第4話 「––––触りたいの?」


「佐奈さん。忙しいのにごめんね」


「全然いいよっ。それで、話って何かな?」


 慣れてるはずなのに、今日はなんだかやけに気を使う。


「えと、その……俺なんかにこんなこと言われたくないかもしれないけど……」


 今回は、この自己肯定感無さの告白。こんな奴にあれこれ言われたくないのは事実だから否定はしないけど。


「そんなことないよ。私はちゃんと聞くよ。だから……ゆっくり、ね?」


「あ、ありがとう。……ふぅーー……」


 やがて意を決したように私を見つめる。


「俺、佐奈さんのこと好きなんだ。優しく話しかけてくれるところも、困ってる人を直ぐに助けにいく行動力も。全部、俺には魅力的に映った。……付き合って、欲しい」


 全部、上辺だけの私。偽りの姿。夢見がちな少年と添い遂げるほど頭がすっからかんなわけがない。

 いつも、テキトーに理由をつけて断る。けど––––


「…………」


 私が何も言わないでいると、彼は困ったように戸惑いの色を浮かべた。


「え、っと……どう、かな?」


「……あっ、えっと……ごめん。付き合うのは無理、かな……」


 私がそう言うと、彼はその理由を聞いてきた。

 断った側として、それくらいの要望には応えるべきだ。表向きの私なら、そう考える。


「……他に、好きな人がいるから」


 少し迷った末に、私はそう答えた。別に、若菜さんに言われたからとかじゃない。口実として、使えると思ったからにすぎない。


「そっか……。それってもしかして……笹谷とか?」


「え? 笹谷くん? どうして?」


 笹谷くんは、学内でも女子人気No. 1の男の子。だけど私は、それほど親しくしている覚えはない。そうゆうのは角が立つから。


「や、ごめん。詮索するようなことして。でも……佐奈さんと釣り合うようなのって、笹谷くらいしか思いつかなくて」


 あー、そうゆう……。


「それは……内緒、かな」


 だよな、と彼は苦し紛れに笑ってこの場を後にした。


「……ふぅーー……」


 なんだろう。なんか、緊張した。別になんてことない告白なのに。

 私は校舎裏の壁に背中を預けて、なんとなく空を見上げた。ゆっくり、けれど確かに白い雲が動いていく。


「佐奈」


「ひゃぅぅ!?!?」


 不意に聞こえたその声。聞き覚えのある、凛と澄んだ声に、私は飛び跳ねた。表の私でも裏の私でも出さないような声をあげて。情けない姿は、そこまでで十分だった。


「あぶなっ––––」


 最後に見えたのは、足首がグネってなってるのと、ザラザラしたコンクリート。私はそこで、意識を失った。



◆◇◆◇



「––––気がついた?」


 徐々に意識が覚醒する中、頭に入り込んでくるのはそんな心配そうな声。


「若菜さん……」


 まだ、頭がちょっぴり痛い。あ、そうか。私、転んで気を失って……。


「気、失ってた。ごめん、驚かせるつもりはなかったんだけど」


「……いいよ。若菜さんが悪くないことくらい分かる」


 まぁ、でも。


「人の告白を盗み見るのは感心しないけどね」


「ごめん。でもほんとに通りかかっただけだから」


 きっと、嘘じゃない。下から覗き込んで見えたその瞳は、嘘をついてる色じゃないから。


「ここは保健室。放課後だから、先生はどこか行ってるみたい」


「若菜さんが運んでくれたの……?」


「イタズラはしてないよ」


「してたら蹴り飛ばしてる」


 若菜さんは何の気なしに微笑む。こんなやりとりすら楽しんでいるようで、心外だ。これ以上若菜さんの世話になるのは余計に。


「起きるの? まだ横になっててもいいんだよ」


「いい。借りは作りたくない」


 頭を動かして、その違和感に気がつく。枕にしては暖かすぎるし、真ん中にわずかな隙間があるように感じたから。

 思いのほか長く寝ていてそうなったのかとも思ったけど、何か違う。

 

「どうしたの?」


 声が、やけに近い。まるで、私の上で話しているみたいに––––。


「––––なっ!? 何してるの!?」


「膝枕はお気に召さなかった?」


 囁くようにそう言って、若菜さんはまた楽しそうに笑う。

 柔らかい枕だと思っていたそれは、若菜さんのふともも。あまりに柔らかくて、すぐには気づけなかった。

 隙間だと思っていたのは、若菜さんのふとももとふとももの間。感じていた温度は、若菜さんのそれ。


「ちょっ––––! やめてよっ……!」


「そんなに慌ててると、もっとに当たっちゃうよ?」


 若菜さんは意地悪っぽくそう口にする。


 私は、若菜さんのふとももをなぞるようにゆっくりと視線を動かした。

 ふとももとふとももの間にできた、薄い隙間。少しだけ乱れたプリーツスカート。そこに生まれた僅かな空間。若菜さんの、スカートの中。乱れたスカートの、そのずっと奥。私の視線はそこで固まったように動かない。


「––––触りたいの?」


 いつの間にか、若菜さんの胸が私の顔を塞いでいた。屈んだ若菜さんは、私の耳元で甘美な囁きをする。


「––––っ!?」


「今なら……触れるよ?」


 視線の先には若菜さんの……見えない部分がある。絶対、見てはいけない部分。触れることは叶わない。


 けれど今なら––––。


 触れられないはずのそこに……今なら、触れることができる。


 その事実が、私の頭を酷く熱くする。


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