SFのないこの星で
PCで苔を育てる人
SFのないこの星で
午前八時。目覚ましをセットしているわけでもないのに、毎日この時間に目が覚める。
キッチンに向かい、お湯を沸かす。
白く立ち上る湯気を横目に、インスタントコーヒーの粉をスプーンですくう。
こだわりのコーヒーというわけではない。安くてまずくないという理由だけで買い溜めているものだ。
コーヒーを片手に、パソコンの前に座る。
つけっぱなしの画面には、自作のシステムによって集められた画像の一覧が表示されていた。
「今日は二万枚か……」
ことのはじまりは今から五年前。二〇三三年に宇宙望遠鏡から送られてきた一つの信号だった。
各国が協力して打ち上げたその望遠鏡は、これまでのシリーズとは桁違いの大きさで、様々な革新的研究成果をもたらした。
それは、かつて強烈な太陽風によって全ての人工衛星を失った人類が、再び手に入れた科学の光。
毎日のように発表される新発見に、全人類の期待が高まる中、ついにその望遠鏡は、ここから遙か彼方に地球とよく似た惑星が存在することを知らせた。
人類の長い宇宙開発史の中で、そういった見出しが新聞の一面を飾ることは度々あったが、今回の発表がこれまでのそれと大きく異なっていたのは、そこに非常に繊細な写真がついていたことだった。そこには、地球とよく似た青と緑の惑星が映し出されており、拡大された画像には、地表を覆う草木や、その中を歩き回る巨大な生物が鮮明に記録されていた。
この広い宇宙の中で孤独な思いをしていた人類は沸き立った。やはりこの宇宙は生命に満ち溢れていた。我々は独りではなかったのだと。
その一大ニュースを知った人々の間では、すぐさま活発な議論がもたらされた。
一刻も早くそこへ向かうべきだという主張。
無人探査機を送り込むのが先だという見解。
存在するかもしれない知的生命体への畏怖。
今はまだ判断材料が少なすぎるという意見。
いや、そもそも、それ以前に――
――我々が彼らを観察することは倫理的に許されることなのかという懸念。
世間の熱狂的な盛り上がりとは対照的に、国際宇宙観測連盟の反応は静かだった。それがかえって世間の関心を後押ししたことは言うまでもないが、しかしその発見から数ヶ月後、この話題は思わぬ方向転換を見せる。
あれは、未知の惑星などではなかったのである。
それは、宇宙空間に浮かぶ巨大な鏡に例えられた。
我々が見ることのできる夜空の星々は、今現在の星の姿ではない。光の速度は有限だ。星から光が放たれて地球に到達するまでには時間がかかる。つまり、今地球から見えるのは、何年も、あるいは何百年も前の星の光なのである。煌々ときらめくその星は、もうとっくにその輝きを失っているかもしれない。
宇宙空間に巨大な鏡がある。鏡面が地球に向いた、それはそれは大きな鏡だ。
地球からその鏡を覗き込むと、当然地球が見える。しかしそれは、今現在の地球の姿ではない。地球から放たれた光がその鏡に到達し、Uターンして地球に戻ってくるまでには時間がかかるからだ。その時間が一時間であれば、我々は一時間前の地球を見ることになるし、百年であれば、百年前の地球を見ることができる。
〝望遠鏡が捉えたのは、巨大な鏡に映る古代の地球の姿だった〟というのが、連盟が発表した大衆向けの分かりやすい説明であり、私も含め、多くの人はそのように理解している。
「――厳密なことを言えば、あれは鏡ではありません。宇宙空間の非一様な物質分布の影響で光の経路が複雑に曲げられた結果なのです。一種の重力レンズだと言えるでしょう。しかし、まだまだ未解明な部分も多い。アインシュタイン方程式に対する様々なアプローチ、すなわち、近似、摂動展開、数値計算などによって、非常に多くの計量が提案されていますが、その測地線の方程式はどれも当該事象をうまく説明できていません。一部のモデルは、本来散逸してしまうはずの光が収束するような質量分布が安定して存在し得ることを示していますが――」
息子の趣味に付き合わされて天体に詳しくなった私だったが、いつだったか参加した講演会での専門家の説明はさっぱりだった。
つまりは重力が鏡の役割を果たしているということらしいが、しかしそれであれば、やはり〝宇宙に浮かぶ巨大な鏡に過去の地球が映っている〟という最初の理解と大差はなかった。
人類の当初の期待は裏切られた形となったが、依然として世紀の大発見には変わりない。そこにはかつて誰も見ることのできなかった太古の地球の姿が映し出されているのだ。
元々、情報をオープンにすることを掲げ、多額の税金を投じて開発された望遠鏡だったこともあり、そのデータは観測と同時に民官問わず全世界に共有され、古生物学はもちろん、地質学、進化生物学、気候学など様々な学術領域に絶大なインパクトを与えた。
皆が、望遠鏡に映る古のその地球を
とはいえ、望遠鏡で覗くことのできる〝過去〟には、いくつかの制限があった。第一に、見る時代を選ぶことはできない。研究の結果、古地球の年代は新生代第四紀と推定されていた。したがって、生きたマンモスやサーベルタイガーを観察することはできたが、トリケラトプスやティラノサウルスなどはすでに絶滅した後であった。また、見る場所も選ぶことはできなかった。それは、古地球の公転や自転の影響によって複雑に変化したのである。
一方、その後の技術革新によって、見ることのできる範囲は大幅に広がった。当初、鮮明な画像が得られるのは北半球の特定のエリアに限定されていたが、各種解析手法が確立したおかげで、太陽光に照らされてさえいれば、つまりは、その見ている地域が昼間であれば、天気にかかわらず、かなりの解像度で地表の様子を観測できるようになったのだ。
「パパは、古地球が雨の日でも地表を見ることのできるプログラムを開発しているんだよ」
そう伝えたときの息子のきらきらとしたまなざしが忘れられない。
以前は、事務処理ソフトを開発する会社で働いていた私だったが、息子と共通の話題になればと思い、近くの国立研究所の募集を見て転職を決めた。給与も良く、昔大学でやっていた画像解析の経験を活かせるというのも理由になった。
望遠鏡から送られてくる雨の日の観測データを解析し、雲の吸収スペクトルから逆算して可視光を再構成する。
言葉にすれば簡単だが、大学の専攻とは異なる領域の知識も必要となり、睡眠時間を削りながら勉強と開発を続けた。もう若くはない体にはつらい日々だったが、自分が手がけた映像がテレビで流れたときは、息子と一緒になって飛び上がって喜んだ。妻は息子が生まれてすぐに他界している。仕事から帰ると、どこか寂しそうに本を読んでいる息子が、このときばかりは大はしゃぎしているのが嬉しかった。
それからしばらくは、平日は仕事に没頭し、たまの休みには、息子と博物館や天体観測に出かけるという充実した日々が続いた。世間の古地球に対する興味も、日増しに積み重なる新発見と、そこから派生した様々な映像作品等によって、日に日に熱を帯びていくようだった。
しかし、古地球の発見から二年後。事態は再び急変した。
古地球上の時間が加速し出したのである。
これまでは、地球上での時間の進みと、古地球上での時間の進みは全く同じであった。しかし、ある日を境に、望遠鏡から送られてくる映像は、まるで早送りの動画のようになったのである。
一時的には、その変化は喜びをもって迎えられた。当初の想定よりも長いタイムスケールで、古地球を観測できるようになる可能性がでてきたためである。専門家らは、時間の進みがどんなに早くなっても、地球の三倍以上になることはないだろうとの見解を示し、早すぎて観測が不可能となるような事態も発生しないものと思われていた。ところが、その三ヶ月後には、古地球上での時間の進みは地球の約四倍となり、半年後には二十倍になった。
そもそもの鏡の原理が不明であったため、このような想定外の事態はむしろ想定内であったとも言えるが、困ったことに、これまでと同じように観測を続けることが難しくなった。まず、望遠鏡の時間的分解能の制約により、古地球の様子を滑らかな動画として見ることができなくなった。これに対応するため、すぐさま望遠鏡の拡張工事と、解析ソフトのアップデートが行われたが、これもその場しのぎと言わざるを得ない。一時的には再び動画として情報を取得できるようになったものの、将来的には紙芝居のような映像になることは避けられなかった。そしてそれよりも問題だったのは、このまま指数関数的な加速が続けば、数年後には古地球上の時間が現代に追いついてしまうということだった。
太古から現代までの地球を観測できるという点では、研究上のメリットは計り知れなかったが、それは一方で、これまで歴史の闇に葬られていた事実が明るみになる可能性があることを意味していた。
これを受けて連盟は、情報の公開を一部の研究機関に限定することを発表した。表向きの理由は、個人のプライバシー保護ということだったが、その背後には政治や宗教の問題があったことは誰の目にも明らかだった。
「こんなことになって本当に申し訳ないと思っている。しかし、我々の立場も分かってほしい」
データの一般公開が中止されて間もなく、私は研究所から解雇を言い渡された。連盟から観測データの提供を受けるためには、指定研究機関の認定を貰う必要がある。その条件の中には、そこで働く人間に対する厳しい制限も含まれていた。私は、経歴と保有している資格の観点から不適とされたのである。薄々気がついていたことだが、情報漏洩を防ぐため、我々が解析していたデータには元々相当数のダミーが含まれていたらしい。私のような一般人は、そもそも信用されていなかったのだ。息子と一緒に喜んだあのニュースの画像も、本当に私が解析したものだったのかどうか疑わしい。
もはや、研究所に未練などはなかった。何も悪いことばかりではない。幸い、向こうの都合による解雇だったということもあり、息子が大きくなるまで暮らすには十分な退職金を得ることができたのである。
ここ最近は仕事で忙しい日が続いていたが、しばらく家でのんびりするのもいいだろう。
私は、これまでの研究データを整理し、後任の研究者に引き継いだ。
学校から連絡があったのは、私が研究所を去った日の夕方のことであった。
「――息子さんが倒れました。急いで病院に来てください!」
病院にかけつけると、ベッドの上でたくさんの装置に繋がれた息子の姿があった。
妻と同じ病気だった。
先天的なものであり、そのリスクは出産時に医師から伝えられていた。しかし、風邪もほとんど引かずに元気に育つ息子を見て、どこか安心しきっていた。
――それから一ヶ月後、息子はこの世を去った。
その事実を受け入れる間もなく、色々なことが慌ただしく過ぎていった。
葬儀の準備や、学校の除籍手続き、市から貰っていた給付金の停止申請、保険や銀行口座の解約――。
そして、全てが終わったとき、私はこの広い家で一人になっていた。
それからの一年間は、ほとんど何をしていたか覚えていない。
打ち込める仕事も趣味もなく、酒や薬に溺れることもできず、ただベッドの上で寝て起きるだけの日々を過ごした。
「本日、ついに古地球の時間が地球時間に追いつき、古地球はその姿を消しました。史上、類を見ないほど多くの研究成果を残してくれた古地球。残されたデータを解析するだけでも、向こう百年の研究スケジュールが埋まるとの試算もあります。太陽風によって多くの科学技術を失った人類にとって、まさに希望の光と言えるでしょう」
古地球上の時間が追いついたからといって、別にその後で未来が見えたりするようなことはないらしい。あれはあくまで鏡に映った過去の地球であり、最終的には普通の鏡のように今の姿を映すだけになるか、あるいはそのまま消失してしまうだろうというのが、大方の専門家の意見であった。
私がこんな生活を続けて、もう二年が経っていた。
自分の中の時間はこれっぽっちも進んではいないのに、世間が気を使って立ち止まってくれるようなことはなかった。
皆が足を止めるには、私に起きた出来事はありきたりすぎただろうか。
古地球の観測に携わって、自分もこの世界に関われたような気がしていた。こんな自分でも、人類の発展に貢献できたと思い込んでいた。しかし、そんな大それた話は自分には関係のないことだった。自分が研究所を去った後も、問題なく研究は進んでいたし、初めから居なかったとしても他の人が代わりをしていただけだ。結局のところ、私はずっと蚊帳の外だったのだ。
自分だけが、まだあの日に取り残されていた。
「――ごめん、今ちょっとパパ忙しいんだ。良い子にして、早く寝るんだよ」
今にして思えば、転職してからは息子と二人で過ごす時間も短くなっていた。
私の選択は、本当に正しかったのだろうか。
息子のためなどという綺麗な言葉で飾り付けて、その実、自分のやりたい仕事をやっていただけではないのだろうか。そこに息子の思いを重ねた気になって、自分は立派な父親なのだと悦に浸っていたのではないだろうか。
私は息子の前でどんな顔をしていたのだろうか。ちゃんと笑えていただろうか。しっかり息子の目を見て話せていただろうか。
いや、それより、そんなことより――。
――息子は、一体どんな顔をしていただろうか。
何か、冷たいものが首筋から背中へと流れ落ちるような感覚がする。
一体これで何度目だ。
バランスを崩し、ドタドタと音を立てながら転がるように和室に向かう。手の震えを抑えながら、妻の写真の横に飾られた息子の写真をゆっくり持ち上げる。写真の中の息子は、緊張しきって固まった表情をしていた。無理もない。学年が上がったときに、担任の先生が撮ってくれた集合写真から切り出したものなのだ。
私は、そこに確かに息子が映っていることを確認して、へなへなと床に座り込んだ。
こんなことの繰り返しだ。
毎日少しずつ、息子の記憶がおぼろげになってくる。むしろそれだけが、私に時の経過を教えてくれる目障りな時計であった。
息子はどんな顔をしていただろうか。どんな声をしていただろうか。どんな笑い方をして、どんな風に泣いていただろうか。拗ねているときの態度は、怒っているときに出る言葉は、えくぼは、どのあたりにできていただろうか。
私は、元来そんなに写真を撮る方ではなかった。今ある息子の写真も、ほとんど妻が生きているときに撮っていたものだ。そのことを別段薄情だと思ったことはないが、こぼれ落ちていく思い出を繋ぎ止めるそれを、何も残しておかなかった事実に気がつく度、私の心臓は、掴まれたように苦しくなった。
「国際宇宙観測連盟のデータセンターから、大量の観測データが流出しました。宇宙保安機構は、データの非公開に反対する反政府組織の犯行との見解を示し――」
正直、時間の問題だったのだろう。
データの公開を約束して始まったプロジェクトだ。それを秘匿したことへの世間の反発は大きく、世界中でデモ活動が行われていた。ハッカー達もタイミングを見計らっていたに違いない。古地球が消失してから数日のうちに、ネットは観測データで溢れかえった。
見たことのない古生物が、やはり見たこともない古代の植物を頬張る。
誰もが知る遺跡が今まさに建築されていく。
数千年前の人々が、今と同じように集い笑い合う。
様々な縮尺に拡大され、AIによって三次元復元されたそれらの画像が、世界中で一大センセーションとなる流れはもはや避けられなかった。
そんな写真が荒れ狂う海の中。
いつしか私は、息子の写真を探していた。
初めは、ただ空虚な時間を潰すため、なんとなく小さな人影を探して眺めていただけだった。
しかし、日に日に閲覧する画像は増えていき、気がつけば、自作のシステムを組み上げていた。
何せ、世界中で注目されている写真達だ。当然、愉快犯による偽画像も大量に紛れ込んでいた。あるいは、真実を隠蔽したい何者かによる組織的な工作かもしれない。いずれにせよ、私は古地球の観測データのみが持つ特徴的なスペクトルパターンを知っていた。もちろん、簡単な特徴は他の発見者によってすぐさま情報が共有され、それをも模倣した偽画像も出てきたが、私だけが知っている判別方法があと十六種類は残っていた。
コツコツ作り上げたシステムは、毎日世界中のサーバーから画像をかき集め、特徴を解析し、古地球の観測データを拾い上げた。そして、データに付与されたメタデータから撮影エリアを特定し、小さい子供が映っている画像をAIが探し出す。見逃しの量を減らすには、閾値を下げて再現率を上げる他なかったが、その結果、ほとんど何が映っているか分からないボヤけた画像も大量に紛れ込んでしまうことは避けられなかった。
システムを作り始めた頃は、まだほとんど規制もなく、簡単に大量の画像が収集できていたが、最近は法改正によってそれも難しくなってきた。このときばかりは政府の対応も早く、よほど都合の悪い写真があったのだろうと思われたが、そんなものに私は一切興味がなかった。
いくつもの海外サーバーを経由し、集められるだけの画像を集めた。現行法では完全に違法である。そのうち捕まるであろうことは目に見えていた。しかし、何としても、それまでに息子の写真を見つけたかった。
ある晴れた、肌寒い日のこと。いつもと同じ時間に目を覚ますと、ちょうどインターホンが鳴った。モニター越しに確認すると、二名の警察官らしき人物が立っていた。
その日がやってきてしまった。
お留守番応対用のAIを起動し、急いでパソコンの画面を確認する。寝起きの私には眩しいその画面には、数百枚の画像がずらりと並んでいた。
このところ、ますますデータは手に入りづらくなり、システムにかかる画像は日に日に減っていた。どのみち、そろそろ潮時であったのである。
玄関で、警察とお留守番AIが言い合いをしている。
心臓の鼓動が聞こえるのに、どこか落ち着いている自分がいた。
いよいよ、今日が最後の日なのだ。
システムのログには〝二〇三五年九月〟の日付。
息子が亡くなる数ヶ月前の画像だった。
いつものように、リストの一番上から画像を開く。しかし、数枚のブレた草原の写真があった以外は、ただただ真っ黒な画像が保存されているだけであった。
システムのバグか。誰かがいたずらで塗りつぶした画像を拾ってしまったのか。
しかし、解析結果を見ると、わずかではあったが、確かにそこには古地球特有のパターンがあった。
「――皆既日食だ」
二〇三五年九月二日。
その日は、実に二六年ぶりの皆既日食だった。
太陽の光が月によって遮られるその日。望遠鏡で地表を捉えるには光が弱すぎたのだ。
どうして――。
――どうしてこんな大事な日を忘れていたのだろう。
私は、足がもつれるのもお構いなしで、壁にぶつかりながら二階の息子の部屋に向かった。
皆既日食があったその日、私は息子と久々の天体観測に出かけていた。
息子の部屋を開ける。
あの日から何も変わっていない。何度も入ろうとしたことはあったが、冷たいだけのその床に触れるのが怖かった。
息子がいつも大切なものをしまっていた箱を開ける。
そこには、星座の図鑑や、宇宙船のフィギュア、小さな天体望遠鏡、そして、皆既日食を見るための遮光グラスと、デジタルカメラが入っていた。皆既日食を撮りたいと言った息子に、妻の使っていたカメラを渡していたのだった。
カメラに電源ケーブルを繋ぎ、スイッチを入れる。背面の液晶画面には、息子が撮ったピンボケの月の陰が映っていた。
あの日、結局、皆既日食を上手に撮ることはできなかった。天体用でもない普通のデジタルカメラでの撮影は、息子にはまだ難しかったのだ。
乱れる呼吸を落ち着かせながら、一枚ずつ画像を切り替える。
構図も何もない。ただ息子が見ていた景色をそのまま切り取っただけのような写真に、確かに息子が生きていたことを感じずにはいられない。
次々と画像を開くと、今まさに息子が草原を走っているような気がした。
途端。
映し出された画像に、思わず手が止まった。
そこには、笑顔でポーズを取る息子と、その横で、顔をくしゃくしゃにして子供のように笑う自分の姿があった。
近くで天体観測をしていた老夫婦が撮ってくれたものだった。
そうだ、息子はこんな風に笑っていた。
そうか、私は、息子の前でこんなに楽しそうな顔をしていたんだな。
私はカメラを濡らさないように強く抱き、肩の震えを抑えながらその場にうずくまった。
箱からこぼれ落ちた地球儀が床を転がる。
――誰かが、玄関を開ける音がした。
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