骨男と肉女

マスケッター

第1話 ようやく

 真っ暗闇の中で、小腹がすいた。だから、左人さし指から骨を抜いて食べた。もちろん、痛くもかゆくもない。血の一滴もでない。カニの殻から身をだすように、にゅるっと出てきたし。そのまま口まで近づけて、食いちぎった。


 骨がなくなり、だらんと垂れ下がった人さし指は、数秒ほどで元どおりになった。その間、ぼりぼりと骨を噛み砕く音が頭蓋骨に響いた。


 その場しのぎにしかならない愚かな行為を、自分の足を食うタコのようなものだという。俺はさしずめ、自分の骨を食う人間か。そのまんまだ。まあ、空腹はどうにかなった。


「いいかげん、あたしを受けいれなよ」


 俺を抱きながら、女はいった。そいつの台詞に合わせて、というよりは口の動きに合わせて、全く同じ動作で俺はあごを動かした。心の中で思えばいいものを、わざわざ声にだそうとするから余計にうっとおしい。


 地面がぐらぐら揺れ、どこからか金槌で石を打つような音がする。俺は、ずっと前からずぶ濡れなまま、同じようにずぶ濡れなこの女に抱かれていた。


「あたし達、もう合体したんだし」


 そんな露骨な表現をされても、俺は顔をしかめることさえできなかった。代わりに、今しがた骨が復活したばかりの人さし指をじっと眺めた。


「あたし、もうあんたなしじゃいられないの」


 女の右手が、俺の左手をなでながら包むのが感触でわかった。それでも俺は無言だった。


「運命……ううん、神様のお導きだよ」

「神様はやめろ」


 ひっきりなしに喋る女に、ようやく俺は応じた。心の中だけで。


 仏の次に、神は気に食わん。


 そもそも、俺がこんなうだつのあがらない体たらくなのは神仏のせいだ。


 物心ついたときから、俺は火つけ強盗殺人ざんまいだった。俺以外にも、そんなやつはどこにでもゴロゴロしていた。


 十六、七のころには、俺はいっぱしの悪党気取りで十人くらいの仲間とつるんでいた。


 そんなある日、一人の山伏が俺と仲間達に挑戦してきた。そいつは、手にした錫杖で次から次へと俺達を叩きのめした。


 頭を小突かれた俺は、手足がしびれ、地面に転がって山伏を見あげた。


『お前が頭目か。外道も外道、ろくでなしという言葉すらお前には穏やかすぎる』


 山伏は、そうのたまった。俺はというと、負けた悔しさと死にたくないという恐怖で頭がいっぱいだった。


『死ねばお前は地獄いき。お前の仲間はすでにそうなっている。しかし、お前にはさらに重い罰を与えよう』


 訳がわからなかった。首だけ残して生き埋めにして、竹ののこぎりなんかで通行人に好きに斬り刻ませるようなやり方はある。だが、もよりの街まで歩いて二日はかかる。まさか、山伏がそこまで俺をかついでいくのでもなかろう、と思った。


『これからは、骨だけだ。生きてはいるが、腹が減ったら自分の骨を食え。自然にまた生えてくる』


 何をいっているのか、さっぱりわからなかった。だが、山伏が真言を唱え始めると、俺の身体から肌や肉が消え失せていった。まるで、雨がやんだあとの日照りさながらに、骨を残して縮んでなくなった。はらわたも同じだ。


『ほら、これで自分の顔を確かめろ』


 山伏は、鏡を出してから膝をたてて座った。そこに写る俺は、まさに骸骨だった。髪の一本すらなくなっていた。そのくせ俺は確かに生きていた。


『では、仕上げをする』


 山伏は、立ち上がって鏡を納めると、また真言を唱えた。俺は、ずぶずぶと地面の下へひとりでに沈んでいった。


『土の中でも身じろぎくらいはできるようにしてやる。ゆっくり反省しろ』


 俺は、悪態すらつけないまま、地中に至った。


 どのくらい時間が過ぎただろう。明かりがもたらされる望みは一切なく、モグラすら顔をそむける惨めな姿。ただ、寝返りを打ったり、姿勢を変えたりすることだけはどうにかできた。


 それからの俺は、腹が減っては自分の骨を食うという行為だけでこの世にしがみついてきた。いっそ頭がおかしくなればいいのにと思えど、そもそも頭の中身がなくなっていることに気づいたことも数えきられない。悪行の数々を振りかえるにつけ、それが己の現状をもたらした元凶だけに、自分で自分を呪うしかなかった。


 そんな日々の果てに、この女がやってきた。俺が地上に出られたわけじゃない。こいつがいきなり俺に抱きついてきた。


 どんな弾みでか、俺の周囲は水浸しになっていた。というより、俺は地面の下にできた時ならぬ川の中をゆらゆら漂い出していた。女が俺に触れるや否や、一緒くたになって底に沈んだ。厳密には、俺が女の新しい骨として彼女の体内に収まった。そして、お互いに、頭に思い浮かべた考えがそのまま伝わるのがすぐにわかった。便利でもあり不便でもある。ただ、こいつは俺よりは人間でなくなったあとの時間が短い。だから、ぱくぱく口を開けてお喋りする癖が抜けてない。その度に俺は同じ仕草をつきあわされた。


「あたしね、男って男を手玉にとってきたんだよ。どいつもこいつも骨抜きね。そうしたら、山伏に自分の骨を抜かれて土の中に沈められたんだ」

「どこかで聞いた話だな」


 俺をこんな目にあわせた山伏と同じやつなのかどうか、もうそんなことはどうでもいい。ただ、女が俺とどっこいどっこいの外道なのは察しがついた。こんな腐れ縁は願い下げだが、骨だけの身体ともなれば腐ることすら許されない。


「あたし達、一蓮托生いちれんたくしょうってやつなんだよ。離れようたって、あたしの中にずっぽりあんたが入ってしまったんだ。二人で一人なんだよ」

「たまたま身体の大きさがあってただけだろ」

「ああんっ、連れないねぇ。でもさ、骨がなくなってわかったんだ。あたしには、あんたみたいに骨のある男がちょうど釣りあうって」

「骨のあるじゃなくて、骨しかないだろ」

「うふふっ。あはははっ」


 愉快そうに、女は笑った。俺は、女の動作に合わせて、おかしくもないのに笑う仕草をせざるを得なかった。


 ガーガーごうごう、地鳴りのような音が轟きだした。水の中でも音は伝わる。それはまともな……身体が、という意味だが……人間だったときから知ってはいた。


「何だい、人が愛を語らっているときに」


 女は憎々しげにいった。


 そのとき、ごぼごぼと慌ただしく水が抜ける音がして、急に目の前が明るくなった。余りにも突然、陽の光がやってきて、俺は危うく悲鳴を上げるところだった。


「おい、ホトケだ!」


 逆光の中で、誰かが叫んだ。


「勘弁してくれよ、工期迫ってるんだぜ!」


 別な誰かが文句をいった。


「どうも女みたいだが、変にツヤがあるな!」


 また別な誰かが論評した。


 そこからは、俺達が仰天している内に、あれよあれよと進んだ。


 今は、どこかの建物の中で、透明な壁で作った箱の中に収まっている。油も燃やしてないのに、天井からは明かりをもたらす不思議な玉があって、俺達を照らしていた。仰向けになり、手足は輪っかで固定されている。地上に出てからは、何故か腹が減らなくなったので差し障りはない。ただ、精神的にはちょっとばかり負担が増した。


「ああ、賑やかだねぇ。でも、ちょっと恥ずかしいねぇ」

「おい、喋るな」


 こんなやりとりを何回したのか、もう忘れた。見たこともない格好をした老若男女が、ひっきりなしに俺達をじろじろ見物し、どこへともなく去っていく。


『ご先祖様の伝承にあった極悪人とはお前か』


 何人めかの見物人になる若い男が、俺達を見おろして冷ややかにいった。そのときは、奇跡的にも、周りに他の人間はいなかった。


『生涯で数十人の男にいいより、財産を奪っては殺した婚詐欺師の女。殺害に使用していたヒ素とともに埋葬されたあと、地下水に漬かっていたことにより屍蝋化。だが、鑑定の結果、骨だけは男で、しかも江戸時代のものだと断定された。女がいたのは明治時代』

「そ、そうだよ。あたしは、あんたのご先祖様に骨を奪われたんだよ」

『かすかに口や手足が動くことがあっても、湿気などによる皮下組織の伸縮なので問題ありません、か』

「あたし、あんたのご先祖様に感謝してるくらいさ。こんないい男があたしとくっついたんだから」

「おい、いい加減にしろよ」

『ともかく、ご先祖様から伝わる真言を唱えておこう』


 男が目を閉じてぶつぶつ唱えると、俺の身体は女から浮き上がった。


「あ、あ、あ~っ。あぁーっ!」

「ぐ、ぐううぅーっ!」


 俺は、女の肉を突き破り、サナギから羽化した虫よろしく女の上に横たわった。女は前半身を破られ、ついに死んだ。俺も、羽化したことで最後の力を使い果たした。


『な、なんと! これほどとは!』


 真言を用いた男は、予想だにしなかった出来事に仰天している。


 俺は、ようやく、生まれて初めて心から人に感謝できた。骨だけの禁錮きんこからも、自分勝手な女からも解放されたのだから。


 願わくば、地獄であいつに再会しませんように。


 終わり

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骨男と肉女 マスケッター @Oddjoh

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