全世界に向けて発信されたある男の夕食の話。

こーの新

全世界に向けて発信されたある男の夕食の話。


 午後五時。玉ねぎとじゃがいもがドアップにされて映った画像が貼られたサムネイルが投稿されると、待っていたらしい何人かが一気に視聴を始める。


 私もその一人だ。彼の料理とトークは今年ひとり暮らしを始めた私の心の癒しになっている。


「はい、どーも。そんじょそこらの大学生タローです。今日はですね、実家から大量に新玉ねぎと新じゃがいもが届いたので、それを使った手抜きご飯を作る様子をお見せしようかと思います」


 男、タローはキッチンに転がした十個ほどの小ぶりな新じゃがいもと二つの新玉ねぎにカメラを向けた。若干のピンボケはご愛嬌だ。


「今日のメニューは新じゃがいものコロコロポテト、新玉ねぎのレンジ蒸し、新玉ねぎの梅ポンサラダ、あとはお味噌汁ですね。今日はじゃがいもをたくさん食べたいのでご飯は抜きます」


 画面が切り替わり、タローの手元と首から腰までが映る。背景には白い壁とドアが二つ。磨りガラスの方はお風呂場だと前に話していた。


 料理中に顔を映さない理由も今度聞いてみたら答えてもらえるだろうか。


「まずはケトルでお味噌汁のお湯を沸かします。ヤカンとかお鍋で沸かす人は冷めちゃうと思うんでタイミングはズラした方が良いかもしれないですね」


 ケトルに少しホコリが付いていることに気がついたタローがパタパタとそれを払う指の動き。ピアノをやっている人特有の指使いだ。


「じゃあ次は新じゃがいもを洗って、どんぶりに入れます。で、この時点で食べたいサイズに切っても良いと思いますよ。俺は片手で七つ持てるくらいのサイズのものを送ってもらったのでそのままですけど、スーパーとかで買うと大きいですからね」


 タローは片手に乗せて見せたものをそのまま黒いどんぶりに入れた。


 今日は零さずに入れられましたね。凄いすごい。


「あ、耐熱容器なら何でもええですよ。うちには耐熱用のボールがないですからね。一番デカい器ってことでどんぶり使うだけなんで、これじゃなきゃダメってことはないです。で、これにふんわり余裕を持たせてラップしたらレンジに入れて、五百ワットで六分チンします。うちのレンジはキッチンに無いんで、いつも通りちょっと失礼します」


 タローが画面から消えると、ガシャンという音と同時に画面がぐらりと揺れて、ピッピッと機械音がする。


「あ」


 またピッピッと機械音がして、ブーンとレンジが稼働するとタローがカメラの前に戻ってきた。


もしかして、ね。


「ちょっとセットする時間間違えて一回やり直しましたね、はい」


 やっぱり。


「じゃあじゃがいもさんがフスフスしている間に、こちらの新玉ねぎさんの皮を剥いていきましょうか。新玉ねぎなので皮は厚いですけど、勿体ないのでなるべく残していきますよ」


 タローは新玉ねぎの頭と根を切り落とすと、皮に一線浅く切込みを入れて、そこから手早くも丁寧に指を差し込む。するりと茶色い皮が剥けて、真っさらな肌が覗いた。


「こうすればね、一枚ずつ剥かなくても綺麗に剥けますから。こっちも剥きましょか」


 二つ目も同じように剥いたタローは、二つを並べて置いた。


 これは真似したい。塊のまま剥けるならゴミになっても体積が減って有難い。


「一個はサラダとお味噌汁用にスライスしますね。スライサーでも良いですけど、やっぱりうちにはないので包丁で切っていきますね。まず半分にしてから、スライスしていきます」


 言葉の緩さとは対照的に、目にも止まらぬ速さで包丁が動いて玉ねぎがスライスされていく。人間業とは思えない。凄い、と一瞬思ったけれど、けれど何かおかしい。そもそもタローは包丁使いの危なっかしさに親近感が湧く人が多い配信者だったはず。


「はい、一個分完成。ただ切ってるだけなんで早送りしてみましたけど、皆さん俺の腕が上がったって勘違いしてくれましたかね? しませんよね」


 肩が竦められて、哀愁が漂うとともに終焉を告げるメロディがタローの口から歌われた。勘違いしそうにはなったから。だからそんなに落ち込まないで。


 私が念力を送っていると、タローはスライスした玉ねぎを三つに分ける。


「四分の一は耐熱容器に入れて、あ、これ、最後は味噌汁になりますからね。こっちの四分の一は、ラップでくるんでおいて明日の朝、お味噌汁にします。残った半分は、そうですね、俺はもうまな板使わないので、ここに広げておきますね。他のお味噌汁の具を切る人は平皿とかに広げて乾かして辛味を飛ばしましょう。あ、俺は玉ねぎの辛味が苦手なんでそうしますけど、好きな人は盛り付けるお皿にドンで大丈夫ですから」


 タローがまた画面から消える。ガシャンと音がしてまた画面が揺れると、タローはどんぶりを両手に持って戻ってきた。


「本当にあっついので、レンジから取り出すときは十分に気を付けてくださいね。タオルとかミトンとか使うと安全だと思います。俺は服の裾使いましたけど。見てくださいよ、結構濡れました」


 黒いワイシャツの裾をカメラの前に差し出すが、黒シャツが多少濡れている程度のものが画面越しに分かるはずもない。けれど無邪気に笑う声が私にはツボだ。


「じゃあ、どんぶりの水気を切ったらここに塩コショウを好きなだけ振って、片栗粉をまあ、全部に薄く絡まる程度に入れます。数と大きさで変わりますからね」


 話しながらカメラの前から消えたタローは、次に戻ってくると片栗粉を手にしていた。スプーンを出して中身を掬うと、パラパラと振りかける。そして最後にドバッと塊を入れた。


 最初のパラパラにはなんの意味があったんだろう。


「このスプーンでコロコロ混ぜても良いですし、もし零さないようにできるのであればお皿を回しちゃってください。俺は遠心力と仲良くなれなくて吹き飛ばしたことがあるんで、もうやりません」


 飛ばしたんかい。まあ、それでこそタローだけど。


 しゃがんだタローはフライパンを手に立ち上がって、またしゃがむ。次に立ち上がったときには手にとったはずのフライパンがなくなっている。初級のアハ体験みたい。


「間違えた。トースターで良いんじゃん。あ、トースターない人はフライパンに油引いてくださいね」


 タローは、今度は話し終わってからレンジがある方に立ち去る。そして銀色のトレーを持って戻ってくると、そこにジャストサイズになるようにと慎重に切り取ったアルミホイルを敷いた。


「ここに味付けされたじゃがいもさんを並べてもらいまして、お好きな油をかけてください。俺はじゃがいもに塩コショウをしたんで、風味付けってことでごま油にでもしますかね」


 ゴロゴロと転がされたじゃがいもにタラリとごま油が垂らされると、タローはそれを持ってまたカメラの前から去った。ジジッと音がして戻ってきたタローは、キッチン台に手をつくとふうっと疲れが見える息を吐いた。


 大学生活も忙しいだろうに、お疲れ様です。


「えっと、トースターで八分から十分くらい焼きます。フライパンでやる方が美味しいですけど、俺はめんどくさいのでトースター使います。トースターはマジ神」


 私はタローと出会う前はトースターなんてパンとお餅しか焼かないのに、買うのは勿体ないと思っていた。でも最近ではタローのおかげで有効に活用できていて、コンロより使う頻度が高い。


「はい、次。丸ごと残っている玉ねぎさんの根っこの方に十字の切れ込みを一センチくらい入れて、耐熱容器に入れてください。そのまま食卓に出せるものがベストです。俺はじゃがいもをチンしたときに使ったこのどんぶりを軽く拭いて流用します。洗い物は少ない方が良いですから」


 タローは玉ねぎを丸ごとどんぶりに入れると、しゃがんで醤油のボトルを取り出した。ラベルにはサンタクロース柄のマスキングテープが貼りめぐらされているけれど、形からして例の空気が入らないボトルだ。


 油や片栗粉もそうだったけれど、タローはボトルの詰め替えはしない代わりなのかラベルにシールを貼る。マスキングテープのときもあれば、電車やウサギのファンシーなシール、スーパーの二割引シールのときもある。モザイクの加工を入れるのが苦手だからと言うけれど、そこまで気にしなくてもいいところまで貼ったり、他にも奇妙で怪奇的な手書きのシールを貼ったりするから笑える。


「醤油を二周。マヨネーズを一周かけますね。いや、マヨネーズ出してないやん」


 タローは冷蔵庫の方に消えるとマヨネーズの大きめのボトルを持ってきた。ひとり暮らしにしては大きいけれど、一週間に一回の更新を追っていくと二ヶ月に一回は新しくなっていることに気が付く。


「皆さんご存知ですか? タローはマヨネーズの消費量がヤバいんですよ」


 知ってる、知ってる。


「まあ、それは置いておいて。これもさっきじゃがいもをチンしたときと同じようにふんわりラップをかけて、ケトルが止まっていることを確認してからレンジで五百ワット、四分いきましょう」


 そういえば、レンジとトースターとケトルを同時に動かしてしまったせいでブレーカーが落ちてしまったことがあった。私もたまにやってしまうけれど、気を付けていないとうっかりやってしまいがちだ。


 またタローがカメラの外に移動して、ガチャンと画面を揺らしてからピッピッとレンジを操作する。ブーンと口で効果音を付けながら戻ってきたタローは、二、三回キョロキョロと周りを見回したかと思ったら冷蔵庫の方に消えていった。次に現れたときには濃い赤紫色の液体が入った瓶のオレンジ色の蓋を、力を込めてグイッと回し開けながら戻ってきた。


「サラダのドレッシング作っていきますよ。俺はせっかく漬け梅があるからこれを使いますけど、なければ市販の梅が潰されている形で売っているチューブがありますよね? あれで全然美味しくなりますから」


 タローはカメラの横から取り出した箸で瓶から大きめの梅を一つ取り出すとそれをお椀に入れた。タローは基本的には雑だけど、容器から取り出すときの箸は綺麗なものを使うことだけは徹底している。カビ対策としては重要なこと。


「包丁で叩いても良いですけど、俺はちぎります」


 やっぱり雑だ。梅を手でちぎったタローは、中から出てきた種を顔の方に持って行った。次に手がカメラに映る種は消えていて、カランッと音がした。


 食べたな。


「美味い。流石ばぁちゃん。さて、これをお好みのサイズまで細かくちぎったら、青じそ味のドレッシングを一対一くらいの割合で入れて混ぜてください。ポン酢とか白だしでも美味しくなりますよ。っと、レンジにめちゃくちゃ呼ばれているので一回様子を見てきます」


 タローが消えてすぐに戻ってくる。


 忘れ物だな。


 思った通りシリコン製の鍋敷きをキッチン前のラックから取ると、また消えた。


「どっちもいい感じにできました」


 画面を揺らしてから戻ってきたタローの手にはそれぞれコルク製の鍋敷きの上に載せられた銀色のトレーと黒いどんぶり。こんがりと焼き目が付いた新じゃがいもの丸ごとポテトと、見るからにトロトロしている新玉ねぎのレンジ蒸しができあがった。

またシリコン製の鍋敷きが消えているけれど。今日はどこに行ったって騒がなくて良いことを願おう。


「じゃあこれはこっちに置いておいて、お味噌汁作り忘れていました。ドレッシングの前にこっちでしたね。人参としめじをさっき玉ねぎを入れておいた耐熱容器に入れて、ふんわりとラップをして六百ワットで一分加熱します」


 タローは手順を間違えても撮り直したりしない。材料も時間もうっかりミス以外では無駄にしないのがタローのポリシーだ。編集も特に凝ることはないけれど、そこに親近感が湧いてくる。


「野菜に火が通ったら和出汁と味噌を入れて、お湯を入れて溶かします。お好みでワカメとかお麩とか入れても良いですね。僕は今日はとろろ昆布を入れます」


 タローはぴょんっと跳ねるフリをして、お盆の上に作り終わった料理を並べていく。


「今日はご飯がないから、ポテトをご飯のところに置きましょうか」


 手前は左にポテト、右にお味噌汁。奥にはスライスされた新玉ねぎと、その右に新玉ねぎのレンジ蒸しが置かれた。今日も安上がりに豪勢なラインナップだ。流石タロー。


「サラダ、というかスライス玉ねぎしかないですね。まあいいか。ここにさっき作った梅のドレッシングを掛けたら完成です。味は俺好みなはずなので、皆さんは少し薄めに作っても良いかもですが、調節しながらやってみてくださいね。では、お疲れ様でした。いただきます」


 最後にタローがカメラに向かって手を振って動画が終わる。私は手を振り返してからスマートフォンの画面を落として立ち上がった。


 私も夕飯の用意をしなければ。新玉ねぎではないけれど玉ねぎは買ってあるから、レンジ蒸しだけ試してみようかな。


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