第13話 「佐奈はえっちだね」
「今日の体育バレーだってよー!」
他のクラスから聞いたのか、野沢さんがワクワクした様子で話しかけてきた。
「そうなんだぁ。私、球技苦手だから心配だなぁ」
「わ、私も……」
私の謙遜に、古賀さんが自信なさげに乗っかる。
今日から球技の授業になるらしく、人数の関係で2クラス合同でやるらしい。人見知りの古賀さんはそれも心配なのか、休み時間の間はそわそわした様子だった。
◆◇◆◇
「おっ! 若菜さんすっごいなー」
「若菜さんって、バレーもできるんだ……すごいなぁ」
私の隣で、二人が感嘆の声をあげる。視線の先では、若菜さんが高く跳んでいる。
まるで時間の流れがゆっくりになったかのようなその空間の中で、若菜さんは右腕を空に掲げる。若菜さんは鋭い瞳でボールを捉え、そのまま勢いよく腕を振り下ろした。
ボールが床に強く叩きつけられる音とともに、小さな歓声があがる。
「若菜さんいいよー!」
「ありがとう。種田さんが上手くトスを上げてくれたおかげよ」
そう言ってクラスメイトに笑いかける若菜さんは、すっかり清楚モードだ。
「あ」
なんとなく、若菜さんを見ていただけなのだけど。私に気がついた若菜さんは、ひらひらと小さく手を振ってみせた。少しだけ、いつもの若菜さんみたいな素の笑顔を覗かせて。
授業中に若菜さんのそんな顔を見るのがなんだか気恥ずかしくて。私は少しだけ目を逸らしながら、小さく手を挙げて応えた。
「私は少し休憩させてもらうわ。誰か代わってくれる?」
コートの外に下がっていく若菜さんの代わりに、遠慮がちに女の子が一人コートに入って行く。
興奮した様子の野沢さんに誘われて、バレーの順番待ちをすることにした。多分、若菜さんのプレーを見て触発されたんだと思うけど。
ふと視線を試合から外すと、コートの外では若菜さんが汗を拭いていた。
私と目が合うと、また少しだけ口角を上げて見せた。そして
「っ!」
首筋から胸元まで。丁寧に汗を拭き取るようにしてタオルを重ねていく。若菜さんはクラスメイトと話しているのに、その視線はずっと私のことを追っていて。
「佐奈っち? どうしたの?」
若菜さんは、タオルを握ったその手を胸の下に忍ばせて。膨らんだそれを指先で軽く掻くように持ち上げる。手を離すと、若菜さんの胸は軽く弾んで。若菜さんはそれを何度も繰り返す。まるで生きているかのように、若菜さんの胸は上下に揺れる。
「佐奈ちゃん? 大丈夫……?」
何度目かのバウンドの後。若菜さんはタオルを脇下に持っていく。半袖の袖口から少しだけ覗く、白い肌。細い腕の先にある、少しだけ窪んだ若菜さんの脇。汗をかいていて。少しだけ湿ったそこに、私の視線は引き寄せられる。
「佐奈っちー?」
視界を野沢さんの手が遮って、私は我に帰った。
「えっ、な、なに?」
「ずっと若菜さん見てたよ? ぼーーー、っと」
「そ、そんなに……?」
「うん。すごい……食い入るような視線だった。……でも、ちょっと分かるかも。若菜さん、すごくスタイルがいいから」
古賀さんは自分の貧相な身体を見て、自信なさげにそう口にした。
「まぁ、うちの佐奈っちも負けてないんだけどねー?」
野沢さんは手をわきわきさせながら、私の脇に手を伸ばした。
「––––ちょっ! 野沢さん、やめてよ〜〜」
そうして遠慮もなしに私の身体をくすぐる。
「ほらぁ! おっぱいも大っきいしー!」
そんなふうに強く握られると普通に痛い。他の人の視線も集まってきているし、下品なイメージがついてしまうかもしれない。
そろそろ辞めさせようかとした時。
「野沢さん」
とても冷たい、空気を鋭く切り裂くような声だった。
「え? 若菜さん?」
表情こそ笑顔なものの、その瞳は野沢さんを捉えて離さない。
何かが違う。いつもの若菜さんとは、何かが違うと思った。清楚でも、えっちでもない。もっと違う、何か。
私たちは若菜さんが何のために声をかけてきたのか分からず、押し黙ってしまう。
「……コート、空いたわよ。私たちと試合をしないかしら?」
結局、若菜さんはほとんど休むこともなく私たちとバレーの試合をした。結果は若菜さんチームの圧勝。
私もそんなに運動神経が悪いつもりはなかったけれど、若菜さんの執拗に野沢さんを狙うスパイクが試合を決めた。
「はー、強かったなぁ」
野沢さんが悔しそうにそう漏らした。
「でもいい勝負だったわ。特に野沢さんは脅威だと感じた。早めに対処しておこうと思って、少し意地悪なことをしてしまったわ。ごめんなさいね」
床にしゃがみ込んだ野沢さんに、若菜さんはそう労いと謝罪の言葉をかける。スポーツマンシップってやつだろうか。二人は視線を交わして握手をした。
若菜さんは古賀さんにも声をかけた後、私のところに来た。
息が混じり合うような距離感の中。若菜さんは私の耳に唇を近づけた。
「––––見てたでしょ」
細い息づかいが、私の耳を介して中に入ってくる。すごく小さいのに、それははっきりと聞こえた。言葉一つ一つを確かめさせるように、若菜さんはゆっくりと息を漏らしていく。
「佐奈はえっちだね。授業中なのに。私の胸とか脇ばっかり見てる」
「––––っ! そ、そんなわけないじゃん……」
「ほんとかなー?」
少しだけ二人の時間を楽しんだ後、若菜さんはすぐに表向きの表情に戻っていった。
労いの言葉をかけて、若菜さんはクラスメイトのところに戻っていく。今が授業中でよかった。二人きりだったら、多分もっと追求されていた。
少しだけ息を吐いて、私はコートの外に出た。
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