いとしのリヒテンシュタインさま 7 10 / 羽 / 命令

ミコト楚良

任命式

 試験官たちは、意外な結果に驚いている。

 たいてい、見習い侍従期間中に人間関係の軋轢あつれきや、修行内容について行けず、侍従試験を脱落する者が、いく人か出る。不適格と、こちらがみなすこともある。それが今期の見習い侍従は、10名全員が今のところ在籍している。

「絶妙に連携れんけいが取れているといいますか」

 いちばん若い試験官、アルフレート・ギーレンが説明した。


 貴族の子弟であるカラン・ペルンシュタインが、儀礼や言語の講習を。

 傭兵ようへいの家の出であるマルティン・ルラントが武術の鍛錬を。

 フォルト・ウィトレア・エストが、精神安定の役をしている結果だと。

 落伍者が出そうになると、この3人の誰かがテコ入れするのを、ギーレンは何度も見てきた。

「このまま行けば、全員合格ですか。快挙ですね」

 壮年の試験官に言われて、ギーレンの表情がくもった。

(フォルト・ウィトレア・エストは合格にするわけにいかない)


 彼は、彼女だから。



 任命式が近いある日、ギーレンは大学舎の教官寮に、フォルトゥナを呼んだ。試験官たちは基本、大学舎の職員である。

 教官寮も見習い侍従寮も、城郭の外れにある。かなり老朽化した建物だ。フォルトゥナが教官寮の玄関に来たとき、頭の上で羽ばたきが聞こえた。見上げると、一羽の白い羽の大鳥が、ばさっばさっと教官寮の屋根に降りたところだった。

「早速、『守衛しゅえいさん』にチェックされとるなぁ」

 玄関にいた本当の守衛は、フォルトゥナといっしょに屋根を見上げた。

「雪のシュバシコウですよね」

 フォルトゥナは確認した。

「お、君、詳しいね。冬でもない時期にめずらしいだろ。あいつは、冬が終わっても北へ帰らないんだよ」

 フォルトゥナは、もっと雪のシュバシコウを見ていたかったが、ギーレンを待たせている。守衛にギーレン教官に呼ばれていることを話すと、窓もない小さな接見室のような場所に通された。すでにギーレンは、そこで待っていた。

 守衛が部屋の扉を閉めようとしたがギーレンは、それを制した。応接台の真向いにフォルトゥナを座らせて、「フォルト・ウィトレア・エスト。君は侍従任命を辞退しろ」と宣告した。


「なぜでしょう?」

 フォルトゥナは、自分の前にタイミングよく現れる黒髪の竪琴弾きが、実は侍従試験の試験官であったことを、今は知っている。

「だって、おまえ……」


(――女だろう)

 このことは、試験官のおさには伝えていない。あと、フォルトゥナが魔眼の持ち主だということも言っていない。それから、この人物には、いろいろ秘密がありそうだとも言っていない。それらを明らかにしていないことで、ギーレンも、カランとマルティンと同じ穴のムジナとなっていた。


「えーと。男子に限るって侍従募集要項、無視してたことですか。いつの間にか、お兄ちゃんの名前で呼ばれてて、あれ~とは思ったけど、そのままにしていたことですか」

「図太すぎるんだよ」

 ギーレンは嘆息した。いくら胸ぺったんだからって、半年以上、女子を男子に混ぜて暮らさせていたなんて、紛糾ふんきゅうものだ。

「お母さんのおなかの中に大事なものは忘れてきましたってことに」

「ならねえよ」

 思わず、ギーレンはガラが悪くなった。

「なんでまた、女なのに侍従試験を受けようなんて思った」

「お兄ちゃんの夢だったんです」

「兄さんがいたのか」

「お兄ちゃんとわたしは、かつてリヒテンシュタイン公子に命を助けていただきました。そのときからお兄ちゃんは、公子のために働きたがっていました。でも、右脚が動かなくって、侍従試験を受けるのは無理で――。だから、わたしが試験を受けて、公子の侍従になって兄の分も公子にお仕えしたかったのです。お礼を直に言いたかった」


「じゃ、言えばいい。侍従の任命式は公子が任命の儀式を執り行う」

 ギーレンは、みなにとっての、よい落としどころを探した。

「任命辞退し、フォルト・ウィトレア・エストは一身上の都合で故郷こきょうへ帰れ」

 それが、いちばん穏便な方法だ。



 カランとマルティンは、フォルトゥナが試験官執務室から戻って来るのを、やきもきして待っていた。

「ギーレン教官の言う通り、侍従任命を辞退します」

 フォルトゥナは素直だった。これ以上、自分が強情を通すと、フォルトゥナをかばっていたカランとマルティンに迷惑が及ぶ。

「そんな。残念だ」「……」

 カランは沈み込み、マルティンにいたっては一言も発せないほどショックを受けた。

「だけど! リヒテンシュタイン公子に直にお礼を言いたかった夢は叶うから!」

 フォルトゥナはラベンダー色の瞳を輝かせた。



 任命式当日。

 10人の見習い侍従は新しいシャツとズボンを支給された。フォルトゥナもだ。しかし、公子から侍従の任命の証、青いマントを肩にかけてもらうのは、9名のみと通達されていた。

 一身上の都合で故郷に帰るフォルト・ウィトレア・エストは、いちばん最後で、王子からねぎらいの言葉を受けるのみ許された。


 見習い侍従の仲間に、青色のマントが授与されるのをフォルトゥナは少し感傷的に見ていた。見ていたといっても、左ひざを立てて床にひざまずき、こうべをたれているから、気配しかわからないのだが。

「フォルト・ウィトレア・エスト。おもてをあげよ。御苦労だった」

 りんとした声に、フォルトゥナは恐れげなく目の前にいる公子を見た。

 銀の髪、銀の瞳。リヒテンシュタイン公子だ。

「ガレムス村のフォルト・ウィトレア・エストと申しますっ。公子に助けていただいたこと、ずっとお礼を言いたいと、わたしと兄は思っていましたっ。ありがとうございましたっ。メルドルフ公国に幸あれっ」


 任命式の後、すぐにフォルトゥナは城をあとにした。見習い侍従のみなに見送られるような別れは、ごめんだった。

 ところが、長い足通りのかささぎ亭の前に来たとき、すいと彼女の前をさえぎった者がいる。黒髪の竪琴弾きのアルだった。

 アルフレート・ギーレン試験官でもある。

「ガレムス村に帰るんじゃないのか」


「その前に、かささぎ亭の今日のおすすめが食べたくて。不合格じゃなくて任命辞退だと、お給金が出るんですね。びっくりです」

「試用期間といえど、働き分はだな」

 ギーレンは、自分が試験官のおさに掛け合ったことは言わなかった。

 それにしてもフォルトゥナの元気のなさが、ギーレンは気になった。さすがに、今回の任命辞退は、いくら図太い彼女でもこたえたのだろう。

「公子に直にお礼を言えてよかったな」


「うーん、それがですねぇ」

 フォルトゥナは自信なげにこぼした。

「リヒテンシュタイン公子が思ってた人とちがっていて」


「長いこと、会いたいって夢見過ぎてて、偶像化しちまったってやつか?」

 ギーレンは苦笑いした。


「どう言ったらいいんでしょう。わたしとお兄ちゃんが会ったのは、ちがうリヒテンシュタイン公子だったのかもしれません」

「え」

「公子はのことに、一言も触れませんでした」

「お前、雪のシュバシコウののことなんて公子に言ってたか」

「いいえ」

「なら、別に」

「あの卵が公子の許でかえっていたら、きっと公子を親だと思ったはずです。そして、そのひなは成鳥になっても北の国には帰らないのではないかと思ったのです。教官寮の雪のシュバシコウのように」

「卵がかえった保証はないだろ」

 ギーレンは、いらいらしてきた。

「そうですね。でも、あの時点で親の雪のシュバシコウが公子について行きましたから。わたしは卵は生きていて、かえったと思います。だから、あのリヒテンシュタイン公子は、わたしとお兄ちゃんが会ったリヒテンシュタイン公子じゃないんじゃないかなって」

「どうしてそこまで飛躍するんだよ」

「どうしてでしょう。――おなかが空くと頭が回らないです。ギーレン教官。今日はわたしがおごりますから。かささぎ亭のおすすめ、いっしょに食べてもらえませんか」

 フォルトゥナはギーレンの腕を、ぐいとつかんで、かささぎ亭の扉を開けた。






     〈つづく?〉





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