シュールと虹鳥の羽

大田康湖

シュールと虹鳥の羽

 ここは、人間の暮らすカミハシ村とエルフの国を分かつ「忘れの谷」。

 弓と矢筒を背負い、ナイフをベルトに下げた10歳の少年、シュール・エンディは、谷底へ降りるべく、縄ばしごに捕まりながらそろそろと足を下ろしていた。思ったより谷は深く、うっそうと茂る木々に遮られて地面も覗けない。

(やっぱり、無茶だったかな。でも今更引き返せないし)

 そもそもシュールがここに来たのは、『「忘れの谷」に現れた虹鳥を捕まえれば褒美を出す』という国王の命令を見たからだ。エルフの国から来るという虹鳥の羽は、望みを叶える力があると言われており、捜索隊が出発する前にせめて羽だけでも手に入れたいと思ったシュールは、一人で谷に向かったのだ。

 更に下に降りようとしたシュールの上から鋭い鳴き声が響いた。思わず顔を上げた上空を、大人と同じくらいの大きさの黒爪鳥が横切る。

(危ない!)

 思わず身をかがめたシュールを獲物だと思ったのか、黒爪鳥が爪を広げて降下してきた。黒光りするかぎ爪がむき出しになる。

「うわっ!」

 思わず縄ばしごから手を離してしまったシュールは、崖の下へと落ちていった。


 落ちたシュールを受け止めたのは、崖の下に繁る木々の枝だった。背中の矢筒もクッションになってくれたようだ。

 起き上がったシュールの耳に、ピヨピヨと小鳥が騒ぐ声が聞こえてきた。鳴き声がする方向に顔を向けると、大木の枝にかかった大きな巣の中で、三羽の黄色いヒナが身を寄せ合って鳴き声を上げている。

(それにしても大きなヒナだな。もしかしてさっきの黒爪鳥の子どもかも)

 シュールはヒナを驚かせないように腹ばいになると、巣のある枝ににじり寄った。中をのぞき込もうとすると、巣の中が虹色にきらめいている。

(これは、虹鳥の羽!)

 巣の中に手を伸ばそうとするシュールを見て、ヒナたちが羽ばたく。その動きで、巣に入っていた羽が数枚舞い上がった。あわてて舞い上がった羽を掴んでから手を広げると、確かに虹色に輝く羽が入っている。シュールの心はざわめいた。

(これが本当に虹鳥の羽なら、僕の望みが叶うかも)


 その時、騒いでいたヒナが一斉に縮こまった。上空に影が差す。見上げたシュールの目に映ったのは、さっきの黒爪鳥だった。どうやらヒナを狙っているらしい。親の虹鳥はまだ帰ってこない。

(もしかして、捜索隊が親鳥を捕まえてたらどうしよう)

 静かに震えるヒナを見て、シュールの心に不安がわき上がる。

(いや、親鳥はきっと来る。それまで僕がこの子たちを守るんだ)

 シュールは枝にまたがると背中から取り出した弓に矢をつがえた。

(行けぇ!)

 シュールの放った矢は勢い良く飛び、黒爪鳥の翼に命中した。飛び散った羽がひな鳥の頭上に降り注ぐ。自分を狙った相手に気づいた黒爪鳥は傷ついた翼にかまわず、猛スピードでシュールに突っ込んできた。避けようとしたシュールは、またがっていた木の枝から落ちそうになり、必死でしがみつく。

 そこに甲高い鳴き声が響き渡り、黒爪鳥と同じほどの大きさの鳥が現れた。黒爪鳥はあわてて逃げていく。シュールは木の葉を通して、戻ってきた親鳥の羽が虹色に輝いているのを見た。

(すごい、本物の虹鳥だ)


 親鳥は巣の上に止まるとヒナに餌を与えつつ、弓矢を持つシュールを見つめる。

「ごめん、ヒナを狙ったんじゃないんだ。ただ虹鳥の羽が欲しくて」

 虹鳥に言葉が通じるとは思わなかったが、シュールは必死に訴える。すると突然、虹鳥の鳴き声が人間の声となってシュールの耳に聞こえてきた。

(それはエルフの使う弓矢。何故あなたが持っているのですか)

 シュールは驚きながらも、羽を手で抱えて虹鳥に呼びかける。

「確かにこの矢はエルフの父さんのものだけど、赤ん坊の僕と人間の母さんを残して、『忘れの谷』に行ったまま帰ってこないんだ)

 虹鳥は何か考えるようにくちばしを上下に揺らしながらシュールに答えた。

(あなたはエルフと人間の子どもなので、私の言葉が分かるのですね)

「そうだよ。僕はもう一度父さんに会いたくて、王様の捜索隊が来る前に虹鳥の羽を手に入れようと思ったんだ。お願い、巣の場所は誰にも話さないから、この羽をちょうだい」

 シュールの頼みに、虹鳥はくちばしを開くと言った。

(人間がまた妙な動きをしているのですか。どうやらここを離れた方が良さそうですね)


 そこに、もう一羽の虹鳥が戻ってきた。一回り大きいので、恐らく父親なのだろう。虹鳥はヒナたちを母鳥の背中に乗せると、巣からくちばしでくわえた羽をシュールに差し出した。

(聞いたぞ。子どもたちを助けてくれたそうだな。王様にはこれをくれてやるから、俺たちの邪魔をするなと伝えろ)

「は、はい。ありがとうございます」

 シュールは一礼しながら羽を受け取った。

(俺に乗れ。森の外で下ろしてやる)

 シュールは父親鳥の背中におそるおそる乗っかった。日の光に虹色の羽がきらめく。

「ありがとう。僕はシュール・エンディ。どこかでエルフのレアルという人に出会ったら、僕と母さんが待っていると伝えて」

(ああ、レアルに会えるかは分からんが、お前がこの谷を一人で渡れるようになったら、エルフの国に探しに来い)

「分かったよ」

 シュールは父親鳥の首につかまりながら、谷の向こうを振り返った。遙か彼方にあるというエルフの国が見えるかと思ったのだ。しかし、ただ緑の樹海が続くだけだ。

(父さん、きっと、探しに行くよ)

 シュールは虹鳥の羽を握りしめながらつぶやいた。

 後に「違い羽のシュール」と呼ばれるようになるハールエルフの弓使い、シュール・エンディの冒険はこの約束から始まるのだった。


おわり

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

シュールと虹鳥の羽 大田康湖 @ootayasuko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ