【短編】人間界VS魔界VS俺んち

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無自覚の怪物

 『あの森には近づくな』


 勇者と魔王は、日頃から強く忠告していた。

 

 片や、英雄と呼ばれし人間界の勇者。

 片や、恐怖の象徴とされる魔界の魔王だ。


 両界のトップである二人が言うならば、人族も魔族も近づかない。


 そんな”森”とは、人間界と魔界の間に小さく存在する。

 様々な憶測は絶えないが、一つだけ確かな噂があった。


 その森には、一人の少年とその仲間達が住んでいるという──。





「ふわ〜あ、今日も平和だなあ」


 とある森の中。

 軽装をした少年は、ハンモックの上であくびをする。

 

 少年の名は──ラグナス。

 この森の住人だ。

 ただし、少し特殊な経歴を持つ。


「転生先がこんなにのどかなんてなあ」


 ラグナスは、異世界から転生したきたようだ。

 前世は“ニホン”という国で暮らしていた。


 しかし、とても幸せとは言えなかった。

 父はおらず、引き取られた先の母は蒸発。

 とことん環境に恵まれず、最後は孤独に死んでしまった。


 この世界で目が覚めた時は、それはもう荒んでいたものだ。


「まあ、のんびり出来ていっかあ」

 

 はじめは、戸惑うこともあっただろう。


 定番の異世界転生かと思えばそんなこともなく。

 女神がいなければ、チートを授かることもなかった。

 おまけに周りは一面の森。


 だが、今ではすっかり慣れ親しんだ。

 友好的な仲間達もでき、“俺んち”となったこの森で毎日を過ごせるからだ。


「ん」


 そんな時、家の近くから気配を感じる。

 相手も必死に気配を消しているが、ラグナスの前では通じない。

 ラグナスはほっと地面に着くと、その者にあいさつをした。


「あ、こんにちはー」

「……! こ、これはラグナス殿……!」


 相手は、フードを深く被った背の高い者。

 ラグナスがすでに気づいていたことに若干身を引くが、すぐに姿勢を直す。

 彼も魔界では権威ある人物である。


(また来てしまった)


 この男は“魔王”だ。

 殺気も魔力も抑えているが、フードの中には怖い顔を隠している。


 だが、やって来たのは彼だけではない。


「ラグナス君。ご無沙汰してます!」

「あー、レミアさん!」


 反対から歩いてきたのは、綺麗な女性のレミアだ。


 サラサラの金髪に、磨かれた防具と剣。

 最低限の手荷物を携えた姿は、誰もが振り返る美しさだ。


 ただし、彼女も普通の人間ではない。

 装備の下に見え隠れする鍛え上げられた肉体は、戦士そのもの。

 彼女は人間界では英雄と呼ばれし“勇者”だ。


((こ、こいつ……!))


 すると、勇者と魔王の視線が交差する。

 言葉にせずとも、お互いに確信し合った。


(勇者だ……!)

(魔王だ……!)


 バチっと、二人の間にただならぬ雰囲気がただよう。

 お互いに争い合っている領地のトップなのだ。

 顔を合わせて穏便なはずがない。


 ただ、その間にいるラグナスは理解していなかった。


「二人とも……?」

「「!」」


 転生してこのかた、森を出たことないラグナスは知らない。

 二人の正体どころか、魔界や人間界のこと、果ては両族が争っていることなど。

 ラグナスにとっては、“よく遊びに来る変わった人達”程度の理解だ。


 しかし、二人はお互いに手を出さない。

 この森には、唯一絶対のルールが存在するのだ。


「まさか、喧嘩じゃないよね?」

「「……!」」


 それは──『喧嘩禁止』。


「いやいや、やだなあラグナス殿!」

「そ、そうですよ! ちょっと知り合いかなあって思っただけで!」


 さすがは歴戦の猛者、魔王と勇者だ。

 咄嗟の判断で会話を合わせることに成功する。

 その言葉に、ラグナスはうんっとうなずく。


「だよねー、よかった!」

「「……っ」」


 ぱあっと晴らしたラグナスの顔に、勇者と魔王は胸をなでおろす。

 仲の悪い二人だが、彼らの間にも暗黙の了解がある。

 “決してラグナスを怒らせてはいけない”と。


 すると、話題を変えるように魔王が口を開いた。


「そういえばラグナス殿、あれ・・をもらってもよいだろうか」

「あ、うんいいよー!」


 二つ返事でうなずくと、ラグナスはタッタッと庭へ行く。

 それから数秒で帰ってくると、とある果物を持ってきた。

 ラグナスの前世で言う、りんごの一部のようなものだ。


「はいどうぞ」

「ありがとうございます! ぐ、おお、おおおおお!」


 そのりんごを口にした途端、魔王は声を上げた。

 同時に、魔王の筋肉がムキムキっと活性化する。

 ラグナスが持ってきたりんごの効能だ。


 がぶりと食べ尽くすと、魔王は感動した目で自身の筋肉を見つめる。


「あ、相変わらずすごい……!」

「そう? 俺は毎日食べてるけど、そんな感じはしないけどなあ」

「ま、毎日……」


 魔王はぞくっと背筋を凍らせる。


(一体どれほどの力を……)


 すると、もう片方からも声が上がる。

 勇者レミアだ。


「ラグナス君、私はあの水をもらっても良いだろうか」

「もちろん!」

 

 またもうんっとうなずいたラグナスは、家まで水を汲みにいく。

 コップいっぱいに入った水をもらうと、レミアはごくっと飲み干した。

 同じくして、レミアは胸を強く抑える。


「ま、魔力がふくれ上がる……!」

「ほんと? 俺は湯浴みに使ってるけど、そんな変化ないよ?」

「ゆ、湯浴みに……」


 そして、またも度肝を抜かれた。

 今もらった物を考えれば、そうなるのも無理はない。


 魔王が授かったのは、禁断の果実。

 勇者が授かったのは、世界樹の神水。

 どちらも、伝説上の代物なのだ。


((やはり、この場所は……!))


 この森の名は──『神々の楽園』。

 古来より神が住むと言われた、神域である。


 植物や環境。

 この森で得られるは全て、魔界や人間界にあるものとは一線を画す。

 その全てに、生命エネルギーを促進させる養分が宿っているという。


 しかし、ラグナスはそれを知らない。


「もーどっちも大げさなんだから」

「「……っ」」


 すでに成長し切っているのか、ただの鈍感か、その両方か。

 とにもかくにも、魔王と勇者にとっては都合が良い。

 何度めかは分からないが、魔王はバカな振りをして尋ねてみる。


「それで、この果物を持ち帰るなんてことは……」


 それには勇者も目を見開く。


(よくぞ聞いた、魔王!)


 勇者も人間界に持ち帰りたいと思っているのだ。

 ただし、それは叶わない。


「うーん、ごめんね。なんだかこの森から出たら効力を失うみたいで」

「そ、そうでしたな!」


 『神々の楽園』で育った物は、この森でのみ生息できる。

 加えて、ラグナスには他の事情もあった。


「あと、みんな・・・の分も考えるとね」

「「……っ!」」


 その瞬間、勇者と魔王ははっと息を呑む。


 後方から感じ取ったのだ。

 自分たちとは比べものにならない、巨大な気配を。

 ぷるぷると震えながら視線を移すと、そこには大いなる存在たちがいる。


「「はぅあっ!」」


 りんたたずむ白き虎。

 あかく燃え上がるすずめ

 黄金に身を包む竜など。

 

 およそ現実とは思えないような存在が、勇者と魔王を覗いていた。

 そんな彼らを見ながら、ラグナスは飄々ひょうひょうとたずねる。


「みんなに反対されそうだけど──」

「「な、なんでもありません!」」

「そう?」


 勇者と魔王は、すぐさま手の平を返す。


 大いなる存在は、ラグナスの仲間達。

 みんなで食べ物を分け与えているため、多くはあげられないのだ。

 ならば、勇者と魔王がそれらを望むことはない。


 それでも、勇者も人間界のために必死だ。

 

「そ、そういえばラグナス君!」

「ん?」

「今度、人間界うちに来てくださるという話を進めていたと思うんですが……」

「あー」


 分かりやすい勧誘だ。

 だが、それには魔王が声を上げる。


「なんだと貴様! 抜け駆けか!」

「抜け駆けなどではない! ただの友好の証だ!」

「ぬかせ、ずるがしこい人間のことだ! どうせそのまま人間側そちらに引き入れるつもりだろう!」


 カッとなった魔王は、フードを脱ぎ捨てる。

 勇者のやり方に我慢ならなかったのだろう。


「そうはいかんぞ!」

「だから違うと言っている! 脳まで筋肉になったか、魔族!」

「「ぐぬぬぬぬぬ……」」


 勇者と魔王は永遠のライバル的な関係。

 やはり最後まで穏便にとはいかない。

 ならばと、魔王から仕掛けた。


「今日という今日こそは! ──【悪魔弾デビル・ボール】!」


 頭に血が昇った魔王。

 その腕に灯すのは、邪悪な力を存分に込めたドス黒いかたまりだ。

 一度放てば、周囲数キロを簡単に消し去る。


「そちらがその気なら! ──【破邪の光】!」


 対して、勇者は抜いた剣に輝かしい光を灯す。

 全てを浄化する調和の光だ。

 【悪魔弾デビル・ボール】に勝るとも劣らない。


「「うおおおおおおおお!」」


 冷静さを失った二人は、自身の持つ最大の力を放とうとする。

 今世代の勇者と魔王において、二人が直接ぶつかり合ったことはない。

 もしその時が来れば、尋常じゃない被害が出ると予想されていたからだ。


 だが──


「ねえ」

「「……ッ!?」」


 パンっと一つの拍手と共に、二人の技は消滅した。


((はっ……!))


 己を取り戻した勇者と魔王は、さーっと冷や汗を流す。

 そのままゆっくりと視線を横に向けた。

 そこには、二人をじっとラグナスの姿が。


「喧嘩はダメって、言ったよね?」

「「……っ!」」


 その瞬間、ラグナスからとてつもない魔力が周囲に放たれた。


 歴戦の猛者である勇者と魔王は直感する。

 その魔力総量は、自分たちなど足元にも及ばないと。

 もしかすると、大いなる存在よりもさらに上位の存在かもしれないと。


(やはりラグナス殿が……!)

(やっぱりラグナス君が……!)


 その威圧感が、ラグナスが『神々の楽園』の“ボス”だと教えてくれる。

 もはや抵抗する気も起きない。

 ならばと、魔王と勇者はお互いに視線を交わした。


(勇者よ!)

(魔王よ!)


 意外と似た者同士かもしれない二人。

 その考えは瞬時に一致した。

 

「「すみませんでしたあ!!」」


 矛を収め、決死の土下座。

 魔界・人間界でトップの者とは思えない両者の姿である。

 不幸中の幸いは、それぞれ部下を連れていないことだ。


 すると、ふっとラグナスの魔力が収まる。


「分かってくれたら良いんだよ」

「「……!」」

「俺も喧嘩は好きじゃないから」

「「は、はい……!」」


 魔王と勇者、二人の体の力がどっと抜ける。


((よかったあ……))


 完全に死を察知した。

 今までのどんな戦いよりも絶望感を抱いた瞬間だった。

 すると、膝が笑っている魔王は、ふとたずねる。


「よ、よく許してくださいましたね……」

「バカ、お前そんなこと聞かなくても──」


 隣で勇者が小声で突っ込む中、ラグナスは首を傾げながら答えた。


「だって、二人ともそんなに本気じゃないでしょ?」

「「へ?」」

あの程度・・・・だったら、別に大したことないよ」

「「……」」


 対して、ほっと一息つきながらも、二人はどこか落ち込んでいた。


((一応、必殺技なんだけどなー))


 自分たちもまだまだだ。

 そう思うと同時に、改めてラグナスの恐ろしさを知る。

 おそらく、自分たちでは傷一つ付けられないと感じたのだった。


((まあ、収まったからいっかー))


 また一つ、ラグナスは人知れず世界を救った──のかもしれない。

 そんな中で、ラグナスはさっきの話に興味津々だ。


「それより、招待してくれるって本当?」

「……! はい、それはもちろん!!」


 ラグナスが話を戻すと、勇者はこれでもかと首を縦に振った。

 今の一件を加味し、再認識したのだ。

 “ラグナスを獲得した側が世界をる”と。


 ならば当然、魔王も黙っていない。


「待ってくだされ、ラグナス殿!」

「ん?」

「こちらに来て下さった暁には、何でも差し上げます!」

「何でも?」

「はい、何でもでございます!」


 魔王は手を広げて、目一杯にアピールした。


「専属シェフによる最高級のご飯、最高級のお住まい、たくさんのお金も差し上げましょう!」

「おー、それは魅力的だなあ」

「そうでしょう、そうでしょう!」

「でも、ここの生活が気に入ってるからなあ」

「なっ……!」


 ラグナスは贅沢ぜいたくはそこまでお望みではないようだ。

 対して、勇者はニヤっと笑みを浮かべた。


(甘いわね! これだから魔族ってのは!)

  

 すると、身に付けた装備を一枚脱いだ。


「ラグナス君。人間界こっちに来てくれたらサービスするよ」

「サービス?」

「ええ、それはもう色々と♡」


 勇者はちらりと胸元を覗かせ、意識させるように手を当てた。

 数多の求婚から、自身の需要はそれなりに理解している。

 真っ赤に染まっていく顔を今すぐ抑えたいが、野望のためなら我慢も出来た。


(これも人間界のため! これも人間界のため……!)


 これまで戦い一筋だった勇者は、お色気作戦などしたことがない。

 ゆえに極限に恥ずかしいが、ラグナスにアピールするためなら構わない。

 しかし、ラグナスには効かなかった。


「薄着だと風邪引くよ」

「え?」

「夜の森は寒くなるから。これを羽織ってて」

「…………アザス」


 ラグナスがくれた上着を、勇者は真顔で受け取る。

 効果は無かったが、普通に優しかった。


 そうして、ラグナスはよっと立ち上がる。


「付いて行くところ決ーめた」

「「……!!」」


 その瞬間、魔王と勇者もすぐさま姿勢を正した。

 この決断が世界の命運を握っていると言っても過言ではない。

 もちろん、ラグナスは全く自覚していないが。


「あ、仲間達みんなも連れて行っても良い?」

「「……っ。は、はい!」」


 みんなというのは、先程の大いなる存在たちだろう。

 連れ帰ればどんな事態になるか見当もつかないが、この際は了承以外の選択肢が無い。

 ラグナスを獲得できるかどうかは、両界の繁栄に直結する。


「じゃーあ、こっち!」


 ラグナスは一方を指差す。

 ただし、これはあくまで一時的なもの。

 二度目はもう片方の界へおもむくかもしれない。


「楽しみだなあ」

「「「ギャオオ!!」」」


 すると、ラグナスの仲間達も後方から声を上げる。

 それには勇者と魔王も顔をひきつるしかない。


「「……っ!!」」


 ラグナス御一行という、小さな森の勢力。

 少数ではあるが、人間界、魔界に匹敵する力を持つ。

 ラグナスの“俺んち”は、両界に影響を及ぼすのだ。


 こうして、『神々の楽園』より“無自覚の怪物”が動き始める。

 少年ラグナス達がもたらすは、災厄さいやくぎょうこうか。


 どちらにしろ、世界を大きく揺るがすことには変わりないだろう──。

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