不器用な見習い天使の決意は揺るがない
いとうみこと
初めての地上
「というわけで、今回の研修はメルティとリリルに行ってもらうことになった」
見習い天使たちの集まりで監督がこう話すと、あちこちから「いいなあ」の声が上がった。毎年二の月にはそれぞれのセクションから数名が選ばれて地上の人間界へと研修に行くことになっている。毎回テーマが与えられ、後日皆の前で発表しなければならないというなかなか大変な任務なのだが、天使が人間界へ行けることは滅多になく羨ましいのは当然で、メルティもずっとそう思っていた。しかし、現実はそう甘いものではないとすぐに思い知ることになる。
研修は人間界で言うところの三日間で、メルティたちは出発前に人間としての振る舞いのレクチャーを受けた。決して飛んではいけないこと、許可なく靴を脱がないこと、人間の食べ物を食べてはいけないことなどを学んだ。
そして初日、メルティたちは外国人旅行者の体で日本という比較的平和な国を見て回った。観光地を巡り、遊園地で遊び、温泉に浸かった。旅先で出会う殆どの人が笑顔で、特に子どもたちが幸せそうに見えて、メルティまで幸せな気持ちになれた。浮かれ過ぎて時々本当に浮いてしまい、リリル共々何度か注意される羽目にもなったが、何せ見るもの聞くもの全てが初めてのことばかりなのだから仕方がない。不慣れな靴のことなど忘れてしまうくらい楽しい時間を過ごすことができた。
翌日は、明らかに貧しい地域を回った。開発の及ばない土地、痩せて国の支援も期待できない土地、それから犯罪の絶えない荒んだ土地。メルティは前日とのギャップに驚いたが、リリルもまた落ち着かない様子で、ふたりは寄り添ってこの一日を過ごすことになった。
そして最終日。メルティたちは紛争地域を訪れた。ここは危険が伴うため人間の姿にはならずに低空からの観察だと聞かされたメルティはその意味がわからずにいたが、現地へ赴いて全てを理解した。市街地は荒れ果て、あちこちに魂の抜けた肉体が転がっている。肉が崩れ骨がむき出しになっているものもあれば、完全に骨だけになっているものもある。メルティはとても直視できなかった。
「人が死ぬということは肉体と魂が分離することだ」
出発前に知識としては知っていたが、メルティが想像していたのは家族に見守られ穏やかに迎える死であって、砲弾を浴び苦しみもがいて息絶える場面ではなかった。
「監督、なぜ人は殺し合うのですか」
リリルが涙を流しながら監督に尋ねた。
「私にはわからない。ただ、彼らは殺したくて殺しているのではないと思うよ。命令されて仕方なくやっていることだと思う。それに、敵を殺さなければ自分が殺されるからだね」
リリルはメルティの手をぎゅっと握った。メルティもまたぎゅっと握り返した。この光景を忘れてはいけない。メルティは涙を流しながら強く自分に言い聞かせた。
その時、空が急に明るくなって、光の筋が幾本も下りてきた。と同時に多くの天使たちが現れ、行き場を失ってさまよっている魂を空へと導き始めた。その光景は美しく愛に満ちていて、メルティは自分が彼らと同じ天使であることを誇りに思った。
「以上が私たちのレポートになります」
メルティが話を締めると大きな拍手が湧き、ひと際大きな拍手をしていた大天使カミエルが皆の前に進み出た。
「今回、研修先として初めて紛争地を選んでみた。これまで人間たちの世界にこんな場所があるとは知らなかった者も多いだろう。恐ろしい戦争も、最初は些細なことから始まる。相手の何かが欲しい、相手のここが気に入らない等だ。それが組織的になると利害関係が複雑に絡んで、やめたいと思う人がたくさんいてもすぐにはやめられなくなるのだ。そのせいで多くの人が死ぬ。最近では魂を引き取る天使の数が足りないくらいだ」
カミエルはここでひとつため息をつくと、力強く続けた。
「我々は人間界に直接介入することはできない。では、我々にできることはないのか? いや、ひとつだけある。それはこの地球を愛で包むことだ。そのためには我々自身もまた愛で満ちていなければならない。それがこの星の一部として存在する我々の最も大きな使命なのだ」
カミエルの話を聞きながら、メルティは自然と涙がこぼれてきた。天使として生まれた意味を、初めて知って覚悟が決まった。
「私は愛に満ちた天使になる!」
メルティは固く心に誓った。
不器用な見習い天使の決意は揺るがない いとうみこと @Ito-Mikoto
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