第2話 暗闇で光る赤い双眸

「……吹雪を避けるために、少しだけ奥に行って、止むのを待とう」

「はーい! このどうくつ? ピチャピチャ言ってるねー」

「あぁん? 雪のせいじゃねぇか? 暗いが、天井に水滴がついてる」


 夜目が利く二人には、暗い洞窟でも動じることなく、先ほど以上に吹雪いて視界がまったく見えない外を眺めてから振り返る。

 奥深い空洞はいたって普通の洞窟にしかみえず、あおいは片方だけスキーグローブを取り、少しだけじめっとする壁に触れた。

 

 だが、少しして異様な気配とガシャガシャというわずかな音に気がついて二人で天井へ視線を向けたときだった。


 暗闇で光る赤い双眸そうぼうから剥き出しになり、三人に向かって伸ばされる細長くて白い腕――。


「伏せろ……!!」


 あおいは叫ぶと同時に隣りにいる少女の頭を手でおおい、しゃがみ込む。


 反対側にいた紫音しおんは、大きな耳と尻尾を出した姿で飛び上がって避けた。


 細長くて白い腕は、空を切る。


「なーにー? 何も見えないよ」

「嘘だろう……こんなところに、どうして――"がしゃどくろ"なんているんだ」

「マジかよ……。でっけぇな! オイッ」


 水滴だと思っていた音は、がしゃどくろの骨から滴っている。

 まさかの洞窟をおおいつくすほどの、体格差を見上げるあおいは思わず笑った。


 暗がりで少女が見えないことを利用して、紫音しおんが飛びかかる。


「がしゃどくろなんて、どうやって倒すんだよッ!」

「骨……だけあって、俺の炎で燃やし尽くしてやろう」

「どうくつは、火は厳禁ゲンキンだって、パパが言ってたよー?」


 物理攻撃の紫音しおんと違い、基本的に血を媒介ばいかいとした血毒術けつどくじゅつを使うあおいの武器は、主に炎だった。


 洞窟など未経験な二人は少女の言葉が正しいかも分からず、無言で大きく振りかぶるがしゃどくろの攻撃を、狭さ故にすんでのところでかわす。


「こんな吹雪いていたら外には出られないぞ……。犬っころ! なんとかしろ」

「あぁ? 他人任せとは弱虫が顔を出したか、吸血鬼」

「吸血鬼じゃない……ヴァンピールと言え。犬の遠吠えを知っているか? 怖いもの知らずには応えてやろう」


 がしゃどくろは、動き回る紫音しおんを狙って大きな腕を振り下ろしているのをいいことに、あおいは自分の腕を鋭い爪で傷をつけて血を流した。


 すると流れる血は地面に伝うことなく、生き物のように空中へ浮かび上がる。

 そして、がしゃどくろが気付く一瞬の内に蜷局とぐろを巻いた血液が炎となり、襲いかかった。


「わぁ! 花火みたーい!」

「おまッ……! ガキにバレるだろうが!」

「こんな小さい子供が何を話したって、大人の人間が信じるわけないだろう」


 炎は勢い良くがしゃどくろを包み込むと、甲高い音をあげて悶え苦しみだす反動で、洞窟は地震のように大きく揺れる。


 パラパラと洞窟内の壁も崩れそうな勢いに、吹雪く外へ飛び出した瞬間。がしゃどくろも洞窟を破壊して外へ飛び出してくる。


 狂ったように三人を探すがしゃどくろは異様に映った。


 そして、外へ出たことで二人の目に巨大なむくろの全貌がみえる。

 洞窟の穴くらいある頭蓋骨に、恐竜の骨に見えてもおかしくない背骨と細長い両腕。

 なぜか足はない。


「しぶとい奴だな……」

「恋人クンたち、さっきから、なんの話ししてるのー?」

「ガキには分からない、大人の秘密だ!」


 ませた少女は何かを勘違いしたように顔を両手で隠してみせた。

 二人は当然よく分かっていない。


 だが、怒り心頭のがしゃどくろは外へ出たことで二本の腕を二人に向けて振りかぶる。


 紫音しおんは高く飛び上がると、そのまま半回転してからがしゃどくろの頭蓋骨へ足を振り下ろした。


 あおいは、少女を片手に抱えた状態で横へ飛ぶ。

 がしゃどくろの白い体は、吹雪によって見えず、少女は楽しそうにキャーキャー騒いでいた。


 がしゃどくろほどの大きさを相手にしたことなど当然ない二人は、足を取られ、視界を奪われるほど吹雪く中でも、スキー板を履いたままで身軽に動き回る。


「倒し方は分からないが、一気に決めるぞ紫音しおん!」

「誰に言ってんだァ!? お前がオレに合わせろよ、あおい!」

「これだから駄犬は……仕方ない」


 頭蓋骨への攻撃も気にした素振りもなく、再び体を大きく仰け反らせ腕を振るうがしゃどくろに向かって高く飛び上がるあおいは、流れたままの血を先ほどの二倍も大きな円を空中へ描いた。


ぜろ……!」

「行くぜ……!」


 先ほどとは違い、あおいの腕から炎が浮かび上がると、勢いを増してがしゃどくろを包みこむ。


 がしゃどくろは先ほど以上に苦しみうなり声を上げて、あおいたちに燃える腕を伸ばしてきた。


 だが、炎によって骨が軋む音を鳴らし始めたところへ、先ほどよりも高く飛び上がった紫音しおんが三回転しながら頭蓋骨へかかと落としを決める。


 すると、ピシピシッ! という音とともに頭蓋骨へ亀裂が入り、真っ二つに割れた。

 その直後である。


『……ありがとう――』


 二人の耳へ、消え入るような謎の声が聞こえてきた。

 

 ただ、がしゃどくろが暴れすぎたことで前方からゴゴゴゴゴッという音が聞こえてきて、二人は目を見開く。


「あれは、なんだ……?」

「オイッ! 勢い良く、雪が迫ってきてるぞ!?」

「また、二人して雪だるまになるのー?」


 雪だるまでは済まないことを感じ取った二人は、急いでスキー板を壊して外し猛ダッシュした。


 なぜか吹雪も止んだことで、あおいに抱えられた少女は雪崩によって埋もれるがしゃどくろに感動して拍手している。


 あんな大きながしゃどくろすら怖がらない少女に不気味さすら覚える二人だったが、雪崩から逃れるため懸命に走り抜けた。


 ただ、二人はすっかり忘れていた――。

 

 急に足元の地面が無くなる感覚に、顔を強張らせる二人は急降下する。


「崖のことを忘れていたって……とんだうつけ者か、俺は……っ!」

「ウォォオ!? ガキのこと、どうにかしろよ!!」

「キャー!! じぇっとこーすたーみたーい!」



 ◇ ◆ ◇



 身なりがボロボロになった二人は雪の上で息絶えたように寝そべっていた。

 あおいの上には、二人と反して楽しそうに笑う無傷な少女が座っている。


 その刹那せつな、少女のうなじから剥がれ落ち、証拠を消すかのように燃える人型をした紙に気付く者は誰もいない――。

 

「もう……ギブアップだ――」

「ゼー、ハー……なんで、オレが……こんな目に」

「あらぁ? 三人とも、探していたのよぉ。そっちは、"出る"って噂だから、言っちゃだめって話そうと思ってたのに」


 町内会の女性が話す内容は、昔吹雪によって道を見失った男性が、洞窟で息絶えたという話。

 しかも、数日後に見つかった遺体は両足のみだったという。

 

 それ以来、遭難した人間の前に不思議と洞窟が現れ、なかまを増やしているのだと。

 

 まさに、がしゃどくろがいた洞窟だった。


「ママー! わたし、おーっきなガイコツ見ちゃったー! 恋人クンと、ワンワンが倒したのー。それから、じぇっとこーすたーもしちゃった!」

「あらー、そうなの? 良かったわねー」


 まったく信じていない母親に対して、楽しそうに話す少女と裏腹に、げっそりする二人は倒れたまましばらく動けず、次の日全身筋肉痛で苦しむことになる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

全身筋肉痛の理由教えます。 くれは @kyoukara421hgmel

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ