フォーロンホープのその先に
オリーゼ
平和でのみ咲き誇る徒花達の物語(1話完結)
大砲でほんのわずか崩されてもなお聳り立ち行手を阻む厚い壁。
そこを貧弱な装備を背に、蜘蛛の糸より心許ない梯子を使って壁を登る。
撤退戦は常に最後尾で友軍の盾になってすり潰される。
フォーロンホープ、決死隊。彼らは常に危険の只中にいた。
「今日の食事はいつもより少しだけ量が多いぞ!」
「■■がおっ死んじまったからな。嫁さんと娘をおいて可哀想なことだ」
「同情するな。亡霊に引っ張られるぞ」
「死ぬもんかよ。俺だって女房が待っているんだ」
そう笑いながら褐色の肌の女性の写真を愛しげに見つめ食事をかき込んだ男は、翌日、妻の元に帰る事なく額に風穴を開けて物言わぬ骸となった。
決死隊の隊員は誰も彼を悼まない。ただあいつはついてなかった、亡霊に誘われたなどと感傷的に笑い飛ばして、また絶望的な戦いに挑む。
希望などない混沌の坩堝。
だが、彼らにはそこから抜けられない理由があった。
この決死隊は敵国出身の妻を持つ人間と、戦争をしている二つの国の血を引く若者で構成されている。
そして異国人の妻や若者達の両親は収容所に入れられ、最もきつい労務を担わされている。
敵国……もう一つの故国を攻撃する尖兵となる事で国に対して忠誠を示し、収容所の家族の安全を担保しないといけなかった。
ある日、一人の混血の青年が敵国に投降した。
両親は離婚し、彼の母親と弟は壁の向こうの街にいた。
そこを攻撃することに年若い青年は耐えられなかったのだ。
収容所から迅速に青年の老いた父親が引き出され、壁の前で見せしめのように処刑されて壁の向こうに投げ込まれた。
その処刑も死体の投げ込みも男達の仕事だった。その陰鬱な、必要のない仕事のために二人死んだ。
さすがにその日は誰も軽口を叩かず、特別に支給された痺れるほど強い酒を回し飲んだ。
毎日毎日ジリジリと摩耗する男達の精神を支えたのは家族への思いと過去の思い出だ。
いがみ合う国同士、ほんのいっときお互いを尊重して友好を結んだ時に妻と出会い、国籍など気にせずに交流して愛し合い、偏見や文化の違いの困難を一つづつ取り除いて結ばれた。
その時は自分達夫婦や親子のように国同士も少しづつわだかまりを解いて仲良くできる、幸せになれると信じていた。
そんな思い出や気持ちだけが彼らを支える原動力だった。
だから、ほんの少しできた時間で語り合うのはお互いの家族の話、それに平和になって帰ったら妻子と何をしたいのかという話だけ。
誰も戦争に至るまでの暗い思い出は口に出さなかった。
二つの国の関係が悪化すると、自分達も妻達も石を投げられ、子供達は手酷いいじめを受けた。殺された者もいた。
身動き取れないうちに戦争に突入し政府によって家族とともに収容所に送られ、戦う能力のある彼らは選択を迫られた。
国のために忌まわしい敵国を打ち倒す栄光の決死隊に入るか、それとも収容所ですり潰されて死ぬか、あるいは今この場で処刑されるかの選択だ。
九割は決死隊に入り、一割はその場で家族と共にむごたらしく死んだ。
決死隊に入った九割もすぐに三割が骸となった。
つらいことは思い返さず、擦り潰れるほど歯を食いしばっているのはお互いに見ないふりをして明るく笑って、誰にも顧みられる事なく最前線で殺し殺される。
英雄にもなれないまま、戦い続けた彼らの耳に一つのニュースが届いた。
二つの国の和平がなり戦争が終結するという知らせだった。
その日、彼らは肩を寄せ合って咽び泣いた。
彼らはすでに半分以下に数を減らしていた。
帰国を待ち望むも最後まで許可されず、戦争終結後二年を経て帰り着いた元収容所。
だがそこに彼らを待つ家族の姿はなかった。
戦争末期の食糧不足の中、真っ先に配給を削られ、また虐待の末ほとんど全ての人間が餓死していたからだ。
彼らの大切な家族はただ乱雑に掘られた穴に埋められ、骨となって混ざり合い、誰が誰のものともつかぬ塊となっていた。
皆呆然と立ち尽くした後、ある者は地面を叩いて慟哭し、ある者はあの過酷な戦場でなんとか繋ぎ止めた命を断たんとした。
復讐を誓わんとした人間もいた。
だが呆然と立ち尽くした中の一人が涙を流しながらそれを止めた。彼は二つの国の血を引いた青年だった。
「混血の俺は、いや俺達は平和という土壌にしか咲く事ができない徒花だ。だからもう二度と二つのルーツに関わる人間が、こんな無惨な骨にならないように、悲惨な話を語り継ぎ、平和の礎になっていかないか」
それに賛同した兵士達は絶望を押し殺し、収容所の跡地で骨となった家族の遺体を仕分けて一体ずつ墓をつくった。
その後は二カ国の友好の架け橋となり、決死隊での体験を語り、国へも平和を護るために働きかけた。
彼らの働きと彼らの犠牲。それらはこの国で平和を維持する
フォーロンホープのその先に オリーゼ @olizet
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