伝説の海賊が残したトースターの謎を探れ

よし ひろし

伝説の海賊が残したトースターの謎を探れ

「これが海賊マーサー愛用のトースターか……」


 俺はテーブルの上の置かれた銀色に輝くそれを見て、感嘆のつぶやきを漏らした。


 海賊マーサー――太平洋戦争終戦後、その混乱に乗じて暗躍した知る人ぞ知る伝説の海賊だ。その出自ははっきりと伝わっていないが、どうやら日本人らしく、元は海軍の士官であったというのが一番信憑性のある話だ。

 その説によれば、彼の名は鈴木政一すずき まさいち。日本海軍の少尉(中尉であったという説もある)で、ビスマルク作戦でウェーク島の戦いに従軍、その後島の警備隊として残留したと言われているがはっきりしたことはわからない。戦争が続くにつれ大本営のやりように不満を募らせ、終戦間近に部下の小隊を引き連れ軍から離脱したと伝わる。その際に哨戒艇を一隻奪取、そして海賊になった。


 ちなみにこれらのことは一切記録には残っていない。なのであくまでも伝聞によるもので、真実かどうかは分からない。


 海賊となった鈴木政一――マーサーは、太平洋で暗躍。戦後の混乱もあり十年以上海賊として暴れまわったという。しかし、一九五七年秋、太平洋の安定を目的にした米軍第七艦隊の海賊一掃作戦によって海賊団は壊滅、マーサーも海賊船・疾風はやてと共に海の藻屑となった、と伝えられている。


 いま目の前にあるのは、その海賊マーサーが愛用したというポップアップ式のトースターだ。彼は朝食にトーストを二枚食べるのを習慣とし、その際に使われたものらしい。

 これは、彼の死後、生き残った料理番をしていた部下の手に渡り、思い出の品として大切にされていたものだ。その料理番の死後、息子、孫へと受け継がれたが、この程、俺の元にやってきた。

 別に盗み出したわけではない。正当な手段で手に入れたものだ。持ち主の孫も、大した愛着がなかったのか、それなりの金額を提示したらあっさりと譲ってくれた。


 さて、ではなぜ俺がこのトースターを手に入れたかというと――財宝だ。海賊マーサーの隠し財宝のありかを知るために手に入れたのだ。

 俺はトレジャーハンターを生業にしている。とある筋から、この財宝の話を聞き入れ、調査、マーサーの子孫という人物から一通の手紙を手に入れた。

 それは彼が妻の一人にあてた、なんてこともないラブレターだったが、それを出したのが最期の航海に出る直前で、もしかしたら帰れないかもしれないといったことを匂わす内容だった。米軍の包囲網が狭まっているのを知っていたのだろう。

 そこで俺はこれはただの手紙ではないのではないかと疑い、色々調べた。そして、見事解読したのさ。そこに隠された秘密の言葉を。


『トースターでパンを焦がせ』


 それが、俺の読み取った暗号だった。

 そこで、このトースターを手に入れたのだった。


「さて、こいつにどんな秘密が隠されているのかな……?」


 七十年近く経った骨董品なので手荒に扱うわけにはいかない。そっと手に持って注意深く観察してみるが、特に変わった様子はなかった。


「……とりあえず焼いてみるか、パンを」


 コンセントに繋ぎ、あらかじめ用意しておいた食パンを二つのスロットにそれぞれ入れて、横のレバーを下におろす。するとスイッチが入り中の電熱線が通電、赤く染まり熱を放ち出す。

 待つこと二分ほど、バン! という少々大きめ音と共に二枚の食パンが飛び出してくる。

 おいしそうなきつね色に焼きあがっていた。

 一枚を手に取ってみるが、何の変哲もない。骨董品の割には綺麗に焼けていると感心はしたが……


「確か、焦がせ、だったな」


 そこで、今焼きあがったパンをそのままもう一度焼いてみた。

 同じように二分ほど待ち、パンが飛び出すのを見る。

 真っ黒になっていた。

 まあ、食べられなくはないかな、と思いながらパンを調べる。何の変哲もない。


「ふむ……」


 もったいないので、これも用意しておいたバターを塗って焦げたパンを食しながら考えた。


(トースターはこれで間違いないはずだ。パンを焦がす……。もしかして、間違っていたのか、手紙の解読が……。いや、そもそも財宝なんてただの噂で、隠されてないんじゃないのか……)


 焦げで少し苦いパンを食べながらあれこれと考えていると、ふとあるアイデアが浮かんできた。


「焦がす――つまり焼きあがっても、そのままにしておけばいいんじゃないのか」


 俺はもう一度パンをトースターにセットし、レバーを下げた。そして今度はそのレバーを手で押さえて、時が過ぎるのを待った。

 二分ほどで音が鳴り、レバーが上がろうとするのを感じた。それをそのまま押し下げ、スイッチが切れないようにし続けた。


「……」


 しばらく様子を見る。すると、トースターの中でガチャリと機械音がして、強く焦げるような匂いと煙が上がった。


 壊れたか――!?


 俺は慌ててレバーから手を離した。

 途端にパンがポップアップしてくる。そのパンを見て、俺は目を見開いた。


「なんだ、これは――」


 パンに模様が浮かび上がっていた。焼き印でも押したかのようにくっきりと。


「これは――地図か……。どこかの島?」


 二枚のパンそれぞれの片面に模様が浮かんでいた。その二つを並べる。


 間違いない、どこかの島の地図だ!

 そして、右上には数字も刻印されていた。


「これは――座標だ。よし!」


 そこで早速座標の場所を調べた。


 太平洋、パプアニューギニア近海、ビスマルク海に浮かぶ名も無き小さな離島――


「ここか! 見つけたぞ海賊マーサーの財宝の場所を!!」


 俺は心から叫んだ。

 そして、パンに焼かれた地図をしっかりと脳裏に焼き付けると、バターを塗って食べ始めた。

 俺は一度見た地図は忘れない。トレジャーハンターの基本能力の様なものだ。

 このパンを残しておいて他の誰かに見られたら厄介だ。

 これまた不味いトーストを食べながら、俺の頭は問題の場所までどうやって行こうかと考えていた。


「ふふっ、待ってろよ海賊マーサーの財宝。すぐに見つけ出してやるからな! げほっ、う、パンが喉に……」


 俺は慌ててペットボトルの紅茶を流し込み、のどに詰まったものを呑み込んだ。


「ふぅ~、危なかった。焦げたくそ不味いパンのせいで死ぬところだった。――まさか、海賊マーサーの呪いが…、なんてことないか。うん、考えすぎだな……」


 俺は目前の銀色に輝くトースターを見つめ、少々不吉なものを感じたが、首を振りそれを吹き飛ばした。


 呪い? それがなんだ。宝探しには付きものさ。

 待ってろよ、海賊の財宝。この天才トレジャーハンターが、絶対に探し出してやるからな!


 俺はそう強く決心し、南の海へと思いを馳せた――



END

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

伝説の海賊が残したトースターの謎を探れ よし ひろし @dai_dai_kichi

作家にギフトを贈る

カクヨムサポーターズパスポートに登録すると、作家にギフトを贈れるようになります。

ギフトを贈って最初のサポーターになりませんか?

ギフトを贈ると限定コンテンツを閲覧できます。作家の創作活動を支援しましょう。

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画