第3話 「えっちなこと、しないの?」
若菜さんの人気は、間違い無く本物だと思う。
「若菜さん、また告白断ったんだって? 好きな人いるって言って」
「えぇ。申し訳ないと思ったけれど、気持ちが向いていないのに交際する方がよくないと思ったから」
「そうだよねー。若菜さんはしっかりしてるなぁ。私にも、いつか白馬の王子様みたいな人が現れたりするのかなぁ?」
「ふふふ。きっと、颯爽と
仕草から言葉まで。計算し尽くされたカモフラージュ。
それがまさか、あんな妖艶な顔で微笑みかけてくるなんて誰も知らない。感じさせるように抱き寄せてくるのも。若菜さんが表に出すことは絶対にない。
◆◇◆◇
「別にストーカーみたいなことしなくても、私なら佐奈の相手してあげるのに」
昼休み。私は、校舎裏で若菜さんに捕まってしまった。若菜さんを監視するために跡をつけていたはずなのに、まんまと
「相手をして欲しくて尾行してたわけじゃないんだけど」
「そうなの? なら––––」
校舎裏の壁に背中を預けていた若菜さんは、軽い力で壁を蹴って私との距離を詰めてきた。
「えっちなことでもしようとしてた?」
生暖かい、若菜さんの息遣い。私の耳をくすぐるようにして、若菜さんの言葉が私の中に入り込んでくる。
「––––なっ!? そ、そんなわけないでしょ!? 若菜さんが余計なこと言わないか監視してただけだから!」
「ほんとかなー? でも、こんな人気のないところで?」
「それはっ––––てか、それは若菜さんがここにきたからでしょ!?」
私の声は届いていないのか、若菜さんは少しだけ私から距離を取ると、
「……なにしてるの?」
その問いに、若菜さんは答えない。代わりに、シャツの裾を少しずつスカートから取り出していく。
「––––ん」
布の擦れる音とともに、若菜さんのシャツがスカートの外に出た。
「佐奈。本当に、えっちなことじゃないの?」
甘くて、危ない囁き声。若菜さんは、細めたその瞳で私を見つめて離さない。なのに、その手はゆっくりとシャツを捲っていて。
指の先で摘んだシャツの下では、若菜さんの白い肌がその存在を主張している。
「––––っ!」
若菜さんの手は、止まらない。少しだけ窪んだ小さな穴が若菜さんの中に見えても、その肌はどんどん露わになっていく。
柔らかそうな、そのお腹。少しだけ見えるくびれ。その先も、若菜さんは見せようとしているのか。
「えっちなこと、しないの?」
若菜さんはまた、私に近づいて耳元で囁く。頭に直接響く、悪魔の囁きに聞こえた。私が、今手を伸ばせば若菜さんの肌に触れられる。ブレザーの上から想像することしかできない、その肌に。
「––––っ」
「ほら。柔らかいよ?」
若菜さんは私の左手を掴んで、自らの肌に触れさせた。若菜さんの、柔らかな肌。固まって動けない私の手を、若菜さんは誘うように動かしていく。
なぞるように、若菜さんの肌を味わっていく。やがてそれは、小さく窪んだそこに辿り着く。
「––––あっん」
若菜さんは、甘い声を小さく漏らす。けれど若菜さんは、私の手をそこで往復させるのをやめない。右に、左に。窪んだその形を私に確かめさせるように、ゆっくりと動かしていく。
「––––んんっ」
コリコリとした感触が私の指を介して伝わってくる。呼応するように、若菜さんの息遣いが荒くなっていく。
時々、指を押し込んでみたり。爪を立たせたり。若菜さんは、自分が一番気持ちよくなれるようなやり方を探している。私には、そう見えた。
「––––ちょっ、と……! もう、やめてよ……!」
このままではいけない。人が来るとか、怒られるとか。そうゆう問題じゃない。私が一番、危ない。
「佐奈がやめたいなら、いいよ」
私を見つめてくる若菜さんの瞳は、何もかもを見透かしているような気がした。
「私はっ––––」
言葉がすぐに出てこない。やめて欲しいはずなのに。まだ、もう少しだけこの肌を撫でていたい衝動に駆られる。
そんな私の様子を見て、若菜さんは小さく息を吐いた。
「しょうがないなぁ」
若菜さんに触れていた私の手は、もうそこからは離れていて。若菜さんも、私から少しだけ距離を取っていた。
「……もっと触りたかった?」
「––––っ! ……そんなわけ、ないでしょ」
からかうような若菜さんの瞳。真っ直ぐに見るのが恥ずかしくて、私は少しだけ目を逸らした。
「続きはまた今度だね」
シャツをスカートの中にしまいながら、若菜さんが言った。続き……また、おんなじようなことをしてくるつもりなのか。これが、清楚な若菜さんの本性なのか。
「あ、そうだ」
スカートの位置を調整しながら、若菜さんは何か思い出したように声を出した。
「佐奈も告白、されるよね」
「……まぁ」
「じゃあさ、次から断るときは"他に好きな人がいる"って言って断ってよ」
「はぁ? なんで。てか、断る前提?」
「じゃあ、付き合うの?」
もう一度私との距離を詰めてきた若菜さんは、やけに楽しそうな顔で首を傾げた。
「……付き合わないけど」
「そっか。好きな人はいる?」
「……いない」
「ほんとに?」
「ほんとだよ。まだ全然好きじゃない」
そして、突如として訪れる沈黙。近くでは風の音も聞こえるはずなのに。意識は、若菜さんに向いて離れない。
若菜さんが何を考えていて、どうして何も言わないのかが気になる。
若菜さんは沈黙を破るように小さく息を吐くと、スカートをひらりと翻した。
若菜さんの後ろ姿は、想像していたよりもずっと華奢で、同じ女の子なんだと理解させられる。
「佐奈」
若菜さんは背中を向けたまま、少しだけ声を震わせて言った。
「もっと好きになってもらえるように頑張るね」
やっぱり含みのあるその言い方に、私は自分の言ったことを思い知らされた。
決して若菜さんが思っているような意味で言ったつもりはなかったけど、若菜さんに付け入る隙を与えてしまった。
それが悔しくて、私は小さくなっていく若菜さんの背中を見送ることしかできなかった。
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