機械化されたコンビニ店員と漫才の観客に向ける情報喚起性の減衰、という漫才

無為憂

 

 某漫才劇場の中でも小規模なAステージ。結成数年未満の若手芸人のネタが見れる、登竜門のような場所。

 アナウンスで次のコンビ名が流される。軽快な入場音楽とともに、結成一年目の彼ら『──(コンビ名)』がまばらな拍手に包まれて登壇した。


「どうも〜『──(コンビ名)』です。よろしくお願いします」

 ステージから右側、ちょっとぽっちゃりした男がマイクに向かって会釈する。続いて左側の男──痩身かつ長身というコンビとしてはビジュアルバランスがとれている──も「よろしくお願いします〜」とちょっとおちゃらけた口調でマイクに声をのせた。

 ぽっちゃりが続ける。

「まあ私たち、我々まだまだ全然売れていない若手芸人ですからね、バイトをしているんですけども」

「結成一年も経ってないですからね」

「最近のバイトでいうと、ウーバーイ◯ツとかかなり話題になりましたね。あとタ◯ミー」

「ああ、タイ◯ーでいうと闇バイトも結構話題になりましたね」

「あれ怖いですよね。アルバイトのふりをして犯罪しちゃうんですから。あと、タイ◯ーのそこに◯をつけちゃうとよくわかんないですから。タイマーかな? まあそんなことはどうでもいいんですけど。まあ、若手芸人のするバイトといえば、コンビニですよ。コンビニの夜勤。わたしもよく働いてます。あそこの駅のところで」

「あんまり働いてるところ言わないほうがいいですよ。まあ時給いいですからね」

「上岡くんもコンビニバイトしてます?」

 右側のぽっちゃりが、左側の痩身男に尋ねる。

「まあ、若い頃はぼちぼちしてましたよ。バット持ったりしてね」

「それ闇バイトじゃん。やっちゃだめだよ」

「学ラン着てね、ハチマキ巻いて。サラシは巻かなかったけど」

「ただの不良かい! 今時そんなグレたやつも見ないけど。違うのよ、聞きたいのはコンビニバイトしてる? ってことなのよ上岡くん」

「ああ、してるしてる。してます。最近は楽でいいよね、レジとか自動精算になったり」

「あー最近コンビニだけじゃなくスーパーでも自動精算多くなってきてますよね」

「でも、お金詰まっちゃうとだいぶ面倒。あれだけが嫌い」

 言いながら上岡くんがぽん、とぽっちゃりの相槌がわりに手を叩いた。身長が高いからか、マイクがあまり音を拾わない。

「別に我々も接客のバイトをしているわけで、レジのお金つまりを取り除く仕事をしているわけではないですからね、他のお客さんを待たせると焦りますわな」

「でもだいぶ便利な世の中になりましたよ。ファミレスでも配膳ロボットが運んでくれるんですから」

「人件費が高騰しておりますからね。まああれはあれで可愛いですけど。でも、これから人間が接客しくれることなんてない世の中になるんでしょうね。我々の仕事もなくなるわけだ」

「ニャン」

「ああ、失職したくないからってロボットの真似しないでいいですよ」

「コンビニバイトもなくなるかもですよ」

 上岡がマイクの方に手を振り向け、ぽっちゃりの男に未来を指し示す。

「ああ、にゃん! それは困るにゃん! 俺の一番の収入先にゃん!」

「じゃあちょっとコンビニバイトが出来なくなった時の予習をしておきましょうか」

「どんな予習だよ。なくなっちゃった時の予習なんてする必要ないじゃん。俺コンビニにいないんだから」

「じゃあぼくコンビニバイトのロボットの役やるから、ふとめくん(ぽっちゃりの愛称)お客さんやって」

「おい俺がお客さんかい! さっそく奪われてるわ職」

「いいからいいから」

「はいはい。『ウィーン」」

 両手で空間をひらき、ふとめくんの目の前の自動ドアが開く。

 

「イラッシャイマセー」

 顎をしゃくれさせて、ロボットのふりをする上岡くん。

「おお、ここもロボット店員採用し始めたんだ」

 と溢すふとめくん。

「イラッシャイマセー」

 何事もないように、コンビニ店員である上岡を一瞥した後、店内の品物を物色し始めるふとめ。マイクからは離れ、上岡くんとふとめくんの空いた距離にはコンビニの空間が生まれていた。

「はぁ、最近はどこのお弁当も高いなー」

 商品に貼られた値段シールを見比べるふとめくん。

 その背後から人間の滑らかな関節の動きとは正反対の直角な動きをした上岡くんが現れる。

「万引きデスカー」

「うわっ! ちょっと驚かすなよ」

「万引きデスカー」

「いや、してねえって! まだ両手にこうやってしっかりと持ってるだろ!」

 片手で一個ずつの商品(おそらくカップラーメン)を持ったふとめくんが、ロボット店員に見せつける。

「ワタシの顔をミテ、オドロカナイなんてオカシイデスネー」

「いや、どんな顔してんだよ。わかんないわ。俺には上岡ベースの顔が見えてるわ」

「ワタシ、ロボット店員デスヨー」

 上岡は、手を幽霊のように、ネイルをした後の女性のように前に出して見せつけて、それから口裂け女みたいに、ロボットにしてはおどろおどろしい言い方でふとめくんに顔を近づける。

「あーじゃあペッ◯ーくんみたいな感じか。あの白くて、金属っぽくて、あんまり顔という顔がない感じの」

「イエ、口はちゃんとアリマス」

「まあ、店員さんだしな。お客さんに伝わる発声は大事ですよ」

「でも裂けてます」

「口裂け女じゃねえか」

「顔白い口裂け女の店員ふつうに怖いわ」

「イエベデス」

「人間⁉︎ だいぶ人間じゃない? ロボットにふつうイエベとか言わないよ? 言ってもシロべ金属ベとかだと思うよ?」

「接客ロボットデスカラ」

「まあそうですか、最新テクノロジーだと人工皮膚なんてものもありますからね、お客さんに親近感抱いてもらうのも重要ですよ。でも口裂けてるんだよね⁉︎」

「耐用年数デス。オ客様二接客シテイタラ裂ケテシマイマシタ」

「人工肌っていってもゴムみたいな感じなのかね。そういう傷も愛着あってむしろいいかもね」

「お客サンに可愛ガッテ貰ッテイマス。コノ前ナンテ、五歳ノ女ノ子に、口紅ツケテ貰イマシタ」

「あーいい光景だね。お昼時のコンビニが目に浮かびます。朗らかでいいね」

「泣イテマシタ」

「いや泣いてんじゃん! なに泣かしてんの⁉︎ やっぱ口裂け女なんだよ、その唇!」

「ワタシッテ、キレイデスカ?」

「おいここ夜勤のバイトだよね! ガチ怪談の時間にやらないでくれよ! そんな店員いたら店に入っていけんわ!」 

「ジャアヤリ直シテクダサイ」

「ええー? やりなおすのー?(上岡にしっしっとされる)わかったわかった。出ていくよ」

 

 ウィーンとやって出ていくふとめ。またマイクを挟んで、上岡とふとめの間に距離が空く。

 

「『ウィーン」。はあ、今日もまた疲れたなぁ〜」

「イラッシャイマセー」

「うわ、なんだこの化け物! なにこれ! え! イエベの口裂け女の接客ロボット⁉︎」

 うわ、と驚いて飛び退くふとめ。

「◯◯チキンガタダイマ30パーセントオフデース」

「めっちゃ接客してる。大丈夫そうか」

 ひとまずの安心を覚えて、商品を物色するふとめ。

「はあ、最近はどこのお弁当も高いなー」

「万引きデスカー」 

「またかよ! 違うって! どんだけ防犯意識高いんだよこいつ」

「タダイマ店内防犯カメラ、アナタを集中撮影デス」

「たかが店員がお店の防犯システムジャックすんなって」

「ミテマスヨー」

 ロボットがふとめの顔を、その瞳の虹彩を覗くかのように、食い入るように顔を近づける。

「ワタシのシステムは万全デス」

 と言いながら、ロボットは背中に手を回し、わらわらと歯車のように回転させている。

「なに、その手」

「歯車ノ刃デース。切リ殺シマース」

「そんな接客ロボットいねえって! どこのホラーゲームだよ」

「……ワタシ、昔ハ工場デ働イテタンデス」

 少し悲しみを湛えて背を向けるロボット。心寂しい雰囲気を纏っている。

「おいなんか話変わったな」

「一生懸命働キマシタ。ロボットデスケド」

「その前置きはいらないんだよ」

「頑張ッテ、イッパイ木ヲ裁断シマシタ。オ肉モ切リマシタ。デモドノ時間働イテモ給料変ワラナインデス」

「そもそもロボットに時給って概念ないからな」

「家族ヲ養ワナイトイケナインデス」

「なんかしんみりしてきたな」

「夜勤ハ深夜手当ツクノデココニシマシタ」

「人間みたいなこと言ってるよ」

「ワタシ、人間ニ見エマスカ」

 ロボットが自分の顔を指して、ふとめに訊く。

「いや、ええ?! 人間に、見えなくもないかな……」

「ジャア、入店カラヤリ直シテクダサイ。ワタシヲ人間のヨウニ扱ッテ」

「いや、よくよく考えたらイエベの赤いリップ塗った口裂けロボットで、背中には刃物がジャキジャキしてんでしょ」

 うんうん、と頷くロボット。   

「これじゃロボットのような人間か人間のようなロボットかよくわかんねえな」

「ワタシ、オ釣リ数エルノ苦手デス。ホラ、人間ポイ」

「おいなんでそこ出来ないんだよ。だったら俺が夜勤やるわ。もうええわ。ありがとうございましたー」


 深々と頭を下げる二人。漫才が終わり、舞台袖にはけていく。だが、ロボットの動きは緩慢としており、直角にしか動けない彼は降壇が遅い。 

 


「おい、そろそろロボットから戻れって」

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機械化されたコンビニ店員と漫才の観客に向ける情報喚起性の減衰、という漫才 無為憂 @Pman

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