第7話 「……ちょっと、濡れちゃった」


「じゃあ、私たちでポップコーンの容器を片付けておくわ」


 映画が終わると、お手洗いに行く他の子たちを見送って私と若菜さんだけが残った。


「……ちょっと、濡れちゃった」


 若菜さんは、うつむき加減にそんなことを呟いた。

 映画を見終わった後でもその頬はまだ少しだけ赤くて。しっとりと呟くその姿は、意外にも何も考えれていなさそうで。


 私は、若菜さんが手を絡めてきた時のことを思い出した。


(私が先に、限界きちゃった)


 限界って、そう言う意味!?!?


「濡れたって、若菜さん……私で、ってこと……?」


 私の指を触って、撫でて……それで、気持ちよくなっちゃったってこと……? そんなことで、とも思うけれど、確かにあの時の若菜さんは少し変だった。あんな、疲れ切ったように息を漏らすなんて。


「それ以外に誰がいるの?」


 ふっ、と若菜さんは軽く息を吐いて私を見つめる。


「ごめん。……気持ち悪いよね」


「気持ち悪い、とは思ってない……けど。その……濡れるって、どんな感じなの……?」


 そんな余計なことを訊いてしまったのは、余計な好奇心のせい。濡れると言う感覚を、私はまだ知らなかったから。


「そうだね……。意図せずして訪れる、止められない想い……みたいな」


「と、止められない想い……!? そ、そっか。ごめん、変なこと聞いて」

 

「いいよ。……佐奈は濡れなかったの?」


 確かめるような、そんな瞳。けれど若菜さんのそれは、どこか確信めいたものすら感じる。私の全てを見透かしてくるような瞳に吸い込まれそうになる。


「あ、あれくらいでは濡れないかな……? もっと、こう……刺激的じゃないとさ」

 

「へー? じゃあ今度は、もっと刺激的なのにチャレンジしてみよっか」


 既に何か考えているのか、若菜さんは楽しそうに笑う。

 けれど、もしかしたらそれで若菜さんが言っていることの意味が分かる、のかもしれない。

 いやでも、それは若菜さんにしてもらうものじゃなくて、好きな人と––––。


「さ、早く片付けちゃおっか。私は早く濡れた拭きたいし」


「……手?」


「うん。汗で濡れちゃったからね」


「は……? 濡れたって、手のこと……?」


 若菜さんは戸惑う私を見て、一層楽しそうに微笑んだ。


「そうだよ? 佐奈はだと思ってたみたいだけど」


 にひっと笑う。いつもの若菜さんには似合わない無邪気な笑顔だった。


「そ、そんな……」


「いつか気持ちいいこと、しよーね?」


「し、しないから!」


 もう、ほんっとに!! やっぱりめんどくさいことになった!


 他のみんながお手洗いから戻るまで、私はずっと悶々とした気持ちを抱えることになってしまった。

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