【短編】人間界VS魔界VS俺んち
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無自覚の怪物
『あの森には近づくな』
勇者と魔王は、日頃から強く忠告していた。
片や、英雄と呼ばれし人間界の勇者。
片や、恐怖の象徴とされる魔界の魔王だ。
両界のトップである二人が言うならば、人族も魔族も近づかない。
そんな”森”とは、人間界と魔界の間に小さく存在する。
様々な憶測は絶えないが、一つだけ確かな噂があった。
その森には、一人の少年とその仲間達が住んでいるという──。
★
「ふわ〜あ、今日も平和だなあ」
とある森の中。
軽装をした少年は、ハンモックの上であくびをする。
少年の名は──ラグナス。
この森の住人だ。
ただし、少し特殊な経歴を持つ。
「転生先がこんなにのどかなんてなあ」
ラグナスは、異世界から転生したきたようだ。
前世は“ニホン”という国で暮らしていた。
しかし、とても幸せとは言えなかった。
父はおらず、引き取られた先の母は蒸発。
とことん環境に恵まれず、最後は孤独に死んでしまった。
この世界で目が覚めた時は、それはもう荒んでいたものだ。
「まあ、のんびり出来ていっかあ」
はじめは、戸惑うこともあっただろう。
定番の異世界転生かと思えばそんなこともなく。
女神がいなければ、チートを授かることもなかった。
おまけに周りは一面の森。
だが、今ではすっかり慣れ親しんだ。
友好的な仲間達もでき、“俺んち”となったこの森で毎日を過ごせるからだ。
「ん」
そんな時、家の近くから気配を感じる。
相手も必死に気配を消しているが、ラグナスの前では通じない。
ラグナスはほっと地面に着くと、その者にあいさつをした。
「あ、こんにちはー」
「……! こ、これはラグナス殿……!」
相手は、フードを深く被った背の高い者。
ラグナスがすでに気づいていたことに若干身を引くが、すぐに姿勢を直す。
彼も魔界では権威ある人物である。
(また来てしまった)
この男は“魔王”だ。
殺気も魔力も抑えているが、フードの中には怖い顔を隠している。
だが、やって来たのは彼だけではない。
「ラグナス君。ご無沙汰してます!」
「あー、レミアさん!」
反対から歩いてきたのは、綺麗な女性のレミアだ。
サラサラの金髪に、磨かれた防具と剣。
最低限の手荷物を携えた姿は、誰もが振り返る美しさだ。
ただし、彼女も普通の人間ではない。
装備の下に見え隠れする鍛え上げられた肉体は、戦士そのもの。
彼女は人間界では英雄と呼ばれし“勇者”だ。
((こ、こいつ……!))
すると、勇者と魔王の視線が交差する。
言葉にせずとも、お互いに確信し合った。
(勇者だ……!)
(魔王だ……!)
バチっと、二人の間にただならぬ雰囲気が
お互いに争い合っている領地のトップなのだ。
顔を合わせて穏便なはずがない。
ただ、その間にいるラグナスは理解していなかった。
「二人とも……?」
「「!」」
転生してこのかた、森を出たことないラグナスは知らない。
二人の正体どころか、魔界や人間界のこと、果ては両族が争っていることなど。
ラグナスにとっては、“よく遊びに来る変わった人達”程度の理解だ。
しかし、二人はお互いに手を出さない。
この森には、唯一絶対のルールが存在するのだ。
「まさか、喧嘩じゃないよね?」
「「……!」」
それは──『喧嘩禁止』。
「いやいや、やだなあラグナス殿!」
「そ、そうですよ! ちょっと知り合いかなあって思っただけで!」
さすがは歴戦の猛者、魔王と勇者だ。
咄嗟の判断で会話を合わせることに成功する。
その言葉に、ラグナスはうんっとうなずく。
「だよねー、よかった!」
「「……っ」」
ぱあっと晴らしたラグナスの顔に、勇者と魔王は胸をなでおろす。
仲の悪い二人だが、彼らの間にも暗黙の了解がある。
“決してラグナスを怒らせてはいけない”と。
すると、話題を変えるように魔王が口を開いた。
「そういえばラグナス殿、
「あ、うんいいよー!」
二つ返事でうなずくと、ラグナスはタッタッと庭へ行く。
それから数秒で帰ってくると、とある果物を持ってきた。
ラグナスの前世で言う、りんごの一部のようなものだ。
「はいどうぞ」
「ありがとうございます! ぐ、おお、おおおおお!」
そのりんごを口にした途端、魔王は声を上げた。
同時に、魔王の筋肉がムキムキっと活性化する。
ラグナスが持ってきたりんごの効能だ。
がぶりと食べ尽くすと、魔王は感動した目で自身の筋肉を見つめる。
「あ、相変わらずすごい……!」
「そう? 俺は毎日食べてるけど、そんな感じはしないけどなあ」
「ま、毎日……」
魔王はぞくっと背筋を凍らせる。
(一体どれほどの力を……)
すると、もう片方からも声が上がる。
勇者レミアだ。
「ラグナス君、私はあの水をもらっても良いだろうか」
「もちろん!」
またもうんっとうなずいたラグナスは、家まで水を汲みにいく。
コップいっぱいに入った水をもらうと、レミアはごくっと飲み干した。
同じくして、レミアは胸を強く抑える。
「ま、魔力が
「ほんと? 俺は湯浴みに使ってるけど、そんな変化ないよ?」
「ゆ、湯浴みに……」
そして、またも度肝を抜かれた。
今もらった物を考えれば、そうなるのも無理はない。
魔王が授かったのは、禁断の果実。
勇者が授かったのは、世界樹の神水。
どちらも、伝説上の代物なのだ。
((やはり、この場所は……!))
この森の名は──『神々の楽園』。
古来より神が住むと言われた、神域である。
植物や環境。
この森で得られるは全て、魔界や人間界にあるものとは一線を画す。
その全てに、生命エネルギーを促進させる養分が宿っているという。
しかし、ラグナスはそれを知らない。
「もーどっちも大げさなんだから」
「「……っ」」
すでに成長し切っているのか、ただの鈍感か、その両方か。
とにもかくにも、魔王と勇者にとっては都合が良い。
何度めかは分からないが、魔王はバカな振りをして尋ねてみる。
「それで、この果物を持ち帰るなんてことは……」
それには勇者も目を見開く。
(よくぞ聞いた、魔王!)
勇者も人間界に持ち帰りたいと思っているのだ。
ただし、それは叶わない。
「うーん、ごめんね。なんだかこの森から出たら効力を失うみたいで」
「そ、そうでしたな!」
『神々の楽園』で育った物は、この森でのみ生息できる。
加えて、ラグナスには他の事情もあった。
「あと、
「「……っ!」」
その瞬間、勇者と魔王ははっと息を呑む。
後方から感じ取ったのだ。
自分たちとは比べものにならない、巨大な気配を。
ぷるぷると震えながら視線を移すと、そこには大いなる存在たちがいる。
「「はぅあっ!」」
黄金に身を包む竜など。
およそ現実とは思えないような存在が、勇者と魔王を覗いていた。
そんな彼らを見ながら、ラグナスは
「みんなに反対されそうだけど──」
「「な、なんでもありません!」」
「そう?」
勇者と魔王は、すぐさま手の平を返す。
大いなる存在は、ラグナスの仲間達。
みんなで食べ物を分け与えているため、多くはあげられないのだ。
ならば、勇者と魔王がそれらを望むことはない。
それでも、勇者も人間界のために必死だ。
「そ、そういえばラグナス君!」
「ん?」
「今度、
「あー」
分かりやすい勧誘だ。
だが、それには魔王が声を上げる。
「なんだと貴様! 抜け駆けか!」
「抜け駆けなどではない! ただの友好の証だ!」
「ぬかせ、ずるがしこい人間のことだ! どうせそのまま
カッとなった魔王は、フードを脱ぎ捨てる。
勇者のやり方に我慢ならなかったのだろう。
「そうはいかんぞ!」
「だから違うと言っている! 脳まで筋肉になったか、魔族!」
「「ぐぬぬぬぬぬ……」」
勇者と魔王は永遠のライバル的な関係。
やはり最後まで穏便にとはいかない。
ならばと、魔王から仕掛けた。
「今日という今日こそは! ──【
頭に血が昇った魔王。
その腕に灯すのは、邪悪な力を存分に込めたドス黒い
一度放てば、周囲数キロを簡単に消し去る。
「そちらがその気なら! ──【破邪の光】!」
対して、勇者は抜いた剣に輝かしい光を灯す。
全てを浄化する調和の光だ。
【
「「うおおおおおおおお!」」
冷静さを失った二人は、自身の持つ最大の力を放とうとする。
今世代の勇者と魔王において、二人が直接ぶつかり合ったことはない。
もしその時が来れば、尋常じゃない被害が出ると予想されていたからだ。
だが──
「ねえ」
「「……ッ!?」」
パンっと一つの拍手と共に、二人の技は消滅した。
((はっ……!))
己を取り戻した勇者と魔王は、さーっと冷や汗を流す。
そのままゆっくりと視線を横に向けた。
そこには、二人をじっとラグナスの姿が。
「喧嘩はダメって、言ったよね?」
「「……っ!」」
その瞬間、ラグナスからとてつもない魔力が周囲に放たれた。
歴戦の猛者である勇者と魔王は直感する。
その魔力総量は、自分たちなど足元にも及ばないと。
もしかすると、大いなる存在よりもさらに上位の存在かもしれないと。
(やはりラグナス殿が……!)
(やっぱりラグナス君が……!)
その威圧感が、ラグナスが『神々の楽園』の“ボス”だと教えてくれる。
もはや抵抗する気も起きない。
ならばと、魔王と勇者はお互いに視線を交わした。
(勇者よ!)
(魔王よ!)
意外と似た者同士かもしれない二人。
その考えは瞬時に一致した。
「「すみませんでしたあ!!」」
矛を収め、決死の土下座。
魔界・人間界でトップの者とは思えない両者の姿である。
不幸中の幸いは、それぞれ部下を連れていないことだ。
すると、ふっとラグナスの魔力が収まる。
「分かってくれたら良いんだよ」
「「……!」」
「俺も喧嘩は好きじゃないから」
「「は、はい……!」」
魔王と勇者、二人の体の力がどっと抜ける。
((よかったあ……))
完全に死を察知した。
今までのどんな戦いよりも絶望感を抱いた瞬間だった。
すると、膝が笑っている魔王は、ふとたずねる。
「よ、よく許してくださいましたね……」
「バカ、お前そんなこと聞かなくても──」
隣で勇者が小声で突っ込む中、ラグナスは首を傾げながら答えた。
「だって、二人ともそんなに本気じゃないでしょ?」
「「へ?」」
「
「「……」」
対して、ほっと一息つきながらも、二人はどこか落ち込んでいた。
((一応、必殺技なんだけどなー))
自分たちもまだまだだ。
そう思うと同時に、改めてラグナスの恐ろしさを知る。
おそらく、自分たちでは傷一つ付けられないと感じたのだった。
((まあ、収まったからいっかー))
また一つ、ラグナスは人知れず世界を救った──のかもしれない。
そんな中で、ラグナスはさっきの話に興味津々だ。
「それより、招待してくれるって本当?」
「……! はい、それはもちろん!!」
ラグナスが話を戻すと、勇者はこれでもかと首を縦に振った。
今の一件を加味し、再認識したのだ。
“ラグナスを獲得した側が世界を
ならば当然、魔王も黙っていない。
「待ってくだされ、ラグナス殿!」
「ん?」
「こちらに来て下さった暁には、何でも差し上げます!」
「何でも?」
「はい、何でもでございます!」
魔王は手を広げて、目一杯にアピールした。
「専属シェフによる最高級のご飯、最高級のお住まい、たくさんのお金も差し上げましょう!」
「おー、それは魅力的だなあ」
「そうでしょう、そうでしょう!」
「でも、ここの生活が気に入ってるからなあ」
「なっ……!」
ラグナスは
対して、勇者はニヤっと笑みを浮かべた。
(甘いわね! これだから魔族ってのは!)
すると、身に付けた装備を一枚脱いだ。
「ラグナス君。
「サービス?」
「ええ、それはもう色々と♡」
勇者はちらりと胸元を覗かせ、意識させるように手を当てた。
数多の求婚から、自身の需要はそれなりに理解している。
真っ赤に染まっていく顔を今すぐ抑えたいが、野望のためなら我慢も出来た。
(これも人間界のため! これも人間界のため……!)
これまで戦い一筋だった勇者は、お色気作戦などしたことがない。
ゆえに極限に恥ずかしいが、ラグナスにアピールするためなら構わない。
しかし、ラグナスには効かなかった。
「薄着だと風邪引くよ」
「え?」
「夜の森は寒くなるから。これを羽織ってて」
「…………アザス」
ラグナスがくれた上着を、勇者は真顔で受け取る。
効果は無かったが、普通に優しかった。
そうして、ラグナスはよっと立ち上がる。
「付いて行くところ決ーめた」
「「……!!」」
その瞬間、魔王と勇者もすぐさま姿勢を正した。
この決断が世界の命運を握っていると言っても過言ではない。
もちろん、ラグナスは全く自覚していないが。
「あ、
「「……っ。は、はい!」」
みんなというのは、先程の大いなる存在たちだろう。
連れ帰ればどんな事態になるか見当もつかないが、この際は了承以外の選択肢が無い。
ラグナスを獲得できるかどうかは、両界の繁栄に直結する。
「じゃーあ、こっち!」
ラグナスは一方を指差す。
ただし、これはあくまで一時的なもの。
二度目はもう片方の界へ
「楽しみだなあ」
「「「ギャオオ!!」」」
すると、ラグナスの仲間達も後方から声を上げる。
それには勇者と魔王も顔をひきつるしかない。
「「……っ!!」」
ラグナス御一行という、小さな森の勢力。
少数ではあるが、人間界、魔界に匹敵する力を持つ。
ラグナスの“俺んち”は、両界に影響を及ぼすのだ。
こうして、『神々の楽園』より“無自覚の怪物”が動き始める。
少年ラグナス達がもたらすは、
どちらにしろ、世界を大きく揺るがすことには変わりないだろう──。
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