第20話 「……我慢、できなくなっちゃった」


「––––で、調子乗って転んじゃったわけか」


 呆れたような、小馬鹿にしたような顔。私は保健室のベッドに腰掛けながら、そんな若菜さんの言うことを黙って聞いている。

 今日の体育で、転んで怪我をした。保健室に来たものの先生がいなくて。待っていたら何故か若菜さんが来た。


「それとも、私に看病してほしくてわざと怪我したのかな?」


「––––なっ!? そんなわけないでしょ!! ……じゃなくて。それは若菜さんの勘違いだよ〜〜」


 ここは学校。私はすぐに思い直して取り繕った。少しぎこちなかったけれど。誰かに聞かれたと言うことはないだろう。


「ふーん? ま、いいけどね」


 若菜さんはにまにまと楽しげな笑顔を浮かべながら、棚から消毒液とガーゼを持ってきてくれた。


「え、ほんとにやってくれるの?」


「もちろんよ。バイ菌が入ったら大変だもの」


 若菜さんも清楚モードに切り替わる。消毒液をガーゼに垂らすと、私の膝に優しく当ててくれた。


「––––いっ!」


「痛い?」


「す、少しね? でも、全然大丈夫だから」


 若菜さんはガーゼを押し当てたまま、少しだけ擦るように動かした。


「いぃっ!?」


「……ほんとに大丈夫?」


「も、もちろんだよ〜。……わざとじゃないよね?」


 若菜さんはにこにこと笑うだけで何も応えてはくれない。これは絶対、面白がってやっている。


「はい、おしまい」


「はぁ、はぁ……。あ、ありがとう、若菜さんっ!」


 若菜さんは絆創膏を貼ってくれて。ようやく、この時間から解放された。

 私は笑顔で若菜さんにお礼を言うと、立ち上がって保健室を後に––––。


「待って」


「……若菜さん? どうしたの?」


 若菜さんは真剣な表情で私を見つめている。緊張しているようにも、何か我慢しているように見える。


「若菜さん……?」


 若菜さんは何も言わずに私の腕を掴む。私の向ける視線に、若菜さんは応えてくれない。若菜さんの身体に吸い寄せられるようにして、私の身体は強く引っ張られた。


「わっ」


 そのまま、私はベッドに押し倒される。若菜さんが何をしようとしているのか。まだ私には分からない。


 私を見下ろすように、若菜さんは私の身体にまたがって。少しだけ甘い香りが鼻腔をくすぐる。


「ね、ねぇ……若菜さん? その、なにを––––」


「ごめん、佐奈」


 遮るように、若菜さんは口を開いた。ごめん、とはどうゆう意味なのか。私はその続きを待つ。


「……我慢、できなくなっちゃった」


 頬を赤く染めて。興奮を抑えるような吐息を漏らす。若菜さんは、うつろな瞳で私を見下ろす。


「我慢って……?」


 その問いに応えるように、若菜さんは手を私の頬に添えた。少しだけ冷たい、若菜さんの指。若菜さんが少しだけ力を入れると、私の頬は軽く沈んで。面白がるように、若菜さんは何度か私の頬を撫でる。


「学校で、二人きりでさ。前もこんなこと、あったよね」


「う、うん。私が気を失った時だよね……?」


 それは記憶にも新しい。倒れた私を若菜さんは保健室に運んでくれて。若菜さんは私をその膝の上に乗せた。けど私は、若菜さんの誘惑に負けそうになって。若菜さんのスカートの奥に、指を入れてしまった。


「も、もしかして……?」


 今、この状況でそんな話をするということは。若菜さんは、そのつもりなのか。


 若菜さんは虚な瞳のまま、小さく頷いた。


「––––っ! こ、ここ学校だよ……? やめてよ……っ!」


 こんな、どこに人の目があるのかも分からない場所で。若菜さんはこの先に、進むつもりなのか。あの時触れられなかった、若菜さんのスカートの奥が。蠱惑こわく的なふとももが。ブレザーを押し上げる胸が。私を誘惑して止まない。


 若菜さんは少しだけ身体を動かす。布の擦れる音とともに、私は若菜さんの身体を感じた。


「––––んっ」


 若菜さんは腰を振るように、その身体をよじらせる。少しだけ、甘い声を漏らしながら。若菜さんのスカートが。その、奥が。私に擦り付けられていく。下にいる私は、抵抗することができない。若菜さんの好きなように。若菜さんがより甘い声を漏らすように。その身体を動かすのを見ていることしかできない。


 けれどそれは、唐突に終わりを告げた。十秒にも満たない、僅かな時間だった。


「––––よし!」


 そう声をあげる若菜さんの瞳はしっかりと色を帯びていて。蠱惑的な雰囲気は鳴りをひそめていた。


「……え?」


 戸惑いの色を含んだ私の声。若菜さんは、何も言わずに私から身体を離した。ベッドに腰掛けた若菜さんは、未だ横になったままの私にからかうような視線を向ける。


「佐奈、まだ物足りなそうな顔してる」


「しっ、してない! いや、それより……若菜さんは何を……?」


「スカートの位置直してただけだけど?」


 それがどうしたの? そんな声音で若菜さんは言う。ゆっくりと言葉の意味が私の中に吸収されていく。若菜さんは、また意地悪なことをして私をもてあそんだんだ。


「それとも、佐奈は私が急に辞めちゃったことが不満なのかな?」


「––––っ!? そ、そんなわけないっ!」


「そっか。まだ少しズレてる気がしたから、もう少し直そうかと思ったんだけど」


 スカートの位置を確かめるように、若菜さんは視線を落とした。私の上で揺れる、若菜さんの身体。伝わる若菜さんの肉感。僅かな時間の快楽が、私の中で思い起こされる。


「……な、なに」


「んー? なんか、我慢できてないのは佐奈の方かもって思っただけ」


 唇に指を当てる仕草が色っぽくて。私は何も言えなくなってしまった。やっぱり、若菜さんは油断も隙もない。どこまでも私を揺さぶってくる。負けないよう、私は少しだけ若菜さんから目を逸らした。

 

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