風に乗せた想い

Wildvogel

風に乗せた想い

美海みなみちゃんって、好きな子いるの?」



 徐々に夏の準備が進む、六月下旬のとある中学校での放課後、私は廊下でクラスメイトの男子生徒に尋ねられた。


 宮田潤一みやたじゅんいち


 彼はお世辞にも美男子とは言えないが、可愛らしい顔立ちをしている。


 それでいてやさしく、明るい。


 同学年の人気者だ。



 彼を目の前に私は一瞬だけ窓に視線を向けた後、答える。



「今はいないかな……」



 微かな笑みを彼に見せると、潤一は「そうか……」と言葉を漏らし、窓に映る青空を眺める。


 彼の横顔はどこか、寂しげに私の目に映る。



 もしかして、彼は……。


 そのような思いが私の心を駆け巡る。


 

 実は、私には好きな人がいる。


 その相手は私にとっては近いようで、遠い存在だ。


 私など相手にされるはずもない。


 そう思っていた。


 

「いないのか……」


 潤一が沈黙を打ち破るように新たに言葉を発すると、私の目を見つめる。


 寂しげな表情を隠すような不自然な笑顔にはどこか、あどけなさが残る。


 まだ互いに、中学校に上がったばかりの十二歳だ。


 それは当然か。


 私の心が自身に言い聞かせるように言葉を発してすぐ、潤一が口を開く。



「そうか……そうなんだね……美海ちゃん、きれいだから付き合っている人、いるのかなと思って聞いてみたんだ。ごめんね、突然こんなこと聞いちゃって。じゃあ、俺、部活行くよ。また、明日ね」



 潤一は私に手を振ると野球部の練習場所であるグラウンドに向かうため、階段を下りる。


 徐々に潤一の足音は遠ざかり、やがて聞こえなくなる。


 その瞬間、私は心を落ち着かせるように深く息をつき、廊下の蛍光灯を瞳に映す。


 

「ドキドキしちゃったな……」



 かすれるような声を漏らし、私は再び窓を見つめる。


 窓の向こう側には、サッカー部の練習場であるグラウンドが映る。


 しばらくグラウンドを眺めていると、一人のサッカー部員が姿を現す。


 彼は数分前まで、私と言葉を交わしていた男子生徒だった。


 彼はベンチにバッグを置くと一瞬だけこちらに視線を向ける。


 すると、一人のサッカー部員が彼にちょっかいを出す仕草を見せる。


 それに対し彼は、少しムキになるような態度でこたえる。


 その瞬間、私の心臓の鼓動が高鳴る。


 

 やがて、男子生徒はちょっかいを出してきたサッカー部員とともに、用具倉庫に駆け出す。


 その姿を目で追う私の口が自然と開く。



「嬉しかったな……! 初めてお喋りできて……!」



 そして、私の足が女子バスケットボール部の練習場である体育館に歩みを進めようとした次の瞬間、グラウンドから一人の男子生徒の声が響き渡る。



「好きー!」



 数分前まで聞いた声を背中越しに耳に入れ、私は階段を下りる。


 一階まで下りると、体育館に続く廊下を歩く。


 そして、体育館入り口のドアに右手をかけると同時に、グラウンドを見つめる。


 視線の先には、数分前まで私と言葉を交わしていた男子生徒が三角コーンを両手に抱えながらこちらを見つめる姿があった。


 男子生徒は私と目が合うと、視線を下に逸らし、用具運びを続ける。


 そんな彼の姿をしばらく見つめ、私は体育館入り口のドアを僅かに開ける。


 そして、数秒前に目が合ったサッカー部員の男子生徒の質問に対しての答えを述べる。


 


 

「潤一君が好き……!」



 

 あの時、照れから素直に答えることができなかった想いをグラウンド方向に吹き抜ける風に乗せる。




 この想いが潤一に届くことを願い、私はドアを一気に開け、体育館に足を踏み入れた。

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風に乗せた想い Wildvogel @aim3

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