目が覚めたら
与太ガラス
ショートショート 目が覚めたら
瞳をとじて、眠りに落ちるまで、次に目が覚めたら今の人生が終わっていてほしいといつも思っている。明日への不安ばかりが頭をめぐり、日常が部屋の天井を押しつぶして迫ってくるような恐怖を感じている。
この恐怖から逃れるためなら何だってする…だったら今すぐ仕事を辞めればいいじゃないか? そんな簡単なことじゃない。仕事を辞めても日々は続くんだ。
短絡的だとわかっている。それでも今から逃れたい。目が覚めたら10年後で、楽なポストに昇進していて、あとは部下に命令しながら生きるのがいい、転職して別の会社に勤めているだろうか? それも悪くない。目が覚めたら引退していて、老後の余生をのんびり送っているのも大歓迎だ。寺社仏閣をめぐって御朱印を集めよう。目が覚めたら次の人生で、赤ちゃんになっているのもいいな。
今の現実から逃れられればいい。そんなことを頭で考えるぐらい、許してくれてもいいだろう。どうせ私の願いなんて聞き届けられることはないのだから。そうして私は眠りに着いた。
どれだけ妄想を膨らませても、やはり次の日は来てしまう。目が醒めた時、辺りはまだ暗かった。もうひと眠りしようと寝返りを打とうとしたが、体が動かない。動かせない。金縛りか? いや、何かに埋もれている感じだ。
まさか本当に日常が天井を突き破って押し寄せたっていうのか?
手の感触を探る。どうやら土のようだ。だとすると、寝ている間に何者かに襲われて、生きたまま山林に埋められたのか? そんなサスペンス展開が自分の身に起きたというのか?
だったら眠っている間にすべてが終わっているなんて、そんな間抜けな話はない。自分の妄想に恥ずかしさを感じていると、パニックの中でもどこか冷静でいられた。とにかく何が何でも土の中から這い出さないと。
私は両手を使ってひたすらもがいて土をかき分けた。昨日の夜まで日常を呪っていたのに、生き埋めのまま人生が終わることを恐れていた。どれだけ時間が経過したかもわからないほど体を動かし続けると、ようやく薄っすらと光が見えた。
出られる! 地上に出られる! 助かった!
体を一気に引き上げて外界に這い出る。そこは夜だった。そこで、土の中から見えた光の主は頭上を照らす月だと気づく。そして辺りを見渡すと、そこには地面に立てられた石のプレートが、月明かりに照らされて整然と並んでいた。
ここは、墓地?
海外のドラマでよく見る光景だ。芝生の中に墓誌が並んで、その中を黒い服を着た参列者が目を伏せながら歩く。大概雨が降っている。その中心には黒い棺。
ここまで気づいて、私はようやく自分の体を顧みた。両手を顔の前に掲げると、それは肉を削がれた骨の集まりだった。全身に目をやると、理科の実験室で見た骨格標本そのものが見える。これは…なんて言うんだ? スケルトン? ガイコツ? もう驚く気力もなかった。
墓地に骸骨…。つまり私は土葬されたのか。
あの夜、今となってはあの夜だ。昨日の夜ではない。あの夜、私が瞳をとじて祈った願いは叶えられたということか。あの夜から何年が経ったのだろう。昇進も引退も老後の余生もすっ飛ばして、死んで輪廻を遂げる前、まさか肉体がなくなって白骨と化したところで目覚めさせるとは…。神様も人が悪い。
これが身の丈に合わない願いの報いなのか。でもこれが、私の願った非日常なのか。ならばあの日常を過ごすより幸せなのかもしれない。なにせ私は、人に出来ない余生を送れるのだから。
ただ…、そんなことより…、たった一つだけ知りたいことがある…
私はいつクリスチャンになったんだ?
目が覚めたら 与太ガラス @isop-yotagaras
ギフトを贈って最初のサポーターになりませんか?
ギフトを贈ると限定コンテンツを閲覧できます。作家の創作活動を支援しましょう。
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます