短編お題「骨」骨を食べる音

木嶋うめ香

第1話

 なんでこんなにお腹が空く匂いがするんだろう。

 駅近く、小さな雑居ビルに入っているファストフード店、注文受付とキッチンが一階でイートインスペースが二階という作りのこの店の、窓に面したカウンター席に腰を下ろした私は笑顔を浮かべた店員さんが運んで来てくれたトレイを前にそんなことを考えている。

 トレイには、こんがりと揚げられたチキンが二つ、後はLサイズのポテトとコーラだ。

 

「いただきます」


 言いながら頭を軽く下げて、ハンドバッグからウェットティッシュを出そうとして、今日は持ってきていなかったのを思い出す。

 正確には持ってきていないのでは無く、バッグが小さいから持ってこられなかった。

 小さな黒いハンドバッグには、ミニ財布とハンカチとスマホと家の鍵を入れたら、後は隙間に無理矢理押し込んで万が一にも折れたりよれたりしないようにと、袱紗に包んだ香典袋をそっと入れるのがやっとだったから仕方がない。


「おしぼり取ってくればいいか」


 立ち上がり、セルフでお客が好きに取れる様にダストボックスの上のスペースに置いてある紙おしぼりを二つとペーパー数枚を取り、席に戻る。


「……喉カラカラだ」


 ストローをプラスチックの蓋の穴に突き刺して、コーラをゴクゴクと喉を鳴らし飲みながら外を眺める。

 窓の向こうには青空と、行き交う人と車、そしてビルが見える。

 晴れてて、雲一つ無くて、こんな空を彼は昇っていくのかとぼんやりと思う。


「食べよう」

 

 紙おしぼりを広げて、丁寧に手を拭く。


『これって拭いてる時に丸まらない?』


 いつもそう言って彼は困った顔をするものだから、いつの間にか私はウェットティッシュを持ち歩く様になった。

 

「もう持ち歩かなくても無くてもいいのか、私はこれでちゃんと拭けるし」


 丁寧に拭けばいいのに、そう指摘すると『つい癖で』と眉尻を下げて笑う、その顔が見たくて彼が上手く食べられないと知っていたのに、彼と会う時いつもこのファストフード店を選んだ。


『もう特技だよね、滅茶苦茶得意でしょ』

 

 彼がそう指摘する通り、昔から私はこのチキンを食べるのがとっても得意だ。

 特技なんて、そんなこと考えたことすら彼に指摘されるまで無かった位、綺麗に食べようと意識しなくても上手に食べられる。


『え、そんなになる?』


 初めて彼とこの店に入って、少し緊張しながら大学の授業の話をしながら食べ終えて、とても驚かれた。あの顔を今でもはっきりと思い出せる。

 彼は私がチキンを食べ終えて、ペーパーナプキンに食べ終えて残った骨を包もうとする手を『行儀わるくてごめん』と言いながら止めて、更に驚きの声をあげた。

 彼も驚いていたけれど、目をまん丸にするって表現を、実際に見ることなんてあるんだと、私も驚いた。


『綺麗に食べるって言葉じゃ、なんか足りない気がするよ』


 しげしげと、ペーパーナプキンの上にある骨を見つめられるのは、自分の裸を見られてるみたいで恥ずかしかった。

 私がチキンを食べると、大きな骨しか残らないのだ。骨についた肉も、軟骨も難なく食べてしまう。

 軟骨を食べる時、コリコリとした音が口の中に響くのすら小気味よく思いながら、あっという間に食べてしまうのだ。


『凄いなあ、見てて気持ちいいくらい綺麗に食べるんだもん』


 この店に彼と入ると、彼は私がチキンを食べる姿をにこにこと見守る様になった。

 店だけでなく、彼の部屋でまたは私の部屋で食べる時もそうして見守り、最後に残った骨を見て『今日も凄く綺麗に食べたね』と笑う様になった。

 そんな日が、ずっとずうっと続くんだと思っていたのに。


「はぁ」


 お腹が空いたと思うのに、食べる気になれず冷めていくチキンとポテトを見下ろして、ため息を吐いてから漸くノロノロとチキンに手を伸ばす。

 彼を乗せた黒い車を、黒い服を着た皆で見送って、泣いている人達からそっと離れて電車を乗り継ぎ一人この店に来た。


「……」


 冷めかけたチキンは、ちょっとだけ食べ難いけれど、窓の外を見ながら、青い空を見ながら黙々と食べ進め、コリッと軟骨を齧る。

 火がつけられてから収骨までは二時間ほど掛かるのだと、誰かが話していたからもうすぐ終わるのかもしれない。

 ペーパーナプキンの上に置いたチキンの骨を見下ろしながら、こんな事を考えるのは不謹慎だろうか。


「今日も凄く綺麗に食べたねって、もう言ってくれないの?」


 見送りながら泣けなかったのに、なぜか今頃ぽたりと涙がこぼれ落ちる。

 ぽたりぽたりと涙をこぼしながら、時々乱暴にその涙を手の甲で拭いながら、意地でチキンとポテトを最後まで食べて、口の中に残った軟骨をコリと齧りコーラで流して飲み干しまう。


 信号無視の車に轢かれて、即死だったの。

 頭を打った以外、外傷はなくて、だから眠ってるみたいなのよ。


 そんな声が聞こえてきたけれど、私はただ食い入るように、正面に飾られた写真を見る以外出来なかった。

 あの時に泣けていたらきっと楽だった。

 泣いている人が沢山いて、悲しいのは自分だけじゃないって、そう思えたのに。

 なんで私はこんなところで、一人泣いているんだろう。


「あの……どうぞ」


 不意に声を掛けられて振り返ると、店員さんがポケットティッシュを差し出していた。


「え」

「使ってください」


 そっとトレイの横に置いて、一礼して去っていく。

 喪服を着た人が泣いている、泣いている理由なんてそんなの一つしか思いつかないだろう。


「ありがとうございます」


 去っていく店員さんの背中にお礼を言いながらふと周囲を見ると、店内のあちこちから私を哀れむように見ている視線に気がついた。

 恥ずかしい、なんかこんなの悲劇に酔ったヒロインみたいじゃない。

 

『普段は弱々しいのに、チキン食べる時は野生を感じるよなあ』


 ほのぼのと笑う彼の顔と声は鮮明なのに、私の側に彼はもういない。

 ティッシュで目元を拭い、コーラを飲み干すと両手でクシャリと骨を包んだペーパーナプキンを丸める。


 何度でも思い出す、多分これから先も何度でも繰り返し思い出す。 

 忘れない、忘れたくない。


 左手にトレイを持ち、右手にハンドバッグと紙袋を持つと立ち上がりダストボックスに諸々を捨てトレイをその上に置く。


「ありがとうございました」


 店員さんの声に見送られ外に出て、泣きすぎてブスになっているだろう顔で空を見上げる。

 ぽかりと一つだけ浮かんだ雲が彼に見えてきて、ジワリと涙がまた出そうになって、慌てて正面を向き歯を食いしばる。

 部屋に帰ってまた泣くかもしれないけれど、今日だけはそれを自分に許そう。

 忘れないんだ、ずっと覚えてるんだ。

 でも淋しくなったら、またチキンを食べて彼の笑顔を思い出そう。


 綺麗に食べるなあって、笑う彼の顔を。


終わり


※※※※※※※※※※

スミマセン、骨というテーマで、単純に骨しか浮かびませんでした。

ちょっとありきたりすぎですかね。

詳細書いてないので分かりにくいかもですが、恋人を亡くしたお葬式の帰りの女の子のお話でした。

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短編お題「骨」骨を食べる音 木嶋うめ香 @Seri-nazuna

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