藪の中R - 藪の中R（結城藍人）

某月某日

京雀キャスター「今週発売の『週刊芸秋（げいしゅう）』によりますと、若狭（わかさ）国府（現在の福井県小浜市にあった福井県南部を管轄する役所）所属の侍だった故Kさん（仮名）の妻だったMさん（仮名）と人気盗賊の多襄丸（たじょうまる）さんとの間に起きた性的トラブルは、夫である故Kさんが若狭国府の盗賊被害をおさえるために行った性的献上だったとのことです。これを受けてSNS上では、殺人や女性に対する乱暴などは行わず、貧しい人々や災害に困った人などに支援を行うなどの義賊的な活動でクリーンなイメージの盗賊だった多襄丸さんに対する失望の声や批判の声が上がっており、また若狭国府によるこうした性的献上が組織的・常習的に行われていたのではないかという疑問の声が広がっています」

某月某日

多襄丸「Mさんとの間に性的トラブルがあったことは事実だが、それは既に和解済みの案件なので、今後の盗賊活動に支障は無いと考えている」

某月某日

京雀キャスター「今週発売の『週刊芸秋』によりますと、多襄丸さんとの性的トラブルについてMさんは『和解条件として夫の殺害などは提案しておらず困惑している』と語ったということです」

某月某日

若狭守（わかさのかみ）（若狭国府の最高責任者）「多襄丸さんと当国府関係者Mさんとの間の性的トラブルにおいて、当国府の元職員である故Kさんが性的献上に関与したという事実は無い。故Kさんは妻が性的トラブルを受けた上に、それを阻止しようとして殺害された一方的な被害者であり、国府による組織的な性的献上などはあり得ない」

某月某日

京雀キャスター「多襄丸さんと元若狭国府関係者のMさんとの性的トラブルについて、若狭国府の説明が不十分であるとSNSが炎上している件に関係して、若狭の小浜の港を利用している商人の多くが、若狭国府への献金を中止していることが分かりました。小浜は半島や大陸との交易品を京に送る交易拠点として重要であり、利用する商人による献金が若狭国府の大きな収入源となっているため、この献金が中止されると若狭国府の運営にも大きな支障が出ると予想されます」

某月某日

京雀キャスター「本日、人気盗賊の多襄丸さんが引退を表明し、自ら検非違使（けびいし）（平安時代の警察）に出頭しました。先日来報道されている性的トラブルに対するSNS上での激しい批判により、各地国府からの盗賊コンサルティングの依頼がすべてキャンセルになり、また本人も非常に悩んでいたとのことでした。多襄丸さんは義賊的な活動によるクリーンなイメージで国民的人気があった盗賊グループ『Shiranami-5（シラナミファイブ）』のリーダーDAEMON（ダエモン）として活躍し、グループ解散後は現在の通り名である多襄丸に改名してソロの盗賊として活動する傍ら、その豊富な盗賊人脈を生かして各地の国府への盗賊行為を一定の上納金で抑えるネゴシエーションを行っており、そうした盗賊コンサルタントとしても活躍していました」

某月某日

京雀キャスター「若狭守が改めて記者会見を行い、若狭国府の混乱の責任を取るために辞意を表明しました。性的献上の有無については第三者委員会を立ち上げて調査を行うとのことです。また、事件後も多襄丸さんを盗賊コンサルタントとして起用し続けた事実については、Mさんのプライバシー保護のためだったと主張していますが、識者からは疑問の声が上がっています」

某月某日

京雀キャスター「今週発売の『週刊芸秋』で記事の訂正がありました。従来はMさんの語ったこととして、多襄丸さんに襲われたときに故Kさんが『そんな女はどうなってもよい』と言ったとしていましたが、これを故Kさんが『そんな女はどうなってもよい』という目で見たと訂正しました。これは大きなニュアンスの違いがあり、SNSでは若狭国府の組織的関与が本当にあったのかどうか疑問に思う声が上がっています」

某月某日

京雀キャスター「清水寺（きよみずでら）で、元若狭国府関係者の真砂（まさご）さんが書いた和歌と随筆を収録したグラビア絵巻が発売され、洛陽（らくよう）の紙価を高める大人気となっています。真砂さんの心情が赤裸々に語られており、読者からは同情の声が上がっています。その一方で真砂さんに対する心ない誹謗や中傷も多く寄せられているとのことです。根拠の無い誹謗中傷はやめましょう」

某月某日

閻魔（えんま）大王（だいおう）「若狭国府所属の若侍だった金沢（かなざわ）の武弘（たけひろ）氏については、生前の善行と悪行を公正に判断して、本日適正に転生処理を終了しました。これでもう故人が現世に迷い出ることはございません。なお、転生先については、公表すると生前の善行と悪行を推測することが可能なので、故人のプライバシー保護のため非公表とさせていただきます。以上で本日の閻魔庁公式発表を終わります。