたものだと分かっていてもそう言い返さざるを得なかった。


『……詳しい理由は言えません。ですが、それではあなたは納得しないでしょう。ですから少しだけお話いたします。――私の生まれ育った十弧戸村とこべむらには、変わった風習があります。新たな命を宿した女性は、巫女様の元を訪れ、とある試練を受けねばならないというものです。令和の時代に何を――そう思われるでしょうが、先祖代々連綿と続けられたこの手の風習は意外と残っているものなのです』


 そこで画面の向こうの明日奈の顔に寂し気な微笑みが浮かぶ。


『出来れば、あなたと共にこのままこの街で暮らしたかった……。洋さん、愛しています、おそらく死のその時まで』


「明日奈、俺も愛している!」


『でも……、巫女様は不思議な力をお持ちです。私の体に宿った命の灯の気配も私が気付くより先に気づいたようです。確かに生理が遅れて――いえ、私には巫女様のに逆ら事は出来ません。ですから、訪れた使者の方と共に村に帰ります。洋さん――私のことは忘れてください。恐らく私は戻れません、ここには……。さようなら』


 そこで動画は終わった。それと共にスマホの電源も落ち、画面がブラックアウトする。黒くなった画面に自分の顔が映る。情けない顔だ。


「どうして……。そんな、馬鹿なこと……」


 あまりもの出来事に頭が回らない。呆然自失のまま、画面の消えた明日奈のスマホを眺め続けた。

 そうしてどれくらい時間が経ったのか、パタンという音が響き我に返った。

 音の源を見ると、二人の写真の入ったフォトフレームが倒れていた。さっき手に取った時きちんと置かなかったのかもしれない。それを直し、そこに映る明日奈の姿を見て、自分を取り戻した。


「呆けている場合じゃない! 探すんだ、明日奈を…。絶対に取り戻す。彼女を――、いや、彼女とその中に宿る俺の子を!!」


 俺は自分に言い聞かせるように強い語気で叫んだ。



☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  



「明日奈よ、お主の相方おとこはここまで来るかの?」


 巫女様が意地悪気な笑みを浮かべながら訊いてくる。私より何倍も長く生きているのに、私よりも若く見える綺麗な顔。

 この化け物ババアが、と思いつつも表情を変えずに私は答えた。


「来ますわ、当然。きちんとヒントも置いてきましたし」

 私は自信満々で言い返す。


「ふん、じゃがここまではそう簡単には辿り着けんぞ。お手並み拝見じゃな、お主の選んだ男がどれほどのものか、ふふっ…」

 綺麗な顔に楽し気でどこか底意地の悪い微笑が浮かぶ。

 このサディストババアが――

 でも私は負けない。


「見ていてください、巫女様。あの人は、洋さんはきっとここまでたどり着きますから。大丈夫、来ますよ……」

 少しの不安を打ち消すように私は自分のお腹に手を当てた。


「あなたも力を貸してあげてね、パパに……」


(わかったよ、ママ。任せておいて!)


 そんな応えが聞こえたような気がして、目を丸くする。


「まさか……、この子にも力が――」


 ありえなくはない。我が一族の血を引くのだから。もしかしたら、次代の巫女様に――

 そんな思いにとらわれながら私はまだ膨らんでもいないお腹をさすった。


「洋さん、待っているわね、二人で。きっと来てくださいね、この子が産まれるまでには……」


 今は離れた場所にる彼の姿を思い浮かべながら、私は窓から見える満月を見つめた……



おしまい

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

突然失踪した恋人の行方を捜して よし ひろし @dai_dai_kichi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ