水星と恒星と

冬見美雪

第1話

「前世は夫婦だったんだー」と右隣の座席に座る天文部所属のユリカは事あるごとに世にも奇妙な話を口にする。この場合、隣のクラスの逢沢のことを指しているらしい。よくあることだ。

今秋に突然転校してきた。透き通ったキラキラした茶髪に見慣れない制服。この田舎の大したことのない何の変哲もない高校に、ドキドキとワクワクを引き連れてきたこの転校生に、言うまでもなくギラギラした視線を送り、毎日のようにラブレター書いては送りつけているらしい。そしてものの見事に惨敗。色々凄いよね。


思い出して溜息をつく。突拍子のないことを言うには丁度いい頃合いなのだ。今朝スルスルと袖を通した、紅いスカーフに白のラインが走る紺色のセーラー服がそれを物語る。何でもできるのではないかと女子セーラー服とやらは錯覚させるのだ。無限の可能性は色んな惑星を飛び越え、銀河を通過し、遂には宇宙の果て、そして時空も何もかも程遠い話、つまりは前世にまで行き着いたらしい。


彼は惑星番号48605545の惑星、イプノティウスに住んでいて、普通に暮らしていたところに彼女が惑星旅行で辿り着いてそこで恋に落ちたんだとかなんだとか。彼女の話は意味不明である。私は文芸部に所属し、ミステリー小説をこよなく愛しているので、実利のない話、つまり夢枕のような話にはてんで耳を貸さないから、今夢中になって読んでいる推理小説の、推理パートに差し掛かる前の、内容を反芻している間に、その話の大半は海の藻屑と消え失せていた。なのでほんの断片だけご紹介することにする。


前世の記憶とやらは、魂の結晶がぶつかり合った拍子にふいに思い出してしまうものらしい。これも彼女に聞いた話。

透き通る金髪に朴訥とした様子の彼と何事もペラペラ、まるで洪水のように話す彼女とでは、パズルのピースが合うように、その凸凹が合ったらしく。あえなくゴールインし、彼女は彼の惑星に移り住み。程なくして子供を身籠ったらしい。めでたしめでたし、とはいかなかったらしい。

当時肉親もいなかった彼は天体観測と鉱石を観察することをもっぱらの日課としていて、天体は天体が消滅するときに一際輝く光を、鉱石は恒星の光に石をかざしたときに、発色する色を頼りに小説を書いているらしかった。光を文字通り閃きにする、エジソン先生もびっくりだ。


彼は藍色という色を見ることを切望していたらしい。正確にはラピスラズリ、空の色と言う、夜空のような藍に星を散りばめたような石と、そう書かれている、それは彼の憧れであり、それはほど遠い天体から届く書物で知ることになった。大分古びた数字の羅列による誰かによってデータ化されたものが、歴史の書物に関する共有ネットワークで見ることができた。

「いつか行けたらいいね、その星に」と彼女はいつもいつも話しかけていたらしい。

歳を重ね暖炉の前に腰掛けて一緒になって目を閉じ、うたた寝している老齢の夫婦は、きっと追いかけ続けて叶わなかった夢のことを考えている。

「いつか行けたらいいね」と。

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水星と恒星と 冬見美雪 @luluie

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